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Dear My Friend

第二話「ライバル同士って感じだよね」

 バスターミナルの中に入ったあゆむが最初にしたことは、待ち合わせ相手を探すことだった。地元の駅に隣接したバスターミナルには、実は数えるほどしか入ったことはない。市内の移動は基本的に自転車で事足りるし、本格的に買い物に行くなら電車で札幌へと行く。冬場は自転車は使えないが、バスは自分の家の近くのバス停から乗り、学校の傍で降りるため、始発駅となるこの場所には全く縁がない。挙動不振に見られそうなほど周りを眺めてから、あゆむは並ぶベンチの一つに座る見知った人影を見つけて、傍へと近づいた。座っていても人一倍高い身長で、バスケットマンらしくスポーツ刈りに大きな体。目立つなという方が無理だろう。あゆむはこみ上げてくるむずがゆい思いに頬の緩みを止められないまま声をかけた。

「おはよ」
「おす。なんか迷ってた?」
「だって全然来てないんだもの、ここ」

 謝りながら隣に座り、辺りを見回す。時刻は八時五十分。壁に取り付けられたバス運賃表の下にあるカウンターには人が並び、何かを尋ねている。他には備え付けられたベンチで、自分が乗る予定のバスを待っていた。座って正面を見るとガラス張りで外がよく見える。出た場所はバスが停車するスペースがいくつもあり、それぞれで路線が異なる。
 そして、一番奥の路線の乗り場に、二人が立っているのを見つけた。

「いたいた」
「ん? 誰が?」
「我が浅葉中バドミントン部の初々しいカップル」
「あー、前に話してた二人か。って、俺とのデートに乗ってくれたのってそういうこと?」
「勇(いさむ)君に会いたかったのは本当だよ。でも二人を尾行したかったのもあるし。一石二鳥でしょ」

 悪びれずに言うあゆむに、勇と呼ばれた男子はため息をついた。しかし、悪印象を持ってのため息ではない。いつものあゆむの行動からは予想できたと言うように肩をすくめて「ま、いいよ」と呟いた。

「ごめんね。でも普通にデートしたいのは本当だから安心してね」
「はいはい。で、どうするんだよ。あの二人と同じバスに乗ったらばれるだろ」
「一本あとで行くよ。この時間帯なら頻繁に出てるし」

 あゆむは視線をバスの時刻表へと移す。九時から遊園地向けのバスは十五分ごとに発車している。目的地までは三十分くらいで着くようになっている。夏場には遊園地を浸かる家族づれや恋人達が増えるため、バスも増便をしているらしい。朝と夜、行きと帰りの時間に合わせて本数は増加していた。
 勇はあゆむの調査っぷりに感心しつつ、視線をまたカップルに向けて呟く。

「遠目だけど、あれが朝比奈って子だよな。なんかいつも話してくれてたのと印象違うな」
「服でしょ? 可愛い服でしょー。昨日買ったんだよ」

 あゆむは改めて視線の先の朝比奈の服装を見る。顔は遠目でほとんど見えなかったが服は分かる。
 朝比奈の服装は白いカーディガンに薄黄色のシャツ。下は白いロングスカートを穿いていた。肩に掛ける小さなバッグもあゆむのアドバイス通り持っている。服を買い終えた後で、どこに財布を入れればいい? という明後日の方向を向いた質問に対して自分のバッグを貸したのだった。
 靴はほとんど見えないが、スポーツシューズではないはず。靴を買う予算はなく、あゆむの足のサイズとも合わなかった、何とかすると朝比奈は言っていたが何とかなったらしい。

(お母さんにでも借りたのかな? どんな頼み方したんだろう?)

 想像して吹き出してしまうが、その朝比奈も可愛いとあゆむは素直に思う。緊張して話せなくなるのではないかと思っていたが、二人が間断なく何かを話し、笑っているのを見るとそんな心配は不要だった。
 人生で一度もスカートを穿いたことはないという朝比奈の照れる姿を思い出して、頬が自然と緩む。

「でも、遊佐のほうはぜんぜん普通よね。なんだろあいつ」

 もう一人。相手の遊佐の服装は、前日の朝比奈とほぼ変わらなかった。Tシャツに下がジーンズ。スポーツシューズ。他に鞄もないため、おそらく尻のポケットに財布を入れてるのだろう。シンプルな格好に男の方が言った。

「ま、男子はあんなもんだって。俺も似たようなもんじゃん」

 自分の彼氏の格好を見て、遊佐と同レベルの服装だったことにあゆむは肩を落とした。口には出さず心の中で愚痴を吐く。

(まったく。インターミドル終わるまで会えなかったから五ヶ月ぶりくらいなのに……そしてなんか余裕だし。悔しい。年上だからかな)

 あゆむはいつもよりほんの少し高い服と、ほんの少し可愛い髪飾りをつけて気合いを入れていた。朝比奈と遊佐を尾行するという目的はあっても、あくまで彼氏とのデートが一番の優先事項。朝比奈がおしゃれに気を使ったのも、遊佐に可愛いと言ってもらいたいという思いがあったから。あゆむも、彼氏に誉められたい気持ちはある。同じくらいに、彼氏を誉めたい気持ちもあった。それが出鼻でくじかれてしまい、少し落ち込む。

「あゆ。バス来たぞ」
「あ、ほんとだ」

 思考の海に沈みかけたあゆむは、勇の声で意識を二人のほうへと戻した。そこにはバスがやってきていて、発車時間まで待機している。やがて扉が開くと遊佐が朝比奈の手を取って中へと入った。自然な動きにあゆむは感心してしまう。

(遊佐って天然でああいうことできるのかもね。知らなかった)

 二人が乗りこみ、その後に家族連れが何人か乗り込んだところでバスは発車した。念のためバスの窓から死角になる位置に移動して、あゆむと勇はバスを見送った。

「でも……今から行ってどうするんだろうね、美緒達。ついても一時間以上待つのに」

 目的地の遊園地は十一時から開場する。夏場のこの時期は夜に花火大会があり、その分、開場時間を後ろにずらしているということらしい。今から向かえば三十分もあれば着くため、二人は一時間くらい立ったまま入口で待つはめになる。
 遊園地のほうへと向かうバスだが、無論その間に降りる人のためにも動いているのだ。

「……俺達はじゃあなんで早めに来たんだ?」
「喫茶店で時間潰そうと思って。傍にあったでしょ? いこ?」
「そっか。了解。とりあえず俺らは十時台のに乗ろうか」

 勇は立ち上がり、左手を取ってくる。既に決まっている、当たり前の形のような自然な動き。あゆむは特に意識することなく手を取って歩き出す。勇が左側。あゆむが右側。歩く位置はいつしか自然と決まっていた。急に広がっていく安心感にあゆむは暖かな気持ちになる。

(やっぱり好き、なんだよね)

 学年が二つ違い、高校と中学ということで学校も別の彼氏と会うのは本当に久しぶりだった。特にあゆむは部長として四月から後輩の指導や自分の練習。更に大量に入ってくる一年生への配慮など頭を休める余裕はない。それと平行して授業は行われ、勉強も続けなければいけない。頭がパンクしそうになりながら過ごしていた日々によって、勇と触れるのは夜に寝る前のメールのやりとりがほとんど。電話で声が聞ければまだ良い方だった。
 それもインターミドルの予選で負けたところで終わった。シングルスで出場したものの市内大会で敗退し、五月には大きなイベントが終わった。その後もしばらくは次の大会に出場する朝比奈のサポートや、体験入部で辞めていく一年生達との話。二年生への部の引継のための準備などあり、あゆむが部活から解放されたのは結局、六月末。七月は彼氏の方が忙しく会えない日々が続き、八月の今頃になってようやく時間が空いたのだ。

(私のほうが浮かれてるのかなぁ)

 そう思って寂しく思っていると、何もないところで勇がつま先を引っかけて転けそうになった。手を繋いでいたあゆむも一緒に倒れそうになるが、その場に踏みとどまる。

「とと……どうしたの?」
「いや、うっかり」

 勇の顔を見ると心なしか赤い。今のことが恥ずかしいのかとも思ったが、あゆむの視線に耐えられなくなかったのか、勇は言った。

「久しぶりだから、舞い上がってるのかもしれない」

 頬を染めたまま言う勇にあゆむは胸の奥が締め付けられる。切なさではなく、勇への愛おしさが溢れてくるためだ。公衆の面前でなければ抱きついていたかもしれない。

「ありがと。今日は楽しも?」
「ま、尾行もな」

 二人は笑いあいながら、一度バスターミナルを出て隣接している喫茶店へと向かう。一瞬外に出ただけで日差しが少しだけ肌を刺してきたのを感じ、あゆむは空を見上げた。

「暑くなりそうだなあ」

 当たってほしくないという予想を言葉に込めたが、おそらく駄目だろうと思った。

 * * *

 予定通り十時台のバスにのり、遊園地に着いたことをアナウンスすると乗客が次々と降りていく。後ろの席ではなかったが、全員が降りた後に続いて二人は駐車場のアスファルトに足を下ろした。外に出たとたんに太陽光が肌を焼いてくるように思える。

「やっぱり日差し強いね」
「夏だし……でも俺が生まれる前とかはもう少し柔らかかったみたいだな」
「地球温暖化ってやつ?」
「わからん」

 夏だけに暑さを感じるのは仕方がないと割り切って、二人は遊園地の入り口へと向かう。まだ開場まで時間があるため先にバスや車で来ているカップルや家族が並んでいた。先頭の方に見知ったものとは少しだけ異なる後ろ姿が見える。

「あ、美緒達がいた。やっぱり一番前だ」
「尾行っていうけど、実際にどうやるんだよ」

 勇の言葉に美緒は「んー」と唸りつつ考える。勇も次の言葉が出るまで待っていたが、三分ほど過ぎたあたりでため息混じりに呟いた。

「特に決めてなかったんだな」
「うん。実はそうなんだ。だって、尾行してたら乗り物とか乗れないし」

 あゆむの頭の中に思い浮かぶ「尾行」の光景。朝比奈と遊佐が二人で乗り物に乗るところを物陰から覗いている。更に二人で昼食を食べているところを離れた場所で、可能ならば食事をしながら見る。それだけだ。食事はまだしも、乗り物は自分達も乗ると確実に置いて行かれるだろう。

「乗り物に乗れなくなるし、どうしようかなーと思ってるんだよね」
「いきなり破綻してるじゃないか」
「尾行だけなら破綻はしてないよ。ただ勇君と遊ぶっていうのが出来なくなるだけ」
「破綻してるじゃん」

 二人で同時にため息を付いたところで開場したのか、列が動き出した。チケット売場に二列に並び、買った客が次々と中に入っていく。朝比奈達もまた、すぐさまチケットを買って中へと入っていって見えなくなった。

「しょうがない。尾行は気が向いたら」
「適当だなぁ」
「いいじゃない。バレたらその時だし。出来たら尾行しよう!」
「あんま大きな声で尾行とか言うなよ恥ずかしい」

 徐々に進む列の中で、あゆむはやりとりの心地よさを感じながら進む。
 スムーズに列は消化されていき、十分もしない内にあゆむ達は遊園地の中へと入った。入場口を通って中に入り、ひとまず視線を周囲に向ける。近いところに朝比奈達がいないことを確認してほっと一息ついた。

「いきなりバレたらさすがにつまらないしね」
「はいはい」

 勇の呆れた思いを含んだ声を背に、あゆむは次に乗り物を視界に入れた。最後に遊園地へ遊びにきたのはいつだったかと考えると、小学校六年の時に家族で行ったことが最後だった。中学に入ってからはずっと部活で、体育館の中でラケットを振っていた。たまの休みも休日や、友達と映画を見に行くなどで郊外の遊園地に来る機会はなかった。

(なんとなくだけど、少し変わったかな)

 視界に写る乗り物はまずは右手にメリーゴーランド。左手には大きな池があり、その周囲をぐるりと回るように進む乗り物がある。二人乗りで、ペダルを漕いでモノレールのように進んでいく類のもの。その隣には家族連れで乗るような大きな乗り物が水の流れに沿って進んでいき、最後は高いところから水の中へ滑り落ちる「急流滑り」がある。
 そして、その隣には巨大迷路がその名の通り大きく鎮座していた。迷路の入口に並んでいる客の中に、朝比奈と遊佐の姿を発見する。

「あ、いた」
「本当だ」

 あゆむの声に続いて勇も視線を向け、二人を見つける。朝比奈が先に入り、次に遊佐。二人は早速あゆむ達の視界から消えて行った。

「何から乗る? 本気で尾行するなら巨大迷路に傍の……急流滑りとか、あっちのルートだと思うけど」
「あえて、メリーゴーランドからにしようか。逆走で」
「尾行はいいのかよ……本当に適当だな」

 あゆむはただ笑って勇の手を掴む。少し強めに引いてメリーゴーランドのほうまで進んでいく。まだ親子連れが二組しかいないため、待ち時間なく乗った母親と子供が、外で見ている父親に手を振っているのが見えた。

(あんな楽しそうな顔見たら、尾行するのも悪いって思うよね)

 一瞬だけ見えた朝比奈の顔は、二年半一緒にいた中で一番可愛い顔をしていた。部活一筋。目標に向けて努力し続ける。そんな、あゆむからすれば修行層のような朝比奈がその道から少しでも外れれば、この世の幸福がすべて今に詰まっている、とでも思っているような晴れやかな顔をするのだ。
 そのギャップにあゆむは胸の中に幸せな気持ちが広がっていき、満たされた。

(こっちも楽しまないと……勇君とはあまり会えないんだし)

 まだ同じ学校に行けるかどうか分からない。
 市内でも一番の進学校の二年生である勇。その高校に自分も行きたいと考えたし、バドミントンを除けば学力はできるだけ高い所に進んでおきたい。しかも、その高校はバドミントンでも有名だ。公立にも関わらず何年かに一回は全道大会に団体でも進んでいる。今のペースを保っていけば問題ないと担任は言っているが、もしもの時の心配がつのる。ほとんど会わずに勉強をしっかりとすれば必ず大丈夫だと、確信が欲しくてもそれは無理な相談だろう。
 内に不安を抱えていると、メリーゴーランドの動きが止まった。降りてきた二組の親子と入れ替わるように二人で乗り込む。本来なら一人乗りであろう馬の形をした乗り物が、二人用で胴が長くなっているものがあり、それに二人で跨った。
 前にあゆむ。後ろに勇だ。

「いいじゃん、適当で。後々適当じゃすまなくなるんだから。今くらい……」

 あゆむの言葉に含まれる一抹の不安を感じ取ったのか、勇は後ろから頷いて何も言わなかった。

 * * *

「あー、もしもし、美緒? どうだった? 今日のデート」

 あゆむはベッドに寝転がって天井を見ながら朝比奈に電話をかけていた。スマートフォン越しに聞こえる美緒の声は初めてのことに浮かれているが、ところどころ今までの彼女らしい一面が出てきている。

『ゴーカートに乗れなくて残念だったよ。遊佐を負かそうと思ったのに』
「スカートで乗るものじゃないよ……」

 朝比奈の言葉に苦笑しつつ、あゆむは一日を振り返る。
 メリーゴーランドに乗った後、あゆむは昼ご飯を食べた。午後からは尾行ということは完全に頭から消え去り、朝比奈達とは逆のコースをたどってジェットコースターやゴーカート、お化け屋敷と順調に消化し、純粋に勇とのデートを楽しんだ。結局、その間から帰る時も朝比奈達と会うことはなかった。

(なんかカップルっていうよりもライバル同士って感じだよね、まだ)

 まだ付き合い始めたばかりのカップル。それがどう変わっていくのか。あゆむは胸の奥にこそばゆいような、不思議な感覚が生まれる。電話口の朝比奈の声に耳を傾けながら、体を包む感覚に身を委ねていた。
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