二学期も始まって少しずつ生活も休み前に戻り始めた頃、また一つのイベントが訪れて

いた。



『球技大会』



 秋の体育大会だ。

 春のは陸上競技だったのに対して、秋は室内競技というか球技。ソフトボールやサッカ

ー。室内だとバスケ、バレーだ。

 この四種目で得点を争うことになる。春よりも実はハードな大会だ。



「というわけで、こういう編成にします」



 俺の隣で中村が競技への振り分けを終えていた。結局、荒木先生が「中村と高瀬でいい

人」と多数決を取って全員一致で級長と副級長の続投を告げられた。

 乗り気じゃないように振舞ってはいたが、俺としては中村とまだ仕事が出来るのは嬉し

かった。

 俺はとりあえず黒板に書かれたチーム分けを紙に書き留めておいた。

 今回、俺はバスケットに出る。そして今回は面白い企画があった。



「このクラスでエキジビジョンマッチに出る人いますか?」



 五つ目の項目にその名前があった。

 球技大会は二日間に渡って行われていて、最後の日は時間が余る。結果発表が行われる

前まで組の得点には関係ないバスケットの試合が行われるんだ。

 そして組の垣根は無い。



「……じゃあ、エキジビジョンはなし、っと」



 中村の言葉に俺は紙に無し、と書き込んだ。



* * * * *
 ホームルームが終了した後で俺は支倉に声をかけた。 「なあ、エキジビジョン出てみない?」 「お? 面子いるのか? 俺はもちろん優勝を狙うぞ」  組の垣根を越えた闘いのため、真の勝者が決まると毎年言われているエキジビジョンは 強者が集まる。俺も結構バスケは出来るが経験者ではないし、どこまでいけるか分からな い。だが支倉は中学の時、二ヶ月程バスケ部だったらしい。 「当てはある。だが一人足りないな」 「なら、私が出ようか?」  話に割り込んできたのは青島だった。確かにエキジビジョンは男女混合だし、問題は無 い。でも女子が狙い目になることもあった。 「ま、ディフェンスはあまり期待できないけど、ポイントガード、結構得意よ」 「裕美、エキジビジョン出るの!? 応援するよ!」  中村が笑顔で青島に言う。そこに支倉が割り込んだ。 「中村さん! あなたのために男、支倉は全力で勝ちます!」 「支倉君、面白いこと言うね」  支倉と中村の間に違和感は無かった。少なくとも、俺の目に見えるような違和感は。  支倉の泣いている姿を見てから数日経って、すでにいつもの支倉に戻っていた。中村も 表面上は全く気にした様子が無い。それが本当か取り繕っているか分からないが、俺は二 人が元の関係を必死になって修復しているように思えた。 (……大変だよな。やっぱり)  友達から一歩踏み出すだけで損害は大きい。  それでも想いを伝えるか、そうしないか。  俺の中では答えがまとまりかけていた。 (でも、俺も想いを伝える……)  中村に視線が行ってしまい、ふと顔を上げた中村と交差した。中村は俺が視線を向けて いたことに戸惑いを感じだようだったが、すぐに気を取り直して話し掛けてくる。 「高瀬君も頑張って!」 「お、おうよ。応援してくれよな」 「もっちろん!」  中村の笑顔が少しだけ前よりも柔らかく見える。前も十分柔らかかったが。  その違いは俺だけに訪れたものなのか、それとも単なる勘違いなのか分からないが。  それから掃除となり、特に当番に当たっていない俺は教室の外に出た。  行くところは決まっていた。 「え〜、エキジビジョンマッチ?」  ちょうど廊下で会った翔治に俺は話を持ちかけた。当てその一だ。 「でも俺、バスケはあまりしたことないし」 「でも体育での評判は聞いてるぞ? バスケ部に勧誘されてるみたいじゃん」 「買いかぶってるだけだって……」  翔治は謙遜したが、周囲から聞こえてくる評判を聞いているとバスケ部にも引けを取ら ない動きをするらしい。それを当人はあまり凄いと思ってないんだから、いやみの一つで も言われそうだが、翔治の人間性からかそんな陰口は聞こえては来ない。 「まあ楽しむだけでも参加しようぜ! なな!」 「うーん……そうだね。いいよ〜」  佐藤は笑顔になって言ってくる。最近気づいたけど、こいつの笑顔って中村に似ている かもしれない。  持ってる雰囲気は違うけど、笑顔の形っていうものかな? 似てる……。 「じゃ、よろしく。エントリーシートは俺が書いておくから」 「おっけー。練習は?」 「放課後時間あったらしたいが、部活あるだろ?」 「まあ、今はコンクールないから……少しは出来るよ」  そこで話を終えて、俺達は離れた。次は武田に打診だな。
* * * * *
 結局、信からもオーケーの返事をもらって、俺はさっそく放課後、体育館に皆を集めた。 今日はバドミントン部と卓球部が使っているため、少し端に場所が余っている。そこに五 人が集まっていた。  青島と武田は部活が休みで、翔治は部活をさぼり、俺と支倉は部活が無い。 「おい。俺も部活入ってるぞ」  心の声にというか俺の表情から読み取ったのか支倉は俺に非難の視線を投げかけてきた。 視線の、言葉の意味がわからず俺や一同首をかしげる。 「高瀬だけじゃなく他の奴等まで!? 俺は天文部だぞ!!」 『天文部〜?』  他四人の声が唱和する。  もう、あからさまに信じていない。信じるに足る要素が無いから当たり前だが。  そこに中村が歩いてきた。  ……やっぱりあいつもサボりか? 「支倉君。天文部なんだよね〜」 「……中村すわん! 分かっていただけるのですね!」 「いや分からないけど」  交差法で切り替えされる否定の言葉に支倉は顔面にストレートパンチを喰らったかのよ うに沈む。翔治は中村と支倉のコントに笑い、信と青島は何故か二人で話している。 「……二人、仲良かった?」 「ん? ほとんど初対面だからいろいろ話してた」 「高瀬君のことを話せば会話は繋がるものよ」  何をもって二人が話していたのかかなり気になったが、本題はそれじゃない。  俺は咳払いをして皆に言った。 「とりあえずポジション決めちゃおうぜ。あと練習するとしたら昼休みくらいしかないか ら、ぱっと飯食べて一気に体育館に行くっていうのはどうだろ」 「朝練も出来るんじゃない?」  そう言ったのは翔治だった。俺はふと、それもいいなと思ったがすぐに否定する。 「朝眠いからなぁ……」 「朝運動して目を覚ますっていうのもいいんじゃない?」 「俺は賛成だな」 「意義無し!」 「私も〜」  何故か支倉の後に中村までも賛成する始末。これで五対一。 「……まあいいか。朝練やるか」 「いいねえ。やるなら優勝目指そうか!」 「おいしょー!」  信が腕に力こぶを作って気合を入れるのに対して、翔治はおかしな声を上げる。後ろで は支倉が必死に中村に頑張ることをアピールしているが、中村は青島と話していて全く聞 いていない。 「……大丈夫かな、このチーム」  思わず呟いた。
* * * * *
 結局、次の日から朝練が開始された。とりあえず学校には七時半に集合。八時十五分く らいまで練習。そのあと汗を拭いたりなどして半には教室にいるということになった。 「……でも、どうしてここにいるんだ?」 「え〜。朝練って青春て感じだし。見てて面白そうだもん」  玄関で外履きから上履きに履き替える隣には、中村がいた。  何故か試合には出ないのに練習は見たいという。まあ早めに来るのは本人の自由だから いいけど。  体育館は玄関から一直線に廊下を歩くと着くようになっていて、少し重い鉄製の扉を開 けるとそこには――誰もいなかった。 「あいつら……」 「だーれもいないね」  俺はため息をつきつつ、それでも準備だけはし始めた。  中村をその場において更衣室でジャージに着替えてまた戻る。すると中村が制服のまま バスケットボールをついていた。  中村はそのままドリブルをし始めるとゴールに向かい、そのままレイアップシュートを 決めた。着地するまでに制服のスカートがふわりと浮かんで、その中にある足の付け根が 見えそうになる。  顔が熱くなった。 「わーい、決まった〜」 「中村。お前スカートなんだからレイアップなんかするなよ」 「高瀬君のエッチ〜」  エッチ呼ばわりされるのはちと侵害だ。文句でも言ってやろうと思って足を踏み出した が、足を止めた。  中村はスリーポイントラインの外からシュートを放っていた。  綺麗な弧を描いてゴールに吸い込まれるボール。シュートを放つ中村からゴールに入る ボールまでの一連の流れが目に焼き付いていた。 「……中村も結構出来るんだ」 「人がいなかったらね〜。裕美はもっと上手いよ」  中村はボールを何度かつくと、俺に向かって投げてきた。俺はボールを受け取るとその ままドリブルで中村の横をすり抜けていく。トップスピードに乗ったところでボールを持 つとジャンプして、ボールをゴールに置いていく。  パサッと軽い音を立ててボールはゴールをくぐっていた。 「高瀬君も上手い」 「人がいないからだよ」  俺は何度かボールをついていると、不意に中村が言ってきた。 「そうだ。今度の大会優勝したらさ……」 「ん?」 「キスしてあげようか」  その時、思考が止まった。


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