結局うちのクラスは「ミカン星人」というキャラクターの台車を作ることになった。着

る服は頭にミカンが載ってる帽子。ミカン色の上着だった。まあ、これくらいなら楽に作

れるだろうと言うことで。

 資金を一人から三千円ほど集め終えて、俺は嘆息した。

 この手の中に今、十二万円ほどある。



「……とりあえずDVDレコーダーだな」

「何すんなりと使い込もうとしてるの?」

「うわっ!」



 中村の言葉に驚いたんじゃなかった。

 なら何故かと言われると言うのも恥ずかしい。いきなり中村は俺の背中へと抱きついて

きたんだ。彼女の体温が伝わってくる気がして――実際に制服越しとはいえほんのりとし

た暖かさと匂いが俺に伝染し、一気に頭に血が上る。



「は、離れろ!?」

「うわ〜。高瀬君が捨てた〜」



 そう言って中村は素直に離れた。俺は激しくなる息を何とか押さえつける。それよりも

周囲を見回してみた。

 そこには俺に対する敵意の視線が三十人分くらい。

 ……いや、殺意かな?



「中村……お前、最近やけにアグレッシブだな」



 俺の言葉に中村はいつもと変わらない笑みを浮かべながら答えてくる。

 いつもとは違う言葉を。



「だって、友達になって結構経つし、もっと親しくなりたいもの」



 それは普通に友達として親しくなりたいという意味なんだろうが俺にとっては爆弾だ。

心臓を貫かれたような痛みが走る。そうか、言葉の刃とは正にこんな物を言うんだろう。

 やばい、皆がいなかったらここで告白してしまいそうだ。

 と、その時に俺の後ろから俺を押しのけて出てきたのは支倉だった。



「中村さあん!! こんな男に抱きついてはいけません!! こいつには女性を惚れさせ

てしまう菌が付いているのです!!」

「何だよ、その菌は……」

「実際、お前この三日ほどで五人くらいに告白されてるだろう!」



 支倉がどこでそのネタを仕入れてきたのか気になったが、確かにそうだった。

 初めて告白された時から三日間。俺は五人に告白されていた。しかも一人はこのクラス

だったりする。自然とその娘のほうに視線が行き、彼女は視線をそらした。

 その娘が告白したのはクラス内ではその娘の友人しか知らないだろうから、俺もさりげ

なく視線をそらす。ばれたらどうなるか本気で分からんし。



「この人間磁石が!!」

「おいおい、それを言うなら中村だよ」

「あはは。高瀬君、面白いこと言うね」



 中村は本当に分かってないように言ってくる。お前の方がよっぽど人を引きつけてると

いうのに。俺と支倉は同時にため息をついた。

 中村はわけがわからないといった様子で俺達を見てきたが、やがて口を開いた。



「でも、断ってるんでしょ? 本命がいるの?」



 クラスが騒然となるのを、俺は感じていた。それは中村の言葉にと言うよりも、俺に対

する興味だからだろう。

 だが中村の言葉自体に俺は硬直した。

 何だって? 本命がいるのかって? それをお前に言えってか!

 見るとクラスメイトが数人、興味深げに俺を見ている。支倉も青島も。

 青島にいたっては笑いをこらえるのに必死だと言う顔をしている。

 くそ、ブルータスお前もか。どうにかフォローしてくれよ。



「ねえねえ、本命いるの?」

「……まあいるといえばいる」

「へぇ〜。高瀬君も男の子だねぇ」

「何でそんな婆臭く言うんだ?」



 中村は何が楽しいのか笑いながら俺を見てる。ふと、このまま中村が好きだと言ったら

どういう顔をするのか見たくなった。支倉がいようがクラスメイトがいようが関係ない。

 このまま言って、中村がおたおたする顔を見るのはある意味快感だろう。



「だって人の恋愛って面白いでしょ」



 その言葉が俺の言葉に対する返答だと言うことに気づくのは少し遅れた。

 意味が浸透していき、まあ確かにと納得する自分がいる。

 とにかく、中村は完全に俺の恋愛対象が自分だと言うことに思い当たってないようだ。



「お前も女の子なんだから恋愛出来るだろ」

「そだね〜」



 そのまま中村は離れていった。これでこの話は完全に終わりということだろう。

 クラスメイト達も話題が収束したことに注意をそらしていった。

 残るのは青島と支倉だ。



「そうかそうか。お前の本命は中村さんじゃないということだな! 高瀬!!」

(こいつも本気で言ってるのかどうか)



 お前みたいに当人の目の前で好き好き言えるかよ。ま、勘違いされてたほうが俺も気を

使わなくてすむからいいけど。

 と、青島が俺の耳に口を寄せてきた。



「油断大敵」



 何が油断大敵なのかわからなかった。青島はすぐに体を離して中村のところへと早歩き

していく。

 まあ危機を脱しただけで満足とするか。今はこの十二万円をちゃんと管理することが最

優先事項だし。



「じゃあ、この十二万円は俺がDVDレコーダー買うから」



 と、いつのまにか俺の手から金を取った支倉が手をさっと上げてどこかに行こうとして

いる。俺は何故か俺の机の上に置いてあった空のガラナ缶を取り上げた。

 多分支倉が飲んで置いたのだろうけど。



「同じギャグは二度は通じんわ!」



 缶は綺麗な軌跡を中空に描いて支倉の後頭部にヒットしていた。



* * * * *
 とりあえず放課後になって、各自材料集めを始めた。コンビニに行ってダンボールを集 めたり、木材を集めたり。  俺は教室に陣取って男子達の首尾をいろいろチェックをすることになった。やっぱりめ んどくさいが。  どうやら順調に材料は集まっているらしく、木材は後回しにして設計図を考える。  とりあえず木材で骨格を作り、ダンボールで覆ってから更に白紙を貼り付けて、ミカン 色に塗っていく。 (……予算、六万で足りるのか?)  何しろ木材で骨格を作るなんて多分、みんな始めてやるだろう。失敗することも考慮に 入れなければいけない。  俺は離れた場所で女子と知恵を出し合っている中村に声をかけた。 「中村。予算、どれだけ使いそう? ていうか、何やるか決まった?」 「うん。スタイロフォームで立体人生診断やるよ」  言ってる意味がよく分からない。  後ろで女子が簡単に説明してくれた。 「ほら、イエス、ノーで答えていって最後になんか書いてる、アレよ」  なんつーアバウトな説明だ。  でも何となくは分かった。それならばスタイロフォームをくりぬいて、質問書いた紙で も貼り付ければ簡単に作れるだろう。 「ただそれだと、スタイロフォームが三十個ほど必要になってね。いくらかかるか分から ないんだ」  中村が落ち込んだ顔をした意味を、俺はようやく悟った。  そういや、俺が予算をどれだけ使うか聞いたんだっけか。 「あー、別にいいよ。こっちはとりあえずまだ金使う段階じゃないから。設計図を完璧に してから金使うよ。だから、スタイロフォームの値段とか確かめておいて」 「うん。分かった」  中村は女子の輪の中に戻ると楽しそうに今後の計画を考える。俺も自分が意外とこの状 況を楽しんでいることに気づいていた。  自分達だけの力で学校祭を楽しむなんて、中学にはなかったことだ。  中学のときは何をやるかは俺達が考えたけれど、先生が準備などはほとんどやってしま って、いまいちやる気が出なかった。  しかし今は自分らがやらなければ学校祭を楽しむどころではなくなる。 (ま、ようは楽しいからいいやって事だな)  俺は戻ってきた何人かの男子を見て思った。  やる気を出した男子連中の勢いは凄いもので、女子達が予算を立てる前に大体の道具を 集めてしまった。  家からのこぎりやらかなづちやらを集め、ダンボールをかき集め、支倉は中村親衛隊と 一緒に木材の値段を書きとめてきたらしい。やることを一応言ってあったとはいえ、先回 りしていろいろ調べてきてくれたのはかなり驚いた。  支倉のレベルが四月のときに比べて大分上がった気がするな。 「中村さん! 僕がこのクラスを優勝に導く台車を作ってみせます!!」 「頑張ってね〜」  心なしか中村も支倉への対応がやさしい気がする。  徐々にだが、本当に微々たるものだけれど、中村に抱いていた違和感がほぐれてきてい る気がした。  それが四月から今まで培ってきた月日によるものなのか、別の理由によるものなのかは 分からない。  とりあえず、男子はやれるだけやったので解散させることにする。  残ったのは俺と支倉だった。支倉は美術が得意で、設計図を書くのを手伝ってもらって いたからだ。 「こーんな感じかな」 「……こんなもんだろうな」  木材や外側部分、内側部分の大まかな設計図を書き、あとは台車の長さを測ればほぼ完 成だ。  意外と出来るもんだな。 「高瀬」 「何だ?」  支倉が声を潜めて俺の名前を呼んだ。ふと視線を移すと中村達は話が脱線しているのか 少し声を大きめに話している。どうやらあまり聞かれたくない話でもするらしい。 「俺、中村さんに告白しようと思う」 「……え?」  俺は支倉の言葉に耳を疑った。俺の困惑振りを見て笑う支倉。その顔は少し寂しげだっ たが、それでも真剣だった。 「今のようにさ、冗談としか受け入れられてない状況も楽しいことは楽しいけど、やっぱ り俺、本気で中村さんのこと、好きなんだ。だから、この学祭期間中に告白しようと思う ……それで、確かめたいことがあるんだ」 「何を、確かめる?」 「お前も中村さん、好きだな?」 「……ああ」  すんなりと、少しだけ間が空いたけれど肯定の返事が出た。別に嘘をついてもこの場は 乗り切れるだろうが、今の支倉に対して嘘をつけるほどの卑怯な男ではありたくなかった。  支倉はため息をついて、それでも笑った。 「まあそうだろうな。でも俺が先に公言してるんだから、告白優先権は俺にあるからな! そこは忘れないように」  そのまま支倉は立ち上がって帰っていった。  俺もその場から何故かすぐ立ち去りたくて、鞄を持って急いで出た。  出るほんの一瞬、中村と視線が合った気がした。  すぐに家へと帰ろうと思ったけどどうもそんな気分じゃなく、階段を降りかけて足を止 めると俺は上へと足を踏み出した。先には屋上の入り口がある。  屋上への扉を開けると七月の陽光が俺を刺してきた。  本格的な夏にさしかかる今の時期だと、日が沈むのは七時を過ぎる。今の時刻は五時だ った。まだまだ太陽は元気なんだろう。  自然と足はフェンスの傍へと寄っていた。遠くを見ながら思い出すのは支倉の言葉。 『中村さんに告白しようと思う』  その言葉は今になって俺を動揺させた。いつもふざけながら愛を中村へと向けているあ いつが、さっきは別人のように真剣に語っていた。  それはあいつの言葉が嘘偽りのない言葉だという証拠であって、近いうちに必ず実行さ れるだろう現実だということだ。  可能性としては学祭の数日前や、最中。終わった直後。  いくつか考えられるな…… (って、俺は何考えてるんだ)  支倉が中村の前に立って真剣なまなざしを向けて告白する場面が嫌がおうにも脳裏に浮 かぶ。  それがとても辛かった。  自分は間違いなく中村が好きなのだと。  でも今の中村との関係を続けていきたいと思っているのだと気づいてしまった。  告白して付き合うにもふられるにも時期がまだ早すぎる。 (それでも……言うのか、支倉)  頭の中をぐるぐると支倉と中村の顔が回る。  思わず頭を抑えてうめいた。  と、そこで後ろから音が聞こえた。 「? ……青島?」  そこにいたのはドアを開けた青島だった。その顔はさっき見たときより青くなっている。 そう言えば朝から少し元気がなかった。 「どうしたんだ? 青島」 「……」  青島は無言のまま俺に近づいてくる。  真近に青島がきて、初めて青島の目が潤んでいることに気づいた。 「青島?」 「――うっ」  次に起こったことを最初、理解できなかった。  俺の胸に顔をうずめてすすり泣いている青島を、俺はただ見下ろすしかない。  手持ち無沙汰になった手を、とりあえず右手は青島の手に添えて、左手で頭を撫でた。  ゆっくりと、赤ん坊を撫でるように。  青島の髪の感触が、やけに柔らかくて暖かかった。  と、そこで再びドアが開く。 「あ……」 「あ……」  扉を開いたままの体勢で動きを止めていたのは中村だった。 「ごめん!」  言うなり扉を閉める中村。さすがに追うことは無理だった。


BACK/HOME/NEXT