テストも終わり、六月も終わり、七月も二週目となった。

 教室であくびをかみ殺していると中村が青島と一緒にやってくる。俺を見つけるなり駆

け寄ってきてあいさつをしてきた。



「おはよう! 一昨日はありがとね!」

「ああ。それにしても初めて合唱って聞いたけど、凄いな」

「そうでしょ〜。入りたくなった?」

「俺には出来ないよ」



 中村は少し残念そうにしながら席についた。一昨日の土曜日に中村が入ってる合唱部の

定期演奏会があって、支倉と青島、武田と一緒に聴きに行ったのだ。歌に対してあまり詳

しくない俺でもなんとなく凄いと感じてしまう演奏会だった。きっと全道でもいい線なん

だろう。

 一昨日の演奏を思い起こしていると、支倉が話し掛けてきた。



「おうおう高瀬。またまたイベントがあるが、今度はどうするんだ?」

「……学校祭か」



 俺は入り口の傍に貼ってある年間の行事予定表を見た。無論、見えるほど目は良くない

が。七月の列には三日間矢印が引っ張ってあって、学校祭の字が書かれているはずだ。夏

休み前の一大イベント。

 おそらくもっとも疲れるだろうイベントだ。



「……いや、多分中村が一声かければみんな頑張るだろう」

「やけに投げやりだな」

「そうじゃない。中村がやればすぐ決まるよ」



 体育大会の時に分かったことを活用しないでどうする。

 話していると、やがて荒木先生が教室に入ってきて早速学校祭関連のプリントが配られ

てきた。

 なるほど。一日目が仮装行列で二、三日目が学校でいろいろとやるわけか。



「みんな見たか〜。学校祭は体育大会のときと同じく順位がつく。一位を取ったら俺が焼

肉おごるぞ。大会のときみたいに」

『本当ですか!?』



 クラスの男子が何人か歓声を上げる。体育大会の後でガラナを飲み干した俺達に荒木先

生は焼肉をおごってくれた。どこからそれだけの金を入手したとは聞かなかったけれど。



「高瀬。いつもどおりに放課後に決めるようにしてくれ。仮装行列の台車を作る班とクラ

スの出し物を作る班。今回は総合得点を競うから、どちらも大事だぞ」

「……はい」



 てことは感じ的に中村と俺が別れてやることになりそうだ。

 ……俺が仮装行列か? 皆来てくれよ本当。



「じゃ、ホームルーム終わり!」



 俺の内心を他所に荒木先生は去っていった。俺って級長の働き以上してないかい?



* * * * *
 ホームルームでこうして中村と並んでみんなの前に立つのは何度目だろう。  四月からこのある意味問題児ばかりのクラスを何とかまとめて行事をいくつかこなして きたが、ようやく慣れ始めたところだ。  でもこの場所も学校祭が終わり、夏休みに入ればなくなるんだろう。  夏休み明けから少しすれば後期の新しい役員が決められる。  こうして中村の隣で仕事をするのはこれが最後なのかもしれないと思うと少し寂しい― ―とはやはり思えない。 「とりあえず仮装行列が高瀬君責任者で、クラスは私がやります」 「じゃあ僕はクラスで!」 「俺も!」 「私も!!」 「俺俺!!」 「お前お前!」 「俺俺俺!」 「お前お前お前!!」 「じゃかぁあしいわ!!」  途中から何か変な方向に行っていたので思わず大きな声で制する。見てみると黒板には 中村が責任者であるクラスに俺以外の奴らが集結していた。そうかいそうかい、そこまで 中村かい。ここまでくると異常だな。 「こんなに来てもめんどいので、男子が仮装行列、女子がクラスにします」 『ええ!!? そんな!』 「男子は男子、女子は女子で団結すればきっと道は開けるよ! ありがとう、猪木」 「変なこと言うなよ、中村……」  クラスの面々は中村の決定を何とか覆そうといろいろとまくし立てているが中村はすで に聞く耳持たずに黒板に大きく文字を書いていた。 『仮装行列・男子 ホームルーム・女子』  凄まじく上手い文字を書いて最後にチョークを軽く黒板に打ちつけることでクラスに静 寂が生まれる。  にこやかに微笑んで、中村は言った。 「優勝目指すのもいいけど、楽しもうね」  まさに極上の笑みだ。男子は卒倒し、女子は何人かは嫌そうな顔をしつつ大半はほほえ ましく中村を見ていた。俺は隣で直視していなかったためにダメージは少なかったが、ち ょっとぐらついた。 「面白い台車作ってね。衣裳は女子が作ってもいいよ」 「ああ。お願いするよ。男子は工作要員で」  クラスの喧騒が収まらない中で中村がこっそりと言ってくる。まあ予想された申し出に 俺は胸をなでおろした。まさか着る衣裳までも男子が作るとなるときついだろう。 「じゃ、がんばりましょう〜」 『おおおおお!!』  何でこう、体育大会と学校祭でのりが同じなんだろう?
* * * * *
 放課後になると早速会議を開いてみる。  女子は女子で教室の片側。男子はその反対側に集まって何をやるか相談をする。  端から見ているとなかなか面白い構図なんだろうけど。 「高瀬〜何やるの?」 「別に何でもいいから帰らせて」 「帰りたいのに帰れない〜」 「歌うな!」  俺は騒ぎ出した男子達を押さえつけ、でも頭の中では何をしたらいいかいい考えも浮か ばずに上を向いた。そこで口を割ったのは支倉だった。 「とりあえず今までどんなもんが作られたのか情報を入手することが先じゃないか?」  ……正論だ。 「支倉、どうした?」 「熱でもあるのか?」 「保健室に行ったほうがいいぞ」 「お前ら! 俺がいつも中村さんのことしか考えてないとでも思ってるのか!!」 『うん』  見事にクラス全員でボケと突っ込みしやがった。でも確かに支倉の意見は大事だろう。 なら、今焦ってすることもない。 「じゃあ、部活入ってる人が先輩とかから情報を聞いて、明日また話し合おうか」 『さんせーい!』  そう言ってすぐさま散っていく男子達。  ああ……おそらく明日はこいつら何も意見持ってこないだろうな。  俺はため息をついて鞄を持った。俺は俺なりにどこかで情報を仕入れないといけないだ ろう。女子は男子がやけに早く散会したことを不信げに見ている。そう、最後まで残って いる俺を特に。 「高瀬君、もう決まったの?」  訪ねてくる中村に今決まったことをいうと、なるほどと呟いて考え込む。  そして中村は口を開いた。 「男子の意見に賛成ってことで、今日は解散しようか。みんな明日までに先輩とかに聞い てきてね」 『おーけー!』  女子はそろって中村に返事をする。なんか見ていて萎える。  どうしてこう男子と女子で違うんだろう。こんなもんかもしれないけれど、中村に何故 そこまでカリスマ性があるのか分からない。  本当、俺いらないな。 「高瀬君は必要だよ」  声に出していたようで、いつしか近づいてきていた中村が言ってくる。俺は動揺を抑え て言葉を返した。 「ん、ああ……もちろん冗談だよ」 「そう? やけに本気入ってた気がするけど」  何か今日は切り込んでくるな……なんだろ? 「本当、冗談だよ」  俺はそのまま中村から離れて帰った。後ろから来る中村の視線が何故か痛かった。 「高瀬君」  校舎から出ようとして、外靴を履いたところで中村が俺を呼び止めた。振り返ると帰る 格好ではない。さっきのこともあって、少し気まずかったけど、何とか意識しないように 顔を見る。 「あのね、翔君が台車の資料持ってるって」 「佐藤が?」 「うん。担任の先生に去年撮った写真もらったってさ」  さすが学年一位。そういったことに抜かりはない。確かに初めてづくしの学祭では資料 は必要だろう。  ……俺らも荒木先生にもらえばよかったんじゃないか? 「とりあえず音楽室行こうよ」 「……つまり学校祭の資料を餌にして俺を本拠地に誘い込み、あらゆるからめ手、あまつ さえ直接武力行使をすることで仲間に引き込む気か?」 「なんでそう考えが曲がってるの?」  嘆息する中村に何か違和感があったけど、俺にはそれが何か分からない。考えようとし ている間に中村は俺の手を引いて歩き出していた。外靴を下駄箱に入れることなく俺は手 を引っ張られていく。 「つべこべ言わずについてきなさい」 「……やけに強気だな中村」 「ジョークだよ」  中村が振り向いて見せてくれた笑顔は今までよりも綺麗で、可愛くて……顔が一気に沸 騰する。  ちょうど周りには人がいなくて、言葉が出そうになる。 「な――」 「あ、みっけー」  階段を上っている途中で佐藤が上から降りてきた。何が嬉しいのか満面の笑みを浮かべ る佐藤に、俺は少し拍子抜けしたけど、反面安心していた。  まだまだ、この関係を続けていきたいから。 「来ないから探しに来たんだ。ささ、高瀬っち。いざ音楽室へ!」 「……やっぱり行くのね」  二人の笑顔に引っ張られ、音楽室へと俺は足を踏み入れた。


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