「凄かったな」



 支倉が言いながらくれたパスを受け取って、俺はそのまま信をかわすとレイアップシュ

ートを決めた。

 放課後になって試合に出る五人で近所の市民体育館に出かけ、練習を始めた。

 一時間ほどやってると流石に汗がシャツの大半を濡らしている。



「休憩しようぜ」



 信が提案し、翔治も含めて皆納得して体育館の恥に寄る。俺もペットボトルを飲み干し

て息を吐いた。



「でも中村さんもやけに怒ってたな。しばらく口きいてくれないぞ」

「……そうなんだよ」



 それが憂鬱の種だった。

 結局、中村は今日一日、俺と話をしなかった。

 これが嫉妬から来るものだったら結構嬉しいのだが、この状態が続くのもちょっと困る。



「だが、これでお前が脱落してくれれば俺にもまたチャンスが!」

「――って支倉。まだ中村を諦めてなかったのか?」

「あったぼうよ! 一度泣いたらすっきりはっきりしゃっきりまったり! この男支倉!

中村さんの横が決まるまで隣を狙い続けるのみ!」



 支倉は立ち上がり、右手を握り締めて力説した。そこに翔治が突っ込む。



「じゃあなぎっちゃんが誰かと付き合ったら狙わないんだ」

「それが礼儀だ」



 振られたならそのまま諦めたほうが礼儀の気がするけど……。



「それは違うぞ、高瀬」



 俺の内心を読んだかのように答えてくる支倉に思わずドキッとする。支倉はふん、と鼻

を鳴らし、勝ち誇ったように腕を組んで見下ろしてきた。

 なんかむかつく。



「一度断れたからって諦められるような気持ちじゃないんだよ。俺はな。自分の気持ちを

抑えて、中村さんの隣が埋まるのをただ祝福するのは耐えられん。出来るだけやって中村

さんの気持ちをこっちに向かせる! それでも違う誰かが隣に埋まるなら、それでいいさ」



 その時の支倉がとても男らしく、かっこよく見えて……

 俺は……

 俺は――!!



『くさいわぁ!!』



 同時に立ち上がり、ボールを投げつける俺と青島。信と翔治は無言で殻になったペット

ボトルを支倉に投げつけている。四種の攻撃は全て支倉の体にヒットした。



「ひでぶっ!?」



 頭と鳩尾と股間と。

 三箇所同時攻撃により支倉は床に沈んだ。



「さって、練習を再開しますか〜」



 翔治が俺と青島が投げつけたボールを取りに行く。信はシャツをその場で脱いで取りか

えている。

 そうやって周りを見回している自分に、今になって気づく。気づいたことで自分に対し

て驚いているところを青島は見ていたのか、肩を叩いて言ってきた。



「高瀬君はどうするの?」



 何を、というのは言わなくても分かった。だから、俺は迷わず答える。



「俺も、多分諦めないよ」



 それは正直な気持ちだった。それだけを言って俺も練習に戻る。後ろで青島が満足そう

に笑っている声が聞こえていた。



* * * * *
「高瀬君。今日は頑張ってね。お弁当も二人前くらい作ってきたから」 「……だからいらないって」  結局、球技大会当日まで三上は俺に弁当を作り続けた。俺も食べなければいいものを、 つい作られたものがもったいないと思うことと、実際に三上の弁当が上手いことから毎回 食べていた。中村はそれが面白くないのか、今日まで数単語しか話してない。 「支倉君。とりあえず今日のクラス戦頑張ってね」 「はい! 中村さんの応援があれば全打席安打に全得点は間違いないです!」  離れた場所で青島、中村、支倉が一緒に話している声が聞こえる。視線を移すとちょう ど中村が俺へと視線を向けて、これみよがしに言ってきた。 「高瀬君は餌付けされてて当てにならないから、支倉君がキーマン!」 「むはははあ! 餌付けされて牙を抜かれた奴などしょせんだんご虫にも劣ります!」  ……酷い言われようだ。 「私はだんご虫でも高瀬君ならいいわよ」  ……三上もさりげなく酷いこと言ってるし。 「高瀬だんご虫! 頑張ってよ!」  中村までだんご虫言ってるし。これじゃあいじめだよ……。まあしょげてる暇はない。  俺はバスケだけ。支倉はソフトボールとバスケット。  第一日目はソフトボールとバレーだから、俺は応援だけになる。 「三上、お前も自分のクラスの応援しろよ」 「いいのよ。他の人が応援するから」 「――いい加減にしてくれよ」  流石に堪忍袋の緒が緩む。頭に徐々に血が上って、三上の顔がとても憎らしく見えてく る。俺の変化に気づいたのか、三上も顔を引きつらせて声をどもらせる。 「な、な……なによ」 「お前、俺を卑怯者、みたいなこと言ってたよな」  学校祭の時に言われた言葉。正確には覚えてないが、確かそんな感じだったはず。三上 もばつが悪そうに頷いた。 「そう言われても仕方がなかったが、俺は言うことにしたよ。好きな人に、気持ちを」 「え……」  三上が唖然として俺を見る。信じられない、と思っていたような顔に俺は怒りを倍増さ せた。  何だよ、そんなに意外かよ! 「まあ体育大会終わった後になるだろうけど。だから俺としてはこうやってされるとその 人に誤解を受けて偉い目にあいそうなんだ。まさか、俺が言うことまで妨害するっていう のか? なら、少なくともお前のことは絶対に好きになれない。異性としても友人として も」  俺は一気にまくし立てて三上から離れた。  追ってくると思ったが、三上は追っては来なかった。  少し拍子抜けした反面、安心する。 (ああ言うさ。言ってやるさ。三上、お前のおかげで俺の気持ちがはっきり形になったよ。 やっぱり俺は中村に告白したい。告白しないと、気持ちを抑えられない)  今の俺は自分を制御できるか分からない。  ここで中村に話し掛けられたりしたら勢いで告白してしまいそうだ。三上にはさっき以 上の暴言も吐いてしまうだろう。流石に女の子にこれ以上きつい言葉を向けたくなかった。  三上には悪いが、彼女のおかげで最後の一歩を踏み出せる。  でもそれは、もう少し経ってからだ。この、体育大会が終わってからだ。 (それまでは……まだ、友達でいたい)  なんとなく、やっぱり逃げているような気がしたけど、しょうがない。  俺はそのままソフトボールの会場へと向かった。  今の時間なら女子バレーとソフトボールは同時に行われてる。  中村はバレーの選手だから、ソフトの場所にはいないはずだ。  今は、顔を見たくなかった。  視界にクラスの面々が見えたと同時に歓声が上がる。声に後押しされるようにベースを 回っていくのは支倉だった。そのままサードまで行き、スライディングで突っ込む。  審判の手から見てセーフらしい。 『うおおお!!』  集まっていたクラスの面々全員が雄たけびを上げた。どうやらいい感じらしい。 「どうなってる?」  集団の一番後ろについて一人に聞いてみる。 「十対0で負けてる」 「……はい?」  俺は信じられずにスコアボードを見る。そこには一番端に十の数字。  まだ一回の裏じゃないかよ。 「ピッチャーが悪くてさあ」 「さっきの支倉への歓声は一矢報いてくれって歓声だったのか」  と、話している間に支倉の次のバッターは三振に倒れる。  高揚した空気が一気にしぼんだ。 「みんなドンマイ! まだ一回だぞ! 残り八回もあるんだからよぅ!」  支倉がナインを励ます声が聞こえる。しかし勘違いしてるぞ支倉よ。 「え!? ソフトは七回までなの!?」  どうやら言われたらしい。  結局、うちのクラスのソフトボールは最後まで試合をしたものの、十対五で敗れた。  一回の投手の乱調がなければ勝てただろうけど、これも運だろうさ。  ソフトボールを見ているうちに、俺の中の中村への気持ちが少しおさまってきた。だか ら支倉達が汗も流さずに中村が出ているバレーの応援に行くと言う提案に、俺は乗った。  敗れていても支倉達はあまり悔しそうではなかった。そう言えば春の時も勝ちそうな時 は本気で勝ちに行って、負けてもしょうがないよな、という空気が多かった。  青島がリレーに出れない時には少し崩れたけど。  ま、こういう奴等なんだよな……。 「さーて! 中村さんの応援に行くぞ!」 『おお!』  ソフトボールに集まっていたほとんどの男子が雄たけびを上げる。  ……何か久しぶりに見たなぁ、こういう光景。 「高瀬! 何をぼんやりしているんだ!!」 「あー、分かったよ」  俺は支倉の言葉に引きずられるように歩いていく。俺達と入れ替わりに継ぎの試合のチ ームがグラウンドに入ってくる。  ふと視線を動かすと、三上と目が合った。 「……」 「……」  無言のまますれ違う。  いつも何かしら言ってきたから、この沈黙は不気味だった。  ただの思い過ごしか、それとも何かの前兆なのか……。  今考えても答えは出なかった。 「ポイント。十五対十一。一年C組の勝ちです」 『わああああ!!』  体育館に入ると同時に響く歓声。その前に聞こえた言葉からすると、どうやらうちの組 が勝ったらしい。  先に入っていた支倉の背中越しに、中村が汗を拭きながら笑っているのが見える。やっ ぱりどこか話し掛けずらい。  ところが中村のほうが支倉達の合間を縫って俺のほうに近づいてきた。と言ってもただ 体育館の外に出るために歩いてきたんだろうが。  案の定、俺に気づいて足を止める。 「あ、高瀬君」 「お疲れ」  中村の言葉からはさほど棘は感じられなかった。俺がそう思いたいだけかもしれないけ ど。でも中村は俺が上げた手に手を合わせる。乾いた音が響いた。 「ありがと。高瀬君もバスケ頑張って」 「明日までは応援するさ」 「うん。バレー応援よろしく〜」  いつも見せる笑顔のままに中村は体育館から出て行った。  昨日までの不機嫌さは身を潜めている。  でも油断は禁物だろう。 (とりあえずは安心かな)  思わずため息が漏れていた。


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