(結局、大した案は浮かばず……か)



 と、いうわけで、俺はクラスにいた。

 まあ仮装行列が男子でクラスが女子と分けていたから、基本的にクラスの管理は女子が

する。特に管理が必要な出し物ではないが、誰もいないと好き勝手にして折角作ったスタ

イロフォームを壊す奴が出てくるかもしれない、ということで監視員的に二人ずついるこ

とになったのだ。

 女子と男子の二人組。

 一時間に二人ずつで朝九時から夕方五時まで。

 一時間とはいえ拘束されるのだから、誰もがやりたがらず、こうして今は皆でくじを引

いていた。



「じゃあ、決まった人よろしく」



 中村は満面の笑みで当たり――ある意味外れか――を引いたクラスメイトを激励してい

た。中村自体は引いていない。俺も引いていなかった。



「高瀬君はどうするの?」



 くじが終わって中村が話し掛けてくる。ふと時計を見ると八時半。まあ解放が始まる前

に店番を決めようと言うのだからこんな時間だ。



「とりあえず軽く朝ご飯食べてこようかなと」

「もちろんそれはそうだけど、見て回る時よ」



 少し頬を膨らませて中村はわざと低い声で言葉を発した。俺がふざけて言ったと思って

るらしい。俺としては本気で間違えたんだけれど。



「うーん。実は少し遠くから友達が来てさ。そいつと一緒に回ることになってる」

「……それって女の子?」



 何だろう。ここで男だとか言ったら学祭内で会った時に弁解できないけど、言ってはい

けない気もする。

 ……迷う。

 迷った結果、俺は――



「ん。そうだよ」



 正直に言うことにした。駄目だ。真実を言わない理由が見つからない。



「ふーん。……もしかして、高瀬君の好きな人ってその娘?」



 そういう流れだったのか……。

 思わず頭を抱えてうめきたくなるけど、意味がない。



「いやまあ……違うよ。ただ中学時代の友達だ」

「そっか。へぇ……へぇへぇへぇ」

「ボタンを連発するな――って、何『へぇボタン』持ち出してるんだ!?」

「えへへ。昨日妹が商店街の福引で当てたんだよ〜」



 中村は掌に乗せたボタンを二十回押した。どうやら番組と同じく二十回押すと鳴らなく

なるらしい。



「渚〜。ご飯食べにいこうよ〜」

「あ、うーん! じゃあね高瀬君」



 中村は青島のところに走っていって、再びボタンを押していた。楽しそうに騒ぐ中村の

背中を見ながら、ふと支倉の姿を探していた。



「高瀬。朝飯食べに行こうぜ。今ならカレー丼が半額だ」



 ちょうど姿を探していた支倉が話し掛けてきた。俺は同意して一緒に教室を出る。学校

から自転車で五分も行ったところにある牛丼屋のいまや目玉であるカレー丼を求めて。

 学校から出て自転車を走らせながら周りに人がいないことを確認して、俺は支倉へと言

葉を向けた。



「お前、中村に告白したのか?」

「痛いところを突くな」



 支倉は言葉とは裏腹に笑顔を向けてきた。

 まさか、もう告白して……。



「残念だが、まだしてない。最終日に炎を囲んでダンスやるだろ? 後夜祭で」



 うちの高校の学校祭は後夜祭で踊る。

 武田が仕入れた情報によると、毎年後夜祭で平均二十組ほどのカップルが生まれ、十組

ほどが終焉を迎えるらしい。

 支倉も今までの歴史の一ページに加わる気だろうか。



「その時に告白しようとは……思ってるが」

「そうか」



 支倉の顔はいつもよりも沈んでいた。そりゃあそうだろう。今の友達の関係を崩そうと

いうのだから。

 でも俺はそれさえも怖くて。

 支倉と同じ気持ちを持っていると分かっているのに俺はまだ告白する気にはならない。

 その気になれない。



「お前も凄いよな」

「敬うがいい〜」



 支倉の笑い顔に、俺も内心の悔しさを抑えて笑った。

* * * * *
 校門の外側に出て待つのは暑かった。今日は北海道には珍しく夏日になるようで、太陽 が真上にたどり着くと流石に汗が流れる。 「亜季、まだかよ……」  携帯には昼頃に校門で待っててと入っていた。だから武田とかと昼飯を食べると言うの を断って来たってのに。 (こりゃ昼飯は亜季のおごりだな)  そう思っていると視線の先に見覚えのある姿が入った。  暑い中ゆっくりと歩いてくるのは間違いなく亜季。  俺の姿を見つけたのか、歩調を速めたのが分かった。 「雄太〜」  手を振りながら駆け足で来る亜季に手を上げて応える。  俺の傍まで着いた時には少し息が上がっていた。 「いやー、暑いね。待った?」 「待ったぞ。昼飯はお前のおごりな」 「リフレクをかけたので呪文は跳ね返ります」  よく分からん防御に跳ね返されたらしい。別に反論する気もなく、学校の中に入る。 「さて、どこいくか――」 「高瀬君?」  ちょうどよく、中村が玄関口に立っていた。  何故だか凄く気まずさを感じた。  突然現れた中村に俺は何も言葉を言えず、あうあうと口を動かすだけ。  と、そこで口を挟んだのは亜季だった。 「あ、どうも〜」 「どうも〜」  中村は初対面だと言うのに平然と応えて手を振っている。和やかな雰囲気の二人の間で 俺だけがおろおろしていた。 「あ、わたし中村渚って言うの。高瀬君のお友達?」  中村が問い掛けると亜季は笑顔で手を差し出した。 「うん。小谷亜季って言うんだ。よろしく〜」 「よろしくしく〜」  手を握って上下に激しく振る二人。なんか思い切り悩んでいる俺が馬鹿みたいだ。  俺は気を取り直して中村に説明しようとするが、中村のほうが先に口を開く。 「小谷さんは高瀬君の彼女さんなの?」 「ぶっ!?」 「違うよ」  動揺する俺と即答で否定する亜季。何だろう、なんか寂しい。 「雄太は元彼」 「おいっ!?」 「そうなんだ〜」  中村の顔が興味津々と言った表情に変わる。そして何かを思いついたようで目を輝かせ て亜季へと言ってきた。 「ねえねえ、これから校内回るんだよね。わたしもご一緒して良いかな?」 「雄太が良ければ」 「俺か……」  何だろうな……この二人といると逆らえる気がしない。  別に中村の誤解も解けてるみたいだし、二人といて悪いことはないしな。 「俺はいいよ」 「わーい! じゃじゃ、早速回ろうよ。三時以降は三輪車レースとかあるからじっくり観 戦できるように一気に回ろう!」 「うわ〜おもしろそう!」  中村と亜季。二人が俺を置いて先行する。いつの間にか二人は意気投合していた。  二人の後姿を見ながら思う。 (やっぱり似たもの同士か)  二人は確かに似ていた。外見はそれほどでもないが、持っている雰囲気は。  それはつまり、中村が何らかの傷を抱えていることもあながち嘘じゃないことの証明だ った。亜季の今の強さの裏には辛い事を乗り越えた経験がある。なら、その雰囲気と似た 物を持っている中村も同じ物が――似た物があるんじゃないだろうか?  なぜか、それが急に気になっていた。 「あ〜面白かった〜」  亜季が背伸びをしながら歩く後ろを俺は歩く。  隣には中村が絶えず何かを話していた。会ってから二時間くらいしか経ってないにも関 わらず、もう昔からの友達のように。 「で、今度はどこに行くの? クラスは全部回ったけど」 「うん。四時から体育館で文系理系対抗歌合戦があるよ」 「歌合戦!? おっもしろそ〜」 「じゃあ早く行こう! 高瀬君も! いい席取ろうよ〜」 「はいはい」  亜季と中村が笑いながら俺の手を引くことは悪い気はしなかった。  もう過去の亜季はいない。  友達といるにもどこか緊張していた亜季は今はいなかった。今、こうやって笑っている のが本当の亜季なんだと疑いなく思える。  体育館に行くとすでに人が集まり出していた。  暗幕を閉めて電気をつけているために少し蒸し暑いが、俺たちは用意されていた座席へ と向かう。亜季、俺、中村の順に席を取ったと同時に中村が立ち上がった。 「あたしちょっとトイレ行ってくるね」  足早に中村が走っていく。その後姿を見ながら亜季が呟いた。 「いい娘、好きになったね」 「……それは自分に似てると自覚してのことか?」 「もちろん。あたしに似てるんだもん。いい娘だよ」  半ば冗談半ば本気で言ってくる亜季はどこか憎めず、何も言えない。ただストレートに 好きになったね、と言われると照れる。 「でも、確かに何かありそうなのよね〜。あたしと話してる時も一瞬だけど変な気配感じ たし」 「やっぱりか?」 「うん。ま、振られてもいい友達でいてあげなよ」 「告白する前から言われると萎えるな」 「前じゃないと言えないでしょ」 「何話してたの?」  いきなり現れた中村に俺と亜季は同じように驚いていた。いつの間にか歌合戦の開始が 近づいていたんだろう。電気が暗くなり、中村の接近に気づかなかった。 「べ、別になんでもないよ」 「そうそう」 「ふーん」  中村は気にしなかったようで、特に追求してくるでもなく席に座った。と、同時にステ ージ上に司会の二人が出てくる。マイクで拡張された声が歌合戦の開始を告げた。 『――はい! 審査の方々は泣く子も黙る学年主任プラスアルファの五人衆でお送りしま す! では最初は理系から!』  視界の気合が入った声と共にステージ上に姿を現したのは五人の男たちだった。 「あ。いきなり先輩達だ」 「先輩?」  ステージの上の五人はそれぞれワイヤー付きマイクを持ち、一人が口に何かを加えて音 を出した。 『フーーー』  綺麗な音のシャワーが体育館全体に降り注いだ。五色の声が重なることで聞いたことも ないような音が生まれる。  会場の私語が止まり、一気にステージ上に視線が集まるのを俺も感じた。 「合唱部の核メンバーだからね。上手いよ〜」  中村が囁きかけてくる。俺は胸中で納得した。確かに上手い。声を重ねる感覚を磨いて ないと出来ない芸当だろう。  音合わせが終了したのか、五人が頷きあう。マイクを口元に当てて、第一声が空間へと 放射された。 『ぷ〜』  それはどう贔屓目に見てもおならの音だ。一人が声で音を出したのだ。本当のおならの 音のように思えるほどの音を。  今流行かは分からないが数年前に流行ったボイスパーカッションというやつか? 『へーこきましたねあなた〜。誰も聞いていないと思って〜』  五人がユニゾンで歌っていく。歌いまわしはそろっていて上手い。上手いんだけど…… 心のどこかで受け入れることを拒否していた。 『大きな音ですあなた〜。さぞかし気分が良いでしょう〜』  マイクを手に持ち、直立不動で歌う彼ら。いや、徐々に身振り手振りを加えていく。  認めよう。  上手い。  発声もカラオケ歌いじゃ身につかない安定感がある。  でも、納得できない。 『例えばそれは〜駅のトイレの中、てっきり一人と思ったあなた〜。大便済ませーて私が 出たら〜微かにあ〜なた〜は【いたの?】と言った〜』  一人が歌い、後ろでは『アー』と四人がハモる。安定したバックコーラスに乗ってのび のびとリードボーカルがメインメロディを紡ぐ。 『あなたのおなら、いい音ですね。あなたのおなら、いい音ですね〜』  それまでのびのびと歌っていたボーカルが声を潜めるように歌う。バックコーラスもこ こは同じ歌詞をハモりながら歌っていく。トイレでおならを聞かれた男に対してトイレ外 に声が漏れないように語り掛けているんだろう。 『そして〜あなたは〜幸せでしょう〜』  最大限にバックが盛り上げる。幸せが見事に表現される。 『責めるつもりもないけれど、いじめるつもりもないけれど〜今……』  またしても囁くように歌い、一度音が止まる。  次に聞こえてきたのは一斉に吸う息の音。 『へーこきましたねへーこきましたねへーこきへーこきへーこきましたねあなた〜』  最後まで揃えて、演奏は終わった。  素晴らしい演奏だった。文句ない演奏だった。  だが、やはり納得できなかった。  二時間経って、結局理系が歌合戦を制した。そしてあのトップバッター五人はMVPを 獲得。アンコールには何か外国の歌をアカペラで歌っていた。どこかで聞いたことがある ような歌だったけど、俺には分からない。 「『ビートルズ』の『Twist and shout』だよ」  中村が教えてくれたけど、思えばビートルズは『レット・イット・ビー』くらいしか知 らない。  亜季は分かったようでかなり感動していた。何しろ後であの五人にあって握手してたく らいだから。 「凄いねあの人達。たびたびどっかでライブやってるんだって?」 「うん。老人ホームとかで休みの日とかに歌ってるみたいだよ」  やけにあの人たちは本格的なんだな……と、折角の三人の帰り道なのに話題があの五人 のとは何となく嫌だ。  歌合戦が終わってひとまず学校祭二日目は幕を閉じた。明日はほぼ自分達だけでの学校 祭。別に外からの客を止めはしないんだろうけど。 「じゃあ、二人ともまたね」 「ああ」 「じゃあね、渚ちゃん!」  中村が小走りに去っていくのを見ながら、俺は亜季に言った。 「お前、いつの間に名前で呼んでるんだよ」 「羨ましい? 羨ましいの? ふふーん」 「ばーか」  俺と亜季は坂を下りて、下にあるコンビニに入った。亜季はそのまま帰ろうと思ってい たのか、俺の行動に首をかしげる。  俺は俺で亜季と自分の分の飲み物を買うと亜季を伴って歩き出した。亜季はまだ不思議 そうに俺を見ていたようだが、あえて何も言わなかった。  目的地が見えてきたところで初めて亜季は口を開く。 「陸上競技場?」 「ああ。このまま帰るってのも何か寂しくてな」  入り口にかけられた縄をまたいで、俺たち二人は競技場を見渡す客席へと入った。急に ここへと来たくなったのは良く分からない。悲しくなった時や嬉しい時、寂しい時にたま に武田とここにいた。中学の頃に見つけたスポットだ。  二人で腰をかけてから、亜季にペットボトルを渡す。 「うっわ〜きれいだね、空」 「だろ。周りに明かりが少ないから見えやすいんだよ」  亜季の言葉に答えて、星が沢山詰まっている空を見上げた。  空の様子を見ている限り、明日も快晴だろう。  学校祭の終わりにはいい日になりそうだった。 「渚ちゃんにちゃんと告白しなさいよ」 「……分かってるよ」  それだけ言って、俺達は最後まで無言だった。ペットボトルの中味を飲み干しながら、 広がる星空を見ていた。


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