【はい。出たのは十二番〜】



 俺は手元にあるビンゴゲームの用紙に書かれていた十二番にバツ印を書いた。そして横

一列バツが並ぶ。本来ならばビンゴ、と叫んで立ち上がらなければいけないのだけど、そ

れまでに何が行われてきたのかを見ていたから、はっきり言ってこのままはぐらかそうと

していた。でも……



「ここにビンゴ者がいるぞ!」



 そう言って俺は手を持ち上げられた。

 俺が驚いて顔を向けた先にいるのは支倉。

 思い切り笑顔を俺に向けてくる。それも邪悪な笑みだ。



「さあ高瀬! いってこーい!」



 俺は支倉に立ち上がらせられて、背中を押された。

 周りにはガラナ缶を片手に持って俺を羨ましそうに見ている生徒達。

 体育館の床はガラナ色に染まっていた。



【さーて! ネクストチャンス!】



 ステージの上に立つ司会が何が嬉しいのかやけにテンションが高い。もちろん、マイク

を持っていない手にはガラナ缶がある。

 俺が足取り重くステージの上に立つと、司会者に名前を聞かれて、俺は答えた。



【では、勇者、高瀬雄太が挑戦する相手は……彼だぁ!】



 ステージの反対側から現れたのは何故か上半身裸の男だった。柔道部か何かで鍛えてい

るのかかなり筋肉がむきむきだ。

 そして男が立ったのは、四種類の色に染まった円が四つずつある敷物の上。



【これから、彼とツイスターで勝負してもらいます!】



 俺は両側から押さえつけられて、徐々に男の傍へと歩かされていく。



「いやだ……」



 やることは分かっていた。

 これから、男と身体を密着させなければいけないということだ。

 あの汗臭そうな身体に自分の体を触れさせるのだけはごめんだった。



「いや、だ……」



 しかし訴えようにも俺を掴んでいる両側の男達も、待ち受ける男もやけに笑顔だ。口の

端を思い切り吊り上げて、顔が変形しているように見える。

 俺は、とうとう腹の底から叫んだ。



「嫌だー!!」



 そして、目が覚めた。



* * * * *
 自分の絶叫で目が覚めるというのは初めての経験だった。  気づくと上半身がベッドから離れていて、まっすぐ前を向いている。激しくなる動悸に 即されて息が途切れる。  しばらく経ってから、ようやく俺は深く息を吸い、自分を落ち着かせるためにゆっくり と吐いていった。 「悪い夢だった……」  そう呟くことで悪夢を洗い流せるかと思ったけれど、やっぱりそう簡単には無理らしい。 「それにしても、最悪なクリスマスだったなぁ……」  ガラナ党主催のクリスマスパーティに参加した二十五日。  あの汗臭いツイスターをやらされたりして凄まじく嫌だった。支倉にガラナ一本おごっ てもらったけれど、それまでにもう三本飲んでいたからいらなかったし。 「おーい、兄貴いいかげん起きろ〜」  起きた状態のままで開くドアを見る。そこには仁王立ちして俺を睨みつけているみなほ の姿があった。すでに着替えていて頭には三角巾を着けている。 「お前なんでそんな格好してる?」 「だって今日大掃除だよ? 寝てる兄貴がとろいんだよ」  そう言ってみなほは雑巾を投げつけてきた。とっさに布団を上げてガードするとぼふっ と雑巾が落ちる音がした。 「父さん達は年越しそばの材料買いに行ったから、あたし達で掃除しておいてだってさ」 「ん……分かった」  俺はとりあえず起きて、着替えるために寝間着代わりにしていたジャージとシャツを脱 いだ。その瞬間、「ひっ」と息を飲む音が聞こえる。  視線を向けるとみなほが真っ赤な顔をして俺を見ていた。 「お前、兄の裸見て嬉しいか? どうせなら信の見ろよ」 「恥ずかしい事言うなっ!」  何かデジャビュを感じたけれど、それはみなほの渾身の力で扉を閉めた音によってかき 消される。扉を閉めたのに階段を思い切り踏みしめて降りていく音が聞こえた。 「ふ……青いな」  俺は軽い優越感に包まれていた。  とりあえず自分の部屋の掃除をしていると、意外と埃が溜まっていることに気づいた。 確かに机の裏とかなんて普段なら掃除しないし、それでなくとも俺はあまり掃除機をかけ ないから、目に見える床以外の部分は本当に埃があった。本棚の上もつつつ、っと指でな ぞると腹に埃ついたし。 「ぐあ……汚い」  みなほが文句を言いながら持ってきた水が入ったバケツと新しい雑巾。  たっぷりと水を浸して絞ってから、一気に拭き取る。  一瞬にして真っ白だった雑巾が灰色に染まった。  でも逆に棚は綺麗になって、何か気分がよくなる。 「ふふーん〜ふふーんふん」  思わず鼻歌なんかを歌ってしまう。ノリの乗れたのか気づいた時には掃除は佳境に入っ ていた。あらかた掃除し終えたところで、携帯電話が鳴った。  着信音が軽快な音を立てる。この音は……支倉だ。  俺は一度躊躇したけれど、結局は電話に出た。 「今忙しいから三分以内に用件を言え」 『年末だしカラオケでも行こうぜ』 「却下だ。掃除あるし」  即座に電話を切って、俺は掃除の続きにかかる。すると今度はまた違う着メロが鳴る。  ……今度は、亜季だ。 「はいもしもし」 『やっほー、雄太。今何してるの?』 「そ、う、じ」  わざわざ一字ずつ区切って言ってみる。今の時期なら多分、亜季は実家に帰っているは ずだ。つまり、この街にいる。そして電話をしてくるならば……支倉と同じような理由だ ろう。  この年末の時期に遊ぼうだなんて……ちゃんと家の掃除をしろよな。  実は人のこと言えなかったが。 「すまんけど、掃除してるから遊んでる暇は――」 『今、雄太の家の前にいるから手伝いに行くね』  そう言って、亜季は電話を切った。  何だって? 家の前?  当惑している間にチャイムが鳴る。  みなほが「はーい」と言って玄関を開ける音が聞こえた。 「あー、小谷さん!」 「おはよう、みなほちゃん。雄太は自分の部屋?」 「そうです。勝手に上がっていいですよ」  そのまま足音が止まらず上がってくる……そして。 「おっはー!」  久しぶりに見る、亜季の姿があった。 「何しに来たんだよ?」 「何って……大掃除を手伝いにきたんじゃない。それ以外何あるの?」  亜季は何を馬鹿なことを、と肩をすくめて部屋に入ってくる。何の遠慮もない……。 「お前なあ、男の部屋に入るのもう少し気を使ったら?」 「どうして雄太の部屋に入るのに気を使わないといけないの? 襲うの? 襲うの?」  なんだその期待を込めた声と瞳は。  まるで俺が襲うことを求めてるみたい……って、何考えてるんだ俺は。  なんだか変な気持ちになってくる……。 「考え込んだところを見ると迷ったな? 雄太のエッチ〜」  反論しようと思ったが、何故か部屋の入り口から顔を覗かせているみなほを見て、気が 萎えた。手を振ってみなほを追い払うと、俺は大人しく雑巾を取り、バケツの中に入れた。 その間に亜季は、コートを脱いで勝手にクローゼットの中からハンガーを取り出してその ままかける。着ていたセーターを肘の部分までまくると、もう一つあった雑巾を取ってバ ケツの中の水に浸した。 「冷た! どうしてお湯にしないの!? 信じられない!」  亜季はいきなり怒り出すと、そのままバケツを持って部屋を出ていった。言葉からすれ ばお湯を入れてくるんだろう。俺はしぼりかけの雑巾を持ったままその場に立ちつくす。 しぼりかけだけに水滴が少しずつ床に落ちていた。 「せめてしぼらせろよ」  俺は寒いけれど窓を開けて、雑巾を絞った。外から入ってくる冷気に身体が震えた。  実際、亜季がきてくれたおかげで部屋掃除はかなりはかどった。結局昼食を俺がおごる 羽目になったけれど、おかげで部屋は綺麗に片付いた。これで新年もいい思いで迎えられ るだろう。 「それにしても汚かったわね」  亜季は悪態をつきながら真っ黒になった雑巾をバケツの中に入れた。  お湯はすでに冷めていたが、それも真っ黒だ。さすがに俺も亜季に反論できない。  亜季はその汚水が入ったバケツを下に持っていってくれた。  一人になった俺は部屋を見回す。  終わろうとしてる年の間に溜まったいろんな物が洗い流された気がする。 「……新しい年かぁ」  やっぱりしみじみしてきた。 「本当、いろいろあったねぇ。この一年」 「……そうだな」  亜季に飲み物――と言っても何故かペットボトルのメッツガラナしかなくて、しょうが なくだが差し出すと、あからさまに嫌な顔をしてガラナが注がれたコップを受け取った。 匂いをかいで、やっぱり顔をしかめる。 「雄太の友達にガラナ党員でもいるの?」  亜季も俺がガラナを勧めたことに驚いたようだったが、俺は亜季の言葉が今年最後の驚 愕になった。まさかその単語が亜季の口から出てくるなんて……。 「おま、え……ガラナ党員ってお前……」  あまりに慌ててしまっていて言葉が上手く出てこない。  でも俺の動揺の意味が理解できたのか、亜季は合点が行ったというように手を合わせて から言ってきた。 「ガラナ党ってね、いろんな学校にあるんだよ。本部はどうやら成城東らしいんだけど、 近隣の高校はもちろん、周辺には広がりつつあるんだ。こっちの高校にも夏頃にできたん だよ」 「そ、そうだったのか」  亜季の話によると、ガラナ党のメンバーが普段入っている部活の試合などの時に他校と 交流し、そこで広げているらしい。それを考えると凄まじい広報能力だと思う。 「ん……まあ事情は分かったが、多分関係ない。冷蔵庫に入ってただけだ」 「そう」  亜季はまだ少し嫌な顔をしていたが、最後には一気に飲み干した。  飲んだ後の顔が少し笑顔だったところを見ると、言ってる割には意外と気に入っている みたいだ。 「よし。じゃあ……帰るわ。また夜に」  コップを俺に渡して立ち上がると、亜季はコートを着だす。俺はそのまま見送ろうとし たが、引っかかる言葉を思いだして引き止める。 「また夜って……」 「? あ、うん。初詣でしょ?」 「いきなり行くの決定?」 「誰かと行く予定入ってる? あ、中村さんと?」  亜季の言葉に俺は首を振った。 「中村は家族旅行だからな。友達とも日付が切り替わった瞬間には行く予定なし」 「なら、私と行こうよ。いいでしょ?」 「……いいよ」  断る理由はなかった。久しぶりに亜季とそんなことをするのもいいかと思えたし。 「なら、十二時ちょっと前に神社でね」 「了解」  心躍る自分が、ここにいた。


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