俺の絶叫に三人は黙る。どうだ。俺の声はクラス四十人を黙らせられるんだ。三人なん

て――



「なんと言う声だ!?」

「すびゃらしい!!?」

「ガン・ホー! ガン・ホー!」



 全く堪えていなかった。



「お前ら。どうしたいんだよ……」



 俺は諦めて話を聞く事にする。とりあえずリーダー格っぽい男に話を聞こうとして、誰

が誰だか分からない。



(どいつも怪しい……)

「私が質問に答えよう!」



 相手からそう言ってくれるのは非常に助かる。そう言って一歩前に出てきたのは角刈り

の男。見るからに鍛えていると分かる上半身――って、何故にタンクトップなんだよ。



「暑苦しい(どうしてタンクトップなんですか?)」

「……むう。本音と建前を逆に言う高等テクを!?」

「やはりニュータイプ!」

「ガン・ホー! ガン・ホー!」



 流石に俺も聞き飽きて二人には構わずに暑苦しい男に向き合った。距離が少し開いてい

るにも関わらずつられて汗が出そうだ。



「我々は『番組研究会』だ。今ある堕落したアニメや漫画、バラエティなどを認めず、過

去の遺産を伝えていくと言う志を持っておる」

「はあ……」

「ちなみに俺は佐藤。弟が世話になってるな」

「はあ……って、え!!?」



 俺はその筋肉の塊――もとい、佐藤先輩をじっくりと見た。よく見るとどこか見覚えが

ある。そして、俺は今までのことが繋がった。



「佐藤に十年位前の番組の情報流したり、あの合唱部の人達が歌ってた歌を提供したのは

あんたらか!?」

「ふはは! その通りよ」



 俺から見れば丸太のように見える腕を組んで佐藤先輩は笑った。確かに、こうして笑っ

た雰囲気は似ている。

 あの、佐藤翔治に。



「弟とは仲良くしてやってくれ。俺からも頼む」



 差し出された手を俺はゆっくりと握る。掌には汗が滲んでいてちょっと気持ち悪かった

が、先輩の顔は心底弟を心配する兄の顔。

 妹がいる俺にとって、なんとなく気持ちが分かった。



「はい。翔治君とは仲良くしていきたいですよ」

「うむうむ。友情を育んでくれ。では、本題だ」



 と、佐藤先輩は俺の手を掴んで離さない。俺はふと嫌な予感を感じて離れようとしたが

万力に締められたように動けない。



「わが研究会は現在俺を入れて三人なのだ。是非、四人目のエージェントとして入ってく

れたまえ!」



 俺は残り二人に視線を移した。

 視線の先には長い前髪で片目を隠した男。そして太っていて汗を常にかいていそうな男。

無言で俺を見つめてくる二人を器用に同時に見つめ返す。

 結論は一つだった。



「じゃ、そういうことで――」

「ここに署名してくれたまえ」



 手を繋いだまま教室を出ようとした俺に、手を離してくれない佐藤先輩が入会届とペン

を器用に片手で俺の前に出してくる。



「嫌です!」

「ふほほ! 良いではないか良いではないか!」

「我々はニュータイプを欲している!?」

「ガン・ホー! ガン・ホー!!」



 これじゃあ、さっきに逆戻りだ。このままじゃ埒があかない。



「あ! あれは!?」

「むっ?」

「ふお!?」

「ひでぶっ!?」



 俺が指差した方向に三人が気を取られている間に、俺は佐藤先輩の手から離れた。そし

て即座に部屋の出口へと向かう。ちょうど扉を開けた時点で佐藤先輩達は我に返り、俺へ

と向かってきた。



『むぅあてぇええ!』



 三人唱和して襲ってくる相手に構うことはない!

 俺はとりあえず下に向かおうとした、とその時――



「あ、高瀬君」

「高瀬っちー」



 声をかけられて思わず動きを止めて振り返る。そこには二人並んでいる中村と佐藤。そ

して横から来た佐藤先輩達三人。

 一瞬にして俺は三人に組みしかれていた。



「ぬははあ! 油断大敵太りすぎ!」

「ガン・ホー! ガン・ホー!」

「さーて、右腕を出すがいい〜」



 佐藤先輩が俺を上半身を押さえつけ、太りすぎの先輩が俺の下半身を押さえ、痩せた先

輩が俺の右手を押さえる。見るとすでに俺の名前が書かれた入会届へと拇印を押させよう

としている。



「佐藤! やめさせてくれぇ! お前の兄貴だろ!?」

「? 兄貴? 修先輩が?」

「翔君。いつの間にお兄さんをこしらえたの?」

「いやいや。俺には創れないよ。あはははは」



 俺の危機に二人はかなりのんびりと会話をしている。何だと? 兄貴じゃない? だっ

てさっきは……? 何なんだ? わけが分からないぞ!?



「ぬはは! つまーり! 俺と佐藤翔治とは関係ないということだ!」

「変な嘘言うなぁ!!?」



 結局、佐藤と中村が止めてくれたおかげで入会は避けられたのだった。



* * * * *
「助かったよ」 「まあ修先輩は多少強引だけど最後はちゃんと高瀬っちの意思を尊重してくれるから、す ぐ止めてなかったんだよ」 「兄弟ネタは微妙っと」  帰り道に佐藤の横でネタ帳に書き込みながら歩く中村が微妙だ。  それにしても兄弟ネタで騙されるとはいかに人間の認識があやふやか分かるなぁ。  兄だと言われただけで佐藤に似てるように見えるんだもんな。 「兄じゃないけど従兄弟だよ、修先輩は」 「……あ!?」  驚いて佐藤を見る。それが嘘なのか本当なのか吟味するように見ていると、佐藤は柔和 な笑みを浮かべて言ってきた。 「これは本当。同じネタは連続して出来ない、だろ? 兄じゃないけど、昔から一緒に遊 んでた従兄弟だから似てるんだ」 「なんか詐欺にあった気分だ」 「あはは。残念賞、だね」  俺の落胆具合に中村もおかしなツッコミを入れてくる。ふと、俺は思い出したことがあ って中村に聞いてみた。 「そういやよ。ごーちゃん、だっけ? 連れた女の子と学校行く前に会ったんだけど…… 流石に妹だよな?」 「ん? 梓だったら部活のはずだけど……」 「いや、そんな名前じゃなかったぞ」 「え!? じゃあ……一紗?」  同意に頷くと中村は少し驚いたような顔をして俺を凝視する。どう反応していいか分か らずにしばらく黙っていると、佐藤が思い出したかのように口を挟んできた。 「一紗ちゃんって……あの人見知りする妹さん?」 「うん。そうだよ。翔君も一度会ったことあるよね?」  ――ん?  何か変な言葉を聞いた気がする……。 「佐藤って、中村家に行ったことあるのか?」 「? うん。あるよ。妹とも結構仲いいけど」  なんて事だ。  佐藤は中村を好きな俺よりも二歩も三歩も先に行ってるんだ。もし佐藤が中村を好きな ら……と、青島が言っていたことが頭をよぎる。 『大丈夫よ』  佐藤は大丈夫。  ということは中村を好きではないと言うことか? それとも他にもう好きな人がいるっ て事なのか?  うーん、分からん。今日は何か頭が混乱する事ばかりだ。 「どうしたの?」 「いや……まあとにかくその一紗って娘と会ったよ」 「へぇ。二十へぇだよ。一紗って結構人見知りするから初対面の人とは話せないんだよ」  俺は一紗ちゃんと会った時のことを思い出す。特に俺を怖がっているという節も見当た らなかったはずだ。中村の言う印象とは結構違う。 「高瀬君のこと、いろいろ話したからかな?」 「そういや、変な男だって言ったんだって!」 「あはは。言葉のあやだよ〜」  可愛く言って足を速めて俺から離れる中村。  くそう、可愛すぎだ。文句を言う気に失せる。 「可愛いのは得だねぇ」  全くだ。佐藤に激しく同意だった。  少し歩いて中村と別れると、佐藤と一緒になる。  学校祭の間にあまり交流が無かった分、まだ二人でいるとどんな話をしたらいいか分か らない。 (どうしようかなぁ……) 「別にどうもしなくていいよ」  いきなり佐藤が言った言葉は俺の内心を確実に突いていた。驚いて佐藤を見ると「して やったり」という顔で俺を見ている。 「当たった? まあ高瀬っちが考えてること、分かりやすいし」 「……そんなに分かるか?」 「うん。全部じゃないよ。ただ、どうしようかな……って思ってることは顔に出やすいみ たいだね」  俺は思わず顔を押さえていた。うーん、ということはブラックジャックとかに弱いんだ ろうか?  心理戦は挑まないほうがいいだろう。 「俺、昔から人の心読むの上手かったっていうか。もちろん多用はしてないけどそんな力 使って先生とかが望んでること先回りしてやったりしてたんだよね。それを出来る能力も あったし」  いきなり語り始めた佐藤の告白は自分の技能の自慢と見えて、語る顔はとても寂しげだ った。一体、こいつは何を言いたいんだろう? 「いつのまにか誰も彼も俺を頼るようになって……正直疲れたんだ。だから俺は無理して 少し遠いここの学校に来た。そしたら、また別の世界が見えるんじゃないかって」  佐藤は立ち止まると俺を見た。その視線はとても正直で、まっすぐで。  俺は眼を離すことが出来ない。 「高瀬っちが学年二位だって本当にあてずっぽうだったんだよ。ただ、初めて見た時から、 何かこう、びびっと来たんだ。この人と仲良くなりたいなぁってさ」  佐藤は俺の前に来て手を差し出してくる。その手を凝視して、俺は動きを止めたまま。 「話していく度に、それが正しいって気づいた。俺は、高瀬っちと本当に友達になりたい。 なぎっちゃんといるのは……友達になりたいだけなんだ。特に下心があるってわけじゃな いんだ。だから大丈夫。高瀬っちは心配しないで」 「……心配してないよ」  急におかしくなって俺は笑った。手を差し出したまま佐藤は俺が笑う様子を変わらぬ笑 みを浮かべて見ている。  笑いがすむと、俺は佐藤の手を握った。  そして佐藤の気持ちに応えるために、必要なことをする。 「ま、気楽に行こうぜ。もうここは中学じゃないんだからよ、翔治」 「……うん」  佐藤――翔治は笑った。  今までよりも、更に優しい笑顔で。初めて、こいつの素顔を見た気がした。


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