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● SkyDrive! --- 第三話 ●

 他にも細々したことはあるが、どれも部として成立した後で必要なことだと谷口は続けて語った。しかし、それは自分が面倒を見ると言う。

「だから、貴方たちは後三人、メンバーを集めてきなさい。そうしたら私が指示してあげる」
「あ、ありがとうございます!」

 井波は谷口の好意と取れる発言の数々にお礼を言うだけだ。だが隼人はいまいち納得できずに口を挟む。

「でも、どうしてそんなに面倒見てくれるんですか? 女子だけでも大変じゃないですか?」

 隼人の言葉に谷口は眉を片方上げて訝しむ。井波も慌てて「いいじゃん」と言うが隼人は続けて口を開いた。

「いきなり部を作りたいって来た生徒に教えてくれるのは、別にいいんですけど。部員集めるだけであとは何とかするってどうしてそこまでしてくれるのかなって気になってるんです。女子は月島さんが全国区でしょうけど……男子は休部前も目立った戦跡はなかったはずです。二つの部の顧問って大変だろうし。女子の練習スペースも減るかもしれないし」
「簡単よ。私はね、バドミントンが好きなのよ」

 谷口の答えに隼人は窮する。その口調はふざけておらず、本気としか取れない。真意を測りかねていると受け取ったのか、谷口は少しだけ笑い、言葉を続ける。

「元々男子バドミントン部の顧問もやるって言ったのよ。でも男子バド部の顧問だった先生がちょうど転勤したし、新入部員が入らなかったこともあって女子バド部を強くするために専念してほしいって言われたから仕方なく受け入れたわけ。こうしてまた作りたいって言ってくれる生徒が来るのを待ってたわ」
「……そうなんですか」
「そうそう。だから貴方たちを応援させて。男子と練習するのは女子にもメリットになるしね。両方の顧問になるのもそれで納得させるわ」

 そこまで聞いて、隼人は分かりましたと頭を下げた。そこで話はほぼ終わり、五人そろえたらまた来て欲しいということで職員室を辞する。
 そのまま帰ろうと靴箱のところへ向かう間、井波は両手を頭の後ろで組みながら呟いた。

「あと、三人かー。誰がいるだろ?」
「俺が知ってる強い奴らって皆、他の高校行ってるからな。ここに来てるのは多分、俺と同じくらいか……よく名前は分からん」

 井波も隼人も残り三人のあてを考えるが、人物は浮かばない。
 唸っているところにそれまで後ろを静かについてきていた井上が声をかけてきた。

「私、一人だけ知ってる」
「本当?」
「うん。A組の外山君が確か、バドミントンやってたよ。試合会場で何度か見かけたし」
「……井上はそういうの多いよな」
「えへへ」

 隼人自身にはほめたつもりは無かったが、井上はそう受け取ったのだろう。笑いながら頭を掻いている。それを否定することもないだろうと、隼人は早速その『外山君』を探すことにした。

「探そうかって思ったけど……もう帰ってるよな」
「多分。明日、聞いてみるか」
「りょーかい」

 井波と井上も同意し、隼人はとりあえず帰ることにする。
 靴箱まで来て外履きに履き替えてから外に出ると、ちょうどランニングに行っていた野球部とバスケ部に遭遇した。よほど速く走ったのか誰もが息を切らせながらうなだれている。

(はぁ……大変だね)

 バドミントンもやり始めればこれくらいの体力トレーニングはするのだから人事ではない。横目で見ながら隼人たち三人は自転車置き場まで進む。そこで井上がいきなり「はい」と手を上げて二人に提案した。

「せっかくお近づきになれたことだし、ちょっと寄り道していかない?」
「いいねー。いろいろ話して仲良くなるのは良いね」

 井上の提案に井波は二つ返事で乗ったが、隼人は首を振って否定した。

「俺はパス。井波と井上二人で部のこと考えておいてくれよ」
「男子部のことなんだからお前も必要だろ!」
「まだ、俺はパスー」

 抗議の声を上げる二人を尻目に、隼人は自転車に跨ると一気に加速していった。少しして振り返ると、二人は辛うじて判別できる程度の小ささになっていた。どうやら寄り道することにしたのか、二人一緒に反対方向に自転車を走らせていく。

(男子バド部を始めるなら、今から用意しておかないとな)

 隼人の頭の中には既に、バドミントン部を結成する前にやること。結成された後からすることが脳内に浮かんでいく。春休みで軽く打っていたことがまだ救いになる。後は、本格的に行うにあたってどれだけ体を鍛えなおせば中学の全盛期まで持っていけるか。ただでさえ受験勉強で鈍っていたのだから。

「楽しみ、なのかな」

 自然と口から独り言として漏れる。楽しいのは間違いない。今も、井波たちの前でバド部の結成にわくわくしている自分を見せると、後で色々と言われそうだと離れるしかなかったのだ。だが、心のどこかにしこりが残っている。未来に向かって楽しもうとしているのに。
 月島の姿が頭を過り、胸の奥にチクリと針が刺さったような痛みが走った。

(……まずは外山君とやらを探しますか)

 その痛みから目を背けて、隼人は今まで考えていたことに意識を向けた。
 同じ神奈川県ならば、試合のプログラム内に名前はあるはずだ。
 どこに閉まったか思い出しながら、隼人は自転車を加速させていった。


 * * * * *


「見つけたよ、外山 純(とやま じゅん)」

 隼人はそう言って、目の前の井波に試合のプログラムを見せた。中学時代最後の大会。中体連――インターミドルの試合プログラムだ。隼人は二回戦止まりだった大会。そして外山は。

「へー、一回戦負けか」

 昼休みということで、井波も弁当を持ってきて、隼人の机に広げてる。前の席の本当の所持者は別の場所でご飯を食べていた。隼人はさりげなく謝罪し、当人は苦笑しながらOKと呟いている。

「そこから外山の戦跡を洗ってみたけど、とりあえず俺の知る限り、勝ってる試合は無い」
「って、お前。全部の試合の結果付けてたの?」
「相手がどんなやつなのか少しでも知りたいからな。自分が当たった時の戦略に役立たせるために」
「隼人はそういう戦略を立てて試合するタイプってわけだ」

 タイミング良く米を口に頬張っていたために頷くだけで答える。
 隼人のプレイスタイルは相手の弱点を今までの試合や自分の試合中に探り、そこを突いていく。そのためにコントロールだけは鍛えて、様々な球種をいろんな場所に打てるようにしていた。ドロップも今は無理だが、全盛期はシャトル一個分から三個分くらいまでの誤差で任意の場所に打ち込めた。結局は、ベスト8以上となると相手の弱点を見つける前に押し負けるか、見つけても対応できずに負けるかだったのだが。
 人よりもコントロールが良いだけでは勝ちきれない。そんなことを思い知らされて、最後の大会は終わった。
 寂しい思い出を噛み砕くように米を食べて、飲み込んだ。

「外山と当たったことは小学校から中学校にかけてもない。神奈川は人口がある程度あるから、そういうのもあるだろうな」
「ふーん。なら、こいつはたいしたことないってことか?」
「そうでもないさ。ここ見てみな」

 隼人はトーナメント表の外山の名前の横につけている数字を指差した。
 21−17
 21−18
 二つの数字が並んでいる。井波は何のことかと首をひねったが、すぐに思い至って隼人に言った。

「これ、スコアか」
「そう。俺らが中三の時、バドミントンはラリーポイントの21点ゲームになったんだ。一昨年までは15点で、サーブ権あるほうにポイントが入るルールだったんだけど変わったんだよね」
「なるほどな。そのほうが俺は燃えるな」
「バスケも似たようなもんだからか」

 そうだな、と言うようにおにぎりを頬張りながら頷く井波。聞いているという前提で隼人は先を続けた。

「この試合は結構競ってる。どういう流れだったのかは分からないけど、得点だけ見れば勝ってもおかしくない。他の試合もメモッてる分だけ見てたら同じような感じだった」
「つまり弱いわけじゃないけど、何か足りないタイプってやつか。そういう奴バスケにもいるわ」
「そこらへん、運動系だから話通じるな」

 隼人は弁当の残りを平らげてから考える。
 外山はおそらく何かもう一つあれば、一気に勝てるようになるはずだ。それが何なのか分からないが、自分でも何とかしたいと思っているはず。逆に負け続けたからバドミントンはもういいと思っているかもしれない。どちらにせよ、声をかけるときに気をつけないといけないかもしれない。

「隼人。考えすぎだぞ。とりあえず誘ってみようぜ」
「……そうだな。まあ、断られたら次を探せばいいだろうし……って、さっきもそうだったけど、何でいきなり名前で呼ぶ?」

 話の流れを切って、率直な疑問を井波にぶつける隼人。悪びれずに井波は返した。

「なんか苗字で言うのって違和感あるんだよねー、俺。仲良くなった奴は皆、名前で呼ぶんだ。あるいはあだ名とか。あだ名あるなら言うけど」
「いや。あだ名はないさ。隼人って言いやすいんだろうな」
「なら隼人で。お前も真比呂って呼んでいいよ」
「俺はいいよ」

 井波はもう決定事項ということなのか、弁当を平らげて席を立った。放課後にA組に行くことにして廊下へ出て行った。隼人は一つため息をついてから弁当箱をしまい、また机に突っ伏す。

「高羽君はいつも寝てるねー」
「……基本睡眠足りてないんだよ」

 残り時間、惰眠をむさぼろうとした瞬間にかけられる声。既に相手が井上だと分かっていたために顔も上げずに言う。

「勉強してるの?」
「五時間目の数学の小テストに手間取った」
「あ、私もあそこ難しかった」

 隼人にしては、体力を取り戻そうと前日の夜から始めたランニングの後で勉強していたから寝るのが遅くなり、眠かったのだが。それをまだ言う気はなかった。
 結局、井上は隼人と最後まで話していた。次の数学の小テストに眠くて寝てしまわないかと不安になりながら教科書の用意をする羽目になった。


 * * *


 外山純を初めて見た印象は、ずいぶん小さいというものだった。
 身長は隼人や真比呂に比べたら更に低い。当人に聞けば162センチらしい。それでいて体重も少なく、身長の割にも小さく見える。
 掃除終了後にA組に行ってみれば、ちょうど外山は帰るところだったらしく鞄を持って出ようとしていた。顔が分からなかったために真比呂が「外山ってやついるか?」と尋ねたところ本人というオチ。運は良いようだ。

「今、男子バドミントン部を作ろうとしてるんだ。ぜひ、入って欲しい」
「いいよー」
「何か条件があるなら……って、え?」

 外山の返答に真比呂は続けようとした言葉を飲み込んだ。あまりにもあっさりと承諾されたような気がして、再度問いかける。

「えーと、入って、くれるのか?」
「別に断る理由ないし。いいよ」

 さすがに隼人も拍子抜けする。何か条件でも付けられてそれに奔走しなければいけないのではないかと何故か思っていたからだ。例えば「俺に勝ったら入ってやる」とか。そういうのは物語の中だけなんだろうと隼人は嘆息した。落胆は気づかれないように。

「あ、えーと。じゃあ。三人目ゲット! ってことでいいんだよな?」

 自分の進む方向に自信が無いのか、真比呂は隼人に助け舟を求めるように目で訴える。隼人は一つ息を吐いて、真比呂の横から一歩進み出た。

「外山。入ってくれるなら嬉しいよ。一緒に頑張ろう」
「うん。俺も中学で終わるにはもったいないなーと思ってたんだ。一緒にやらせてよ」

 あっさりと、特にドラマもなかったが一人加入してもらえた。
 栄水第一男子バドミントン部結成まで、あと二人。拍子抜けしている感はあるが一歩前に進める。
 しかし、外山は二人に向けて「一つ」と前置きして言った。

「どうせやるなら勝ちたいんだ。だから、実力確かめておきたいんだけど」
「実力……」
「高羽君は中学時代に名前や姿見てたけど、井波君はいなかったよね?」
「俺はバスケ部だったからな」

 外山は「ふーん」と少し俯き、顎に手を当てて何かを考えているようだった。そこから顔を上げて、隼人を見る。

「なら、高羽君。俺と今日打ってくれよ」
「え?」

 唐突な申し出に隼人は思わず気が抜けた声を上げてしまう。外山は同じことを繰り返す。

「俺と今日、試合してよ。それに勝ったら部に入るとか、良くない?」
「え、なんでいきなりそんな展開に?」
「そうしたほうが燃えるかなーと」

 外山の思考の流れが良く読めない。まさか、真比呂や自分が考えていたようなスポ根展開を読んだというのか。外山はもうその気になっているのか、ラケットバッグを家から持ってきてから市民体育館に行くなどと自分の行動を呟いている。

「な、いいだろ?」
「……いいよ」

 そう言うしか道はない気がして、隼人は言葉を返していた。
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