【暗闇の底には何も無かった
全てが剥がされて
残ったのは冷たい感触でしかなかった
ただ小さくなってそこにいた僕 何も出来なかった僕
でも光射す場所へ出た時 出会えたのが君でした
何故なのだろう こんなにも苦しいのは
君の姿を見るたびに 苦しくなるのは何故だろう
僕には分からなかった感情
でもようやく答えが出た 探していた答えが 生を望んだ意味が
太陽が僕を照らす 二つの太陽が僕を照らす
一つは空から もう一つは隣から
二つの光は一つになる 先を照らす光になる
君よありがとう いてくれてありがとう
喜びを伝えよう 僕が伝えられる 唯一の手段で
声に乗せ 君に届け 心からの Love Song】
* * * * *
正人と陽子が座る公園のベンチの周囲は徐々に暑くなっていた。陽子がふと上を見ると
太陽が雲間から微かに顔を出し、その光がちょうど二人を照らしているからだと気付く。
「なんとなくだった」
正人の独白が始まり、陽子は居住まいを正す。これから先一字一句聞き逃すつもりはな
いという意思表示。
「ショウが作詞をしたいといった時から、あいつが何か焦っているような気がしていた。
何故あいつが俺達の前から消えたのか、それは分からない。でも俺にはそれが逃れられな
い事なんだと理解できた。どうしてかは……分からないけど」
「そん、な……捜索願とか――」
「無駄だよ。変だとは思った。あいつが記憶喪失でこの辺りをうろついているなら、どこ
かに捜索願が出ているはずだ。でもそんな物は一切なかった。あいつは……人間じゃなか
ったのかもしれない」
「それこそ、馬鹿みたいよ! なら……私達が一緒にいたショウ君は誰なの、なんなの?」
「分からないよ」
正人の言葉の中に、本当に分からないのだという思いを感じて陽子は何も言えなくなっ
た。もう、ショウは二度と自分達の前に現れることはないのだと、認めたくなくても感じ
てしまっていた陽子はこれ以上語る言葉を持たない。
「うう……」
陽子はただ泣くしかなかった。
失われてしまった大事な人を思って。一度泣き出すともう溢れてくる感情の本流は止め
られない。
「う……うわぁあ……」
陽子は泣き叫んだ。悲しみに押しつぶされないように、悲しみの重さを弾き返すように、
大声で。喉が枯れるまで。陽子が泣き止むまで正人は静かに陽子の頭を撫でていた。少し
でも陽子の悲しみが軽くなるように、楽になるように。
やがて泣き止んだ陽子に、正人はハンカチを差し出した。陽子は素直に受け取り、涙を
拭く。
「ありがとう……明日にでも、洗って返す……」
「いや、あげるよ。会うのは最後だから」
「最後って……」
陽子は正人の持っていたスポーツバッグに眼をやった。
「今日、実家に帰るんだ。帰って、新しい人生を始めようと思ってる」
「そう、なんだ」
陽子はそう言うしかない。これからも歌い続けて欲しいと思っても、正人の人生に口を
出す筋合いなどないのだから。正人は語る。
「ショウに出会って、一つ気がついた。ショウはけして、誰かに認められたいから歌って
いたんじゃない。たとえ一人しか聞いていなくても、その人が喜んでくれればいいと思っ
て歌っていた」
正人はスポーツバッグの中を探し、一枚のMDを取り出した。ラベルにはただ一言書か
れてある。
『ショウ』
そう書かれたMDを、正人は陽子に渡した。
「それはショウの歌を……陽子さんに歌った歌を録音したんだ。あいつが初めて自分の言
葉で表した気持ちだから」
「……ショウ君」
陽子はMDを握り締め、まだ涙を流した。
「俺、あいつの意志を継ぐって偉そうな事は言わないけど、歌っていこうとは思う。不特
定多数の人のためじゃなくて、誰かただ一人の人のために。そうすれば、少しはましな歌
を歌えるようになるかもしれないから」
正人は立ち上がると、体を軽くほぐしてから歌を歌った。
「♪『僕の声は聞こえているかい? 君の心に届いているかい?
伝えたい思いの一欠片でも 君の心へ届いているかい?
人に流される社会の中 確かな物なんて見つからなくて
テレパシーなんて持たない僕等 すれ違いを避けられない』♪」
正人の歌には、ショウに会う前とは違った物が含まれていた。
それは歌に込める気持ちの違い。
心の底から伝えたい思いを込めて歌う事。
その思いが歌に見えない強い力を加えてくれる。
「♪『こころのかけら 君に届けたい わずかなかけら 零れぬように
こころのかけら 君に届けたい わずかなかけら 迷わぬように
友情 愛情 何もかも全て いつか届ける事が出来るといいな』♪」
無伴奏で歌った歌だったが、しっかりとした旋律に歌詞。陽子は正人の中にショウの姿
を見た。そうなのだ。ショウが姿を消してもショウの残した物は確かに正人の、陽子の中
に残っている。
「そうだね……。ありがとう。このMD、大事にするね」
「ああ。あと……これ」
正人はバッグの中から更に一枚の紙を取り出した。
「会えるかどうか分からなかったけど、一応取っておいたんだ」
陽子が紙を受け取り、見てみるとそこには文字が羅列されていた。一番上にはタイトル。
『Love Song』
それはショウが書いた作詞だった。
「実は、あの歌には続きがあるんだ」
「え?」
陽子は歌詞を順に目を追っていく。そして、その個所を読んだ。陽子の様子を見てから
正人は立ち上がり荷物を持った。
「じゃあ、俺は行くよ。渡せてよかった。じゃあね」
歩き出す正人。陽子はその背中に声をかけようと口を開きかけたが、正人の背中を見て
いると何も言えなくなる。
正人は先へと進み始めた。
過去を想い出に変えて、そして力に変えて。
陽子は自分を振り返り、立ち止まっている自分に気付いた。
「――正人君! じゃあね!!」
勢い良く立ち上がって陽子は叫んだ。正人はバッグを持った手を持ち上げて振る。歩み
は止まる事なく、やがて陽子の視界から正人の姿が消えた。
陽子はもう一度MDを見る。ラベルにある『ショウ』という文字。
『Love Song』というのではなく、『ショウ』と書かれているのは合っているの
だろう。この歌はショウそのものなのだから。彼の想い全てがこの歌にあるのだから。
陽子は立ち上がり、歩き出そうとする。ふと空を見上げると飛んでいく蝉の姿が見えた。
後ろの木から飛び立ったのだろうその蝉を見て、陽子は思う。
(君も、飛び立ったんだね……)
陽子は正人と同じように前を向いて歩き出す。いつの間にか雲は晴れて、太陽が顔をの
ぞかせていた。陽光は陽子の進む道を照らすかのように伸びていた。
* * * * *
時は移ろう。
季節は巡る。
そして……幾度目かの夏が来ていた。
日の当たるその家のベランダからは穏やかな歌声が聞こえていた。
ベランダにいるのは一人の女性。そしてその横には眠っている赤ん坊。
女性は綺麗な透き通る声で歌を紡ぐ。
「♪『太陽が僕を照らす 二つの太陽が僕を照らす
一つは空から もう一つは隣から
二つの光は一つになる 先を照らす光になる』♪」
歌を歌うその人は幸福に包まれていた。
顔は穏やかな微笑を浮かべ、赤ん坊をいとおしそうに眺める。
何もなくてもメロディを口ずさめば歌が生まれてくる。
そうして生まれたメロディは、思いを、想いを伝える。
(あなたの想い、確かに受け取ったよ。ショウ君)
陽子は傍に置いてあったMDプレイヤーをつけ、イヤホンをした。流れてくるのはショ
ウの歌声。正人のギターの音色。陽子はもう変色している、折りたたまれた紙を開いて中
の文字を追う。それはショウが書いた歌。
そして歌が終わるところまで歌詞を追うと、更に先にある詞に眼がいった。
(この詩、歌い継いでいくよ。私の子供に。そしてその子供にも。あなたの素晴らしい詩
を……)
大事な人が見つかった。
大事な者を手に入れた。
今の陽子の一番の願い、それは。
生まれたメロディを、歌い継いでいくことだった。
陽子の手にした紙に書かれた歌詞。
ショウの詩の続きにはこう書かれていた。
【アイシテイマス アイシテイマス
愛しています
これが 僕の中の想いの名前
あなたに会えて よかった】
『Love Song』
『第十一話:歌うべき詩』