『旅行楽しかったよ〜。というわけで、お土産渡したいし、新年会やらない?』



 電話が来ていきなりそう言った中村の声は弾んでいた。名乗るのも新年の挨拶も後にし

て言うだけある。中村の変なペースに慣れていたはずであったけれど、会わない数日の内

に少し勘が狂ったらしい。

 とりあえず言ってなかった一言を言ってやる。



「あけましておめでとう」

『あ、あけましておめでとう〜。今年もよろしくね』

「よろしく。で、新年会をやりたいわけだな?」

『そうそう〜』



 それは魅力的な提案だった。正月も四日過ぎて、宿題もそろそろしないといけないなと

は思っていても、だらけている身体は言うことを聞いてくれないし。

 ここは一つ、しゃきっとするきっかけが必要だと思っていた。新年会ならそこから新し

く始めよう、という気になるだろうし。



「それでいつやる?」

『そうだね。なるべく早いほうが良いだろうから……木曜くらいは?』



 そう言われてカレンダーを見てみると、木曜日は六日。

 多分、何も予定はなかったはずだ。



「いいよ。じゃあ、俺の家でやろうか」

『大丈夫? みなほちゃんの邪魔にならない?』

「まあ、聞いてみるよ。それでよかったら俺の家にしよう」



 会話を終えて電話を切ると、早速みなほの部屋に向かう。十二月くらいまでなら耳を澄

ますと音楽が聞こえてきたもんだ。軽くかけながらのほうが頭に入るらしい。

 でも今は何も聞こえない。それだけ本気なんだろうか。



「みなほー。入るぞ」



 一言言ってゆっくりとドアを開ける。

 そこには床に寝て口を大きく開けているみなほがいた。

 みなほは入ってきた俺に全く気づかずに……寝ていた。

 それでもなお、いびきをかいていないのは女としての意地なのか……。こんな姿を信が

見たらどういう反応をするだろうか。

 俺はゆっくりとみなほの顔に自分の顔を近づける。息の音が聞こえないから不思議だっ

たけれど、顔を近づけるとかすかに聞こえる。

 一つ思いついたことを実行しようと、俺はみなほの耳に口を近づけて、息を吐いてみた。



「――きゃぁあっ!」



 今まで聞いたことがないような叫び声を上げて、みなほは上半身を勢い良く起こした。

あまりに勢いがつきすぎて腹が圧迫されたのか、うめき声を上げて再び倒れる。前と違う

のは涙目で俺を睨みつけていることか。



「兄貴……何を……した……!」



 苦しくて起き上がれないのか、みなほはうめいたまま俺を見ているだけ。

 流石に罪悪感が出てきた。冷や汗を出来るだけ自然な動作でぬぐいつつ、みなほに話し

かける。



「すまん。ただ、耳に息を吹きかけただけでそこまで反応するとは……敏感肌だな」

「恥ずかしいこと! いう――げほっ!」



 みなほはいつものように叫ぼうとしたけど、苦しさに負けて咳き込んだ。俺はみなほの

腹をさすりながら謝った。



「すまんな。その分だと信と一線超える時が大変だろうな」

「――!」



 みなほは顔を真っ赤にして俺を見る。それでも叫ぶ力がないのか身体を振るわせている

だけ……。

 もうからかうのも飽きたし、本題を切り出そう。



「んとな、新年会をやろうと思うんだが、お前都合悪いか?」

「……受験生を新年会に誘いますか、兄上様は」



 凄まじく皮肉たっぷりだったけれど、俺は気にしない。

 いつもの兄妹のスキンシップだし。



「で、どうする?」

「……そうだね。別にいいよ。一日くらい休んでも大丈夫だと思うし」



 前不利が長かったけれど、決定はすんなりいった。俺もみなほの学力が受験に足りない

なら誘いはしない。妹を信頼しているからこそ、耳に息を吹きかけたりするんだ。

 ……強引か。



「じゃあ、決定な」



 俺はそのまま部屋を出た。







 まず中村に新年会開催のゴーサインを出すと、かなり嬉しそうな声で答えていた。青島

は自分が誘うからと言うことだったから、俺は信と支倉と翔治を誘うことにする。中村と

の電話を切ると早速、連絡を開始した。



『はい。こちらガラナ党の支倉です。ただいま電話に出るにはちょっと微妙なので御用の

方はメッセージをどうぞ。ハイールガラーナー』



 得体の知れないメッセージの後に聞こえる電子音。

 俺は一瞬絶句したけれど、すぐに気を取り直した。



「高瀬だ。木曜に家で新年会をする事になった。中村も来るぞ。なんか気の聞いた物もっ

てこいよな。クリスマス会の二の舞になるなよ」



 俺はそれだけ言って電話を切った。

 その後は翔治と信に連絡して、どちらも了解の返事をもらった。これでみなほを加えれ

ば初めて特に仲が良かった友達全員が揃ったことになる。



「そう言えば、皆揃ったことってないな」



 それが凄く珍しいことのように思えた。逆を言えば、それだけ友達と一緒にいることが

多かったってことか。



「なんか……こういうもんなのかもな」



 四月から今のメンバーと友達になって。

 いつの間にか仲良くなって。

 中村を好きになってて。

 意識しないうちに、時間が流れていた。



「人生って、こんなもんなのかなぁ」

「何、悦に入ってるの?」



 聞こえてきた言葉。

 その声に、俺は凍りついた。

 ここ数年聞いていなかった声。

 この場で聞くはずがない声だった。



「聡子……姉」

「久しぶりね、雄太君」



 そこには化粧っ気が全くない女性が立っていた。

 茶色に染まった肩までの髪。先が内側に少し曲がっていて、俺から見ると首をはさみこ

んでいるように見える。いつもならば思い切り化粧をしているのに、今は何もつけていな

いからやけに幼く見えた。実際、聡子姉は少し童顔なんだ。それをごまかせる化粧が凄い

んだろう。



「水曜まで遊びに来るって行ってなかったっけ?」

「そんなこと言われても……いつ言ったよ」

「先月の初め」



 一月以上前じゃないか。母さんも言ってなかったし覚えてない。



「あー! 聡子お姉ちゃん!」



 当惑したままの俺の耳にみなほの声が聞こえてきた。聡子姉の身体で遮られた視界の先

――部屋の入り口に棒立ちになっている。俺の当惑とは違ってみなほのは明らかに聡子姉

が来ることを知っていたようだった。



「今、きたんだ〜! 年末はお疲れ様!」

「みなほちゃん〜。大きくなったね」



 そう言って聡子姉は飛びついてきたみなほの頭を撫でた。みなほは顔を緩ませて撫でら

れるがままにされている。

 聡子姉は二十歳……みなほとは五歳離れていたけれど、親戚の中ではみなほと一番仲が

良かった。聡子姉にとっては本当に可愛い妹なんだろう。

 仕事で忙しい合間にも、たまにみなほにはメールを送っていたみたいだし。



「そうだ! あらためて言うね」



 みなほは聡子姉から少し距離をとって言った。



「聡子お姉ちゃん! レコード大賞入賞おめでとう〜」

「ありがとうね、みなほちゃん」



 聡子姉は本当に嬉しそうに顔を緩めた。

 ……ここにいるのは去年デビューした歌手の御堂聡子じゃなくて、俺の従姉の聡子姉だ

った。

 そう思えると、ようやく緊張が取れた。



「おかえり」

「……ただいま」



 みなほに向けたものと同じ笑顔を、俺にも向けてくれた。





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