空は少し雲が多かった。折角の日曜日で、外に出かける日だというのにもう少し気を利

かせてもいいだろうにと思う。

 自分の服装が変じゃないかと何度も確認している俺を、周りの人はどう見てるんだろう

か? やっぱり何か浮ついた様子に見えるんだろうか……。

 でも浮つかないわけ無いじゃないか



「おはよ〜。待った?」



 いきなりかけられた声に俺は驚いて少し後ろに下がった。声をかけてきた相手はクスク

ス笑いながら俺を見てる。そんなに可笑しいんだろうか。



「脅かすなよ、中村」

「高瀬君がぼーっとしてるからだよ」



 中村は上は長袖のカーディガン。下はジーンズと動きやすそうな格好をしていた。普段

制服姿しか見ないから、こうやって見るとやっぱり中村は細い。体重何キロなんだろう。

 ヤバイ。なんか抱きしめたくなってきた……。



「高瀬君、もしかして眠いの?」

「いや、そんなことはないよ」



 中村の言葉に不純な妄想を振り払う。でも実際に、俺は少し眠かった。昨日というか今

日の午前四時くらいまで目がさえて眠れなかったから。何しろ、中村と初めて二人でデー

トに行くんだから興奮してしまうのも無理は無いかなと思う。

 試験的に付き合うことになったのが数日前。そして最初の日曜日に二人で遊園地でも行

こうということに落ち着いた。だから昨日は本当に浮かれていたし、いろんな事を想像し

て眠れなかった。

 ……それで少し注意力が散漫なんだけど。



「あ、もう少しでバスが出るね」

「って……あ! あと五分くらいだ」



 俺が歩き出そうとした時、中村が手を掴んでくる。手から伝わってくる柔らかい感触と

中村の体温に、俺の胸が高鳴った。



「一応彼氏彼女なんだし、手、つなごうよ」

「……ああ」



 平然としている中村と、どぎまぎしている俺。

 こういうことって女の子の方が耐性あるんだろうか? そんな事を思いながら、中村に

引っ張られるまま、俺は待っているバスへと歩いていった。



* * * * *
 付き合い始めたと言っても、それほど劇的な変化があったわけじゃない。そういうのを 期待はしていた。でも、支倉がかなり注目されてしまっていた事を知っていたから、おお っぴらには出来ないなという思いもあった。  結局、周囲には教えないまま数日が過ぎ、特に恋人らしいことをしていない。  というか、俺は『恋人らしいこと』というのが思いつかなかった。  いや、思いついていはいるんだけれど、今の状況では出来ない物ばかりだった。  ……キスとか、それ以上の事とか。  普段恋人同士というのがどういう事をしているのか全く分からない。友達の時にはしな いような会話とかあるんだろうか? そうだとしたら、俺はどんな会話をすればいいんだ ろうか? 「高瀬君。無言〜」  バスの席で隣に座った中村が不満そうに口を膨らませる。  ……そう言えば、こんな中村見た事ないかも。 「な、なあ中村」 「ん?」  中村に聞いてもいいことだろうか?  そうだよ。中村がどんな彼氏を求めているのかを聞くのは、彼女を振り向かせるのに必 要なんだ。そうに違いない!  自己完結のような気がしたけど、分からないよりましだ! 「恋人同士ってどんな事話すんだろ?」 「どんな事、かぁ」  中村は顎に軽く指を当てて考える。その姿がまた可愛い。  なんだろう、何か全ての動作が可愛く見えてくる。これも今の状況が作り出す幻想だろ うか……。 「別に、普通でいいんじゃないの?」  中村の言葉に肩透かしを食らった。何かもう少し具体的なことを言ってくれるとばかり 思っていたから。俺の顔を見てその不服に気付いたのか、中村は曖昧な笑みを向けてきて 言った。 「高瀬君は亜季さんと付き合ってたんだよね」  学校祭で一度だけあった亜季を、中村は覚えていた。そんな劇的な出会いじゃなかった と思うんだけど。  俺の無言を肯定と受け取ったのか、中村は続ける。 「その時、どんな会話したの?」  その時の事を思い出してみる。でも思い出されるのは他の事で、普段何を話していたか と言えば、前日に見たテレビの話や、嫌いな先生の話などなど。しょうがないから中村に 思った通りの事を言う。 「なら、それでいいんだよ。別に恋人だから特別な会話を話さなければいけないってこと は無いと思うし。自然と、二人だけの会話っていうのを話せるようになると思うんだよ」  そう言って中村は曖昧な笑みをなくして、普段の笑顔に戻った。  なるほど。何か悟りを開いた人の話を聞いた気がする……。  でもそれじゃあ―― 「なんか、普通の友達と恋人の違いが分からん」 「それは……あたしの考えでよかったら、帰りに聞かせてあげるね」  そう言っているうちに、バスが遊園地に着いていた。  バスから降りて見てみると、日曜だけに結構人が多い。でも子供の頃来た時よりは入っ ていないように思える。 「さーて! 沢山楽しもう〜」 「そうだな!」  変に何かを考えるよりも、今は中村との時間を楽しもう。折角の初デートなんだから。  金を払って中に入ると親子連れが多い。俺が子供の頃より入場者数は少なくなっている みたいだけれど、やっぱりまだまだ遊園地は面白い場所なんだ。  俺も今までの少しだけ落ち込んだ雰囲気がいつの間にか消えている。 「最初は何に乗ろう?」 「じゃあね〜『モンスター』に乗ろう!」  中村は元気よく答えて、俺の手を引っ張って走り出した。
* * * * *
 タコを模したアトラクション、に二人でペダルをこぎながら進んで行く乗り物、ゴーカ ートや鏡の迷路。ジェットコースターで中村の悲鳴を隣で聞きながら、俺は風圧に怯えて 縮こまる。  ふと、この間はこの場所に支倉が座っていたんだなと思い出す。そして、あいつの結末 もまた思い出された。 「次はあれ〜」 「おうよ」  中村の声に返事をしながら思い出す。  教室で泣いていた支倉。あいつもまた、俺のように何とか中村と付き合いたいからと、 いろんな苦労をしてきたんだろうか。俺は――何をすればいい? 「よーし! これで五連勝!」 「……パットゴルフもうやめようぜ」 「なんで〜。面白いからもう少し!」  パターを持って飛び跳ねる中村は可愛い。確かに見るのも好きだ。でも全十八あるパッ トゴルフの場所をたどるのは流石に疲れた。もう九十ホール回っているんだから。 「じゃああと一回だけ! ね?」 「……あと一回だけな」  結局、疲れよりも、この中村の笑顔が見たいから付き合ってしまうんだよな。  明日は確実に筋肉痛だろう……。  最後のパットゴルフも中村が勝ち、いつの間にか時間は三時を回っていた。もう少しで 帰る時間だろう。 「最後にあれのろっか」  中村が指差したのは観覧車だった。あの時、青島とかと一緒に遊びに来た時、支倉が告 白した観覧車だ。俺は自然と体が緊張する。  でも中村はさして気にする様子も無く俺を引っ張っていく。俺も俺で、何とか表にその 緊張を出さないように取り繕った。  ちょうど乗る人も少なく、すんなりと観覧車に乗れる。  外を歩いていた時に聞こえていた風の音も消えて、急に静かになった。  ゆっくりと上昇していく観覧車の中で、体面の中村を見る。 「……あらためて二人きりになると緊張するね!」  少し顔を赤らめて中村が言った。中村も恥ずかしかったんだろうか? それなら俺も気 が楽にはなるんだけれど。 「ああ。そうだな」  中村の言葉に気分が楽になって、俺は息を吐いた。何が可笑しいのか、やっぱり中村は 笑う。なんだろう……。 「高瀬君、無理してたね」 「……」  中村の突然の言葉。  何だって? 俺が無理してる? 「何度も歩いてる最中に溜息ついてたよ。ねえ、確かにあたし達は試験的に付き合ってる けど、もう少し力抜いてくれると、あたしも気を使わなくてすむんだけどなぁ」 「気を使ってるの?」 「うん」  何かいつもの中村と違う感じがした。  言葉の柔らかさや雰囲気。  どこがどう違うとは明確には言えないんだけれど、何かがいつも違う。 「……中村、いつもと違うね」 「そう? そうかもね」  素直に口に出しても、中村ははぐらかすだけ。俺に自分で気付けって事か……。  何だろうか。 「あたしが気にしないでって言う資格は無いかもしれないけど……多分、特別なことなん て何も無いんだと思ってる。恋人って」 「……そうなのかな」  話しているうちに、いつの間にか一番上まで来ていた。俺達の住んでいる街並みがまる でおもちゃのように見える。そんな景色を見たまま、中村は続ける。 「きっと普段の会話なんてそんなに変わらないよ。恋人同士って、友達には出来ないよう な何かをしてもらえる人なんだと思う」 「……俺は、中村の恋人になれるかな」  気付けば言葉が出ていた。中村は景色を見ていた視線を俺に戻す。  ……なんて馬鹿な事言ったんだ!  そんなの、中村に聞くのは間違ってるだろ……。 「これからの高瀬君次第かもね」  空は雲が多くて晴天とはいかなかったけれど、俺の心は少しだけ晴れた気がした。  中村が答えを出すまでの残りの時間を、大切にしていこう。  そう、思えた。


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