夏休み最後の週の日曜日。長い距離を自転車で進み、俺達は遊園地にいた。



「遊園地は久しぶりだよ〜」



 中村が遠くにそびえ立つ観覧車を見ながら笑う。その隣では支倉が相変わらず少しやか

ましくしながら中村と話している。遊園地の入り口から少し離れた場所にいる俺達だった

が、日曜日だからか親子連れがどんどん中へと入っていく。今日は暑くなりそうだったし、

人ごみもあるから疲れそうだ。



「早く来ないかなぁ……裕美達」

「さっき電話したらなんだって?」

「うん。翔君と一緒になってあと十分くらいって言ってたから……あ!」



 中村は何かを見つけたのか声を上げて手を振った。



「裕美〜。翔君〜」



 視線を向けると、そこには並んで歩く青島と翔治の姿。

 何はともあれ、これで全員が揃ったわけだ。



「でも武田君やみなほちゃんも来れれば良かったのにねぇ」



 中村が少し寂しそうに言った。なんでそんなに二人にこだわるんだろう……。まあ個性

的な二人だし、友達として欲しいんだろうな。



「しかたないさ。武田が二人でデートしたいとか言ってるんだから。映画見に札幌行っち

ゃったし」

「ラブラブなんだね……いいなぁ」



 目を少し潤ませて言う中村に、思わず胸が高鳴った。視線を外してみるとちょうど支倉

と視線が合う。支倉も顔が赤いところを見ると中村の顔を見てしまったんだろう。



「……お、遅いぞ! 二人とも!!」



 支倉が気まずさと気恥ずかしさを誤魔化すためにわざと大きな声で翔治達に声をかけた。

翔治のほうは申し訳なさそうに言っていたが、青島は逆に不機嫌になって支倉を睨む。



「うるさいわねぇ……遅れて悪くないとでも思ってるの?」

「いやすんません」



 即座に謝る支倉。すると青島も不機嫌さをなくしていつもの顔に戻る。でもどこか調子

が悪そうだ。



「どうした? 体調悪いのか?」

「気にしないで。よくあることだから」



 青島は中村へと近づいて話す。中村も最初は気遣わしげに話していたが、やがて俺達に

向けて中に入ろうと即す。

 青島の調子が本当に大丈夫なのか問い掛けたかったが、翔治が後ろから止める。



「まあ触れないほうが無難だよ」



 翔治の言葉に支倉も何かを気づいたのか「あっ」と短く言って二人の後を追っていた。

俺だけいまいちピンと来てない。



「なんなんだよ……」

「女の子の日だよ」



 翔治が耳元でぼそっと呟く。なるほど……女の子は大変だ。





 遊園地の無料券を使って、俺達は中に入った。翔治以外の四人が無料券。なんとなくば

つが悪くて翔治に券を上げようと思ったが、丁寧に断られた。



「俺はおまけだからさ」



 翔治の言葉には何か意味がありそうだったが、俺にはいまいち理解できない。

 とりあえず気にしないことにして、五人並んで乗り物を物色する。



「まずは何にしようか」

「中村さん! あれがいいです!!」



 支倉が指差したのはタコを模した乗り物だった。触手の先に乗り物がついていて、タコ

の頭があるところを中心にうねうねと回るようになっている。

 中村は「うーん」と少し唸ってから横を向いた。



「まずはあれかな」



 中村の視線の先には空高い場所まで続いているレールだった。

 今まさに、レールの頂点からコースターが滑り落ちていく。

 乗っている子供が叫ぶ声がこちらまで聞こえてきた。



「中村さん、絶叫系好きなのですか?」

「嫌いじゃないよ〜。キャーって言うの面白いし。ストレス発散発散!」



 とりあえず中村の提案に従って俺達は歩き出した。先を進む中村と支倉。次に俺と翔治

が並ぶ。だが俺は少し歩幅を緩めていた。



「青島、大丈夫か?」

「……少し体調悪い」



 俺と翔治の後ろを歩く青島の顔が遊園地に入った時よりも青い。そんなんなら無理して

こなければいいのに……。

 でも青島は言葉にはしたが、歩くスピードは変わらずについてくる。俺は何となく青島

の隣に並んだ。



「あんまり無理するなよな」

「ありがと。今日はしばらく見学するわ。楽しんできて」



 青島は無理して俺に笑みを向けてきた。ここで更に青島を気遣っても悪いだろう。

 俺は少し前を行く翔治の横に戻った。

 近くに行くと、ジェットコースターと思っていたが別のものだった。

 反対側の一番上まで登ってから、反対側へと滑っていく形式のもので、二回転するよう

になっている。



「じゃあ誰と誰が隣同士になるか……」

「別にこのままでいいんじゃない?」



 翔治の言葉に支倉は絶句した。

 このままということは、つまり俺と翔治。支倉と中村と言うことになる。

 内心、少し羨ましかったがここで俺が隣になる、と言っても不自然だろう。



「じゃあこのままで。裕美、ごめんね」

「いいわよ〜。いってらっしゃい」



 中村が申し訳なさそうに言った言葉に対して明るく答えた青島は近くのベンチへと向か

った。俺達は流れていく人の列に加わり、乗り場への階段をのぼる。俺は一瞬だか、青島

のほうを見た。ちょうど目が合って、青島は気遣うな、と言わんばかりに笑みを返してく

る。俺は軽く手を振って、前に進んでいった。





 ジェットコースターから下りてきた時の支倉の顔は、至福の時を過ごしたかのようにほ

がらかだった。一つ後ろの席から見ていたら思い切り叫んでいたと言うのに。

 中村が隣にいることがそこまで嬉しいんだろう。

 少し俺は嫉妬を感じていたが、青島の体調の悪さがやけに気になって、中村の隣を支倉

に譲ることがほとんどだった。



 いろんな乗り物を回り、とうとう最後の乗り物へとたどり着く。



「やっぱり最後はこれだよね〜」



 中村は高くそびえる観覧車を見上げながら呟いた。支倉も何度も頷いている。俺は少し

顔色が良くなってきた青島を見てほっとした。これなら青島も何とか乗れるだろう。

 今まで全然乗り物に乗れなくて遊園地に来た意味がないんじゃないかと思っていた。



「じゃあ、組み合わせ決めようか」

「このままでいいんじゃない?」



 青島がそう言って支倉と青島を指差す。と、そこで俺は何か違和感を感じた。どうして

今日はあの二人を一緒に乗せたがるんだろうか?



「私は別にいいよ」

「おおおおおともします!!」



 支倉は涙を流して中村についていく。俺は流石に引き止めようとしたが、腕をつかまれ

て動きを止めた。

 後ろを向くと笑顔のままで翔治が俺の手を掴んでいる。振りほどこうにも振りほどけず、

その間に中村と支倉は観覧車に乗った。



「さ、俺達も乗ろうか」

「そうね」

「……お前ら」



 流石に俺も気づいた。翔治と青島は少しだけ申し訳なさそうな顔をして俺を見た。いろ

いろと言いたかったが、とりあえず観覧車に乗る。

 四人乗りのところに三人。一つゴンドラを挟んだ先には中村と支倉が乗っている。



「……どういうことだ?」

「この状況の通りよ」



 青島は体調が悪いことを感じさせないしっかりとした口調で答えた。翔治は何も言わず

にただ俺を見ている。その視線に感情が見えないことに居心地が悪くて、青島だけに視線

を向けた。



「あの二人を一緒にしてどうするんだ?」

「別に高瀬君は渚の恋人じゃないでしょ? なら、支倉君の恋の成就を手伝ってもいいじ

ゃない」



 確かにそうだ。青島の言っていることは間違いじゃない。でも、何か納得いかない。



「お前、どうしてそこまで中村のことを心配するんだ?」



 青島は俺に思わせぶりなことを友達になったとも言ってきていた。そして、やけに中村

を心配していた。普通、そこまで友達の事を気にかけるとは思えない。

 中村の過去に何があったんだ?

 言外に言葉をつけて青島へと届ける。青島はそれを受け取ってくれたのか少しだけ口調

を重くした。



「幸せになってもらいたいだけよ。渚に」



 青島の言葉には付け入る隙など全くなく、固い決意が見られた。俺は言葉を紡ごうと思

ったが、口が動かない。その沈黙を青島は繋いできた。



「ごめんね、高瀬君。あなたはひどいと思うかもしれないけれど、あたしにとっては、渚

が幸せになれるならあなたでも支倉君でも他の誰かでもいいのよ。だから、支倉君が渚に

告白したいってあたしに言ってきたから協力したってわけ」

「支倉が?」



 あいつが青島に言ったっていうのか?

 確かにあいつはずっと青島が好きだって言ってきたし、ふざけているとは思っていなか

っただろう。だが、青島に言ったということは俺に言ったように向かい合って伝えたとい

うことだろう。学校祭の時に告白出来なかった支倉が、どれだけ焦っていたのか今になっ

て分かった気がした。

 俺は思わず二人が乗っているゴンドラを見る。

 あそこで今、支倉は中村と何を話しているのだろう?



「……じゃあ、翔治も知ってたのか?」

「うん。まあ、何をなぎっちゃんが悩んでいるのかは分からないけど、恋のキューピット

は大歓迎さ」



 何か? なら俺だけが知らなかったのか?

 今回のこの遊園地に来ることが支倉の告白のためだということを。

 仲間外れにされたような気がして寂しく思う反面、支倉の行動力を尊敬する俺がいる。

 もうしばらく友達でいると言った支倉。でも、中村と夏休みになって離れて、あいつは

やっぱり告白することを選んだ。

 あいつは自分の想いを自分の中だけに溜め込んでいることが出来なくなったんだ。



「支倉君。どうかしらね?」

「もうそろそろ告白してるんじゃない?」



 青島と翔治の言葉に俺は再びゴンドラを見る。二人が乗ったゴンドラは頂上を過ぎてい

た。続いて俺達のゴンドラも頂上を過ぎる。その直前に、中村の姿が見えた。

 真面目な顔をして中村を見ている支倉。そして少しうつむき加減にしている中村。

 それは俺が思い描く告白する時のシーンと類似していた。



「……支倉」



 俺は思わず呟いていた。





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