結局、一日目のバレーもソフトも入賞することなく俺達の組は消えた。春の時とは違っ

て、どうやら球技が苦手らしい。次の日はバスケだけだったので、クラス全員が応援する

ことになった。朝一番の試合だけあってなかなか気合が入っている。



「……で、こういう対戦なわけだ」

「エキジビジョンまでは敵だぜ」



 信は俺に近づいてきて囁いてくる。いきなり一年同士が。しかも春の大会で優勝を争っ

た組が対決するとは……くじ運がいいんだか悪いんだか。



「ま、体力があまってるときに白黒つけるのもいいじゃないか」

「言っておくが、うちは球技は不得意だぞ」



 そう。俺達の組は春の大会優勝が嘘のように後退していた。それに比べて信がいるB組

はなかなかいい位置につけている。バスケで優勝できれば十分総合優勝を狙えるはずだ。



「春から四ヶ月……お前の息の根を止める!」

「エキジビジョンの体力も残しておいてな」



 信から離れてそれぞれの位置につく。

 試合開始の笛が鳴り、ボールが高くトスされた。



* * * * *
「試合終了〜」  審判の言葉と笛が続けて聞こえる。俺は一度膝に手をつけて下を向いた。流れる汗が体 育館の床に落ちる。  立ち上がって背中を伸ばして、スコアボードを見る。スコアは三十対二十八。  二十分で終わる試合にしてはロースコアかハイスコアか……。 「三十対二十八でB組の勝ちです」  B組のメンバーはかなり嬉しそうに笑っていた。こっちも見回してみると、負けた割に はすがすがしい顔をしている。全力を出し切ったと言うところろう。  実際に、一回戦第一試合としてはかなりのレベルだったと客観的に見て思う。  試合が終わっても拍手がCとB組以外からも送られていた。  コートから出る時に周りを見回してみると、三上と目が合った。  合ったと同時に俺から離れていく三上。  ……流石に懲りたのか?  でも、やっぱり嫌な予感は消えなかった。
* * * * *
「翔君〜がんばれ〜」  中村の隣で俺は翔治の試合を見ていた。やっぱり普段と変わらない中村に俺は安心しつ つ、やっぱりどこか違和感があった。  女の子は分からない……。  そう思っていると、また中村が歓声を上げた。俺は視線をコートに戻し、ガッツポーズ をしている翔治を見る。  翔治がいる一年D組はとうとう決勝までコマを進めていた。相手は二年F組。  個人の能力は客観的に見ても二年のほうが勝っているのに、翔治が必ず最後にゴールを 決めているために互角の戦いを繰り広げていた。 「佐藤!」  D組の一人が翔治にパスを出す。でもそこにF組の選手が割って入った。ボールをイン ターセプトして走る。  翔治はきびすを返してすぐさま追うが、流石に疲れたのかいつものスピードが出ない。  結局そのままゴールを決められて点差が四点に広がった。  時間はあと十秒。でもD組はまだ諦めていなかった。翔治に回せば何とかなるという気 配がコートの中に広がっていたから。  その空気をF組は勝利の直前だったために見逃していた。  翔治にボールが渡り、一気に突進する。一瞬でディフェンスに来た二人を抜き差って、 相手のゴール射程距離内に入る。  そしてスリーポイントラインの後ろで急ブレーキをかけた。 「スリーポイント!?」 「止めろ!」  F組選手が慌てて翔治を止めようとする。しかし勢いがつきすぎて翔治がシュートを放 つと同時に衝突した。大きな音を立ててコートに倒れる翔治。ざわつく体育館の中で、ボ ールがふわりと弧を描く。  そしてそのままゴールに吸い込まれた。 「バスケットカウント、ワンスロー!」  残り四秒。審判が反則からフリースローの権利を翔治に与える。点が入って更に一本だ から、入れれば同点で延長戦だ。 「大丈夫かな、翔君」 「ああ……」  でも思い切りぶつかられた翔治は大丈夫だろうか? どこか痛めたりしていたら延長戦 になってもきついだろう。  でも、そんな心配を他所に翔治は倒れた状態から足を起こすと体のばねを使って一気に 起き上がる。 「ごめんごめん。さって。決めて同点だよ」  翔治は仲間の肩に手を置いて言う。汗を手で拭いてから審判からボールを受け取ってフ リースローラインについた。各選手もフリースローに備えて配置につく。 「……?」  何か違和感がある。見ていて、何かおかしなところを感じた。 「翔君、何かチームメイトに言ってたみたい」  中村が言ったと同時に翔治がボールを放る。そしてボールの行方を皆が追う中で、ただ 一人だけ翔治は後ろに走った。  ――まさか!  ボールはゴールに当たり、D組の奴が取る。そしてそのまま翔治へとパスをした。  翔治にボールが渡った時、その場の誰もが鳥肌を立てた。  相手チームにはその後に訪れるかもしれない敗北に。  D組にはその後に訪れるかもしれない勝利に。  俺達のような観客にはその後に訪れる何かに。  受け取ってすぐに翔治はボールを放つ。  完全に裏をかかれた相手チームはほとんど動けず、ボールの行方を見守った。  ――そして、ボールは、ゴールに当たってコートの外に跳ねて行った。 「試合終了!」  審判が試合の終わりを告げる。翔治はシュートした体勢のまま固まっている。F組の選 手はほっと肩をなでおろしたのが分かった。心底ほっとしだろう。  おそらく、翔治の体力が万全だったら入っていたはずだ。流石にほとんどの攻撃を任さ れていたのは体力を削られていたのだろう。 「ありがとうございました」  F組と挨拶を交わして帰ってくる翔治に、中村が走っていく。俺もその後ろに続いて近 寄った。 「翔君。肩、大丈夫?」  中村はどうやら俺と同じく、翔治が負傷したんだと思ったらしい。翔治は曖昧な笑顔を 見せて言った。 「まあ正直、少し痛むよ。保健室でシップ貼ってもらってくるわ。エキジビジョン、頑張 ろうね」 「……無理ならいいぞ?」 「いいよ。俺が皆とやりたいんだよ」  翔治はそのまま保健室へと向かった。中村は心配そうに翔治を見送る。俺はあえて明る く振舞った。 「大丈夫だって。たいしたことないって」 「そうかなぁ……だといいけど」  中村はそのまま青島を探してくると言って離れていった。そう言えば支倉もいないし。 信とももうそろそろ合流しないといけないな。  とりあえず俺は一年B組に向かった。俺なら試合がない時に休むのは自分の組だから。  行ってみると案の定、信はいた。  ……三上と一緒に。 「雄太」  俺を呼ぶ信。それと同時に逃げるように俺の横をすり抜けていく三上。  一体何なんだろう? 「信。もう少しで出番だぞ」 「ああ。――それより」  深刻な顔をして何かを言おうとする信。そこで俺は嫌な予感がしてきた。三上を見て感 じたような、嫌な予感が。 「あの三上って娘。お前が好きな人は誰だとかぎまわってるみたいだぞ。もしかしたら中 村さんにも訊きに行くかもしれない」 「……困った」  嫌な予感が当たらないことを祈るしか、なかった。
* * * * *
「翔治!」  俺から出されたボールを受け取ると、翔治はすぐさまボールを放った。まだ相手チーム は誰も反応できてない。  でも、かすかにボールはゴールに入る軌道を外れてるように見えた。  しかし……。 「ナイスパス!」  ゴールに当たって跳ねたボールを信が空中でキャッチし、そのままゴールへとボールを 入れた。  歓声が上がり、信が観客に手を振る。ほとんどがB組の生徒達だ。  すぐに相手チームが攻撃を再開したが、乾いた音が響く。 「えいっ!」  青島がドリブルしてくる相手に一気に詰め寄って、ボールを瞬時に奪い取った。  そのままドリブルを開始して敵陣内に攻め入る。一人が前に出てきたが、青島はスピー ドに乗って相手をかわすとそのままレイアップで得点を決めた。 「どんどんいくわよ!」 『おう!』  青島のガッツポーズに俺達も応える。  俺達のチーム『ガラナメイト』は一回戦を勝ち抜いて、二回戦も今のところ押し気味で 試合を進めている。試合が始まるまでは、まさかここまでコンビネーションが機能すると は思わなかった。  青島はスピードを生かして敵ゴールへと迫り、他の四人に的確なパスをしてくれる。  信はそのゴール下で。俺と支倉はゴール下から少し離れたところまでの間で。  そして翔治はオールラウンドでシュートを決める。  何人もバスケ部員が俺達のプレーを見ていた。 (こりゃあ優勝、本気で狙えるな)  俺は試合終了の合図を聞きながら思っていた。 「とうとう決勝戦かぁ」  支倉は満足そうに呟いた。もちろんチーム名はこいつが付けた。反対したくてもチーム 名に誰もこだわらなかったから結局チーム名はああなってしまった。 「決勝の『フライドチキン』って……どこかしら?」  青島が決勝の相手チーム名を言って首をかしげる。俺もそんなネーミングセンスを持つ 友人を知らないし、相手の試合も見てないから二年生か三年生か分からない。 「ま〜対戦してみれば分かるんじゃない?」  翔治は気楽に言う。どうやら怪我の心配もないみたいで安心した。後ろから信も同じよ うに言って笑っている。 「……なーんか、嫌な予感がするんだよな」  でも、俺はやっぱり嫌な予感がしていた。その嫌な予感が何なのか。  そこで俺は気づいた。 「……中村は?」 「そう言えば渚、いないわね」  青島の言葉と同時に、俺は走り出した。  幸い、まだ次の試合までは時間があった。  俺は体育館から始めて校舎全体を駆け回る。  廊下を走りながら一つずつ教室の中を覗き、いないことを確認していく。  なんとなく三上が中村と一緒にいる気がしていた。  そして、その場所がどこかも見当がついていた。でも、すぐさまその場所へと行く気に はなれなかった。  建前上は二人をじっくりと探すためと言えるだろう。でも実際は怖かった。  俺の予想が当たっていたとして、二人は何を話しているのか?  四階全部を探しても、二人はいなかった。  残るは……屋上。  屋上へと続く階段をゆっくりと登る。途中の折り返しを曲がった時、屋上の扉が全開に なっているのが見えた。予感が確信に変わる。  屋上にいる人に見えないように扉の傍まで登る。そこで、声が聞こえた。 「とぼけないでよ! 高瀬君が好きなのはあなたなんでしょう!?」  三上の声。  俺は顔を少しだけ屋上へと向けた。半分だけ出た目に映るのは扉から少し離れた場所に 立っている二人。  三上と、中村だった。 「だから。高瀬君がそう言ったの?」 「言ってないわよ。はっきり聞いてないわよ! でも、あなたしかいないじゃない! ど うなのよ!!」 「私が分かるわけないよ」  三上が怒りを振りまいて脈絡のない言葉をぶつけるのにたいして、中村は冷静に対処し ていた。普段はどこか天然の気がある中村も、こうして見ると凄くしっかりしている。  ……いや、冷静過ぎだ。  今の中村はどこか、いつもの彼女からかけ離れた存在になっているように見える。 「どうしてあなたはそう男を惹きつけるのよ! あなたがいつまでもふらふらしているか らあなたに振られる男が後をたたないのよ! あなたを好きな人が減らないのよ!! さ っさとあなたが男を作れば全て終わるのよ!」 (ずいぶん酷いこと言ってるな……) 「あなたが口を出すことじゃないと思うけど」  中村はあくまで毅然とした態度で応じている。  そして、それが三上の逆鱗に触れたらしい。  三上の手が振り上げられる。流石に足を踏み出しかけたその時――  ぱぁん!  中村の腕が先に動いていた。 「あれだけ言われて手を上げられたら、正当防衛だよね」  三上は驚いて動けないようだった。三上にしてみればあれだけの罵声に対して中村が動 じないこともそうだし、今のように先に平手打ちされるとは思ってもみなかっただろう。  普段の中村を見ていても、そこまで交戦的な部分は見せない。ただ、彼女はけして大人 しいわけじゃない。ただ可愛いだけの女の子ではないんだ。  三上にはそれが分かっていなかった……。  でも、俺も中村の事を全然分からなかった事に、気付く。 「軽軽しく恋人なんて作れないよ」    中村は言う。平然と。世間話のように。  一字一句区切るように、ゆっくりと。 「私は人殺しだから」  その言葉は、中村の口から洩れた。


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