一月も残り一週間となった月曜日、午後から授業はなくなって変わりに雪中サッカー大

会が行われることになっていた。天候は……暴風。はっきりいって吹雪の強さにボールを

見失いそうになっているにも関わらず、大会は開かれるらしい。実行委員長――ガラナ党

会長曰く「今日やらなければ他に日が取れない」とのことらしい。そんなになってまでや

る価値があるのだろうか?

 参加チームは一年と二年生の一部。そして観客は皆無。

 ほとんど参加者であり、悪天候のせいもあって全然気持ちが盛り上がらなかった。



「本当にこんな中やるの〜?」



 翔治が弱弱しい声音で俺に言ってくる。俺も返答しようがなくて、姿が見えない支倉を

探した。俺達が思い切り抗議したから、会長に状況を聞きに行っていた。俺達はジャージ

の上に冬コートを着込んでいたけれど、吹きつける風の冷たさに負けそうになっている。



「体育館の影にでも隠れようぜ」



 信はそう言って俺達の同意を待たずに駆け出した。このままここにいなければ支倉が戻

ってきても誰もいないということになるけど――



「いこう」



 すんなり決めて、皆で避難した。







「お前ら……酷いぞ」



 三十分経って天候はさっきとはうって変わって晴れ渡った。冬の天気は本当に変わりや

すい。でもそれだけに、これからサッカーをしていたらまた吹雪くということもありえる

けれど。

 そんなことを考えていると、俺達を必死に探していたのか息を切らせた支倉が更にたた

み掛けてくる。



「お前等っ! ……はぁ、もういいよ。でだ。十分したら早速第一試合だから」

「なんで?」



 翔治も信も俺と同じように支倉に見ていた。支倉は雪で濡れないようコートのポケット

に入れていた紙を取りだした。くしゃくしゃになっていたが、それはトーナメント表らし

い。

 そして、一番端に俺達のチーム名が書かれていた。



「ていうか、いつの間にチーム名を『ガラナメイト』にしてるんだ?」

「いいだろ! お前達全然決めなかったんだから! いいから青島と合流しよう」



 支倉はトーナメント表をしまいながら青島の姿を探す。さっきからいなかったからすっ

かり存在を忘れていたが、青島もチームメイトだ。

 周囲を皆で探していると、体育館から外に出れる入り口から青島が現れた。

 青島を見て、「吹雪がやむまで外に出ることもなかったんじゃないか」と気づいてちょ

っとだけ落ち込んでしまった。どうやら信や翔治も同感のようで、面白いくらい同じよう

に肩を落としている。もちろん、支倉は気にしていない。俺達の落胆の意味に気づいてい

るのか青島は少し口元に笑みを浮かべながら近づいてきた。



「気持ちいい天気になったわね、さっきとは違って」

「そうだな。さっきとは違って」



 俺は皮肉を込めて言ったけれど、青島もそれを分かっていてすんなり受け流した。

 彼女と一緒についてきた中村は翔治の頭の上に乗っていた雪を払ってやっている。信は

自分で雪を払い落とし、周囲を見回していた。



「なあ、そろそろ試合じゃね?」



 信が言いながらグラウンドを指差す。

 雪中サッカーはサッカーグラウンドの半分を使って行われるために、隣り合って二試合

できる。そのうち片方はすでに二チームが揃っていて、もう一方の場所には……一チーム

五人が立っていた。



「あ、いそげー!!」



 支倉が叫んで駆け出す。俺達はそれに引っ張られるように走った。なんだかんだ言って

始まってしまうものは仕方がない。勝負なら……負けたくないしな。



(頑張りますか……)



 走りながらふと隣を見ると、青島と中村が息を切らせながら走っていた。

 中村の前で久しぶりにいいところを見せても良いかもしれない。



* * * * *
 まとわりつく雪を振り切りながらサイドラインぎりぎりをドリブルしていく。すでに雪 まみれになったボールはほとんど転がらないし、重くなっていくから蹴りにくいことこの 上ない。  それでも俺はボールを上手く蹴ってゴール前に進んだ翔治へとボールを送った。  翔治は固まって守る相手選手よりもちょっとだけ高く飛び、ヘディングでボールをゴー ルへと叩き込んだ。これで五点目。そしてちょうどよく試合終了の笛が鳴る。  翔治は体全体で喜んでグラウンド中央へと走っていく。  他の四人も翔治へと近寄っていった。 「ご苦労さん」  俺が労いの言葉をかけると、翔治は本当に嬉しいのか満面の笑みを浮かべて俺に言い返 した。 「これで決勝だねぇ」 「あと一つでガラナ!」  翔治の歓喜に乗じて支倉も上機嫌だ。何しろあと一つ勝てば優勝で、ガラナをもらえる んだから。毎日飲んでいるのに良く飽きないものだ。  でも支倉はどうやら忘れているらしい。  とりあえずグラウンドの外へと歩きながら言ってみる。 「お前さ、俺達の当初の目的を忘れてないか?」  支倉は俺に言葉に一度首を傾げると、「あっ」と短く声を出した。どうやら思い出した らしい。  そう。目的は優勝ではなく準優勝なんだ。 「さて、どうしようか」 「ここまで来たら優勝したいわね」  青島はそう言って少し離れた場所で俺達を待っている中村の顔を見た。中村がもう少し チケット多く手に入れて皆でスケートに行きたいと言い出したからこれに参戦したんだ。  優勝してしまったらその目的も達成できなくなってしまう。 「でも……手を抜いて勝つにも難しいよな」  決勝の相手の試合は俺達の一つ前に終わったけれど、かなり強い。本気でやって五分五 分というところだ。手を抜いたらおそらく差が開いて負けるだろう。それだと、八百長だ と言われかねない。かといって本気でやったなら、勝つ可能性も充分あるわけで。 「うーん……困った」 「何が?」  中村の傍まで来て頭を抱えた俺に中村は訪ねてきた。少し迷ったけど、素直に今の状況 を話すことにした。  ――少しの間、話を聞いていて中村の一言。 「いいんじゃない? 本気で勝ちに行っても」  何を悩んでいるんだろうとでも言わんばかりにさらりと言う中村。俺達が何に悩んでい るのか全く分かっていないようだから、もう一度説明しようとする。でも俺を掌一つで遮 って、中村は言葉を続ける。 「最初はチケット狙いだったけれど、相手が勝てそうなら勝ちに行こうよ。勝ったとして、 もしかしたらあっちもガラナのほうが良いかもしれないでしょ? 交換してもらおうよ」  そういうことか。中村はどうやらチケットを手に入れられようと、そうでなかろうとど うでもいいみたいだ。あったら嬉しいが、なくてもデメリットはない。皆ではスケートに タダ券で行けないけれど、何人か自腹ならいいだろうと思っているようだ。  それはそれで、少し寂しい気もするが……。 「……高瀬君、嫌?」  いきなり俺に質問してきた内容が理解できずに、首をかしげた。中村は少し不安げな表 情を向けてきている。どうして俺にそんなことを言うんだろう? そんな不安な表情を向 けるんだろう? 「あ……いや、特に嫌じゃないよ。とりあえず勝ちに行こうか」  中村にというよりも他のメンバーに向けて言う。支倉達も中村の様子が普段と違うこと に気づいたのか困惑していたけれど、俺の言葉に反応してわざとらしく頷いた。 「おうおう! よっしゃー! 優勝狙うぜ!」 「いっちょやってみるかな」 「頑張ろうね!」  支倉も信も翔治も自分を鼓舞するように拳を突き上げたりしている。そんな中で青島だ けは中村の傍について何やら耳打ちをしていた。  気になったけれど、ここは青島に任せよう。 『これより五分後に、雪中サッカー決勝戦を開始します』  いつの間にかアナウンス部がセットされていて、わざわざメガホンで俺達に伝えてくる。 空を見ると少し曇ってきていた。 『雪が酷くなってきたので、いきなりですがVゴール方式となります』  そう放送が聞こえた瞬間、俺は血の気が引いていた。そりゃあ、あまりの寒さに身体は 凍えていたから引く血も固まってるかもしれないけれど、それでも絶望に目の前が暗くな る。何故なら、俺がちょうどボールを奪われた瞬間に放送が聞こえたから。 「止めろ!」  さっき降り出した雪は風を伴って吹雪となり、俺や他の選手の体にまとわりつく。あっ という間に白く染まって、動きが鈍くなってしまった。  走り続けていないと凍えてしまいそうだ。 「翔治!」 「おっけい!」  ちょっと離れるともう誰が誰だか分からないほどの白さ。  あてずっぽうで名前を呼ぶと答える声が聞こえた。  でも、あっさり抜かれてしまってる。 「止めないとやばい!」  すでにボールを持った敵選手はゴール真直に迫っていた。信も青島もボールカットに向 かおうとしていたみたいだけれど、敵選手が上手い具合に立ち塞がってボールを持った男 まで近づけない。後は支倉に頼るしかなかった。 「おっしゃー! ばっちこーい!」  ゴールキーパーとして残っていた支倉が両手を広げたらしかった。必死に走るけれど敵 がシュートを打つほうが早い! 「はせくらぁあ!」  もうお前の奇跡に賭けるしかない!  そう思って叫ぶのと、支倉がやまを張って飛ぶのはほぼ同時。  そして――支倉の手の中にボールが収まった。  次の瞬間、俺は走り出していた。敵は全員ここで決めようと思ったのか俺達のゴール前 に来ていた。  そう、相手のゴールキーパーまでも。  まさか支倉が止められるとは思ってもいなかったんだろう。確かにキーパーと一対一で、 何とか弾いても仲間が押し切るだろう展開だったから。支倉が間近のシュートを取れたこ とが本当に奇跡だったんだ。 「支倉! 思い切り蹴ろ!」  信の声が聞こえて、その後にゴールが蹴られる鈍い音がする。俺はとにかく前を見て走 り続けた。後ろから必死に俺を追ってくる足音も聞こえる。少なくとも三人か。一人はゴ ールキーパーに違いない。 「青島!」  どうやら支倉の蹴ったボールは信が受け取ったらしい。青島の名前を呼んでから聞こえ たボールの音。信がキープして、青島へとパスを送ったんだ。  その時点で俺はゴール前に来ていた。  振り向くとやはり敵選手三人が俺に向かってる。  だけど――俺達のほうが一瞬早かった。 「青島!」  吹雪の中に見える青島に言って手を思い切り振った。そのサインをちゃんと見てくれた からか、青島はボールを高く蹴り上げる。  ボールは風に吹かれながらも俺のほうへと向かってきた。  ジャンプしてボールをトラップしようとすると向かってきた三人も一斉に飛び上がる。  ――作戦、成功だ。 「翔治!」  俺は頭上を通り過ぎていくボールを見ながら翔治の名前を言った。そして俺に迫るよう に飛び込んでくる敵の顔も見える。  明らかに驚きで顔が歪んでいた。  俺を過ぎたボールは多少ゴールから遠くまで行ったが、翔治は的確に受け取って、最後 の一蹴りを叩き込んだ。
* * * * *
「まさか本命は翔治だったとはな」  教室の暖房の前で暖まりながら、俺達はガラナを飲んでいた。出来れば暖かい飲み物を 飲みたかったが、支倉に押し切れてしまった。中村だけが熱いコーヒーを飲んでいる。 「試合の最初から決めてたからね。あの戦法は」  信の問い掛けに対して翔治は笑って答えた。確かにあのおとり戦法は決めていたけれど、 まさか使うとは思ってもみなかった。相手が全員攻撃してこないとまず効果がないから。 「でも、これでチケットは――」 「あ、それならもらったよ、ほら」  中村はそう言ってチケットを二枚出してきた。俺達はあまりのことに固まってしまう。 「二位の人達にくださいっ! って言ったらくれたよ。いい人達だね」 「……中村もなかなかやるな」  俺は思わず吹き出してしまった。それにつられてか他の皆も笑い始める。  中村だけがよく分からなさそうに首をかしげていた。


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