音楽室は何人か人がいて、俺と中村と佐藤が入ったときに一瞬視線を向けたけど、すぐ

に視線を戻して話していた。見るとカードゲームで遊んでいる奴等が二人。ファッション

雑誌を開いて話している女子が二人いる。

 俺達は離れて座り、佐藤が持ってきた写真を見た。



「これが台車の写真。大田ちゃんが個人的に撮ってたみたい」



 大田先生は数学の教師で、ドラえもんの体にのび太の頭が乗っている。あの人がカメラ

を抱えて移動する姿を思い浮かべると何かほほえましい。

 授業中に大体一回は問題解くのを間違える大田先生に佐藤が助言するというやりとりが

頭の中に浮かんだ。きっとそんな感じで仲がいいんだろう。



「へえ……いろいろあるな」



 写真を眺めながら呟く。中村は俺の隣で「面白いね〜」と言いながらぱらぱら写真をめ

くっている。高校の仮装行列というには少し豪勢なものを作っていた。一年生のはやっぱ

り稚拙で、三年のはどうやって作ったんだって思う。

 テレビで放映されるどこかの祭りで担がれている神輿のような人達から、野球の監督の

巨大な顔を作って担いでいる人達もいる。

 それだけ学校祭でも気を抜いていないらしい。



「一応進学校なのに、ここまで行事に熱心だとはな」

「まあ、進学校って言ってもいろいろあるんだろうさ〜」



 佐藤は鼻歌を歌いながら写真をめくっていく。すでにどれを参考にするかを見極めてい

るんだろう。笑みを浮かべていても視線は真剣に写真を見ている。

 どこかおどけていてもこういったところに気を抜かないところが、勉強とかいろいろ両

立出来るコツなんだろう。



「高瀬っちはどれにするか決めた?」



 俺の考えを見透かすように急に顔を向けてきた佐藤に、咳払いをして落ち着いてから俺

は口を開いた。



「皆で決めるからまだなんとも言えないが、俺はこれがいいな」



 俺が一枚撮った写真を中村と佐藤が同時に覗きこむ。そして頭をぶつけた。



「――いったぁ」

「なぎっちゃん、石頭〜」

「翔ちゃん、面白いこと言うね」



 佐藤の両こめかみを拳でえぐりながら言う中村。その手をゆっくり外してやりながら俺

は改めて写真を見せた。

 そこには少し前に大ヒットしたらしいアニメの女の子の顔だけ乗った台車を引っ張って

いく生徒が映っていた。男子は水色系の、女子は赤色のスーツを着ている。アニメの登場

人物の衣裳なのだろう。



「こういうのがある意味楽だろうな」

「面白そうだね〜」

「じゃあうちはこれかも」



 中村は無邪気に笑い、佐藤はもう一枚写真を見せてきた。そこにはアニメに出るような

典型的な親父の顔が乗っている。

 頭が禿げ上がり、頭頂部に毛が一本。側頭部は髪の毛が黒い。眼鏡はかけていない。

 最も特徴的なのは鼻だった。鼻が異常に長い。

 そして周りは宇宙人みたいな格好した男女が歩いていた。



「なんのキャラ?」

「なんか、『○やじ虫』ってやつらしい。衣裳はそれが出てたテレビ番組で、俺達が四歳

くらいのときまでやってた子供向け番組のキャラらしいよ。確か……『○ゴ○ゴルーガ』

とか大田ちゃんは言ってたね」

「ふーん」



 俺は自分の写真を見ながら呟いた。映ってる衣裳や台車に乗ってるものも七年位前に凄

まじく流行ったアニメのものだ。

 七年前っていうと……俺達が小学校一年か? 全然覚えてないけど周りが騒いでたこと

だけ覚えてるなぁ。



「……なんで自分達がめちゃ小さいときとか、生まれる前のネタが展開されてるんだ?」

「どうやらこのネタは『番組研究会』がネタ提供しているらしいね」

「『番組研究会』?」



 俺があまりに呆れた声で聞き返したからだろう。佐藤は一度咳をして間を開けてから口

を開く。中村は写真に写る仮装行列の人々を眺めながら笑っていて話を聞いていない。



「十年程前からずっと続いている部さ。ようは漫画研究会とかアニメ研究会みたいなもの

らしいよ。アニメ、漫画、特撮、バラエティー番組などなどかなりの情報量を保有してい

る部。部員は各学年ふたりくらいなんだけど、文化系部の最大勢力を誇ってるらしいね」

「……何か凄いな、この学校」

「うん。これだから高校生活って楽しいよね」



 俺は佐藤の顔を見ていた。本当に楽しそうに笑う佐藤。中学時代、一人で頑張ってこの

学校に来たという。中村の口ぶりだと親しい友人もいなかった。

 自分だけがレベルが高くて、歩み寄ろうとしても拒絶されたりしたのだろうか?

 そこまでしてこいつはどうしてここに来たのか?

 それは分からないけど、佐藤はこの学校に来て本当に楽しいんだろう。

 自分の実力を十分発揮できて、競える人たちが周りにいるから。

 どこで俺を友達に見初めたのか分からないけど……俺はどうやらこいつを好きらしい。

こんな気持ちになるのは武田と友達になったとき以来だった。







 腕時計を見ると四時半だった。音楽室で佐藤達と別れて一人だけ帰る。

 写真は借りなかったが、少し見て写真の全ては覚えている。

 こういうときは便利だと思う。

 音楽室に連れて行かれたときにおきっぱなしだった外靴を履く。そのとき、後ろに気配

を感じた。

 また中村か?



「あ、あの……高瀬君」

「?」



 聞き覚えのない声。

 振り返るとそこにはやっぱり見たことがない女の子がいた。

 俺が釈然としない顔をしていたのが分かったんだろう。

 向こうから説明を始めてくれた。



「あ、あの……あたし、F組の小林晴美って言います」

「あー、どうも……」

「あの、あの……」



 何だろう。何か俺に用事があるようだけど、俺が全然知らない子がわざわざ何の用なん

だろうか?

 女の子は顔を真っ赤にしてうつむいていたけど、やがてゆっくりと顔を上げて言ってき

た。緊張に顔を強張らせながら。



「体育大会の時から好きになったんです! 付き合ってくれませんか!!」

「……」



 声が出なかった。

 いきなりなんだ? これは愛の告白ってやつ?

 体育大会っていうと……あの最後のリレーか。あれで好きになったって?

 大したことは――したか?

 思い起こしてみると確かに大した事をしたかもしれない。何しろ急遽リレーに出て、し

かもアンカーで勝ってしまったもんな。

 なるほど納得。



「あの……」



 そこで相手――動揺して名前を忘れたけど――を意外と長い時間待たせていたことに気

づいて、俺は口を開いた。答えは決まってる。



「ごめん。俺、好きな人がいてさ。気持ちにはこたえられない」

「それって、中村さんのことですか?」

「? どうしてそう思うの?」



 図星だったがあえて平然と聞き返す。すると小林――そう、小林晴美だ――は先ほどま

でとは違ってやけにスムーズに言葉を紡ぐ。



「中村さん、あたしのクラスにもファンの男の子達がいて、高瀬君が中村さんの傍にいて

怪しいって話してたの聞いたの。それでいても立ってもいられなくなって……」

「んー、まあプライバシーに関わるから詳しいことはいえないが、中村とは付き合ってな

いよ」

「……分かった。ごめんね」



 小林はそのまま早足で去った。俺は靴を履くと逃げるように玄関を出る。外に出た瞬間

に一気に息を吐いた。それまで息を吸っていたのに、吸えてなかったような錯覚。

 振るのなんて初めてだよ……。



「大変だったな」

「た、武田!?」



 いきなり横から現れた武田に思わず大きな声を出してしまう。

 武田はにやつきながら隣に並んできた。俺はなんとか心を落ち着けて、歩き出す。少し

後ろから武田も歩いてきた。



「高瀬、お前自分が目立ってること分かってないだろ」

「……やっぱり目立ってるか?」

「ああ。あの体育大会が効いたな。突然現れてアンカーを任され、そして勝ってしまうん

だからあいつは誰だ? となるのは当たり前だ」



 俺は顎に手を当てて考えながら歩く。

 確かに武田の言う通りか。



「そして、なにより中村さんと一緒にいるのが効いてる。あの娘、すでに学年中に知れ渡

ってるぞ。あの可愛さとボケた性格に学年のほとんどの男子が好意を抱いている。凄い影

響力だ」



 それを聞いて驚いたというか、萎えた。

 それはつまり、学年のほとんどの男子がうちのクラスの男子のように、中村狂いと化し

ているということか。

 ……頭痛い。



「とにかく、そんな中村さんと一緒にいるお前は目立つんだよ。しかも新たに現れたスタ

ーだからな。女の子のハートをわし掴みなわけよ」

「……そうなのか」



 取ってきた自転車を押しながら坂を下る。

 乗っても良かったが、武田の話が続きそうだったから乗らなかった。

 武田は更に話を続けてくる。



「そして体育大会後、学校祭前後、修学旅行前後はカップルが一気に増える時期だ。また

カップルが減る時期でもある」



 そんなもんなのか……。分からんなぁ。

 俺の内心を他所に武田は話し続けていた。まあ、すぐに帰る方向が別になったので別れ

たけど。



* * * * *
『学校祭!?』 「そうそう。そっちはないのか?」 『うーん。確か夏休み後だったと思うよ』 「こっちは早いのかな?」  亜季との会話はやっぱり楽しい。  どうやら向こうでは上手くやってるようで、声も明るい。 『いいなぁ。それっていつやるの?』 「確か……金曜日に仮装行列やって、土曜が一般解放。日曜日は学生だけかな」 『……土曜か。よし!』  亜季が電話の向こうで気合を入れる。な、何だろう。嫌な予感がする。 『土曜日、そっちの学祭行くから! 案内、よろしく!!』 「ちょ、ちょっとまてよ!!」 『あ、お風呂沸いたから切るね〜』 「亜季!」  そのまま亜季の電話は切れた。何故か、嫌な予感が消えなかった。


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