『冒険の山』への入り口はちょっとしたジャングルジム(?)になっていた。木で作られ

ていて、各所に足をかける場所があり、手足を使って登っていく。

 こういうのって正式名称なんていうんだろうか?

 中村が先頭で、その後ろを支倉が。

 そして青島、俺、みなほの順番に登る。それほど高い場所まで登ることもないので俺達

は二箇所くらいに足をかけただけで上に登れた。しかし俺達の後ろから登っている小学校

低学年くらいの子は悪戦苦闘していたが。



「可愛いね〜。子供」



 中村の所まで追いついた俺達は、中村がそう呟いているのを聞いた。それに対して支倉

が答える。



「中村さん水臭いですよ! 言ってくれれば僕がお手伝いを――」

「昼から変なこと言うな」



 青島と俺が同時に突き出した拳が、青島のは顔に。俺の拳は腹にそれぞれ決まった。支

倉は「うおお」ともがいてよろけながらも中村の後をついて行く。たいした根性だ。



 山に入ると目の前には坂があった。まあ、山なんだから徐々に上がるのは当たり前か。

少し登ったところには右から左へと流れていくブランコがある。どうやら中村はそれに乗

りたいらしい。



「ねえ! 早く行こうよ!」



 しかし俺は致命的な欠点を言った。



「俺達じゃ、地面にブランコがついて怪我するぞ」

「……そうかなぁ」



 先に遊んでいる子供を見ていると、ブランコが子供の重みで下がっているのが分かる。

あの子供で結構地面すれすれに進んでいるのを見ると、俺達が乗ったら間違いなく地面を

擦るだろう。



「でも私、体重軽いし」

「何キロなんだ?」

「女の子に体重聞くのはペナルティだよ」



 中村は頬を染めて言うと、俺達に背を向けてブランコに向かった。どうやら一人でも乗

る気らしい。確かに女の子ならば――というか、中村や青島、みなほなら男の俺や支倉よ

りも軽いだろうし、大丈夫かもしれない。

 でも……



「今のはやっぱり俺が悪いのか?」

「うん。デリカシーがないよ、兄貴」

「それじゃあ、女の子のハートは掴めないよ?」

「このザル頭が!」



 オイこら。

 そうなのか? 俺が悪いのか? あっちがネタを振ってきたんじゃないのか? という

かザル頭って何だよ支倉。なんだか凄く蔑まれた感じだぞ……。

 落ち込み気味の俺にかまわずに中村のほうを見る三人。

 まあ、確かに失礼だったんだろうから、金輪際聞かないが。それにしても支倉にまで言

われるとは……。



「きゃあー」



 俺の葛藤を他所に中村は途中まで順調に進み、見事にブランコの下が地面に擦っていた。



* * * * *
「だから言っただろ」 「だって乗りたかったんだもん」  中村はまだ地面にブランコが当たった際の衝撃が抜けないのか涙目になって腰をさすっ ている。その動作が……何か可愛いと感じた。うーん、顔が火照ってるのが分かる。 「何ぽーっとなってるの?」 「なってないぞ」  後ろから囁いてくる青島に動揺を見せないように言って、俺は中村を追って進む。 『冒険の山』には全部で十のアスレチックがある。最初のゴンドラブランコ(俺命名)か らいろいろと。二つ目は長さの違う木のポールの上を歩いていくもの。途中、中ほどから 腐っていて折れている柱や、折れそうな柱があって支倉が踏み外したり、紐が網の目のよ うに張り巡らされていて、交差している部分を踏みながら登っていくアスレチックに支倉 が絡まって首が絞まったりと、まあ大体滞りなく俺達は進んだ。 「何で俺がこんな目にあってるのに滞りないとか言ってるんだ?」 「あ? 口に出してたか」 「普通に呟いてたぞ……」 「悪い悪い。でも、本当のことだろ?」  憮然とする支倉を尻目に俺は歩く。生い茂る林は、こんなところ本当に子供が通れるの か? と言うような獣道と言っておかしくなかったが、それでも俺達を追い越すように子 供が走っていく。その後ろを母親や父親が笑いながら追いかける。親の顔は子供の勢いに 付き合うのは疲れるのか、顔に疲労の色が見えていた。  何か、自分達がかなり浮いているように思えた。 「あたし達って浮いてるよね」  みなほが周囲を見ながら呟く。俺も同意見だよ、本当。  でもそう思っても、この空間は嫌いじゃなかった。高校生にもなって子供に混じってア スレチックを楽しんでいる。  確かにそれは端から見れば恥ずかしいことなのかもしれないけれど、そうやって誰もし ないことをしているというのは、どこか心を躍らされた。  俺は入り口のところにあったのと似たような木造の建物にするすると登ってく中村の後 を追いながら、しみじみと思っていた。 (……腕痛くなってきたかも)  日頃運動をしてないつけが、回ってきたかもしれなかった。  紐にぶら下がって向こう側へと渡るアスレチックを終えて、俺達はゴールにたどり着い た。そこにあるのは見上げるほど高い場所に三つの鐘。そこから紐が伸びていて、どうや ら引っ張ると鳴るらしい。 「……幸福の鐘」  俺は前にある立て札を読んでみた。なるほど、この鐘を鳴らすと幸せになれるのか。  完結に略したんじゃない。本当にそういう風に書いている。いくらなんでも手抜きでは と思う。  俺がぼんやりとその『幸福の鐘』を見上げていると、横から中村が手を出してくる。 「鳴らそ〜」  紐を引っ張ろうとして、中村は俺を向いた。俺が何を求められているのかいまいち分か らないでいると、中村は頬を膨らませて不満そうに言う。 「高瀬君。一緒に鳴らそうよ」 「ん? 別に一人でいいんじゃないの?」 「なら僕が鳴らします!!」  そう言って来たのは支倉だった。手を伸ばして紐を持とうとしたその横から、俺はする りと手を伸ばして中村が掴んでいる紐の上を掴む。 「高瀬ぇえ〜」 「なんか嫌だった」  そう。何か支倉と中村が一緒に紐を引いて鐘を鳴らす光景は嫌だった。半ば反射的に俺 は紐を掴んでいた。  何でだろう……。 「じゃ、鳴らそう!」 「あ、ああ……」  俺は中村に即されて、一緒に紐を引いた。俺の予想としては結構荘厳な音がするのだろ うとこの時点では少し楽しみにしていた。  実際鳴った音は……。  ごろごろん…… 「……あん?」 「……あれ?」  あまりに鈍いその音に、俺も中村も呆然と鐘を見上げる。  よく見ると、ところどころ錆びていたし、それほど大きくないからいい音はあまり鳴り そうもない。隣を見ると中村は寂しそうに下を向いていた。何となく声をかけずらく、俺 は紐を離して鐘から少し距離を取った。その俺についてくるように中村も離れる。 「まあ、錆びてるし、仕方がないよ」  青島がフォローを入れるが、中村は曖昧な笑みを浮かべるだけで意外とダメージは大き いようだ。それが俺には理解できなかったが。 「なら、ぼくにまっかせてください!!」  少し沈んだ気分になった俺達の中で、支倉の声が響く。俺達が一斉に支倉を見ると、奴 は何時の間にかサッカーボールを取り出していた。背中に背負ったリュックの蓋が開いて いるのを見ると……というか、明らかにそこから出したボールだ。 「どっから持ってきたんだそれ?」 「ん? 中学から勝手に」  なかなか信じられん事を口にして、支倉はボールを投げる体勢を整えて叫ぶ。 「僕があの鐘を思い切り鳴らします! 元気だしてください、中村さん!」  支倉が手に力を込める。中村も期待をもって支倉を見つめていた。俺や青島、みなほは と言えば……何となく結末を予想しているのか、期待はしてなかった。 「おらぁ!」  支倉がボールを投げる。ボールは――鐘の横をすり抜けて山林へと消えていった。  その場にいる誰もが動きを止めた。支倉はボールを投げた体勢のまま止まっているし、 青島はボールが飛んでいった方向を見て止まっている。みなほと中村は支倉を半ば呆れ顔 で見ていた。  そんな彼らを俺は見回してから、空を見た。  空は来たときよりは雲が出ていたが、おおむね天気は良い。  流れていく雲を見ていると落ち着く。  地上で起こったありとあらゆる出来事など些細なことに思えてくる。  視線を空から地上に戻して、一度深く息を吸い、吐き出すと俺は言った。 「……いくか」 「そうだね〜」 「あたし、おなか空いちゃった」 「渚のサンドイッチおいしいんだよね!」  次々と反応する声。  俺を先頭に三人は山を下っていく。もうあとは降りるだけ。少し獣道になっているが、 さして問題はなかった。  何かを忘れている気がしたが、あえて追求はしない。  今、突っ込むことは何かとても致命的な気がしたからだ。 「……まってくださぁあい!!」  少しして後ろから絶叫と共に支倉が追ってきていた。
* * * * *
 サンドイッチを食べながら、俺は青島が持ってきたフリスビーで戯れているみなほと中 村、支倉を見ていた。俺の隣には青島が座って、同じようにサンドイッチを食べている。 ただのサンドイッチなのに、中村の作ったやつは確かにおいしい。家の親が前に作ったも のよりもはるかにおいしい。 「中村って料理上手いんだな」 「うん。あの娘の両親共働きだからし、妹二人にお腹空かせないために小学生のときから 料理作ってたしね」 「ふーん……」  中村のいろんな面が少しずつ分かってくるのが何となく嬉しかった。  四月の初めに級長と副級長になり、一緒に仕事をしてきて、友達としては親しくはなっ てきたと思う。  でも、中村には何か、他人を寄せ付けない見えない壁がある気がしていた。普通なら大 して気になることじゃない。でも、俺には何故か気になっていた。  たまに中村が見せる瞳。  それは俺が知っている瞳だったから。 「あいつは……どんな時を過ごしてきたんだろうな」  青島が俺の呟きに顔を向けるのが分かる。俺はその気配だけを感じていたけど、離れた ところではしゃいでいる中村を見たまま呟いた。 「俺、中村が好きかもしれない」  風がやけに冷たく感じたのは、俺が少し汗をかいていたからだろう。  いつしか、俺の体は照れのためか熱くなっていた。 「高瀬、それは本気?」  青島がやけに真剣に俺を見てきた。思わず俺は少し後ろに下がってしまう。  いつもの青島なら何となく、軽く流してしまうとか冗談めかすとか、そういう態度を取 ると思っていたから、俺は言葉をなくしていた。  そんな俺にいらつくように青島は言葉を続ける。 「本気なの?」 「……好きかもって言っただろ。まだ、完璧には分からないよ。でも……」  俺は一度言葉を切って、次に言うことを心の中で反芻する。  今、俺は試されている。  次に言う言葉は心からの言葉でなければいけない。  青島が見ている。  その目には強い決意の光。  俺の言葉の真偽を見極めようとする強い光がある。  中村の友人だから?  だからそこまで真剣になって俺の答えを待っているのか?  言葉にならない言葉は具現化せずに風に流れていく。  今、価値があるのは現実の言葉だ。 「今、好きになるとしたら中村しかいない」  しばらく二人の中を重苦しい空気が流れた。体を動かすことが出来ずに、俺は背筋に汗 が流れるのを自覚した。同じ体勢をとることがこんなにきつかったとは。  俺の背骨が限界を継げようとしたとき、俺と青島の間にフリスビーが飛んでくる。青島 はとっさにフリスビーを掴み、そのまま立ち上がった。 「ごめーん、裕美! 高瀬君と裕美も一緒に遊ぼうよ!」  中村が軽い足取りで俺達のところに戻ってくる。青島は一瞬俺を見てから、中村に視線 を移して歩き出した。  俺はその後姿を見ながら青島が一瞬見せた表情の意味を考えようとした。  青島は俺を見て、顔をほころばせたんだ。  その表情はどういう意味だ?  自分の友達を好きだという奴がいて、嬉しかったのか?  それとも叶わない恋だと哀れみの笑みだったのか?  その二つどちらでもないように思う。  俺が直感的に青島の表情に感じたもの、それは―― 「高瀬君も〜」 「分かったよ!」  俺は立ち上がって二人の傍へと駆け寄っていく。フリスビーが向かってくる俺に投げら れ、難なくキャッチした俺は、次に支倉へと放つ。そのまま俺達は輪になってフリスビー を投げあった。  笑う中村。  それを見て微笑む青島。  二人が何時の間にか視界に入り、俺の心の中には一つの言葉が鳴り響き続ける。 (あの表情は、安堵、だ)  その意味は何なのかと、俺は遊んでいる間、考え続けていた。


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