超気分屋にして行動派である田中士郎が一言、こう言った。 「旅……行こうか」  その一言が気分屋の士郎のいつもの発言だと考えた鈴木匡は簡単にOKを出した。  しかしその一言が匡の夏を大きく変える出来事になろうとは、匡も、そして士郎さえも 知る由もなかったのだった!!
200X年9月2日 午前十時半 新千歳空港
「さ〜突いたぞ、もとい着いたぞ我が同胞(はらから)よ!! って、どうしてそんなに 縮こまっているのだ?」  士郎は自分の後ろで肩を落とし、縮こまっている匡を何故かリュックに入っていた携帯 竹槍で突いて尋ねるが、匡は反応もしなかった。匡は顔を暗くし、周りには黒いオーラが 見えていて、ぶつぶつと念仏のような物を呟いている。 「かえりたいかえりたかえりたいかえりたいかえりたいかえりたいかえりたいかえりたい」 「そうかそうか。俺も還りたいぞ! 我が魂の故郷へ!! いざゆかん未知の土地へ!」 「……もう勘弁して」  それでも匡は士郎が腕を引くままついていった。実際にこうなった時の士郎の行動力は 分かっていたし、それに巻き込まれた時の対処法も考えていた。 (諦めることだ)  匡はぼんやりと士郎の背中を見ながら思っていた。だが理解はしても感情が納得できな い物もある。  流れのままに飛行機の乗り込み、ちゃっかり窓際の席を確保しながら匡は思った。 (そう言えば、飛行機に乗るのは修学旅行以来か)  高校二年生のあの日、自分は京都へと行った。  京都と言う決まりきった修学旅行先と、制限時間が決められていた観光に退屈を覚えて いた。自由に行動したいという想いを抑えて大人にしたがっていた。  しかし今、目的地がサイコロで――しかもキャラメルの箱で決められ、そこに無造作に 送られるという状況となった今、匡は管理されている事がいかに恵まれているかを悟った。  高校の頃は管理されていたことに憤りを感じた事があったが、自由と言うのがここまで 辛い物と感じたのは初めてだった。 (ああ、あの頃反発した先生謝ります。だから、ここから助けてください) 「うおおおお! 飛ぶぞ飛ぶぞ〜!」 『お客様、お静かに願います』  騒ぐ士郎と飛行機内のアナウンスを聞きながら、匡は空へと舞い上がった。
200X年9月2日 午後二時半 愛媛空港
「さて、愛媛です」 「あーそうかいそうかい」  匡はとりあえず愛媛のことをまくしたてる士郎には耳を貸さずに、空港から出た場所で 風景を見ていた。そうすれば嫌なことを忘れられると信じて。しかし外は士郎の声を掻き 消すほどの大雨だった。  空港に着いた瞬間から降り出した雨は空港のダイヤに影響が出るほどの勢いで地面を叩 いている。 (なんだろう……)  匡は心の中に広がっていく空虚な感覚を得ていた。何か自分が大切な物を無くしている のではと思い、身震いする。 「――というわけさ、マイブラザーっと、寒いのか? 心頭滅却すれば火もまた涼しいと いうのは嘘だと思うがやってみると五ミリバールほど得をするかもしれんぞ」  士郎は笑いながら匡の肩を叩いてから外を見る。凄まじい雨は止む気配は少しも無い。 「いやいや、滝のような雨だ。絶景絶景。あーははははは! すびゃらしい!」 「お前の脳が素晴らしいよ」  思い切り匡はうんざりしていた。しかし次の瞬間に士郎が取り出したサイコロキャラメ ルを見て驚愕する。 「お! おい!! まだ何も見回ってないぞ?」 「何を言ってる。二日間で終わらせるには少しの時間の無駄もナッシング!」 「二日って……いつの間に日数減ってるんだよ!?」 「どーんな事でも、エニスィング、オウケイ!」  かみ合わない会話を終わらせてサイコロを持って踊り出す士郎。匡もこの旅の目的が少 しずつ分かってきたようで、それだけに物陰に隠れた。現実を直視したくなかったから。  しかし現実にサイコロは振られた。 「さーて、次の目的地は?」  次回予告をしそうな口調で士郎はサイコロを投げた。そう言えば目的地のボードを見せ てもらっていないと匡は思ったが、無情にもサイコロは転がり、止まった。 「一だ〜!!」 「……ちなみにどこ?」 「鹿児島ー」 「……」  匡は諦めて荷物を背負う。そう、諦めこそがこの状況を打破する鍵なのだと自分に言い 聞かせる匡。士郎は軽くジャンプしながら左右の足を打ちつけつつ前を進んで行く。ふと 後ろから掌底でも食らわせて背骨でも折ろうかと考えた匡だったが、漫画のように見様見 真似で通背拳は無理だと考え直す。 (もう考え方を変えるしかないか)  この旅を楽しむ、という考え方へと思考をシフトさせることは覚悟すれば簡単だろう。 (それが一番簡単じゃないんだけどな)  結局考えを変えることが出来ずに匡は士郎の後をついていった。どうやらバス乗り場に 行くようだと歩きながら確認して匡は歩く。だが、すぐに士郎の背中にぶつかった。 「? どうした?」 「あ、あれ、は……」  士郎の声が掠れている事に気付いて匡は表に出さずに驚いた。士郎が動揺した声を出す のはあまり無い事態だったからだ。  士郎はそのままバスが止まっている方向とは違う場所へとふらふらと歩いて行く。匡が 視線でその先を見ると、一つの自動販売機がある。眼をこらしてよく見ると、そこにはこ の場所にあるのはとても珍しい物があった。 「……あれは!」 「そうだ!」  士郎は荷物を投げ出すことを堪えながら駆けていく。自動販売機の前に息を切らせて辿 り着くと震える指で財布から百二十円を取り出す。後で駆けつけてきた匡も士郎の視線の 先を見る。 「まさかここにあるとはな……」 「ああ。まだまだ北海道だけかと思ったがな」  二人の眼に飛び込んできたのは独特のカラーリングだった。赤主体の身体に水色、白、 青の色が踊っている。そして大きく文字が胴体にあった。 『Guarana』 「うおおお!! ガラナ!! しかも今、北海道で売られているやつの前バージョン!」  狂喜乱舞する士郎の横で匡は自動販売機を見ていた。上には『なにわのじどはん』とい う文字がある。 (四国なのになにわなのか?)  微妙な突込みだったが、そこでバスが出発すると言うアナウンスが聞こえる。匡は動揺 して踊り続けている士郎に叫んだ。 「おい! どうする!?」 「ガラナを飲まずに北海道人が勤まるか!!」  その言葉に匡は顔を赤くして、叫ぶ。先ほどまでの元気の無さを払拭するかのように。 「なるほど! バス一本遅らせる価値はあるな!」 (ねぇよ)  どこかから突っ込みが聞こえたような気がするが、二人はガラナを買い、同時にプルタ ブを開けて杯を交わす。それと同時にバスは出発していった。  だが匡は納得していた。この瞬間だけは、この旅を楽しむ事が出来たから。  最も困難だったことは炭酸と薬臭さと共に喉の奥へと流れた。
200X年9月2日 午後九時 鹿児島の某温泉
「いやー、温泉は気持ちよかったのう、匡」 「本当だ……この旅に出て初めて感謝したよ」 「ははは。面白い事を言う」  二人は温泉宿の宿泊部屋でくつろいでいた。匡は特に今までの旅が散々だっただけに、 思いきり風呂に浸かって疲れを癒す事が出来たのは至福だった。 「しかも、この旅館にもガラナあるし。新バージョン」 「ぬはははは〜。ガラナ党も全国規模に発展したという事だろう」  士郎は心の底からガラナの全国進出を喜んでいるんだろう。その気持ちは匡にも分かる。 こう言った感情表現を士郎は非常にストレートに表すから、匡は見ていて心地よかった。 「さて、気持ちよいところで、寝るとするか。明日も頑張るぞ!」 「……おう」  明日もまたサイコロを振るのだと言う事実に少しだけ気後れした匡だったが、まず身体 を休めようと布団に入り、電気を消した。部屋が暗闇に包まれて、宿の外側から木の枝や 葉が擦れる音が聞こえてくる。  徐々に消えていく音の中で、匡の耳には士郎の微かないびきが入ってきた。 (こいつ、○び太かよ)  電気を消してから数分しか経っていないのに熟睡の境地へと立てるのが士郎だ。  匡は定期的に聞こえてくる士郎のいびきを子守唄代わりにしてまどろみの波へと身体を 乗せた。  ……チッ……チッ……チッ……チーン 「……!!?」  全身を駆け抜ける悪寒と共に、匡は目を覚ました。叫びそうになる口を両手で押さえつ けてまず確認したのは時計だった。暗闇の中でも見えるように蛍光色が使われている供え 付けの時計は、午前一時五十分を指している。俗に言う、丑三つ時までもう少し。 (なんだ? 俺の体が、意識が警鐘を鳴らしてる?)  徐々に治まってきた動悸を確認して、匡は口から手を離して周囲を見回した。隣には微 かにいびきをたてながら寝ている士郎。暗闇に目が慣れているからか窓から差し込む月明 かりが眼に痛みを与えてくる。  月明かりは窓際にある避けてあるテーブルに影を作り、更に大きな影が匡の足元へと伸 びていた。 「……あ?」 『更に大きな影が足元へと伸びていた』  匡はゆっくりと影の先へと視線を向けていった。自然と窓に行き着き、そしてそこに黒 い人が立っている事に気付いた。ツインテールにした髪が風のせいか揺れている。手には 月の形をした物が付いたステッキを握り、匡を見ているらしい。  らしい、とはつまり、相手はカーテンの向こう側、外に立っているということだ。  しかし匡は部屋の構造を思い浮かべてはっとする。 (ここ、三階じゃん)  しかもベランダが無い。  つまり人影は立っているように見えて浮かんでいるしか存在出来ないのだ。 「!!!!!!!」  その時点で匡はあまりの恐怖に体中に鳥肌が立つ事を自覚した。と、人影がそこで声を 発する。 『よきおしおてっわ変に月』 「うげちょんげー!! でたっすー!!!?」  恐怖の頂点。  実在しないはずの黒い衝撃が匡の精神を染めあげる。  そのまま匡の意識は闇へと消えた。 「なあ、本当だよ。幽霊がいたんだよ」 「なに言ってるんだ、このザル頭が」  匡は起きてから食事を取り、宿を出る準備が終わる今までずっと昨夜の事を士郎へと話 してきたが、士郎は全く意に介さない。流石にここまで否定されると匡自身も夢だったの ではないかという気がしてくる。旅支度が終わり、部屋を出る時になって匡は意を決して 窓際へと向かった。昨夜の恐怖から近づきたくはなかったのだ。  窓に近寄って周囲を見ても人が立てる場所などない。近くにも足場になるような木はな い。と、視線を下にしたことで部屋側の床に何かが落ちている事に気付いた。  匡はそれを取り上げようとして途中で手をとめる。  それは『セーラー戦士認定証』と書かれていた。しかも全部が金(メッキ)である。顔 写真が張ってあるところには昨夜カーテン越しに見たツインテールとその顔。  顔の部分には目や鼻などは無く、文字で『魔界村』と書かれていた。  何がなんだか本気で分からない匡だったが、素直に思ったことを口にする。 「……いきなりラスボスかよ。まずはスライムだろ……」 「おーい。行くぞ同胞(はらから)!」  匡は思わず呟いて、カードをそのままにして士郎の声に従った。  荷物を背負い、士郎に続いて部屋を出る。と、声が聞こえた気がした。 『よきおしおてっわ変に月』  それが幻聴だとしても、匡は思う。 (二度と忘れられなさそうだ)  そんな思いを抱きながら、匡は部屋の扉を閉めた。部屋の中に得体の知れない恐怖を封 印するかのように、しっかりと。  そして、最後の旅が始まる。




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