「あー、お前ら、元気してたか?」



 荒木先生は年が明けても相変わらず……かと思ったら、トレードマークのアフロ髭をす

っぱりと剃っていた。そのために最初に教室に現れた時には誰だか分からなかったほどだ。

 大量の顎鬚がなくなったからか朝のホームルームの中で何度も顎を手でさすっている。



「残り三ヶ月でお前達も二年生だ。そこらへんを意識して学業に励んで欲しい。以上」



 そこからいくつか連絡事項があって、あっさりと朝のホームルームは終わった。思えば

これも久しぶりだ。冬休みは三週間ほどしかなかったのに、もう二ヶ月くらい学校にきて

なかったような気がするのも不思議だ。やっぱり学校は意外と大きい存在らしい。



「なんか久しぶりだよね」



 次の授業までの間に、俺の傍に中村が近づいてきた。中村の制服姿を見るのも同じく三

週間ぶり……。久しぶりに見ると制服っていいかもしれないと思う。最初に中村を見たと

き、制服を着るために生まれてきたみたいなことを思ったことがあったが、あながち間違

ってはいないんじゃないか。

 ……なんかそう考えると変態みたいだ。



「高瀬君。えっちなこと考えてない?」

「まさか」



 即座に答えたことが逆に中村に事実を確信させてしまったのか、妙に勝ち誇った笑いを

浮かべながら中村は去っていった。

 一体何だったんだろう……。中村としても新年会以来だから皆と話すこと自体が嬉しい

んだろうか?

 疑問符ばかり浮かんでくる。どうにも頭はまだ休みモードらしい。



「おー。おはようさん」



 がらっと教室のドアを開けて入ってきたのは古典の高田先生だった。クラスの空気の中

に緊張感とは真逆の気配が生まれる。俺も正直、今まで忘れていた。新学期一発目に眠り

の高田とは……やってられないかもしれない。

 実際、すでに寝る体勢を作っている奴もいる。いつもの風景だ。



(やっぱり、休みも良いけれど学校もいいなぁ)



 しみじみと思っていると早速先生が授業を始めた。

 そして……いつの間にか瞼が下がっていた。



* * * * *
「と、いうわけで、冬休み明けもほとんど寝てすごしたわけだ」  支倉は古典の時間、堂々と黒板の前で寝ていたというのに俺を批難してくる。先生もあ まりに堂々と寝られるものだから呆れたのか注意も何もしない。支倉のささやかないびき は授業の最初から終わりまで続いていた。そこを突っ込もうとしたけれど、どうやら本人 は自覚して言ってるらしい。効果はないだろう。  そんな始まりを過ごしたせいか、次からの授業はずっと起きていられた。 「まあ、無事に初日も昼食までかこつけたが、こんな面白そうなイベントがあるぜ」  俺の前でおにぎりを食べている支倉は、一枚のチラシを俺にかざしてきた。なんか前に もこのパターンがあった気がする。とりあえず弁当を食べるのにも邪魔だから、先にチラ シを受け取って見てみる。  そこには『雪中サッカー大会』と大きく文字が書かれていた。ふいにデジャビュを感じ てくまなくチラシを見てみると、大会運営は…… 「生徒会だ」 「そうさ。ガラナ党だと思ったか」 「そうじゃないならどこがやるって言うんだよ」  そう言いつつ、生徒会がやるんだなぁと思うと頭が痛い。そう言えば生徒会の会長はガ ラナ党の会長じゃないか。やることが同じなのは当たり前だ。結局、生徒会がやろうがガ ラナ党がやろうが同じなんだろう。 「で、今度は賞金とか出るのか?」 「今度はガラナ一年分だ」  それを聴いて俺は血の気が引いた。  思い出されるのはクリスマスの凶行。  あのガラナ党の得体の知れない会だった……。  ガラナ臭。  肉体がぶつかり合う音。  触れるとべとつく肌……。  口が自然と開く。 「断る」 「まあ待て待て。商品はそれだけじゃない」  支倉は更に一枚だけ紙を渡してきた。そこには大会の賞品が一位から順に書かれている。  一位はガラナ一年分。  二位は―― 「スケート場の一日無料券?」 「そう。今度新しく出来るんだが、そこの無料券が二枚あるんだよ」  俺はそこでふと考えてみた。スケートはやったことないし、俺も行きたい。そこを口実 に……中村を誘うのもいいかもしれない。告白してふられて友達に戻ってから積極的なこ とってほとんどしていないから、諦めないと誓った俺としては少しずつアプローチを開始 することも必要だろう。 「同じことを考えたな、高瀬」  どうやら支倉も同じ思考に至ったらしい。不敵な笑みを浮かべる相手につれれて、俺も 同じように笑ってしまった。 「二人して何、笑ってるの?」  食事を終えて二人で顔をつき合わせていたところに中村が現れた。隣には青島もいて、 視線は支倉に戻したチラシを見ている。意図に気づかれないようにか、支倉は静かに机の 下にチラシを入れた。 「ん。別になんでもないけど」 「そう……そうそう、これ見て見て!」  中村は少し不思議そうに俺達を見ていたが、すぐに近づいてきた目的を思い出したのか、 手に持っていた物を俺達に差し出してきた。  それは見る限り、チケットだった。  書いてある文字は今度出来るスケート場の入場券。  ガラナ等の商品と同じだ。 「この前お母さんが福引で当ててね。四人分あるから、皆で行きなさいってくれたんだ」 「あ、そ……」  雪中サッカー大会に出場を決めた動機が一瞬で消滅してしまって、支倉と一緒に力が抜 ける。その際に青島がチラシを見つけたのか、支倉が隠した机の中から取り出していた。 「なになに……雪中サッカー大会かぁ……賞品は……あ、渚! 同じチケットが二枚景品 であるよ!」 「本当〜! なら出るしかないね!」 「どうして?」  青島と二人で盛り上がり出した中村に俺は思わず聞いてしまう。チケットが四枚あるな らこの面子で行くのは決定だろうに。でも中村は何を言ってるんだ? と言わんばかりに 頬を膨らませて不機嫌な感情を表すと、思い切り息を俺に吹きかけた。  突然のことに目に直接息がかかって目がしぱしぱする。 「だって、四枚だと武田君や翔ちゃんがいけないでしょ」  至極当然のように言う中村。  ふとその時、思った。 (俺達って……ずっと六人でいけるのかな)  思い浮かんだことがとても寂しいことのように思えて、俺は体を震わせていた。  中村が翔治と信を呼んできてチラシを見せてみると、二人とも珍しく乗り気じゃない。 こういうスポーツイベントはどちらかと言えば翔治達のほうが俺に勧めてくるものだった。  まあ理由は想像できるけど。 「だって外寒いだろー」  翔治が情けない声を出して外を見た。ちょうど雪が降っていて強い風が雪を横に吹き飛 ばしていく。その光景を見て翔治は両手で身体を掴み、大げさに震えて見せた。 「ほら〜。寒いだろ〜! ガラナとマイナス8度だったら割に合わないよ〜」 「何を言う! 勝利の後にガラナを飲めばもう心も身体もあったかだぞ!」 「それは支倉だけだよ!」  何か凄まじく情けないことでむきになって言い合っている二人を見ていると、さっき浮 かんだ不安なんて吹き飛ぶ。少なくとも高校の間はこの六人で仲良く過ごせるだろうし、 別に今から悩むことじゃない。  あと二年もすれば大学生になって……きっと離れるけれど、やっぱり俺達はたまに遊ん だりするような気もする。  そういう関係になりたいって思いが溢れてきて、急に切なくなる。 「どうしたの、高瀬君?」  ぼんやり二人を見ていたからか、中村が少し心細そうに声をかけてきた。その顔があん まり不安そうだったから……思わず笑ってしまう。俺の笑いが気に障ったのか、頬を膨ら ませて拗ねるような素振りを見せてくる。 「何よ〜。高瀬君のこと心配して言ったんでしょ!」 「はは。ごめんごめん。ちょっとぼんやりしていただけだからさ、心配しなくても良いよ」  中村の気配りが嬉しくて、俺は嬉しさに自然と笑みが浮かんだ。  その時、中村の顔が真っ赤に染まった。そのまま一歩後ろに下がって青島の影に隠れて しまう。  その行動があまりに唐突で、言い合ってた支倉達も、それを見ていた俺や信も、青島も また困惑した。 「どうした? 中村」 「う……うん……なんでもない」  中村は何度か頭を振って顔を叩いてから息を吐いた。すると顔の赤みも戻っていって、 それからはいつもの中村だった。  一体なんだったんだろうか?  結局、雪中サッカーは中村達の後押しもあって渋っていた二人は参加を承諾した。


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