Little Wing

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第十三話「Little Wing」

「はーい。行くよー」

 凜は横にあるカゴにたまっているぼろぼろのシャトルを一個ずつ打っていく。向かいには一年が必死になってシャトルへと走っていく。凜の打つシャトルは正確に、ぎりぎり相手が取れる場所へと打っていた。自分も以前、母親にされたノックだが、自分の届くぎりぎりのところよりもほんの少し先にシャトルを打ち続けることで力が上がる。
 今の凜は一人一人の力を把握して、100%でなくともかなりの精度で個人ごとに打ち分けていた。

「九十八、九十九、百! はい、次ー」

 百本目まで終わると一年はへとへとになってコートの外に出る。歩けなくなる少し前。動けるものの体力が尽きかけるという状態を繰り返すと体力も上がる。実際に、凜が一年生のノック練習をかって出た時からだいたい一ヶ月で、一年は全員、シャトルをほとんど自分のコートに残さなくなった。最初の頃は終わり頃に体力切れで追わなくなったり、ネットにぶつけてしまったりしたが、今は壊れたシャトルを打つことによる打ち損じ以外ではほぼミスはない。

(私が教えてもらったことを真似してるだけだけど……)

 自分から生み出したものは何もないけれど、経験して強くなれたことならば還元したい。そう思って始めたノック練習は以外と楽しく、凜も打つタイミングや打つ場所への力加減など考えるために全力で思考を巡らせる。それが一年生全員のため、凜自身のためになると考えて。

「――はい、ラスト!」

 最後のシャトルを打ち上げて、最後の一年はスマッシュを打ち込んでくる。それがたまたまなのか凜の真正面へと飛ぶ。羽部分がぼろぼろになり空気抵抗がほとんどなくなったシャトルは、通常の速度よりも早く飛んでくる。コートの外から見ていた一年生達が小さな悲鳴を上げたが、凜は冷静にラケットを使って自分に迫ったシャトルを真上に跳ね上げた。勢いをコントロールして真上にあげたシャトルが落ちてきて、ラケットを使って絡め取ると自分の傍に落とす。
 一連の動作を終えた後で凜はネット越しに声をかけた。

「ナイスショットだよー。試合の時も今の調子でね」
「は、はい! ありがとうございました!」

 凜は自分の周りのシャトルをカゴの中へと入れる。後輩達も共にシャトルをカゴに入れながら、凜へと話しかけ始めた。話題は今のラリーのこと。ある場合にどう打てばいいか。どういう動きになるのかなど、考え方やスキルについて問いかけてくる後輩に対して、凜も感覚的ながらも答える。理論的に考えられないため擬音を用いて抽象的な答えになってしまうのだが、それでも後輩には何かしらのものは伝わるようで、笑顔で戻っていく。
 全て片づけ終わると次からは試合形式の練習になるため、一年と二年以上。更に団体レギュラーと他に別れていく。凜は団体レギュラーの部員達に合流し、今度は自分のための練習へと時間を割くことになる。
 ちょうど傍にいた三枝が、凜へと言った。

「だいぶ、一年と打ち解けたみたいね」
「はい。ありがとうございます。先輩のおかげです」

 前よりも後輩達と触れることが多くなり、距離が近くなった。今まで微妙な距離間にどうしたらいいかよく分からなかったところも解消していっている。

「皆。一度集合して!」

 顧問がそう言って体育館内の部員達を自分の傍へと集合させる。凜は三枝へ無言で顔を向けるが三枝は首を振った。どうして皆を集めるのかは三枝にも分からないらしい。
 全員が顧問の周囲に立つと、今度は団体のメンバーを自分の隣へと並ばせた。

「明日、団体メンバーが地区大会に挑みます。勝ち抜けば全道大会なので、皆には声が枯れるまで応援してほしいの。というわけで、団体メンバーからも一人一言出していって」

 急なことに凜は何を言おうかと慌てて考える。顧問もそこまでちゃんとしたことを言わせる気がないのかすぐに三枝へと話を振った。凜は並ぶ時に三年に遠慮して一番顧問から離れて端に立ったため、言うのは最後になる。それでも三枝も他の面々も明日は頑張ります、程度の簡単なことしか話さなかったために、凜にすぐ出番が回ってきた。

(先輩達と同じでいいと思うけど……)

 あっさりとしても誰も攻めないとは分かっていた。しかし、二年生や一年生。そして、三年生の顔を見ているとそれだけで済ますのは申し訳ないと感じた。
 自分が今、思っていることを素直に伝えてみようと思い、ゆっくりと口を開く。

「あー、えーと。君長です。私は、正直な話、団体戦ってそこまで意識していませんでした」

 凜の言葉に呆気に取られる部員達。それは団体メンバーも同じで、凜の方向へ顔を向けている。唯一、三枝は微笑みながら凜を見守っていた。

「自分が勝っても、他のメンバーが負けたら敗退するのは、奇妙な気持ちでした。でも負けた人を攻められるわけないし。応援はしますけど……正直、個人戦と全然違いが分かりませんでした。でも、最近、なんか、思ったんです」

 凜は一度言葉を切り、俯く。自分はうまく言えているのか。不快にさせていないか。変なことを言っているのだから不快にさせているに違いない。怖い思いを胸の内にしまって、続ける。

「皆に応援されること、最初はプレッシャーでした。私は今まで、たぶん自分ができることだけやってきたんだと思います。できなかったら――負けたら自分のせいだし、自分しか困らないって。でも、私が負けたら辛い人もいるんだって分かりました」

 それは凜が気にしなくてもいいことかもしれない。凜が強いからといって、客観的に見れば勝手に期待を寄せて、もし凜が負けたら勝手に裏切られたと落ち込むのだ。もしもそんな輩がいるならば、気にしなくてもいいだろう。ただ、凛は不安げに話す口調とは違い、しっかりと瞳に意思の光を浮かべて話す。

「私は……バドミントン以外は大したことないって分かってます。だから、私が知らない人が私に期待するとかは、よく分からないし、気にしなくていいと思うけど……身近にいて、私を助けてくれる皆の期待には、答えたいって思えるようになりました。だから、団体戦は絶対に、負けません。先輩達が確実に一勝を取れるって安心して戦えるように」

 凜は隣の三年生達を見る。三年四人は凜に笑顔を向けていた。次に来たのは、目の前からの拍手の波。凜は丁寧に頭を下げた。
 自分は一人じゃないと徐々に自信を付けていく。たとえコートでは一人でも、共に支えてくれる仲間がここにはいる。見守ってくれた三年生。隣を歩いてくれた二年生。そして、背中から凜を見てくれる一年生。改めて、恥ずかしくない背中を見せたい思う。

(精一杯やろう。自分なりに)

 凜は心の中で改めて誓った。


 * * *


 地区大会当日。
 凜は一人、コートに立っていた。向かいには市内予選で戦った汐見が再び立ちふさがり、シャトルを構えている。得点は3対10で凜の大量リード。終始押していた凜だったが、良いスマッシュが右脇腹付近へと飛び込んできてレシーブしきれなかったのだ。汐見はようやく手に入れたサーブ権に自分へ気合いを入れている。厳しい状況でも諦めずに凜に勝つための戦略を脳裏に思い描いているはずだった。

「君長先輩! ストップ!」
「りーん! ストップだよ!」

 凜に向けて応援を続ける部活の仲間達の声。七浜中バドミントン部全員が今、凜へと声を届けていた。
 七浜中は初日の団体戦で見事に全道大会に進んだ。シングルスに絶対的な柱である凜がいることでに、残り二勝をどう取るかという点に思考錯誤していった結果として、組み合わせの妙もあって見事に勝ち抜くことができた。しかし、個人戦はダブルスもシングルスも、凜以外は負けて全道大会には進めなかった。個人戦は全道大会に進める三位という枠内に、個人戦はシングルスである三枝も、準決勝で負けて三位決定戦でも惜敗した。 残った凛は油断せずに決勝まで進み、今に至る。
 最後のインターミドルで全道大会に進めなかったことで悔し涙を流していた三枝も、団体戦ではまだ終わっていないことや凜の応援をするということも手伝って涙は消えていて、今は一番大きな声で凜を応援していた。

(先輩達。皆、ありがとう)

 汐見からのロングサーブを凜はストレートスマッシュで叩き込む。シャトルはライン上に向かって突き進んでいく。しかも、それまでは鋭く前の方へと落ちるように打っていたところを、後ろのラインを狙うように非距離を伸ばした。結果、縦の変化となり相手のラケットを惑わせる。横っ飛び近い状態でラケットを振った汐見は上手く当てられずにシャトルを打ち上げてしまった。シャトルに向けて更に飛び込んだ凜は高い位置からラケットを振りおろす。

「やっ!」

 凛のジャンピングスマッシュは今度こそコートに突き刺さり、サーブ権を取り戻す。キレの良いショットに周りからも「ナイスショット!」の声や感嘆のため息が漏れた。
 サーブ権を手にして、遂にマッチポイント。凛はシャトルの羽を綺麗に整えてから「一本!」と吼える。次で決めると気合いを見せてから凛はロングサーブを思い切り打ち上げた。シャトルは高い弧を描いて落ちていく。高いところから自分に向かってほぼ垂直で落ちていくシャトルに汐見は顔を歪めながらタイミングを計っていた。十分に溜めた後でラケットを振り切りスマッシュを打つ。しかし、そこにはもう凜がラケットを伸ばしていた。シャトルをインターセプトし、ネットを越えて落ちていく。汐見はスマッシュを打った直後から諦めていたのか、全く動く気配もないままにシャトルの流れを見送っていた。

「ポイント。イレブンスリー(11対3)。マッチウォンバイ、君長」

 あっさりと流れる言葉。しかし、凜はいつも以上にほっとしてため息をつく。初めて、仲間達の応援を意識した試合。市内大会の時のように逃げ出さずに、背中で受け止めた上でシャトルを追い続けた。
 今まで、背中につけてるゼッケンは自分の名前だけを見ていた。しかし、今は名前の上についている『七浜中』の文字もはっきりと意識している。
 その三文字に、仲間達の思いが込められているのだと。

「ありがとうございました」
「ありがとうございました……君長」

 握手をした手を離さずに、汐見は凛へと尋ねるような口調で言葉を紡ぐ。凛は首をかしげて次の言葉を待っていると、汐見は笑みを作って言った。

「何か……凄く強くなったね。あと、生き生きしてるよ。おめでとう」

 手を離した汐見は作り物じゃない笑い顔で凛を称賛すると去っていく。肩を並べて出るには気まずいため、斜め後ろから後をついていってコートから出たところで荷物を持つ。
 先を行く汐見の背中を見ながら、凛は改めて思った。

(私はこれから、皆と頑張っていく)

 凜は一歩前に足を踏み出す。
 次のステージは全道大会。一年の終わりに相まみえた、北海道内では最大のライバルであろう一つ上の選手。更に全道を越えれば、おそらくはまた一つ上のライバル選手が自分を待っているに違いない。そこにたどり着くのは一人かもしれないが、一人ではない。仲間が後ろについている。
 確かにプレッシャーとなるかもしれないが、それ以上に自分の力となると心の底から思えた。

 背中から生まれた小さな羽が羽ばたきに輝きを増して再び飛び立つ。
 新しい自分を思いながら、凜は前へ進んでいった。
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