「翔治って……好きな女の子いるのかな?」



 ふと呟いた言葉に、俺の目の前で弁当を食べていた青島が口の中に含んでいたものを噴

出しそうになった。それを見ていた俺は面白くて飲んでいたガラナを噴出しそうになる。

 その結果、お互いに口を押さえてうずくまる体勢になった。



「……いきなりどうしたの?」



 ようやく立ち直った青島が俺に言ってくる。ちなみに俺はまだ立ち直れてなかったが。

 炭酸はきつい。



「い、いや……前に青島さ、翔治は大丈夫とか言ってただろ?」

「そういえば言ったわね」



 青島は記憶を手繰るように上を向いてから言った。確かに言ったのだけれど、どうやら

忘れていたらしい。



「ん、まあ。俺も一応振られているわけで。それだと今後の伏兵が気になるんだよ」



 中村に振られてから十一月に入るまで。

 最近、また中村に告白する男子が増えてきていた。どうやらクリスマスを焦点に入れて

のことらしい。何か裏に一人の女子が絡んでいるのではとも思っているけれど……流石に

考えすぎか。

 以前からそうだったんだけれど、最近の中村は前に比べて少しだけ可愛くなった気がす

る。俺の贔屓目かと思ったが、女子からも男子からも似たような言葉が流れてくる。

 中村は以前に比べてさらにかたくなに告白を断っているようだったが、その様子がなん

となく俺に期待を抱かせる。

 でも……告白してなくて可能性があるのはやっぱり翔治だ。



「佐藤君が伏兵になるって?」

「ああ。だって今も音楽室にいるんだろう?」



 今、中村は合唱部の会議ということでいない。だからこそ珍しく青島と向かい合って昼

食を食べている。



「別に会議だし、二人きりでいるわけじゃないよ」

「でも……なんか中村と翔治の間の空気って怪しくてな」

「恋する男子は嫉妬深いわね」



 青島も彼氏がいるくせに……。

 流石に言う勇気はなかったけど、俺の心を読んだように青島が言ってきた。



「彼氏も結構気にしてるわよ。高瀬のこと」

「……まじで?」

「ええ。暗い夜道は気をつけたほうが良いわよ」



 青島は笑いながら言っていたが、それを冗談と笑うことは出来なかった。

 逆の立場で考えれば、青島の彼氏に睨まれる理由があるだろうし。

 ……友達以上の関係って難しいな。

 でも、何か青島の顔に寂しさが浮かんだような気がした……。



「難しいわよね」

「? ……口に出てた?」

「うん」



 独り言まで言ってしまうとは……思わずため息をついた。

 そもそも、翔治は中村の過去を分かってはいないけれど、どこか知っていた部分がある。

「何を」ということではないが、踏みとどまるところを心得ていて、絶対にある境界線を

超えて踏み込みはしなかった。それはあいつの性格なのかもしれないけれど、翔治は深く

人に入り込まないようにしているように思える。



 ……それは、中村の今のスタンスとどこか似ていた。



「高瀬君が何を考えているか、分かる気がするわ」



 青島は弁当箱を空にして、一口ガラナを飲む。

 青島もガラナを最近飲み始めている……支倉の影響だろうが。



「佐藤君は、別に深く人と関わろうとしないってわけじゃないと思う。何か、そうすべき

時とそうじゃない時を区別できてるみたいね」

「青島さ、お前超能力でもあるのか? そこまで俺の考えって外に分かりやすいのか?」

「そうね。ポーカーは止めたほうが良いわね」



 青島は口元に手を当ててくすくすと笑う。そんな仕草に少しどきっとした。

 顔が微かに赤くなるのを慌てて隠そうとして咳払いをすると、青島は不思議そうに俺を

見る。その顔が近づいてくるのに、少し体を引いた。



「風邪でもひいたの?」

「あー、まあ季節の変わり目は注意だな」



 なんとかそう言って心を落ち着かせる。とにかく、今の状況から抜け出すために俺は会

話を終わらせることにした。



「そうだなぁ。それなら、翔治は心配しなくて良いかな」

「でも気になるわよね。佐藤君のような人がどんな娘を好きになるのか」



 どんな女の子を好きになるのか想像してみる。

 でも、イメージがいまいち固まらない。

 翔治自体がどことなくとらえどころが無い気配を持ってるし。

 寂しがり屋だとは思うんだが……。



「ただいま〜」



 考えてると中村が教室に戻ってきた。

 扉のところには翔治がいて、中村へと手を振っている。彼女が振り返したのを確認して、

翔治は自分の教室に戻っていった。



「傍から見てると、やっぱり付き合ってるように見えるかも」



 青島と話している中村に聞こえないように、呟いた。同意したのかどうなのか、青島は

軽くため息をついて笑った。



* * * * *
「というわけで、直接聞くことにした」 「どういうわけなんだよ〜」  俺に前に座る翔治は頬をかきながら、困ったような顔をしている。ちなみにそんな翔治 の様子が気になるのか、隣の支倉や向かいに座る俺の隣にいる信も、注目していた。  その視線がむず痒いのか、翔治は身体を震わせる。  週末になって俺は支倉と信、そして翔治とともにカラオケに繰り出していた。降った雪 はすぐに溶けてしまったから移動は楽だったから、遊びに出ることは容易い。  本心としては翔治ともう少し仲良くしたいと思ったからで、その手段としてはこれしか 思いつかなかった。  でも結局はこうして直接聞くことにしたのだった。  中村のことをどう見てるのか。 「なぎっちゃんのこと? 別に普通の友達だと思ってたよ」 「確かになぁ……翔治の言葉に嘘は見えないけど、やっぱり不安だろ。お前のポテンシャ ルだと」  俺はすでに中村に振られたことも、まだ好きなこともこの三人には話している。  今いる○ッテリアでは場所も端っこだから、他人に話を聞かれる心配も無い。  こういった相談にはちょうどよかった。 「なんか俺のことばかり皆に漏れるのも癪だから、ここは一つ翔治のことも聞こうと思っ たのだった」 「何気に説明口調だね」  翔治は笑うが、これが俺のやり方なのだ。  こういう口調を使うとふざけている感覚で核心に迫るようなことを聞くことが出来る。 「翔治って好きな人とかいないの? 最近またラブレターとか多いんだろ?」 「うん。下駄箱の靴が見えない」  一瞬、支倉が殺気を放つものの、すぐさま戻る。  翔治はさほど気にしてない、というよりもこれから言おうとすることを言うべきか言わ ないべきか迷っているらしく、俺達のことを気に出来ないようだ。 「……うーん、これは秘密にしてほしいんだけど」  翔治の言葉に俺達は静かに頷いた。  声を潜めたことと、翔治の雰囲気の変化を見て、本当に他言無用のことなんだと悟る。  ちょっと緊張して体が震えた。 「実は彼女はいるんだ……」  それは別に声を潜めることではないように思えた。  でも、翔治の顔が曇っていることに俺達は不思議に思い視線を交わす。  その答えはすぐに翔治が言ってくれた。 「従姉妹の娘なんだよ」  一瞬、思考が止まった。 「従姉妹……」  思わず呟いていた俺に翔治が向けた視線は、今まで見てきたものに対するような表情だ った。こういう反応をしてくるだろうというのを元々知っていたとしか思えないこと。  それは翔治がおそらく体験してきたことなのかもしれなかった。 「法律的には結婚出来るんだよ。でも、やっぱり親戚同士で恋愛関係って意外といけいれ られない人が多いんだ」  俺が疑問の声を上げる前に、翔治は説明してくれた。  支倉も信も何故か当然だという表情で頷いている。  ……もしかして知らないのは俺だけか? いとこ同士で結婚できるって知らないのは? 「高瀬。お前に教えたドラマでもあったじゃないかよ」  支倉が少し呆れたように言ってくる。なんとなくだけど腹が立つ。  でもそのドラマ、というのには十分思い至った。  確か、冬の街を舞台にして、過去の思い出を思い出すまでに従姉妹と心の交流を交わす ような話だったか。  そのドラマだと確かに従姉妹と主人公が恋愛していた。 「なるほどな。結論としては偏見の目があるからおおっぴらには言えないけど彼女はいる。 だから中村には手を出さないと」 「そうそう」  翔治が普通に答えているのを見ると、何か俺がとても嫉妬深い奴のように思える。  そう感じてしまうと気分が落ち込んだ。  思えば俺はなんでこんなにライバルの存在が気になるんだ? 「高瀬も人の子よのう」  支倉が分かったように言って笑う。  ちょっと気になって聞いてみた。 「なんだよ?」 「中村さんにふられて、やっぱり焦ってるんだろうさ」  ……考えてみる。  よく考えてみると、確かにそうかもしれない。  中村の友達として傍にいようとは決意したけれど、あいつへの思いはまだあるわけで。  そして、中村への告白は絶えないし……やっぱり焦っているんだろう。  俺は素直に認めた。 「そうだな。焦ってるな」 「焦ったって仕方がないだろー。俺達が中村さんに合う器量を身に付けたら必然的に付き 合うことになるさ」  その時、支倉が輝いて見えた。
* * * * *
 それにしても恋愛はやっぱり不思議だ……。 「なんだ? 難しそうな顔してるな?」 「ん? ああ……」  帰り道は信と一緒だった。  支倉と翔治と別れて、信がみなほに逢いたいと言いだしたので一緒に俺の家に向かって いる。  のんびり歩きながら話す機会というのはあまりないから、信に言うことにする。 「俺はさ、とりあえず中村の様子を友達として見守っていこうと思ってたんだよな。でも 時間が経てば経つほど、なんか好きになってきてな……今日みたいにへんな嫉妬のような 感じになっちまう。翔治を見てると自分が卑しく見えたぜ」 「仕方ないだろうな」  信は冷静に言葉を返す。  その裏に何か言いたいことがありそうで、俺は信の顔を見て先を即した。 「もうそろそろ言ってもいいなと思ったから言うが、中学のときに小谷と付き合ったろ?」 「ああ」  何、知ってることを言ってくるんだ?  でもそこでそう突っ込むのも仕方がないし。先を聞く。 「お前にとって初恋だし、突っ込みたくはなかったんだが……お前、やけに立ち直りが早 かったよな」 「そりゃあ……亜季の状況が状況だったし」  あの頃の亜季はいじめにあっていたし、ふられた直後でもあまり付き合いは変わらなか ったから、実はあまり失恋のイメージは無かった。 「俺から見るとさ、あの時のお前は恋愛をしてなかったんじゃないかと思うんだ」 「……そうかなぁ」  言われてみるとそうかもしれない部分があるから、強く否定できない。  愛情と友情の境目っていうのが、実は今でもよく分かってない。 「だから、今、こうして嫉妬とかしているほうが健全だと俺は思ってる。支倉も言ってた けど、そう簡単に諦められる思いじゃないってことだろ? お前にしても」  いちいち最もで、返す言葉もない……。 「だから良いんじゃない? 中村さんに迷惑をかけない程度に嫉妬してれば。愚痴は俺が 聞いてやるよ。隣が埋まってる男の余裕ということで」 「……このやろう」  信の言葉で、俺の中にある重さが消えていった。  助けてもらってばかりで申し訳なくなるくらい、信に感謝してる。  俺達は笑いあいながら、家に向かっていった。


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