『えー、遊園地?』



 支倉が帰り、夕飯を食べた後で中村に電話すると、少し息が荒かった。それでも遊園地

と言う言葉に反応して喜びの声を上げる。



「中村、なんでそんな息荒いの?」

『うん。家帰ってからお風呂入ってたんだよ』



 風呂。

 つまり今、中村はタオル一枚の姿だとでもいうのか?

 ……何か不純な妄想をしてしまう。



『急いで部屋着に着替えてたんだ』



 ……まあそうだよな。当たり前だよな。いくら家の中だからってそんな格好でいるわけ

ないよな。



『どうしたの?』

「いやいやなんでもないよなんでも」



 携帯越しに俺の落胆が伝わったのか、いぶかしげな声が聞こえてくる。必死に否定した

が、その中で俺は心地よさを味わっていた。

 中村の声は聞いていて心地いい。

 普段、顔を合わせて話しているとさほど気にしないが、こうして電話越しに聞いている

となんて柔らかい声だろう、と思う。



「それよりも遊園地」

『あ、うん。予定の日は空いてるよ。他の皆も来るの?』

「ああ。ただし無料券は四枚しかないから四人以上は有料だな」

『ならわたしと裕美と高瀬君と支倉君は無料だね』

「……他に誰か誘う?」



 俺としてはもう四人で十分だった。でも中村は更に人物を付け加えてきた。



『翔ちゃんと武田君誘おうよ、みなほちゃんも! 皆で遊ぼう!』



 大人数だ。支倉にとっては邪魔としか言いようがないだろう。



「ああ。じゃあ武田とみなほには聞いておくから――」

『翔ちゃんにはわたしが聞いておくよ』



 そうして中村との電話は終わった。

 携帯を机においてベッドに横たわる。

 宿題もあと二日あれば終わるだろうし、でも見るテレビがない。時刻は七時。

 時間を持て余してはいた。

 と、机の上の携帯が鳴る。

 ゆっくり起き上がって相手の名前も見ずに電話を取った。



「……もしもし?」

『あ、ごめんね。中村です』

「どうした?」

『花火やろ?』



 突然の申し出に俺はしばらく固まった。頭を切り替えてとりあえず聞き返す。



「花火?」

『そ。買ったんだけどどうせなら高瀬君とやろうかなと』



 その言葉に嬉しさがこみ上げてくる。俺とやろうかなとなんて言ってくれるとは……で

もその裏には何かあるはず。



「で、支倉とか誘うか?」

『いや、高瀬君だけでいいよ。今から来れる?』

「……いいよ」



 電話を切って、俺は不思議に思いながらも外へと出た。

 一体どうして俺だけ呼ばれるんだろう?





 指定された公園はおそらく俺と中村の家の中間点に位置した場所にあった。

 しかし道路沿いなことと傍に川があること。何より滑り台などが全くなく、いくつかの

オブジェがあるだけなことから、子供達が遊ぶような公園ではない。かといって高校生く

らいのカップルが時間を潰すには殺風景であり、人通りも多い場所だった。

 つまり、税金の無駄遣いの場所だ。

 でもただ一つ利点があるとすればコンクリートのスペースがあることでそこで花火が出

来る。立て札でも花火を禁止していない。

 俺が自転車を走らせてついてみると、すでに人影が三人いた。



「中村〜」

「あ、きたきた!」



 近づいていくと夜でも三人の顔が見えた。

 中村のほかに二人。

 一人は前に見た顔……一紗ちゃんだった。するともう一人は……。



「どうも! 渚姉ちゃんの妹の梓です!」



 夜だけに色の判別は難しかったが、黒髪よりも闇への染まり方が薄いところをみると、

おそらく中村と同じく栗色なんだろう。

 ショートカットの髪にほっそりとした顔。夏にしては少し肌寒くなってきたが、キャミ

ソールにハーフパンツという出で立ちで彼女は立っていた。



「先に言っちゃったけど、妹の梓と一紗だよ」

「どうも……」



 一紗ちゃんの服装は、なんと浴衣だった。

 少し離れた場所にある電灯からの光で分かるのは、白地に花柄の浴衣だということ。前

に見た中村の私服も花柄だったし、この姉妹は花柄が好きなのか。



「ささ、はやくやろ〜」



 中村の格好は花柄のワンピースにカーディガンをかけていた。光の照らされ具合からい

くとおそらく水色の上着。中村の私服は見慣れていないからかやっぱり可愛く思う。

 その中村から手渡されたのは太目の筒だった。下には土台がついている。明らかに手で

扱うような代物じゃなかった。

 でも中村は明らかに俺に手にもったままさせようとライターを近づけてくる。



「さあさあ。どーんといっちゃって?」

「どーん、ってお前なぁ……」

「高瀬さん、ごー! ごー!」



 中村の後ろでは梓ちゃんが叫んでいる。何故かあのテンションは見たことあるような気

がするが、あえて気にしない。唯一、一紗ちゃんが心配そうに俺を見ていた。



「……」



 俺はライターを受け取ると素早く下に筒を置き、導火線に火をつけた。



「あ!」

「無理!」



 中村が残念そうに叫ぶのを気にせず、俺も叫んで飛びのいた。

 同時に花火が打ち上がり、空に花を咲かせた。打ち上げられた花火を合図に姉妹は各々

で花火を持ち、風を遮るような場所に立てられた蝋燭へと近づける。



「ひゃっほ〜」



 少しして、梓ちゃんが何本か筒を持って空に掲げていた。花火が打ちあがる衝撃に体を

揺らしながらも危なげなく花火を楽しんでいるようだ。でもやってることがやってること

だけに俺達は離れている。



「あはははは」



 中村はしゃがんでねずみ花火を見て楽しんでいた。たまに自分へと向かってくる花火に

驚きながら笑っている。俺と一紗ちゃんは炎が噴出す同じような花火を持って二人で蟻を

焦がしていた。



「これって実は残酷ですよね」

「そうだね」



 一紗ちゃんはそう呟くが、行為を止めようとしない。いや、そう思うなら止めればいい

と思うんだが。

 こういう微妙にずれているところは中村に似ている。やっぱり姉妹なんだなぁ……。



「高瀬さんって」

「ん? 何?」



 花火の先は変わらずに蟻へと向けながらも、俺に言葉をかけてくる。何となく言葉の先

が気になったが、止める前に出てきた。



「変ですよね」

「……」



 いや、そうあらたまって言われても困るよなぁ……。

 変といえば十分中村三姉妹は変なんだけど。



「蟻焦がしているし」

「いや君もしてるから」

「同類にされるなんてなかなか傷つきます」



 一紗ちゃんは全く傷ついていない風にそう言った。それにしても本当に三姉妹は変だ。

 長女はねずみ花火と戯れ、次女は打ち上げ花火を乱射し、三女は蟻を白く染めている。

 この三姉妹をして変と言わせてしまう俺って、実は本当に変なのか?

 キングオブ変か?



「キングオブ変?」

「いや、こっちのこと」



 思わず口に出していたらしい。

 ちょうど花火が切れたので次の花火を取りに行った。ちょうど中村も新しい花火を取り

に来ている。



「楽しんでる〜?」

「ああ。とてつもなく面白いよ」



 それはささやかな中村達への皮肉だったが、中村は笑顔で「そう?」と答えただけで新

たな花火を取り出すと火を付けに行った。全く持って効果なし。



(それにしても……どうして俺はこの場にいるんだ?)



 中村三姉妹が集まって花火を楽しんでいる光景を少し離れた場所で俺は見ていた。

 この三人で遊んでいれば十分楽しそうだというのに。



「高瀬君!」



 中村が大きな声で俺を呼び、合わせて二人の姉妹が俺を呼ぶ。そこで俺はふと気づいた。

 中村の顔に少しだけ寂しさが浮かんでいた。その意味を、俺は図りかねていた。



* * * * *
 花火を使い切ったのは始めてからちょうど一時間経ってからだった。  持ってきていたバケツに燃えカスを全て入れたことを確認すると、梓ちゃんがバケツを 持ち、その横を一紗ちゃんが歩く。 「高瀬君。もちろん送ってくれるよね」 「……もしかしてそれが目的だったのか?」  中村は肯定も否定もせずに俺に背を向けて歩き出した。俺は気づかれないようにため息 をついてから自転車を押して横に追いつく。 「楽しかった?」 「ん? ああ……そういや、小学生以来だから三年ぶりだったんだよな、花火って」 「そうなの? 人生の半分の楽しみを失ってたんだねぇ」 「そこまで大げさな!? しかもそんな哀れみを含んだ目で見るなんて!?」  笑う中村に、さっき見えた寂しさの影は見えない。  別に両親と不仲なわけじゃないようだし、妹達とも、青島達とも――俺達とも上手くい っているはずなんだ。何が中村をそんな顔にさせたんだ? 「中村」 「ん? 何?」  いつもはそこで言葉を止めていた。でも今は、妹二人も先行していて、他に人も見えな い。だからこそ、一歩だけ先に進んだ。 「どうして、さっき、寂しそうな顔をしたんだ?」 「え……」  中村の顔。それはやっぱり、今まで見たことがないような顔だった。  いつも楽しそうで、周りの俺達に悲しさなどの負の感情を見せない中村が、初めて直接 驚き、寂しさを表していた。 「高瀬君」  少し押し殺した声。  妹達とは少し距離があったが、それでも聞かれたくなかったんだろう。  でも出てきた言葉はかつて聞いた言葉だった。 「私と、友達になってくれますか?」  かつて、四月に聞いた言葉。  でも今の言葉はその言葉とは違っていた。  含まれている意味が。重みが。  俺にはそれが良く伝わってきていた。 「ああ。なろう」  だからこそ、俺は答えた。  心の底から。四月の時点とはまた違った気持ちで。  あの頃はまだ中村への恋心はなく、少し可愛い娘と友達になれるなぁという軽い気持ち だった。  でも今は、心の底から中村のことを知りたい。  何かを隠している中村の真意が知りたい。  だからこそ、改めて友達になりたいと思った。 「今までよりも、もっと」  俺は歩きながら手を差し出した。中村はすぐに手を握ってくれる。 「ありがとね」  その言葉は、今までのどの言葉よりも暖かく思えた。


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