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● SkyDrive! --- 第五話 ●

 隼人のドロップが外山の眼前に落ちる。ラケットを伸ばしてシャトルを追う外山だったが、コートの一番奥から前に駆けてきた分、時間がわずかに足りなかった。シャトルがコートに落ち、外山は膝をつく。俯きながら息を切らせ、何とか落ち着かせようと徐々にゆっくりと呼吸していく。

「ポイント。エイティーンフィフティーン(18対15)」

 そんな外山を見ながら隼人は呟く。順調に得点を重ねて終盤に入って差を広げ始めた。体力低下と共に落ちるかと思われたコントロールの精度だが、今のところは問題ない。四隅、コート奥を満遍なく攻め続け、外山のドライブも途中で見切ってインターセプトできるようになると主導権は隼人へと移っていった。隼人の分析どおりダブルスプレイヤーだからなのかシングルス特有の速い動きやコート一面を使ったフットワークには弱く、シャトルを的確にコントロールする隼人とは相性が良かったらしい。
 ようやく息を整えて立ち上がる外山に向けて、残りの点数を告げる。

「あと三点だ」
「三点なのか?」

 ネットをかけてあるポールの前で試合を見ていた真比呂が尋ねる。隼人は少し肩を落として説明を始めた。

「21点の三ゲームマッチが普通なの。今は一ゲームだけだけどな。あと、20点で同点になったらどっちかが二点多く取るまで続く」
「ずっと二点差つかなかったら?」
「30点が上限」

 真比呂は頷きながら隼人の言葉を聞いていた。バドミントンを競技としては知らなかっただけあり、隼人も新鮮な気持ちになる。

(でも、始めるなら自分で勉強しろよな……)

 隼人も21点ゲームになったのは最近なので勉強したばかりなのだが、披露する機会があって助かったと思う。そこまできて、今が試合中だと思い出した。

「悪い。止めちゃって」
「いいよ。井波君にはルール説明必要だろ」

 謝罪する隼人に外山は笑って答える。もう少しで負けるとは思えないほど、表情を穏やかに保っている外山に隼人は何かあるのか思考をめぐらせた。

(勝つことを諦めてるわけじゃ……ない。でも追い詰められているのも確か。相手の気持ちになって考えるのは限界がある、か)

 息を吐いて余計な思考を打ち消す。ここは迷わず、残り三点を取る場面と判断し、隼人はロングサーブを打ち上げた。コート中央に移動してバックハンドに持ち替えて待ち受ける。

(感覚的に、ストレートドライブが多い)

 試合の間に分析した外山の配球を元にして構える。
 試合を無理ない程度に伸ばし、ある程度相手の配球を見極める。事前の分析が出来れば精度は上がるが、隼人はこうした「感覚的なもの」もある程度信じていた。無論、あえて偏った配球をすることで相手の裏をかこうというプレイはある。
 そこまで考えたところで、隼人は外山の目線を軽く追う。外山は落ちてくるシャトルに対して落下する軌跡の横に構え、そのままドライブを打つような体勢をとっている。あからさまに自分のショットと、おそらくは打つ軌道も見せていた。それが誘いかと疑って、これまでは結局そのまま予想通りのストレートドライブが放たれている。もし、仕掛けてくるならそろそろよいタイミングだ。

(そうだと、分かっているなら……対処は出来る)

 隼人は外山がショットを打つ瞬間に半歩だけ後ろに下がった。ほぼ同時に放たれたドライブはストレート……ではなくクロスに向かう。それまで同じ体勢からストレートしか打っていなかった外山が、遂に逆方向に打った。これまでの複線を遂に処理しようという意図を込めた一撃。
 しかし、半歩下がった隼人はクロスドライブに対して一瞬遅れても反応できている。追いつき、振りかぶっていたラケットを思い切り叩きつける。
 外山にも劣らないストレートドライブをカウンターで相手コートに叩きつけ、隼人は咆哮した。

「しゃあ!」
「……ポイント。ナインティーンフィフティーン(19対15)」

 逆に外山は上を向いてため息を一つついてからポイントを告げる。
 自分のコートに返されたシャトルを拾い。隼人へ向けて軽く打つ。

「もう少しだったな」
「でも、まだ諦めないだろ?」
「そりゃそうだ」

 シャトルを持ち、二十点目を手に入れるためにサーブ位置に立つ。外山は腰を落として更に肩の力も抜いている。出来るだけリラックスしてシャトルを打とうとしているらしい。

(流れ的にはこっちだけど。まだ足りないな)

 最後の一点を取るまでは油断できない。優位に立っていても一瞬の何かでひっくり返される。それがバドミントンだ。

(先に二十一点取ればいいんだから。リードは何の意味もない)

 ロングサーブで外山をコートの奥へと追いやり、中央に腰を落とす。クロスドライブを打ち破ったことで、逆に選択肢が広がった。外山は複線を気にせずに打てる。これでストレートやクロスを自在に打てることになる。

(ここが、最後の山だな)

 外山はストレートドライブを放つ。隼人はバックハンド側のそれに追いつくとラケットを伸ばしてただ当てただけにした。結果、シャトルはふわりと前に落ちていく。外山は難なく追いついて、クロスヘアピンで隼人からシャトルを離すように打つ。隼人もまたその軌道は予想していて、ラケットを伸ばして追いついた。

(ここだ!)

 隼人はロブを上げる気配を最後まで保ちながら、直前でラケットを止めた。正確には手首を使って跳ね上げるようにせず、手首を固定してラケット面を保ったまま上に押し上げたような形になる。隼人自身もギリギリまでロブを高く上げようとしてたために、外山は完全に後ろに下がっていた。シャトルがふわりと浮いて前に落ちるところを確認しながら、外山は諦めずにラケットを伸ばす。しかしラケットはそのままコートに落ちたシャトルにぶつかっていた。

「ポイント。トゥエンティフィフティーン(20対15)。ゲームポイント」

 あと一点で隼人の勝利。それを強調するように言うと井波が「おお」と歓声を上げる。
 詰将棋のように相手を動かし、思い描く結果を導き出せた。それは隼人の神経をすり減らし、体力を奪ったが、その価値はあった。あと一点を取れば勝つ。これから五点連続して取られる可能性は十分にあるが、それでも五点の間に一点取ればよい隼人のほうが明らかに有利。

「ラスト一本だ」

 シャトルを手に取ってサーブ位置に立ち、言う。宣言することで更に外山に有利に立とうとする。
 逆に外山は笑って言った。

「とことん追いつめるな」
「……弱いから、全部を使わないと勝てないんだよ」

 自分の実力は分かっている。
 どのショットも武器というには強くはない。コントロールが良いのは確かに武器になるが、決め技のスマッシュの威力がないためにどうしても試合が長くなる。その間に相手に逆転されるということが多々あった。だからこそ、思考し、相手を得点的にも精神的にも追いつめる技術を学ぶ必要があった。それだけのことだ。
 それは中学時代から変わっていない。それでも県大会止まりで全国にはいけなかった。自分には足りないものがある。これから先、バドミントンをしても報われるとは限らない。
 それでも。

「好きだから、やっぱり止めたくないんだよ」

 試合をしてみて、自分の素直な気持ちが見えてきた。
 最初は気乗りはしていなくても、やはりバドミントンが好きだという思い。
 たとえ芽が出なくても、最後まで諦めたくない気持ち。それは隼人の中にある一つの真実。

「あと一点、取って。外山。お前を仲間に引き入れる」

 サーブ態勢を取り、外山を視界に入れる。外山は笑みを崩さないままラケットを構えた。立ち位置を見ながら隼人は次の手を考える。これまでロングサーブで行ったのだから、最後にはショートサーブで行くか。それともそれを読んでいると見てロングサーブで行くか。
 相手に対して自分の手札を見せていくと、相手がそれを予測するという前提が加わる。それを踏まえての思考パターンを考えると選択肢はほぼ無限というくらいに広がる。悪い時にはそれが足かせとなってしまい、ミスをする。
 今回はどうか。

(悩んだ時は)

 隼人はラケットを思い切り振ってロングサーブを打ち上げた。

(一度リセットだ!)

 コート中央に腰を落とす。いつもの位置で、相手からのシャトルの軌道を見極めようと目を光らせた。ロングサーブはいつもよりも高く、遠くに飛んだようだった。体感を信じるなら、シャトルはロングサーブのシングルスラインの少し前に落ちるだろう。それを相手が見過ごしてくれれば得点が楽に手に入るが、今の状態ならば外山は間違いなく打つだろう。少しくらいアウトだとしても見過した上での得点を恐れてしまうはずだ。

「はっ!」

 予想通り、外山はスマッシュを打ち込んできた。ストレートではなくクロス。その軌道を後追いするかのように走りこんでくる。隼人はその様子を視界に収めて次に打つ場所を決めた。

「はぁ!」

 クロスドライブ。シャトルからすれば真っ直ぐ飛び込んでくる外山へと向けて隼人はシャトルを打ち返した。走りこむ最中である外山からすればシャトルの速度は二倍にも感じるはずだ。そこでどう打つかは隼人の中に一瞬で数パターン思い浮かぶ。今までの経験と、今日、この試合の外山の打ち筋を思い描き、最も可能性が高いルートを選択して一歩前に踏み出した。

「おら!」

 外山はシャトルへとラケット面を立てて真っ直ぐ突き出した。更にカウンターでプッシュを放ち、速度を上乗せして落とすつもりだった。
 それは隼人の予測の範囲。ラケットを伸ばしてシャトルを捉える。

「らあ!」

 威力に押し負けないように思い切り振り上げる。シャトルは軌道が低いロブとなって外山のコート奥へと飛んでいく。前に飛び込んで足でブレーキをかけた外山にはそれは致命的な隙になった。
 シャトルへと視線を向けるも、その場で踏みとどまった体勢のまま見送る外山。
 シャトルはシングルスラインの内側に着弾し、ころりと転がった。
 それからはしばらく二人とも何もしゃべらなかった。荒い息を抑えようとゆっくりと呼吸を繰り返して、次の言葉を発するタイミングを探す。それがいつまでもつかめずにどうしたものかと思った隼人だったが、第三者が試合の終わりを告げた。

「ポイント。トゥエンティフィフティーン(21対15)。勝者、隼人!」
「……ありがとうございました」
「ありがとうございました」

 ポールの前に立っていた真比呂が最後のカウントを言って試合は本当に終わりを告げる。隼人のありがとう、は外山だけではなくその真比呂に対しての発言も含まれていたが、当人は笑って外山に「お疲れさんー」と声をかけていた。

「いやー、強いな。二人がいればいいところまでいけるんじゃね? 俺も頑張って覚えないとな」
「気が早い。まだダブルスの相性とか分からないし。他のメンツを集めるのが先だろ」
「そうか? でも楽しみだなー」

 真比呂の楽観的な考えに隼人はため息をつく。その様子を見ていた外山が笑みを浮かべていることに気づいていぶかしげな顔をして尋ねた。

「どうした?」
「いや……井波君にいい影響受けてるみたいだなって」
「どういうこと?」
「気づいてるんだろ?」

 外山はそこまで言って話題を打ち切った。二人に向けて姿勢をただし、改まった口調で告げる。

「お前らの話通り、バドミントン部に入るよ。よろしく」

 差し出される手は真比呂と隼人の中間に置かれている。それにまずは真比呂が手を重ねて、次に隼人がその上に手を乗せた。照れを誤魔化す為に咳払いをしてから隼人は言う。

「よろしくな」
「よろしく! 純!」

 真比呂も屈託のない笑みを浮かべて同意した。さっそく名前で呼んでいる真比呂に隼人はため息をついたが、外山はそれほど嫌そうでもない。そのノリを楽しんでいるらしかった。
 三人目。外山純が仲間になった瞬間だった。

「さて、これであと二人いれば部活になるな。心当たりある?」

 隼人の言葉に「うーん」と考えていた外山だったが、一人ピンと来たのか二人に言う。

「そうだ。確か、高羽君と同じ組の中島ってやつが……バドミントンのラケットバッグ持ってたの見たぞ」
「俺と……同じ組……中島……」

 単語から一人の人物を思い浮かべる。
 中島理貴(なかじまりき)。確かに同じ組で、目立たない感じの男がいたと思い出す。

「じゃあ、次はその中島に声かけてみるか」
「おっけ。俺から行くよ」

 真比呂に自分から宣言して、隼人は四人目の仲間探しに乗り出した。
 栄水第一高校男子バドミントン部。現在、部員三名。
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