「おはよう」

「おはよー。雪、積もったねぇ」



 中村はそう言って外を嬉しそうに見ていた。十二月に入っていきなりの大雪に、一面は

白くなっていた。予報によるとまた溶けるとは言っているが、積もるなら積もってほしい。

曖昧だと中々覚悟が出来ないから。

 中村はのほほんとしていたが、俺はといえば、自転車が使えなくなって今日はバスで来

ただけにいつもと違う移動手段に疲れていた。

 でもそれ以上に俺を脱力させたのは中村の机の上にあるものだった。



「で、なんなんだそれ?」

「ん……ラブレター、かな」



 中村は少し困った顔で俺を見上げてくる。

 机の上に山積みにされた手紙の数々。そのどれもがハートのシールで封をされたいかに

もな感じのラブレターだ。ざっと数えただけでも二十は下らないだろう。



「どうしてそんなに溜め込んでるんだ?」

「今日の朝きたら、いきなりこれだけ机の中に入ってたんだよ……」



 ため息をつきつつ山の中の封を開けて文面を読む中村。

 最初の数行を読み始めてすぐに閉じてしまう。



「どうした?」

「あんまりセンスを感じないから」



 そう言って手紙をしまってしまう。そして次の手紙を読み、またすぐに読むのを止める。

 どうやら、今まで手紙を貰って読み続けたことで目が肥えたらしい。

 でも……なんか送り主が可哀想だ。

 十二月と言えば冬休みにクリスマス。新しい年を恋人という特別な存在と共に過ごした

いという男の欲望が、中村には一瞬で掃除されてしまう。



「ラブレターなんだし、最後まで読んであげれば?」

「元から付き合う気がないし」



 あっさりと酷いことを言う中村。最近はそんな言葉もなりを潜めていたけれど、どうや

ら今回は本当にうんざりしているらしい。



「中村さん! なんですかそのラブレターは!?」



 後ろからやってきた支倉が俺を押しのけて中村に迫る。

 肩を震わせてラブレターの束を見ると、低く唸った。ショックらしいが、流石にその手

紙を破るほど理性を失っているわけではないようだ。



「こ、こんなにライバルが……ぬおー! 中村さんに迫る虫は全て叩き落してやる!」

「じゃあまずは支倉くんだね」

「そんなぁ」



 中村の毒に支倉が泣きそうになりながら答える。でもすぐに笑みを戻すと支倉は自分の

席に座った。

 そして……絶叫した。



「う――ぎゃああああああ!」



 その手に掲げられていたのは一枚の手紙だった。



「な、中村さん!」



 支倉は手紙を掲げたまま中村のところへと走ってくる。その顔は真っ赤に染まり、鼻息

は荒い。ぱっと見たら犯罪者としてどこかにいそうだ。



「中村さん!」

「何度も呼ばなくても聞こえてるよ……」



 支倉のうるささに耳を抑えて顔をしかめる中村。しかし興奮状態の支倉には届かないの

か手紙を振り回しながらさらに叫ぶ。



「こ、こんな手紙にしたためなくても直接言ってくださったらいいのに!」

「? 何を?」



 何を言っているのか分からない支倉に中村は首をかしげる。俺も同じ気持ちだったから

同じように首をかしげた。隣を見ると青島も首をかしげている。

 というか、クラス全員が支倉の行動に疑問を感じていた。そんな疑問の視線の中で支倉

は絶叫する。



「中村さんからのラブレター! 大切にします!」

「……私じゃないよ?」



 ようやく支倉の言っていることを理解して、中村は首を振った。

 つまり支倉は、自分が持っているラブレターが中村が書いたものだと思っているわけだ。

どうしてそう思ってるのかよく分からないけれど。



「さ、さささ早速読ませていただきますね!」



 中村の言葉を全く聞いていないのか、支倉は緊張して震える手を何とか押さえつけつつ、

便箋の口を破って中の手紙を取り出す。

 そこで、チャイムが鳴った。



「おらー、席につけよ〜」



 荒木先生がチャイムと同時に入ってきて皆に言う。それに従って席についていく生徒の

中で、支倉だけが手紙に見入っているためにその場にたたずんでいた。



「ほら、支倉! 朝のホームルームを始めるぞ〜」

「――は、はい!」



 急に我に返って席に走っていく支倉。

 どうやら差出人が中村じゃないことにようやく気づいたらしい。

 でも……一体誰が出したんだろうか。



(気になるな……)



 手紙をじっと読む支倉の背中を見ながら、俺は荒木先生の言葉を聞き流していた。



* * * * *
「で、誰からだったの?」  昼休み、弁当を食べている途中にやっぱり青島が支倉に尋ねてる。俺も聞いてみたかっ たが、そうやってでしゃばるのも何か嫌だから黙っていたら、先に言ってくれたわけだ。 「ん……知らない娘だよ」  そう言う支倉の声は少し沈んでいた。  それは嬉しくないというよりも困惑しているから生じるものだろう。 「嬉しくないの?」 「嬉しいけど……慣れてないから困惑してる」  青島の言葉に、支倉も正直に答えていた。 「俺さ、今までずっと好きな人にラブコールを送る側だったからさ。こういうの初めてな んだよな」 「よかったじゃないかよ。お前にもようやく春が来たわけだ。冬だけど」  ラブレターを貰うなんて男子のとっては大事のはずだ。  俺だって高校に入って告白を多く受けるようになったけれど、中学とかに初めてラブレ ターを貰った時は小躍りしたもんだし。でも支倉は俺が思った以上に困惑して、暗くなっ ていた。  その様子を青島も中村も疑問に思ったんだろう。二人して首をかしげている。 「俺さ、分からないんだよな」 「何が?」 「どこがいいのか」  それは初めて見る支倉の姿だった。  いつも中村に対して自信満々にアプローチしている支倉からは考えれられない。  全くの別人を見ているようだ。 「どこがいいって……」 「俺……自分のよさって分からないからさ」  支倉はうつろな目をして立ち上がると、そのまま教室を出ていった。  手に財布が握られていたから、きっとガラナを買いにいったんだろう。  明らかにおかしい支倉の様子に俺達三人は顔を寄せ合った。 「どうしたんだろうな、支倉」 「いつもとキャラが違うよね。調子狂っちゃう」 「馬鹿騒ぎしてれば支倉君らしいのにね」  女子二人はいまいち温かみを感じないコメントだけど、それだけ支倉のイメージに暗さ は似合わないってことだ。俺もそれは同じように思っている。 「少し、背中を押してみるか」  俺は支倉のために何か出来ないか考え出す。 「はっはー!! な。なんとあの『白いガラナ』ゲッツだぜ!!」  教室中に響き渡る支倉の声に、青島と中村は笑い、俺は頭を抱えた。  どうやらあいつを押すにはガラナがあれば良いらしい。  放課後、掃除も上の空で終わらせた支倉はふらふらと歩いて教室を出ていった。個人的 にはしたくはなかったが、中村と青島がどうしても後をつけたいと言うので俺もしょうが なく付き合ってみる。 「心の中で私達のせいにしてない? 高瀬君」 「高瀬君やらしい」 「してないよ! ていうか、なんでやらしいんだよ!」  思わず大きな声を出してしまい、二人に口を抑えられる。  その間に支倉の姿が消えてしまった。 「高瀬君、あとで罰金」 「桃華堂のイチゴパフェね」  青島と中村の容赦ない言葉に気分が鬱になる。財布の中身も寂しくなる……。  と、意識を戻すと中村達さえも消えている。  その場に取り残されて、なんともいえない思いに襲われた。 (帰ろうかな)  その場に留まって少しだけ考えて、俺は足を前に進めた。  支倉がどこにいったのか分からないけれど、学校の傍だろう。多分。 (学校の傍で告白しやすいところって……屋上しか思いつかない)  だからこそ、もう一つ考えられそうな場所へと向かった。  しばらく歩いてそこに着くと、すでに青島と中村も壁に貼り付いてその向こう側を覗い ている。俺は足音を立てないように二人に近づいて、青島の頭の上から顔を乗り出して壁 から少しだけ顔を覗かせた。 「支倉君……手紙、読んでくれてありがとう」  体育館の裏に立っている二人。女の子の方が俺達のほうにいるから声も届いてくる。  支倉に見えないように体育館の壁から顔を出せないけれど、女の子の言葉が凄く真剣な ように聞こえた。 「誰だろうね。うちの学年?」 「顔を見てないから分からないなぁ……」  ひそひそと顔を寄せ合って話す中村と青島。  その声が支倉と女の子に聞こえないかと不安だ……。 「で、伝えてくれた? 高瀬君に」 「いや。伝えてないよ」 「えー! どうして!」  ……なんで俺の名前が出てくるんだ?  何か雲行きが怪しい。中村と青島も困惑して俺を見ている。 「そもそも。高瀬への告白したいのにどうして俺に仲介を頼むんだ? 自分の思いは自分 で伝えなよ」 「それが出来ないから一番近そうな支倉君に言ったんでしょ!」 「ふざけんな」  その支倉の声は、今まで聞いたことがないほどの暗さと強さを持っていた。  今までにない支倉の声。  それには純粋な怒りが込められていた。  そしてどういう事なのかも瞬時に悟る。言葉通り、俺に告白しようとした女子が、支倉 にその気持ちを伝えるようにあの手紙を書いたんだ。  支倉の怒りは、俺にも分かる。 「あんた、告白をどう考えてるんだよ」 「どうって……自分で言うのが怖いから――」 「だからって人に頼むのかよ! 自分の想いくらい自分で伝えやがれ!!」 「きゃっ!?」  激しい音が聞こえて、支倉は走り去っていった。俺達の横を通り過ぎたのに気づいたの かそうでないのか分からない。俺達は支倉の後姿を見るだけしか出来なかった。  と、そこで中村がいないことに気づく。 「おい、青――」 「渚!」  切羽詰った青島の声。そこで俺は、中村が支倉と一緒にいた女の子の前に立っているこ とに気づいた。俺は体育館の壁でその様子は見えないけど、青島がとっさに俺を身振りで 止めている。俺の存在が知れたらまたややこしくなるからだ。  結果として、相手には俺がいることを知られずにすんだらしい。 「あ、あんたたち……」 「支倉君が怒るのも最もだよ」  中村が静かに、諭すように女の子に言う。青島は軽く目線を俺に向けて「ここから離れ て」と訴えてきた。俺は素直に従って、その場から離れる。  なんとなく、行く場所は決まっていた。 「支倉」  俺は手に持ったガラナの一本を支倉に放り投げた。  振り向きざまにそれを掴んで、俺に笑みを向けてくる。  どこか疲れた顔だったが、それを素直に見せるほど弱ってはいないらしい。 「やっぱり後をつけてたんだな。まあ、見た通りさ。お前に告白したい女の子が俺に伝え てくれとか言ってきたってわけよ」 「思い切り怒ってたな」 「もちろんよ」  支倉はガラナをあけ、噴出してくる炭酸を慌てて飲むと、そのまま一気に半分ほど飲ん で「ぷはぁ」と息を吐いた。酒でもないのに酔っているように見える。 「俺は中村さんのこと好き好き言ってるけどな! 俺は言葉に責任を持ってるつもりだ。 自分の想いを口にする責任をな」 「そうだな」  そう。自分の気持ちだからこそ、自分が責任を持たなくちゃいけない。  自分の言葉に責任を持たなくちゃいけない。  それを、支倉は誰よりも分かっているから……あそこまで怒りを覚えたんだろう。  俺も同じように思っていたから、だから俺も同じように怒ったんだ。 「お前が珍しく格好よく見えた」 「失敬な! 俺はいつもかっこいいぞ!」  またいつもの支倉に戻る。俺は笑いながら近づいて、ガラナを差し出した。俺のガラナ と支倉のそれがぶつかり合い、軽い音を立てる。  そのまま二人で最後の一滴まで飲み干した。 『――ぷっはぁあ』  二人で同時に息を吐く。なんとなく親父くさかったが、それも何か楽しかった。  中村達がどうなったのか気になったが、それを知るのは次の日になった。


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