木曜になって、午後一時から新年会を始めることになった。親は気を使ってか、二人し

て出かけていて夕飯も外で食べてくるらしい。つまりは、自分達の食べ物は自分達で調達

しろってことだけれど……。



「それでいてこれだけの料理をそろえていくとは……さすがね」

「うん」



 聡子姉が隣で感心した呟きに、俺も同意するしかなかった。

 用意といってもおにぎりやいなり寿司など手で摘める物がほとんどだけれど、特筆すべ

きはケーキだろう。



「こんなでかいケーキ……何人で食べろって言うんだよ」



 問題のケーキの直径は、ぱっと見で俺の手の先から肘まであった。聡子姉を入れて八人。

何とか食べられるだろうけれど……手が込む時は込んでいるうちの両親に内心でため息を

ついた。



「ま、何とかなるでしょ。残ったら雄太が食べなさいな」

「俺になるんだろうな……」



 予想はしていたから、あまり落ち込まなかった。一瞬、聡子姉との間に沈黙が流れたけ

れど、そこにチャイムが鳴ってその微妙な空気も霧散する。時計を見ると時間は十二時半。

もうそろそろ誰かが来る頃だろうから、メンバーだろう。支倉あたりだろうか?



「はいよー」



 気楽な声に続いて玄関に着くと、ちょうどドアが開かれて中村が入ってきた。頭に雪を

乗せているのを見て、ようやく雪が降っていることに気づいた。俺はついさっきまで寝て

いたし、起きて顔を洗ったりした後も残された料理に目が行っていたから窓の外を見る機

会がなかったんだ。



「結構積もったな」

「そうだよ〜ひどかった……って、その人は?」



 中村の視線は俺を飛び越えて、後ろにいるだろう聡子姉に向かっていた。おそらく俺が

予想している通りの「びっくりでしょ?」と得意げな顔をしている聡子姉が立っているは

ずだ。

 中村はしばらくぼーっと聡子姉と視線を合わせた後で、顔色が変わった。



「……御堂聡子!?」



 どうやら合点が行ったらしかった。

 中村の驚き具合は可愛い口を思い切り開いているという、古典的な驚き方で十分伝わっ

た。その驚き方に、中村はわざとやってるんじゃないだろうかという気にもなったけれど、

どうやら驚き方は本当に素らしい。

 このまま突っ込まなかったら口に掌を入れそうだ。流石に好きな女の子が大口に掌を入

れて驚いている様を見るのは辛いから、早めに事情を説明してあげる。



「あー、紹介するよ。従姉の聡子姉さん。分かったと思うけれど……歌手の御堂聡子だよ」

「高瀬君の家に営業ですか?」



 中村はそう言ってから靴を脱ぎ、俺を通り過ぎて聡子姉に近づいていった。聡子姉もそ

んな問い掛けを予想はしていなかったらしい。振り向くと、目の前で嬉しそうに自分を見

ている中村を見ずに、俺に助けを求めるような視線を向けていた。

 あの聡子姉が動揺しているのは中々見ていて楽しいけれど、後で何をされるか分からな

い。自然とため息が出て、中村に言った。



「そこに突っ込んでほしいのか?」

「うん。いつものように『なんでやねん』って突っ込んでよ」



 俺に真面目な顔を向けて言う中村。それにどう答えればいいのか分からなかったから、

まともな解答を選んでおく。



「いつもというか一度もしたことないだろうに」



 軽く中村の頭を叩く。すると何故か心地よさそうに頭を抑えて笑っていた。その笑顔に

久しぶりにどきりとする。中村のそんな笑顔を見たのは、本当に久しぶりの気がした。そ

う、あの告白した時から……見てなかったような気がするのは気のせいだろうか?



「ふふ。詳しいことはあとでゆーっくり聞かせてもらうよ〜。あ、聡子さんのファンなん

です! CD全部持ってますよ〜」

「あ、ありがとうね」



 中村は聡子姉が差し出した手を握り何度も上下に振って感激の言葉を口にしていた。俺

はそれを聞きながら階段を先に上る。



「あ、ちょっと部屋片付けるから、聡子姉、中村の相手しててよ」

「ちょっと雄太!?」

「わーい! ありがとうございます〜」



 中村のマイペースに振り回され気味の聡子姉を放っておいて、俺は軽く部屋を片付けに

入った。





 中村の後に続々と集まった仲間達は一様に驚いていた。信は昔からの付き合いで、俺も

言ってあるから特に動揺はしなかった。それでも実物は初めて見たはずで、やはり驚いて

はいた。



「テレビで見るより綺麗だな」

「そんなこと言ってるとみなほに言いつけるぞ」



 小声で言ってくる信にそう返すと顔を青ざめさせていた。その様子を見ると、どうやら

みなほは浮気を許さないタイプらしい。俺を兄貴と呼ぶとかあんまり女の子らしくない言

動が目立つけれど、好きな奴の前では女の子らしい一面も見せるとは……。



「みなほとはキス以上いったのか?」

「それは興味ある話題よね」



 いつの間にか俺達の傍に聡子姉が近づいてきていた。聡子姉もみなほと信が付き合って

いることは知っている。そして人の色恋沙汰に関して興味津々だ。「女の子はみんな恋愛

話には敏感なのよ」と言って堂々とおおっぴらには聞けないようなことまでも突っ込んで

くる。みなほも今日まで何度か進展具合を聞かされて困っていた。

 良く見てみると俺の部屋に座っている面々も聡子姉につられてか俺達の方を見ている。

 会話の内容が予想できたのか、みなほが顔を紅く染めていた。



「というわけで、気になるが。みなほは信とどこま――」

「恥ずかしいこというな!」



 みなほが支倉の隣にあった何かの袋を投げつけてきた。とっさによけようと思ったけれ

どそれは俺ではなく信に当たる。最初から信が標的だったらしい。



「なんで俺がぶつけられるんだよ、みなほちゃん……」

「兄貴と同類だ!」



 怒ってそっぽを向くみなほに信は慌てて傍に駆け寄る。ちゃんと隣に座ってみなほに積

極的に話し掛けた。



「高瀬君、じゃあ始めようよ〜。新年会。音頭とって!」



 中村に言われて、俺はコップを手にとった。すでに聡子姉と中村によって皆に飲み物が

支給されている。今度はガラナじゃないが。



「んー、じゃあ、新年もよろしくお願いしまーす!」

『かんぱーい!』



そして新年会が幕を開けた。



* * * * *
「じゃあ、今年もよろしくね」 「ああ。気をつけて帰れよな」  最後に中村が俺に挨拶をして家から出ていった。外には他の面々もいるし、おそらく翔 治か青島が一緒に帰るだろうからそんなに心配はしていない。最近は変な大人も出てきて いるけれど、この近辺は目撃例はないし大丈夫だろう。 「皆楽しい子達だったわね、いいなぁ」  居間に戻ってソファに座った聡子姉はしみじみと呟いた。確かに新年会は支倉が持って きたツイスターで盛り上がったり、ガラナの一気飲みをしたり……正直、半分以上が支倉 の暴走だったけど、楽しかった。  聡子姉もそれを回想して言ったんだろうけれど、俺にはそれがとても意外で、思わず聡 子姉の顔を凝視してしまう。聡子姉には俺よりも沢山友達がいたはずだし、たまに会った 時も楽しそうに友達との事を話してくれていた。  その視線に気づいて、聡子姉は笑った。  少し自嘲的な笑み。 「私さ、大学中退したじゃない? デビューが決まったらさ。だから、大学で仲いい友達 ってあんまりいなかったのよね。作れなかったし。好きな人もいたけど……告白も出来な かった。簡単に止めるって言わないで何とか両立させるよう頑張ってみても良かったなぁ って思うのよね、たまに」 「……高校時代は?」  昔聞いたら特に悪い噂は聞かなかったから、高校時代の友達のことを振り返ればいいん じゃと思って、そう尋ねていた。聡子姉は首を軽く振る。 「良かったわよ。でもね、高校ってそんなに面白い事してないのよね。歌も合唱部だけだ ったし。ちょうどアカペラブームが起こった頃だったけれど……私は興味なかったから、 結局、普通の高校生がやるような生活しかしてなかったのよ。本当、もっと楽しい事して ればよかったなって、雄太見てたら思ったんだ」 「俺……そんなに楽しそうに見える?」  聡子姉は俺が普通の生活を送ってないというように言っているけれど、そこまで普通じ ゃない事をしている気はない。普通に友達が出来て、普通につるんでいるだけだと思った から何を言いたいのか良く分からなかった。  俺の良く分からないぶりを理解しているのか、聡子姉は優しく微笑んで言った。 「あの友達見れてば分かるよ。いい仲間にめぐり合えたね」  その言葉が何故か心に響いて……俺は少しだけ涙ぐんだ。  何か……凄く誇らしいことに思えて。 「あんた、中村さんのこと好きでしょ?」 「……ああ」  きっと行動に出てたんだろう。聡子姉にばれても特に恥ずかしさは感じない。  今はなんでも素直に話せるような気がしてる。優しい空気が、俺達の間に流れてる。 「いい娘じゃないの。離さないようにね」 「まだ付き合ってるわけじゃ――」 「もしフラれたとしてもよ。何とか友達でいなさいな」  それはどうかと少しだけ思ったけれど、そこを言える雰囲気じゃなかったから、俺は黙 っていた。聡子姉はかすかに笑う。  ……きっと、俺には分からない何かを、聡子姉は持っているのかもしれない。 「なくさないようにね」 「うん」  何を、とは言わなくても分かったような気がした。


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