「ごめんね」



 俺の言葉に目の前の女の子は、一瞬震えたけれど泣きもせずに去っていった。俺のほう

を一度も見ることもなかったが。

 屋上がもう雪で入れないから、屋上の扉の前にある空間。

 そこに俺を呼び出したのは、先週、支倉に手紙を出した女の子だった。

 支倉に否定された後、中村が何を言ったのか分からないが、週があけてテスト期間が始

まった日に告白してきた。

 もちろん、断ったけれど。



「相変わらず中村さん一筋なのね」

「……お前も似たようなもんじゃないの?」

「それは自意識過剰にとられるわよ」



 そう言いながらゆっくりと階段を上がってきたのは三上だった。

 中村に痛い目に合わされてから廊下で俺を見ても逃げていたりしたのに、今になって話

し掛けてくるとは、一体どういうつもりだろうか?



「これ、参加しない?」



 三上はチラシを取り出して俺に差し出してきた。俺は素直にそれを受け取る。



「『クリスマスようかんパーティ』?」



 チラシにはでかでかとようかんの絵が描かれ、その周りに詳細が書かれている。

 それによると、彼氏彼女がいない生徒達が暴走しないように集まってようかんを食べる、

らしい。しかもチラシに書かれていた回数はすでに二十回を数えていた。



「こんな暗い企画を二十回もしてたのか?」

「でも、あなたもこのままじゃそれに参加させられるわよ?」



 三上の何か知っているような素振りに俺はチラシを良く見てみた。その確信は、チラシ

の一番下にあった。



『協賛・日本ガラナ党』



「なるほど」



 思わず呟いていた。

 三上は「ふふん」と軽く笑ってからチラシはそのままに俺から去っていく。また何か俺

や中村にちょっかいをかけてくるのか……。考えても分からなかった。



* * * * *
「おお!! そうだぜ、すっかり言うの忘れてた!」  目の前でてり焼きバーガーを食べながら、支倉が笑う。ガラナはファーストフード店に はないから、しょうがなく買ったというカルピスを飲んで胃に収めてから、改めて言った。 「ガラナ党が協賛で、毎年十二月二十五日に行われるんだ。終業式の日だな終わった後、 夜六時から主にガラナを飲みながらよーかんを食べるんだ」 「なんでようかんなんだ?」 「そこでケーキ食ったら本末転倒だろ?」  なるほど。クリスマスと言えばケーキだ。  クリスマスに一緒に過ごすカップル、それに付随するイベントを憎む人々を集めるイベ ントにケーキなど食べたら暴動が起きるだろう。だからって、ようかんにガラナっていう のはあまりにミスマッチじゃないだろうか。 「高瀬。お前の思っていることは分かるぞ。ガラナとようかんは合わないと思っているん だろう?」 「間違いなく合わないだろう」 「それは当日になれば分かる」 「……?」  思わせぶりな台詞を呟いて、支倉は残りのバーガーを口に詰め込んだ。そのまま後の言 葉を飲み込んで、席を立つ。  俺は単に支倉に付き合っていただけで何も頼まずにいたから、続いてすぐ出る。  向かう先は中村の家だ。 「明日の英語は中村さんに教われば大丈夫!」 (今日だけで無理とは思うんだけどな……)  とりあえず思ったことは口にはしなかった。 「ようかんパーティ……」  中村がうんざりとした顔で支倉が持ってきたチラシを見て呟いた。  顔を見ても珍しくあからさまにしかめていた。脳内で想像しているんだろう……相手が いない人々が集まって一斉にガラナを飲みつつ、ようかんをほおばっている姿を。 「もちろん、ようかんを食べてるだけじゃないですよ! ツイスター大会とかビンゴ大会 とか催し物もたくさんです!」 「ビンゴは分かるけどツイスターって何なの?」  同じようにため息をつきながら、青島が尋ねる。でも中村と違うのは、さほど顔は嫌が ってはいないってことだ。つい最近彼氏と別れたから、参加する気なんだろうか? 「ツイスターってのは四色の色が付いている円があってな。その上で指定された手で指定 された色を触っていくんだ。で、触りきれずに倒れたら負け」  俺もツイスターは名前くらいしか聞いたことが無い。だからいまいち支倉の説明では分 からなかった。青島も首を傾げたけれど、少し考えただけで決心したらしい。 「私は参加するわよ、支倉君」 「おお! 本当か青島! じゃあこの券を買ってくれ!」  そう言って『よーかんパーティ』と書かれたチケットを差し出す。  どうやら会費制らしい。 「五百円ってそれで運営できるの?」 「何しろ参加人数が結構なものだからな。後はガラナ党がいろいろ負担するし。ま、クリ スマスを楽しく騒ごうぜってことだから」  その言葉に曇りはない。  カップルをひがむなんて思考が入っているとは思えないほどクリアな言葉だ。  支倉も最初はそんな感じだったかもしれないが、どうやら進めているうちに純粋に楽し みたくなったんだろう。 「ほら、彼女が出来たらやっぱり皆で楽しむより二人でいたいだろ?」 「人によるんじゃない?」  そう言って青島はチケットを買っていた。五百円を手に支倉はにやつくと、中村にも続 けて手を差し出す。 「ささ、中村さんも」 「うーん。ごめん。その日は家族で食事するんだ、毎年」  それを聞いて支倉は悲しげな顔をした。  俺は一瞬、断るために言ったのかと思ったけれど、中村の表情を見ているとどうやら本 当らしい。  申し訳なさそうに支倉へと手を合わせて謝罪する中村。 「ごめんね」 「いいんですよ〜! 友達より家族です!」 「ありがと」  中村の笑顔に支倉は顔を真っ赤にしていた。  最近、何か中村の笑顔が柔らかい気がする。  中村の、表面だけじゃなくて内面の柔らかさ、みたいな物が出てきたのがいつだったか 思い出してみた。  奢りじゃないけれど……それは俺の告白の後からのように思える。 「どうしたの?」  考え込んだ俺を不思議そうに見つめてくる中村。  いつの間にか凄い近くに顔があったから驚きのあまり「うわっ」と叫んでしまった。 「私、そんなに驚かせたかな?」 「いや……俺がぼーっとしてただけだからさ」  そう言って俺がなんでもないことをアピールすると中村は「そう」と呟いて離れていっ た。思えば俺達は中村の家で英語の勉強をするために集まってるんだ。支倉がようかんパ ーティに俺達を誘うための催しではない。 「さーて! 勉強も頑張るぞ〜!」  支倉は少しだけ残る無念さを払いのけるように、明るく振舞ってノートを開いた。  ちなみに結果がどうなったか、俺は知らない。
* * * * *
「テスト終わると、今年ももう少しで終わりって感じがするわよね」  青島の言葉に納得して、俺達は同時に頷く。  テストが全て終わって中村と青島、支倉と俺の四人で誰もいなくなった教室でたむろっ ていた。雪が強く降っていたから高校の前まで来るバスを待つ時間を潰すために。  今日の朝から降り出した雪はもうずっと降り続けて、辺りを完全に白く染めている。  そんな世界を見ていると、どこか自分も溶けてしまいそうに思えた。 「なんか高瀬君とろんとしてる」  中村の声もまた、どこか遠くから聞こえてくるようで俺はぼんやりしたままだった。中 村はそんな俺の前に手をふらふらとかざして注意を引こうとしたらしく、雪をぼんやり見 ていた俺ははっとして中村を見た。  彼女は少し顔を膨らませて抗議を示したようだった。 「もう。聞いてないんだから……折角いい事、思いついたのに」  中村はその『いい事』がすでに心の中を占めているのか、言葉とは裏腹に顔は笑顔だっ た。俺はぼんやりしている間に他の二人に言ってたのかと思って青島と支倉を見てみたが、 どうやら二人も中村の言葉の真意が分からないらしい。  俺達三人を眺めて中村はふふふ、と口元を抑えて笑った。  心底考えていることが可笑しいと思っているらしい。 「で、中村。何をしたいんだ?」 「先にパーティをやるんだよ」 「な、ななななんですとー!」  中村の言葉に最初に喜んだのは支倉だった。  青島と俺はどう反応していいか分からずにとりあえず黙っておく。  嬉しくないわけじゃないけれど、近くにあまりに喜ぶ男がいると逆に冷める。 「中村さん! ついに! つーいーに! 俺の愛が届いたのですね!!」 「少しも届いてないけど。翔君や武田君も呼ぼうよ」 「そうだな。六人くらいで楽しくやるか」 「日にちはいつにするの?」  中村の切り返しに、叫んだままの体勢で支倉は硬直したままだった。  その前で俺達三人は中村が言った一足早いクリスマスパーティの段取りを決め始めた。


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