●● SkyDrive! --- 第四話 ●●
隼人が中学時代から使っていた市民体育館は、都合よくバドミントンコートは使われていなかった。大きな場所は大抵強豪校の選手が使っていたりするため、隼人は穴場スポットを求めて街を探し回った。その結果見つけた場所は、多少古く狭いが掃除が行き届いていて、人があまり来ないためバドミントンに集中できる所だった。
「いい場所だなー」
「やっぱり静かに限るだろ」
コート上でネットを挟んで向かい合う二人。Tシャツに紺のハーフパンツと何故か同じ服装に落ち着いている。時刻は午後六時。一度、お互い自宅に帰ってラケットバッグを持ってきたため集合時間が遅れた。フルゲームをやれば夜遅くになる可能性はあった。
「一ゲームだけでいいだろ? 夜遅くなるし」
「オッケー」
隼人の提案に外山はすんなり受け入れる。その様子を見ながら何を考えているのか分析しようとした。
(この試合。俺の実力を見るのも目的だろうけど……多分、これで入部を決めるとかそういうことじゃないはず。言ってきたけどそこまでやる気あるわけじゃないみたいだし)
この試合で何かを決めるという意思が外山には希薄だった。
しかし、実力を試したいという思いは伝わってくる。やはり試合はしてみたいようだった。
「おーい! 隼人! 勝てるのか!?」
「名前呼ぶなって……まあ、出来るだけやるよ」
コートの外から言ってくる真比呂に言い返してから、試合を始めようと隼人は外山に言う。シャトルは隼人が自分の水鳥球を持ってきていた。
「あいつはやったことないから、セルフジャッジでいこう」
「了解ー。じゃあ、じゃーんけーん」
いきなりじゃんけんを始めた外山のペースに何とか乗って、手を出した。外山がチョキで隼人はグー。持っていたシャトルをそのまま取得して、サーブ位置に立った。
「ラブオールプレイ。お願いします」
「お願いしますー」
互いに言い合ってから隼人はサーブ体勢をとる。外山の立ち位置を確認してから、ロングサーブを高く打ち上げた。
(狙うのは、左隅!)
自分から見て左奥――外山から見れば右奥――のライン上にシャトルを落とそうとする。久々の試合だけにちゃんと狙った場所に打てるか不安だったが、外山が見過ごして落ちたシャトルは、シングルスのサーブラインにしっかり落ちていた。
「……ポイント。ワンラブ(1対0)」
外山はそう言ってシャトルを拾い、隼人へと返す。先制の一打としては上出来だと、隼人は心の中でほっとする。狙ってはいたが、綺麗に決まるとは思っていなかった。だが、それを表には出さずあたかも狙い通りという体を見せることで試合を優位に進められるはずだった。
「やるなー。コントロール抜群だ」
「それだけが特技なんだよ」
シャトルを手にとって、次のサーブ体勢に入る。狙うのは外山の左サイド。左のライン上に向かってシャトルを打ち上げ、十分に体を入れて打ってもらう。おそらくはスマッシュを打ってくるはずだ。そこで、外山の戦力の一つが分かる。
「一本!」
気合を一つ入れてから、高くサーブを放つ。今回はスマッシュを打たせることが目的のため出来るだけ打ちやすいシャトルを上げる必要があった。それでも、レシーブできる余地を残すために、こちらもしっかりと腰を落として体勢を整える時間を取る。シャトルは狙い通り左サイドの奥へと向かい、外山は落下点に入ってオーバーヘッドストロークでシャトルを打ち抜いた。
「はっ!」
突き進むシャトルはクロス。隼人は中央で構えており、目の前をシャトルが通り過ぎていく。速いが飛距離の分、隼人の目には十分レシーブできるものに映る。
(そこだ!)
バックハンドに持ち替えて、飛んできたシャトルをプッシュして弾き返す。ドライブ気味に飛んでいったシャトルに外山はサイドステップで追いついてストレートのドライブを打ち込んでくる。その時には隼人は一歩前に出て、バックハンドのまま手首を返し、逆サイドのネット前にヘアピンを打っていた。シャトルは威力を殺されてネット前に落ちていく。外山はドライブを打ち返してからのタイムラグが短かったために追いつけなかった。
シャトルがネット前に落ちて、軽く跳ねる。隼人は自分の得点を呟いた。
「ポイント。ツーラブ(2対0)」
二点目までで、武は既にコントロールの良さを見せている。だが、外山からはあまり情報を得られていない。得点は取れているが、得意なショットや苦手なショットという情報が見えてこなければ、先に苦戦することになる。隼人はコントロールが良くても体力には自信がなかった。もし長期戦になれば、逆転される可能性はある。それまでに相手のショットを引き出さなければいけない。
(ただ、勝つんじゃだめだ。勝ち方をちゃんとすることで、外山もついて来てくれる)
シャトルには隼人のほうが近かったが、試合ということであえて外山に取らせようと自分の場所に立ち、シャトルを受け取るのを待つ。外山もその意図を察知したのか、早足でネット前に近づいてシャトルをラケットですくい上げるとそのまま隼人へと放る。中空でラケットを使って受け取り、左手に持った。
「外山。どうした? このまま行くぞ?」
「……まだまだ。それにしても凄いコントロールだよな」
「コントロールだけさ」
軽く答えてから構える。そこからは外山も口をつぐんで、試合へと意識を集中する。隼人は脳内で碁盤のマス目のように相手のコートエリアを枠で区切り、次の打つ場所を見定める。今度は中央のラインの上に落とすような軌道でロングサーブを放った。飛距離的には短いため、高く飛ばして時間を稼ぐ。中央から左右どちらの方向を狙うのか。あるいは体目掛けてスマッシュを打ち込んでくるのか。更には前に落とすのか。どの戦術を取ってくるのかを眼に焼き付けるため、隼人は腰を落として視線を集中させた。
「はっ!」
外山は隼人の意図通りスマッシュを打ち込んできた。方向は、最短の距離である真正面――つまり、隼人の真正面。速度はそれほど速さは感じない。隼人はバックハンドでシャトルを前に打ち返す。
(スマッシュは速いほうじゃないかもしれない。手の内を見せないために意図的に速度を落としているのかもしれないけど……腕の振りを見るとそこまで手を抜いてるわけじゃなさそうだ)
外山は前に飛び込んでクロスヘアピンで前に落とし返す。隼人はシャトルに追いついて、ロブをストレートに上げた。外山の左サイドに落ちていくシャトル。それもライン際へ落ちるように打ち、その通りの結果になろうとしている。外山は気づいて追いかけるが、ラケットはあと少しというところで届かない。
シャトルは綺麗にシングルスのライン上に落ちた。
「ポイント。スリーラブ(3対0)」
隼人はカウントを呟いた分、心の中で咆哮する。久しぶりの試合なのにコントロールは衰えていない。それどころか最後に試合をした時よりも調子が良かった。油断は禁物だが、今はこの調子の良さに乗って得点を重ねていくべきだろう。
「そろそろこっちも本気出すわ」
隼人が心の中で攻めることを決めた時、外山の口から一言呟かれた。
隼人はその呟きに注意しながらサーブ姿勢を整える。対する外山は腰を低くして、まるでダブルスでのレシーブ体勢だ。その意図を確かめるために、特に高くシャトルを打ち上げる。
腰を落とした体勢から背筋を長く伸ばしてオーバーヘッドストロークをするのは体力を消費するはずだ。もし自分がとりやすい体勢をとっただけならばただ体力を消費させていくだけになる。
だが、外山は腰を落としたまま素早く移動してシャトルの落下点の左横についた。そのままラケットをサイドスローの要領で振りぬく。ストレートドライブが隼人の右サイドへと食い込んできた。
(これは――)
シャトルへとラケットを伸ばす。しかし、それに掠ってシャトルは隼人のコートの奥へと着弾していた。
「……ポイント。ワンスリー(1対3)」
動揺を悟られないように呟いてからシャトルを取りに行く。あくまでも想定の範囲内だったというように見せておこうと務める。シャトルを拾い上げて羽を整えて、隼人は軽く打って外山へと渡した。
(凄いな。一発で俺が三回くらい打った時よりぼろぼろだった)
明らかにドライブの威力は桁違いだ。隼人は脳内にある外山の情報を少し書き換える。もう何個か情報を得られればより対策を講じられるかもしれない。そう思うと、次の手を何にするか考える。
(ドライブが得意なのは間違いなさそうだ。アレ以上のショットがあるとは考えにくい。なら――)
隼人は次のために構える。外山もサーブ姿勢を取って隼人をけん制していた。バックハンドでショートサーブを打つような構え。ダブルスならまだしもシングルスならそこから上げるに違いない。単に慣れた姿勢だからなのか前に落とそうとショートサーブを打つのか。どちらか迷っている間にも時間はずれる。
(ロング、こい!)
隼人の念が通じたかのように、外山はロングサーブを打ってきた。それも高さやコントロールも良い。高く上がったシャトルに追いついて隼人はストレートにドロップを打つ。今までのようにコースを厳しく狙ったものだったが、一点違うのは外山が取りやすいかどうか。
(あそこなら、取る!)
ラケットを前に突き出して飛び込んでいた外山の姿。突き出したラケットを更に一瞬だけ突き出し、不規則な回転をかけてシャトルを落としていた。他のプレイヤーは一瞬手がぶれたことも気づかなかったかもしれない。
(やっぱり。外山は、ダブルスでこそ真価を発揮するんだ)
「ポイント。ツースリー(2対3)」
隼人の内心を他所に、外山はもう一つ得点のコールを重ねていた。
シャトルを拾い上げて外山はサーブ位置に戻る。隼人はゆっくりとレシーブ位置につきながら外山の武器を分析する。
(ドライブとネット前のヘアピン。二つは間違いなく俺より上だろうな。あとは、後ろに出来るだけ打ち込んで飛距離を伸ばしてその間に取る。ヘアピンが出来ないくらいぎりぎりにドロップを落とすこと)
自分の手持ちのショットを考慮して、外山に有効なショットを考える。後ろに追い詰めるような打球を連発すればいずれは隙を見せるのではないか。次の外山のサーブをとりあえずシングルスラインぎりぎりのところに落としてみようと決め、構える。
外山は隼人の内心をどう見たのか、一度息を吐いてゆっくりとラケットを振りかぶる。
「一本!」
声と共に打ち上がるシャトル。出来るだけ遠くに飛ぶようにと打ち放たれたシャトルはその意思に従って隼人のコートを侵食していく。それは隼人をコートの外まで出し、そのままシャトルもラインを割っていた。
「ポイント。フォーツー(4対2)。サービスオーバー」
「あっちゃー」
外山がネット前で頭を抱えている。声だけ残念がっていても特に落ち込んではいないようだった。わざと軽く言って自分の失敗したことによる負の気持ちを外に流しているだけかもしれないが。
(コントロールはそこまでじゃないな。あれだけ力任せに打ったらアウトになる)
一度深く息を吸って、吐き出してから外山を見据える。
集中力が高まり、鼻先に外山の姿が迫るような錯覚の後でコートの隅から隅まで俯瞰して上から見るような錯覚を起こして、隼人は碁盤の目をコート内を割り当てる。
割り当てられた四角の面一つ一つに上手くコントロールしてシャトルを落としていけばよい。
(外山。俺もここからだぞ)
シャトルの羽を整えてからサーブ体勢をとる。今まで後ろに飛ばしてきた分、コントロールを気にしているのか外山は多少は後ろに構えている。ここで前に打てば優位に立つかもしれない。
(でも、あのヘアピンがあるから分からない)
もしもショートサーブを読まれてヘアピンで返されれば、いくらコントロールの良い隼人でも上手く返せる自信がない。それほどまでに芸術的なヘアピンを見せられたのだ。
(やっぱり攻めるなら後ろ。そして後ろなら、あのドライブを攻略するしかない)
隼人は自分の方針を勢いづけるように、叫んだ。
「一本!」
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