夏休みも二週目となると北海道の真夏は終わりを告げたようで、夜は涼しくなってきて

いた。仲がいい友達全員が夏休みは部活で忙しいということもあって、俺としては宿題を

するしかなく、すでにほとんど終えていた。



「高瀬〜ここはどう解くんだ?」

「お前、少しは自分で考えろよ……」



 目の前で数学の問題と格闘している支倉は一問一問聞いてくる。最初は適当にヒントを

与えていたが、流石に今は問題を解いたノートを出しておいてそれを見せて解かせている。

 にも関わらず分からんと言ってくるのはどうかと思うが。



「だってよぉ、お前、途中の式を省略してんじゃん」

「一行か二行だろ!」



 俺はそう言って部屋を出た。一階から飲み物を持ってこようと階段を下りる。

 自然と足音を立てないように歩いている自分に苦笑した。一階には今、武田とみなほが

いる。無意識に気を使ってるんだろうか?

 顔に笑みを貼り付けたまま俺は居間へと入る。そこで、固まった。



「あ……」

「げ……」



 二人は密着していた。

 そりゃあもう密着していた。瞬時に離れるもあまりに勢いがつきすぎて武田はソファか

ら転げ落ちた。

 どれくらい密着していたかと言うと顔がゼロ距離。



「……みなほも大人になったんだねぇ」

「恥ずかしいこと言うな!!」



 顔を真っ赤にしていうみなほの声が今回は更に大きい。おそらく最も見られたくない現

場を見られたことで怒っているのだろうが、俺としては子供みたいなことを言っているみ

なほも武田と彼氏彼女してるんだなぁとしみじみしていた。



「……はぁ」

「ど、どうしたんだ、高瀬?」

「すまない。今度から信と呼ぶよ。いや、信にいさんか」

「ゆ、雄太!?」

「兄貴!?」



 信は思わず真面目モードの時に俺を呼ぶ呼び方をしていた。俺も名前で呼んだのだから

しょうがないが。

 でも佐藤の事も名前で呼ぶようになったし、昔からの親友である武田も名前で呼ばない

ほうがおかしいと思った。まあ、本当に義兄になるかもしれないし。



「シン君がにいさんなんて! 地球が光の速さで回ってもありえない!」

「七回点半アクセル!?」



 驚愕する信とみなほの横をするりと抜けて、俺は冷蔵庫からガラナのペットボトルを取

り出した。コップを持って何も言えずにいる二人を尻目に自分の部屋へと戻った。



「何かあったか?」

「いやなにも」



 支倉の言葉に構わず、俺はガラナを飲んだ。



「ところで、高瀬」

「なんだ?」



 なんだか支倉が恨めしそうに俺を見ている。俺は意味がわからずガラナをまた口に運ぶ。

この少し変わった炭酸の味がまた、飲んだ後にまた変わった爽快感を味あわせてくれる。

支倉じゃないが、ガラナをよろしく! って感じだ。



「お前なぁ。わざと言ってるのか?」

「あ?」



 涼しくはなってきたがやはり暑さに喉は渇く。

 俺は三杯目をコップに入れた。



「俺も飲ませてくれぇ!!!」

「あ!?」



 支倉が突然狂ったように俺に飛びついてきた。中味をこぼさないように、しかし電光石

火でガラナが入ったコップを奪い取り、口に運ぶ。

 一気に飲み終えた後に口に手を当ててゲップすると、支倉は心底嬉しそうに笑顔を浮か

べながら言ってきた。



「いやー、一週間ぶりのガラナだよ!」

「お前にしては珍しいな。一日一ガラナだろ?」

「ああ。日本ガラナ党の規則はそれだけだが、厳しいからな……」



 そこで支倉は少し暗い顔をした。



「あまりに一日一ガラナだったんで、親に自粛させられたんだ」

「……ガラナ党ねぇ」



 なんとなくうさんくさい党だ。正式な部活ではないらしいし、でも地位的には番組研究

会と同レベルらしい。成城東の一大勢力だ。

 権力は少数ながらも番組研究会が。勢力としてはガラナ党が凄くて、成城東の部活はこ

の二つの勢力によって支配されているらしい。

 ……高校の部活だぞ?



「人数ってどれくらいいるんだ?」

「各学年の半数は入ってる。自販機は一列ガラナが並んでるだろ? 夕方には全て売切れ

だ」

「……恐ろしいな、考えてみると。何でみんな飲むんだよ」

「ネタだよ」



 支倉は平然と言い放った。あまりに平然過ぎて唖然としてしまった。

 返す言葉も見つからず、俺はまたガラナを飲みながら本棚から小説を取り出し、支倉が

問題を解き終えるのを待つ。しばらくして、問題集を終えた支倉が残りのガラナをラッパ

飲みしながら言ってくる。



「一つ、提案があるんだ」



 その目は輝いていて、いかにも何か支倉にとって面白いことを計画しているに違いない。

そして、俺に言ってくるという事は考えられるのは一つだった。



「中村を誘ってどこかいくのか?」

「高瀬。お前はエスパー○みか?」

「そんな古いの良く知ってるな」



 支倉が言ったのは俺らが生まれる前の漫画の名前だ。確か、あのドラ○もんの作者が書

いた漫画だったような気がする。



「いや、最近中村さんと仲良くなるためにあの佐藤に近づいているのだ。そしたらいろい

ろと教えてくれてな」

「……あいつも番研の刺客かよ」



 あの暑苦しい三人組の姿を思い浮かべて俺はげんなりした。でもそれが本件ではないの

で、とりあえず立ち直っておく。



「で、何だよ。考えって」

「おう。俺達は仮にも高校生。グループデートはしたいもののどこかに一泊旅行など出来

ない。ということは、手段は限られてくる」

「……遊園地?」

「その通り!!」



 支倉はポケットから四枚チケットを取り出した。そのチケットを一枚取って眺めてみる

と、地元の遊園地の無料券だ。日付は夏休み最後の週の初め。日曜日。



「その頃になればみんな宿題も大体目処がついているだろう! なら友達で行くというな

ら中村さんや青島も行くはずだ! 同じ想いを持つ同士として協力してくれ」



 差し出された手をしばらく眺めた後、俺は手を掴んだ。支倉が言ったことは事実だし、

俺も中村と最近全然会えてない事を考えると、少しは一夏の思い出を作っておきたい。



「佐藤に遅れを取ってなるものか!! もちろんお前にもな! 正々堂々勝負だ!」

「……まあ、そうだな」



 何故か必要以上に熱くなっている支倉を尻目に俺は逆に冷めていった。

 そんなもんなんだろうが。

 頭をよぎったのは中村が隠している過去だ。

 確かに俺や支倉は当初よりも大分友達としては深くなったとは思う。でも、まだ何か中

村の心に踏み込むには壁がいくつもある感覚がする。



『油断大敵』



 青島が言った言葉が思い浮かぶ。結局、どういう意味だったのか分からないが、今考え

るといろいろと意味があるように思えてくる。

 つまりは、自分で大分仲が深まったと思っても油断できないと言うことなんだろうか。

 中村が隠しているものを彼女自身から語らせなければ。

 悶々と考えてる横で、支倉はガラナを飲み干した。





 支倉が帰った後で俺はベッドの寝ていた。特にやることなし。みなほと信の邪魔はした

くないし、むしろ俺がいるから二人でいちゃいちゃ出来ないんだろうか?



「家出るかな」



 とりあえず外行きの格好をして部屋を出る。するとちょうど二階へとあがってきたみな

ほと遭遇した。顔を赤くして無言で俺の横を通り抜けるみなほ。そこで、俺は思わず声を

かけていた。



「みなほ、ちょっと聞いていいか?」

「……何?」



 みなほはさっきの現場を見られたショックから立ち直ってないのか俺を警戒しているよ

うだった。俺はあえて気づかない振りをしてみなほの傍に寄る。



「お前、信が好きか?」

「は、は、ははははっはは恥ずかしい事言うな!」



 恥ずかしさの衝動に任せてか、拳を繰り出してくるみなほ。でも俺はその拳を受け止め

ていた。いつもならば簡単に喰らってやる拳だったが、今回はそうもいかない。

 俺の真面目な雰囲気にようやく気付いたのか、みなほは拳をつかまれたまま体勢で動き

を止めた。



「まあ、お前も来年に高校一年生になるんだし、まだまだ若いけど、どうだ? 信と結婚

したいと思うか?」

「……まだそこまでは思わないよ。あたしにはまだ恋愛が結婚と結びつかないんだもん。

お兄ちゃんもそうなんじゃないの?」



 俺の事を『お兄ちゃん』と言う時は珍しく弱気になっている時だ。それでも、自信はな

いけど自分の意見だけは言うという意志の表れ。みなほの言葉に俺は頷いた。



「ああ。俺もまだ一緒には出来ないさ」



 俺はみなほの拳を離して背を向けた。



「どこいくの?」

「ちょっとコンビニで買い物してくるよ。何かいるか?」

「あー、あたし『オレンジシャーベット』がいい」



 昔からの大好物の名前を言ってみなほは笑顔を浮かべた。その笑顔はやっぱり妹として

可愛いと思う。どんどん大人びていくけれど、まだ少女でいて欲しいとも思った。



「……それにしても、激しいキスだったな」

「!? そんなに激しくしてないもん! 恥ずかしい事言うな!!」



 みなほの罵声に追い出されるように、俺は家を出た。こうやってからかうのもまた、面

白いんだから、もう少しからかってやろう。

 心地いい気分のまま、俺はコンビニへと歩き出した。





BACK/HOME/NEXT