戦乙女に祝福を04

モドル | ススム | モクジ
 全身に黒を着込んだ男達がアレンの前にやってくる。まずは二人。一人の人間に襲いかかることができる人数はおおよそ四人。それ以上は連携が乱れることは分かりきっていた。だからこそアレンは二人と距離をとるのではなく逆に近寄った。
 アレンへと伸ばされるナイフは、正確に手首、あるいは喉元を狙ってきていた。正確さは時には武器となるが、今回はそれが仇となる。
「はっ!」
 自らの生を断とうとするナイフを持つ相手の手を、接近して思い切り強打する。痛みと痺れにたまらず落とされたナイフを手に取り、逆に敵の二の腕へと突き刺した。
「――!?」
 声にならない声を上げて腕を押さえようとする敵二人に、その隙さえ与えずアレンは両腕の三連撃を与える。それぞれに顔面、心臓、鳩尾への拳。  激痛に固まったところへ、最後に股間を蹴り上げる。男根が砕ける鈍い音が聞こえてアレンは少しだけ顔をしかめた。自らの行動とはいえ同性として精神的な痛みは共有する。
「まずは二人!」
 嫌な感覚を振り払うように叫び、次なる敵へと的を定める。アレンへはあと三人。ランスローへは五人。ちょうど五人ずつ相手にすることになったようだ。
(都合がいい。エイクを守りながらじゃこいつらはちと手ごわい!)
 一瞬で倒したが、それはあくまで全力で敵に意識を集中したからだった。誰かを守りながらの闘いとなると厳しくなるとアレンは踏んでいた。
 その予想は悪いほうへと当たった。黒ずくめの男の一人が腰を低くして両手を天に掲げる。その動作は一つの答えを導く。
「魔術か!」
「『白』なる雷!」
 空から舞い降りる何か。爆音が鳴り響くのとアレンが前に飛ぶのはほぼ同時。背中がちりちりと焼けるような感覚を味わいながらも、前に進むのを止めない。アレンが一瞬前までいた場所には人ひとり飲み込む大きさの焦げ跡がついていた。
 白はこの世界で魔法を使う際の鍵となる言葉の一つだ。魔術で何を生み出すかを決める創造力と、どのように現出させるか決める想像力。二つの力によって内に生成された魔力は、色付けされることで形を与えられ、放出される。炎ならば赤。水に関するものならば青というように。
 白は光を司る色。中でも基本的な光熱波を相手は召還している。
「『白』なる! 雷!」
 魔術を駆使する男は、更に白き槍を空から降らせていく。残り二人の仲間がその合間を縫ってアレンへと迫った。攻撃しようと手を出す瞬間に敵はその場を離れ、次にはアレンの立つ場所へと光が降る。かなり鍛え上げられた連携。乱れ打ちのように見える魔術だが、放つ間合いや落ちる位置は決められているらしい。攻撃側だけが理解している着弾点。アレンはたまらず距離を置く。
 黒い男達は距離をつめようと速度に乗る。後方には一人、魔術使い。敵二人は熱波の幕を守りにして手にしたナイフを投げつけていった。
「う、おお!」
 ナイフの腹を両手で叩き、直撃を避けるも徐々に皮が裂けていく。アレンは血が滲む痛みに顔をしかめながらも動きを止めることなく敵二人に飛び込んで、渾身の一撃をそれぞれの鳩尾へとほぼ同時に叩き込んだ。
「がぁ」
「はっ……く」
 崩れ落ち、痙攣する黒ずくめ。アレンは更に突進して、最後に残った魔術使いを狙う。顔に驚愕を貼り付けながら光熱波を撃つものの、魔術だけならばアレンの敵ではなかった。  こめかみへの拳の一撃で昏倒させてアレンは動きを止めると、ランスローへと視線を移した。視線の先には彼を中心にして花弁のように仰向けで倒れている五つの黒。少し肩で息をしている自分が馬鹿らしくなり、アレンは笑った。
「はは。大したもんだぜまったく」
 ランスローへと近づいてから皮肉を込めて笑う。
「そうでもないさ」
 その表情に敵を退けたことの安堵はない。厳しい視線はアレンを全く捕らえることなく先に伸びている。ようやくまだ終わっていないことを知り、アレンはランスローの視線を追った。
「エイク!? エル!」
 二人がいた場所には何も存在していなかった。慌てて駆けつけても形跡がある訳でもない。戦闘に気を取られている間に、伏兵によって攫われたようだ。
 だが、ランスローはアレンを押しのけると静かにするよう身振りで指示した。そして目を閉じ、意識を集中する。
 それはほんの数秒だったろう。目を開けたランスローは「向こうだ」と指をさしてから走り出した。慌ててアレンも後を追う。
「二人はどこに!?」
「俺達は完全に囮に騙された。その間に動けないエル達に近づいて魔術で飛んだ奴がいる。微かに魔術の気配が残っていた」
「……くっそ」
 魔術を使えないことがアレンに焦燥感をもたらす。使えるならばこうして走ることもなく一瞬で追いつけるのに。
 その考えを読んだのかランスローが口を開いた。
「大丈夫だ。殺すならあの場で殺していただろう。エルかエイクを生かしておきたいから攫ったんだ」
「あんたは、なんか魔術が使えそうだな」
 ランスローは特に反応を示さなかった。しかし、それがアレンに確信を抱かせる。間違いなくランスローは何かを知っている。魔術を使えることだけではなく、エルが体調を崩した理由さえも。
「おい。知ってることがあるなら教えろ! エルがああなった理由も知ってるんだろ!?」
「憶測でしかない。そして、詳しく話している余裕もなさそうだ」
 ランスローに促されて前を向いたアレンの目に、先ほどの男達と同じように黒ずくめの敵。十人程度の刺客が行く手を遮っていた。


 * * *


 夢。夢の中。熱く、苦しく、痛みが身体を埋め尽くす。それは今までと同じ。同じはずだった。
(痛い)
 空を赤く染め上げる炎。慣れていたはずの光景はエルの心を更に抉っていく。一目見ただけでは理由が分からない。しかし確実にエルの心が暗いものに侵食されていく。
(何よ、これは)
 仰向けに寝ていた身体を起こして、空を見上げる。そこは住居の外。家に入る扉の前だった。正確には扉があった場所の前。既に扉は破壊されて破片が周りに散らばっていた。エルはそこに全身を赤く染めて倒れていた。
(赤?)
 衣服や掌を染めるのは赤い液体。肌を滑る感触からそれらが血と判断したエルは、とりあえず掌を服にこすり合わせた。拭った血を見て吐き気をもよおしつつも家の中へと足を踏み入れる。
 ゆっくりと進もうとした矢先に叫び声が聞こえる。エイクの、そして自分の声。
(エイク!)
 走りだすと身体に激痛が走った。頭部を固い物体で殴られたような痛み。身体が左右に裂けるような痛み。四肢をばらばらに、精神まで引きちぎられるような激痛に耐えながらも、エルは廊下を進む。噴出した炎に腕を、足を焼かれても歩みを止めない。すでに走る気力がなくとも、進むことを止めない。ただただ、愛する弟のいる場所へ。
 そしてエルはたどり着く。運命が始まった場所へと。
 幾度目かの絶叫が聞こえてくる部屋の前にたどり着いて、扉を開く。全力で開け放った先に見えたのは二人。
 片方は崩れ落ち、もう片方は掌を血に染めて立っている。
(あ、あああ)
 エルの頭が裂けるように痛む。まるで割れてその奥から虫でも出てくるかのごとく。だが、エルには出てくるものが分かっていた。虫ではなく、真実だと。
(私、が)
 胸に風穴を開け、血を床にばら撒いているのは見覚えのある顔だった。最も傍にあり、常に一緒にあった自分の顔。
 自分の顔が徐々に死んでいく様を目の当たりにして、エルは込み上げてくる汚物を抑えきれず吐き出した。
「ぐ……げぇ!」
 瞬間、灼熱の熱さも痛みも消え去った。
 あるのは食道を焼いた胃液などの痛みだけ。風も常温で吹いている。吐しゃ物から顔を背けるために仰向けになると空は赤くなく、焼けもしない。
 通常の空がそこにあった。
「っは……こ、ここは」
 汚れた頬を拭いながら更に身体を反転させ、うつ伏せになる。そこから顔を起こすと、ぼやけた視線に人影が写った。徐々に実像を結んでいき、やがて本当の姿をさらけ出す。
「エイク!?」
 首にナイフを押し当てられた、愛する弟の姿を。
「姉さん!」
「目が覚めたようだなぁ、エル」
 ふらつきながらも起き上がる。身体に力がほとんど入らずそよ風にさえ倒されそうなほど。エルは右拳を握って自分の右太ももへと何度も振り下ろす。最初は全く力が入っていなかったが、繰り返す中で叩きつけた際の音が変わる。四度、乾いた音が鳴った後でエルは口を開いた。 「あんた、だれ、よ」
 ナイフを持った人物が声を荒げる中、よろめきながらもエイクの元へ近づいていく。
「ゲルト様だよぉ。てめぇ、忘れていたとはいい気なもんだな」
「ゲルト、って……」
 エルはふらふらとエイクの元へと近づいていく。ゲルトと名乗った相手のことは全く覚えていなかった。それがつい先日、弟を襲った相手だということは完全にエルの記憶の中から消えていた。今のエルには自分がここにいる理由さえ分からない。直前の記憶は、朝起きたところで終わっていた。
 しかし、エルの言葉を挑発と取ったのだろう。ゲルトは鼻で笑ってナイフをエイクの喉元へと突きつける。
「そんな強がっていられるのも今のうちだぜ。こいつを殺されたくなければ、動くな」
 殺す、という言葉に硬直するエイクとエル。二人とも身体が震えだすが、ゲルトはそれを恐怖のためだと決め付ける。
「はっ! 大人しくしてれば怪我なんてさせないよ」
「やめ、てくれ」
 か細い声で腕の中から訴えかけるエイク。その弱々しさにゲルトの嗜虐心が徐々に膨れ上がっていくのか、表情が恍惚としたものに変わっていく。目の前には自分が求める女。そして腕の中にはひな鳥のように震え、ゲルトの腕一つで殺せるほど弱々しい男。
 命を自由に扱える立場に酔いしれたのだろう。ゲルトは一線を少しだけ越えた。
「は、ははは!」
 笑いながらナイフを水平に動かす。刃はエイクの喉元を滑って一筋の赤い線が引かれ、次には下に流れ落ちた。エイクの顔が痛みに歪み、身体の震えが更に大きくなる。エルは呆然とその様子を見ていた。
「おいおい。大丈夫だよ、死には……」
「止めて!」
 茫然自失となっていたエルが突如叫びだしたことで、ゲルトは笑みを浮かべずにはいられない。今まで自分のことを歯牙にもかけなかった女が必死になって自分を止めようとしているのだから。
「命令するなよなぁ。俺がこの場を支配してるんだ……止めて欲しければ、じゃあまずは裸になってもらおう――」
 絶対的優位。その誤った認識が、ゲルトの運命を決めた。
「これ以上」
 首に回した手を掴んでいたエイクの握力が強まった。ゲルトは痛みに顔をしかめてエイクを見たが、後ろから羽交い絞めにしている状態で顔までは見えない。
 それでも、エルが見ているのはエイクの表情だということに気づき、ゲルトの中に不安が広がっていった。
「死にはしないって。黙って見ていれば――」
 それが、ゲルトの最後の言葉だった。
「俺を、目覚めさせるな」
 爆発するゲルトの頭部。
 あまりにもあっさりとした死は、その存在さえもかき消す。
 鮮やかな殺人。冗談とも思えるほど簡単な死。
 脱力してまとわり付いてくる身体を跳ね除けて、エイクはその場にしっかりと立つ。目撃者はエルだけ……ではない。
 エイクに向かって手を伸ばそうとしたエルの目は、自分達の周りに姿を見せた男達を捉えた。全身を黒に覆ったその姿は、明らかに普通の人間達ではない。少なくとも、ゲルトの仲間とは思えないほどの殺気をまとっている。彼女は知らないが、ランスロー達の前に立ち塞がった者達と同じ。
 その数は六名。エルは身体が感じたままに構える。力が入らずふら付きながらも目だけは力を失わない。どこから襲い掛かられても対応出来るように。
「エイク・フェルファタール」
 しかし、彼らのターゲットはエルではなかった。
「大人しく来てもらおう。生きてさえいれば私達は構わないのだから」 
 エルが反応するよりも早く、男達の一人がエイクへと腕を振り下ろす。その手には短い刃。言葉からして、行動不能にする一撃の類だろうが、エルの目には強い光を帯びてエイクの命と身体を断ち切らんとするようにしか見えない。
 その刃の動きを見ることしか出来ない。
「やめ――」
「死ね」
 次の瞬間、迫っていた男の顔が吹き飛んだ。それはゲルトの死に様と全く同じ。ここで初めてエルは異常な事態に気がついた。エイクに近づいた敵が二人、死んだ。
 死。戻らない、命。
「エイク……」
 エルの目に映るエイクは、髪の毛が逆立ち、身体の周りには白いオーラをまとっていた。空気とオーラの境界線は先の景色を歪ませて、高熱を持っていることが分かる。エイクの顔に感情はなく、目には紅色の光が灯っていた。
「お前が。お前達が、呼び覚ました」
 ゲルトだった物と、黒ずくめ達を見て、エイクは呟く。
 エイクが一歩踏み出したところで残った五人のうち、二人が飛び掛っていた。今度は直接攻撃ではなく、上空からナイフの投擲。一瞬で三つずつ、左右から来る計六つはしかし、エイクのオーラに触れたところで『蒸発』した。息を呑む気配がエルにも伝わる。周囲を覆う空気が一気に凍ったかと思うと、ひびが入った。
「う、わぁあああ!?」
「待て! 殺すなとの命令――」
 男達の内数名の声にならない叫びと共に腕が振り上げられ、魔術が発動する。高熱を生み出し、打ち出すこと。最も基礎的であり、威力を高められる魔術。
(相手はエイクを本当に消し去る気!?)
 いつの間にか二人を円形に取り囲んで撃つ体勢を整えていた。一人、隊長らしき男が皆をなだめようとしていたが、意味はない。
 エイクはまとったオーラに守られるかもしれないが、エルはただではすまない。先ほど蒸発したナイフが、頭に残る真実の映像が恐怖となり身体を竦ませた。
(だ、駄目!?)
 放たれる光線。無駄だと分かっていても顔を両腕で覆う。悲鳴は出なかった。萎縮した身体はもう何もエルの言うことを聞かず、断末魔も響かせることはない。

 高温が腕の表面を焼く痛みが訪れた瞬間、声がした。
 押し寄せる轟音。死の足音。雑然とした死への世界の中で確かな生の鼓動が。

「助けに来たぞ、エル!」
 身体を引き寄せられる力と共に囁かれた言葉。そのままエルは飛び上がり、高熱の輪から外れる。追う者は誰もいない。殺す力は全て輪の中心にいるエイクへと向かっていたのだから。
 光熱波がぶつかり合って爆発する衝撃に宙を舞いながらも、エルの身体は力強い腕に包まれ、顔は胸板に収まっているために痛みは感じなかった。それは記憶の底に眠る力強さ。温かみ。
 かつて、本当に幼い頃に得ていた安らぎの感触。
「ランスロー……」
 かすかに戻った記憶の中に、確かにランスローはいた。
 ただ呟いた。その安らぎの名前を。
「もう大丈夫だ」
「って、なんだエイクの奴は」
 ランスローに遅れてやってきたアレンは黒い男達に囲まれるエイクを見て顔を青ざめさせる。エルやランスローでさえも今の状況に戦慄せざるを得なかった。多数の光熱波が集まった中心にいたエイクは骨すら残らず燃え尽きるはずだったのだ。しかし、服を多少黒く焦げ付かせながらも大地にしっかりと足を立てている。髪は揺らめき立ち、瞳は先ほどの紅色そのままに、自分に向けられる殺意へと視線を返していた。
「なんなのよ、あいつら」
「俺にもわからねぇよ。ただ、ゲルトの野郎は利用されただけだったみたいだな」
 エルの傍にあったからなのか、熱による消失を免れたらしく首のない死体が転がっている。どう判断したのかエルには分からなかったが、説明をすることも今は惜しい。エイクの変貌と、彼を殺そうとする集団は存在するのだから。
「彼らを止めないと」
 走り出そうとするエルの肩をランスローが抑える。振り向いて手を外そうとしたが、出来なかった。ランスローの恐怖に歪んだ顔を見てしまったから。自分やアレンを圧倒していた彼でさえ、今のエイクには恐怖を感じるという事実。
 ここにきて体力が戻ってきたことで靄がかかっていた思考も回復する。それが更に輪をかけて現在の状況が危険かをエルに知らせた。
「いつでも戦えるようにしておけ。あいつらじゃねぇ、エイクとな」
 アレンは右拳を左掌へと打ちつけ、構えを取る。まさにいつでも飛び出せるように。姿勢を保ちながらも言葉を紡ぐ。真に戦うべき相手――世界を脅かす存在と戦うべきリヴォルケイン予備軍である自分達が、倒すべき相手を直感的に悟ったのだ。
「だから今のうちに教えろ。お前は誰で、あの黒い奴らは誰で、エイクがどうなったのかを」
 全ての答えをランスローが出せるのかとエルはいぶかしげな視線を向けた。当の本人は顔をしかめつつアレンへと視線を向けている。その顔は知らないというよりも、真実を語るべきか迷っている様子だった。
「迷ってる暇はない、よ」
 エルは呟いて顎でランスローを促した。その先に見えたのはぼろぼろの姿でこちらに駆けてくる男達。エルは知らないが、ランスロー達の前に立ちふさがった敵だった。今、エイクと対峙している者達と同じ服装だからこそ分かったのだろう。
「そんなに言えることはないさ」
 ランスローはそう前置きをして言葉を紡ぎだす。
「俺はリヴォルケインの非正規騎士さ。事情は割愛するがな。俺が来たのはあいつらと……エイクとエルの調査のためだ」
「やっぱりあいつらもっ……て。エイクはあれ見りゃ分かるとして……エルもだと?」
 放たれる必殺の魔術を次々と無効化し、敵を屠っていくエイクを見ながらアレンは呟く。思わず本音が出て、慌てて口を覆うもエルは達観したかのような視線をランスローに向けたまま離さない。
「あの黒ずくめ達も、エイクの行方も、リヴォルケインの最優先事項だった。あいつらは俺達が警戒している教団の構成員として。エイクは、あいつの街で起こった大殺戮の犯人として」
 エルの身体が言葉に反応し、震える。それでも口を挟まずランスローの次の言葉を待っていた。アレンも反論する前に全てを言わせたほうが良いと判断したのか、何も言わない。
「十年前に消えた町のただ一人の生き残り。三百十九名は全て胸に手の形をした穴が空いていた。エイク・フェルファタールのな」
「……ちょっと、待てよ。ただ、一人って」
 ランスローの言葉に含まれる事実にアレンは黙っていられず口を挟んだ。声が震え、喉の奥で引っかかるように出てこない。更に隣のエルが視界に入ったことで発言を止めようと口を閉じる。しかし、その後を次いだのはエル自身だった。
「私も、死んでいたのね」
 炎に包まれた刻が凍る。また一人、黒ずくめの男の断末魔が響く中で、ランスローは呟いた。
「エルの死亡を確認したのは、俺だった」
 ランスロー達を追ってきた男達がエイクに苦戦している仲間の下へと向かったのを見て、ランスローは更に続ける。エルの顔を見て、悲しげに顔を歪ませて。
「あの街が消える半年前に去った俺が、死体を確認したよ。半数以上は顔見知りだったからな。そして共同墓地に皆の死体は埋葬された。行方をくらませたエイクと、埋葬する直前に姿が消えたエルの死体以外はな」
 エイクの攻撃による断末魔が、響き渡る。
 エルの世界の終わりが、すぐそこまで来ていた。
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