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Dear My Friend

第一話「明日、デート?」

 衣服の内側まで貫通してきそうな太陽光による暑さが辺り一面に広がっていた。
 家を出る前に確認した天気予報では気温は三十度を越えて、北海道には珍しい夏日と言うことらしい。自転車で風を切っていても暑さは緩和されることなく、服の下に汗が滲む。
 八月の学生の夏休み。北海道では二十度後半になる程度で本州や、沖縄よりは過ごしやすいと言われていたのも過去の話。最近では、本州に負けないくらいの気温で夜もほとんど下がらないため、窓を全開にし、かつ扇風機を回すということをして何とか寝ることができる。
 そんな状況だけに、宮越歩(みやこしあゆむ)は前日から寝不足気味だった。心の中では少し不機嫌になっていても足を動かせるのは、同学年の友達と比べて重荷が少しだけ減っているから。
 中学三年の夏休みという時期に同学年の友達というのは一部を除いて塾通いに忙しい。幸い、あゆむは塾に行かなくても学力は十分志望校に足りていたし、家も無理して塾に行かなくてもいいという考えだったので難を逃れたところはある。あゆむ自身、自分の気が乗らないタイミングで勉強を強いられるのは学校だけでいいと考えていたため、逆に頑張って結果を出していたのが今に繋がっている。
 そして今、あゆむは塾に通っていない「一部の友達」に呼び出されて自転車をこいでいる。背中まで伸びた黒髪をサイドポニーにしており、その髪がペダルを踏む度に揺れる。髪を留めているのはゴムと一緒に丸い青色の玉がついたもの。あゆむの中で二番目に大事な宝物。その青い玉が太陽光を反射して輝いていた。

(暑い……これで大した用じゃなかったら、怒るからね)

 呼び出した相手に向けて心の中で悪態をつきつつ、目的地へと黙々と足を動かす。つい最近までバドミントン部に所属していたこともあり、鍛えられた足腰は弱ることない。動かし続ける体力もある。ただ、じんわりと出てくる汗は可愛く着飾った服を臭くしそうで嫌だった。
 そろそろ暑さに汗が耐えられない量となりそうなところで、目的地を発見する。
 甘味処『桃華堂』
 いつもあゆむ達や、遡れば先輩達が良く立ち寄っている地元では有名な場所だ。名物のイチゴパフェを筆頭に美味しいパフェがいくつもあり、中高生の集まる場所として有名だった。店内も広く、よく友達との時間潰しや話場所として利用されている。
 今回、呼び出した相手もそのつもりでここを指定したのだ。

(ま、ここしか知らないからってのもあるんだろうけど)

 相手の無知さは良く分かっている。同じ年の女の子にも関わらず、女の子としての基礎知識の少なさにはあゆむも出会った当初から驚かされた。おしゃれも流行のドラマや音楽も、友達関連、恋愛方面の話題まで何もかも遅れていた。ただ一つの分野を極めるために必要なことだったとしても、もう少しどうにかならないかとあゆむは思っていた。
 だからこそ、今回の呼び出しはその「どうにかしてほしいこと」についての質問なのかもしれないと密かに期待していた。
 自転車を駐輪場に止めて、あゆむは中に入る。店内を見回すと、少し奥の場所に見知った顔を見つけて、店員に断ってからそこへと向かった。相手はあゆむに気づいて手を軽く振って呼びかける。

「あゆ。ごめんね、呼び出して」
「いいよ。私も勉強一区切りしたところだったから。気分転換したかったんだ……って、バドミントンしてたんだ」
「うん。さっきまで練習してた」

 背もたれに立てかけるように置いたラケットバッグを指さして相手は言う。席に着いたところで、あゆむの鼻には微かに清汗スプレーの匂いがした。シャワーも浴びたのだろうが、心なしか髪の毛も湿っているように見える。
 相手の向かいに座って店員が水を持ってきたところでイチゴパフェを頼む。すでに相手は同じものを頼んでいて、あゆむが頼んだパフェと同時に持ってきてもらうようにしていたらしい。店員が去ってからあゆむは辺りを見回す。座った席は他の客と少し距離が取られた場所。あまり聞かれたくない話のようだと判断して、あゆむはすぐに言葉を切りだした。時間をかければ混んできて話せなくなるかもしれない。

「で、何の話なの、美緒」

 あゆむの言葉に目の前の相手――朝比奈美緒はあゆむから視線を外して少し俯いた。次になんと口にしようか思案する彼女の顔や服装をあゆむはじっくりと眺める。少し毛先が外側に跳ねたセミロングの髪の毛。今は伏せがちの目も開けばぱっちりとして可愛い。少女漫画ほどではないが、星が輝いてるように見えることがたまにある。顔も小顔でその他のパーツはきっと気を使えば男子にはすぐ人気になるだろう。
 しかし、当の本人はバドミントン一筋のバドミントン馬鹿だと思わざるを得ない。
 服装がスポーツメーカーの名前がプリントされたTシャツにジーンズ。スポーツシューズと色気も何もなかった。

(そこに突っ込むのは先に相談受けてからよね)

 現状の朝比奈を確認し終えたあたりで、ようやく美緒は口を開いた。

「明日、遊佐とデートするんだ」

 頬を赤く染めて視線を逸らしたまま言う朝比奈に、あゆむは胸の奥から込み上げてくる愛おしさを押さえるのに必死だった。当人は自覚は全くないが、今の朝比奈は完全に恋する乙女そのもの。しかも、バドミントンにしか興味がなかったスポーツ少女が異性を意識するという姿は男子じゃなくとも胸をときめかせる。
 落ち着くために一度咳払いをして、あゆむは話を更に聞き出す。

「えーと。明日、デート?」
「うん」
「どこで?」
「ブルーランドで」
「地元の遊園地でデート……あの遊佐に良く思いついたね。ってか、逆にそこしか思いつかなかったかー」
「私も遊佐も、ぜんぜんそういうの分からないしね」

 苦笑する朝比奈。自分がどういう人間かは分かっている。
 朝比奈美緒と遊佐修平。
 二人ともあゆむが所属していた浅葉中バドミントン部を代表する――というよりも、北海道を代表するバドミントンプレイヤーだ。その実力で二人とも最後のインターミドルで好成績を収め、高校はスポーツ推薦であゆむ達の地元の高校には通わないことがほぼ決まっている。
 そんな二人がインターミドル後に付き合うことになったというのは浅葉中バドミントン部に走った近年一番の衝撃だった。実力者同士、いつも一緒に練習していたため、普通の二人ならばカップル成立となるだろうとはあゆむは思っていたが、当人達にその気は全く見られなかった。特に朝比奈は、恋愛にうつつを抜かさないだろうとあゆむは考えていたのだ。

(インターミドルも終わって。吹っ切れたってことよね)

 朝比奈がインターミドルに強い思いを抱いていることは中学一年の頃から知っていたため、目標を達成し、一つ区切りをつけたことで朝比奈の中に変化が起こったのだろう。
 そう解釈してあゆむは嬉しくなる。恋愛が全てとは思えないが、朝比奈のような女子が経験しないのはもったいないと前々から思っていて、もしもそのことで相談されたならば全力で応援してあげようと決めたのだ。
 つまり、今、朝比奈は最初の恋愛相談をしてきている。

「へー、どっちから誘ったの……とはまだ聞かないや。美緒の相談ごと、話しちゃって?」
「うん。実は……ね。服、のことなんだ」

 また顔を赤くして呟く朝比奈。自分が言うことがどれだけ『キャラじゃない』のかを分かっているからこそ照れる。しかし、あゆむは笑ったりはしなかった。朝比奈が今までとは違う朝比奈になっていく。そのことを嬉しいと感じるから。
 自然と頬が緩んだのを見咎めたのか、朝比奈は頬を膨らませて抗議する。

「何よ。キャラじゃないことくらい分かってるわよ」
「悪くない悪くない。むしろいいって。あの美緒が遂に男の子とデートで、更におしゃれまで気を使うなんてね」
「そりゃ……やっぱり、好きな相手には可愛いって言ってもらいたいし」

 その言葉と朝比奈のテンションの下がり具合に何かあったと察して、あゆむは尋ねてみる。

「その様子だと、何か遊佐とあった?」
「何があったってわけじゃないけど……あいつ、私のこと好きとは言ったけど可愛いとかなんていうか……女子として見てない気がする」
「女子として見てないなら告白はしないでしょ」

 あゆむは自分が思う当たり前を伝える。だが、どちらもバドミントン馬鹿。自分の考えもしない思考回路を持っていてもおかしくない。
 更に言葉を積み重ねようとしたあゆむだったが、店員が頼んだパフェを二つ持ってきたことで一度話が中断する。丁寧に置かれたイチゴパフェと長めのスプーン。ごゆっくり、と一声かけてから去っていく店員の背中をあゆむは眺め、逆に朝比奈はうなりながら、置かれたイチゴパフェのクリームをすくいとって口に運んだ。何度か繰り返して味わう間に気分が落ち着いたのか、一度強くうなずいてから会話を再開する。

「私も人のこと言えた義理じゃないんだけど……なんか遊佐の好きって友達の好きとそんなに変わらなさそうなんだよね。好きになってくれたって感じじゃ……ないというか。でもそれは私が恋愛とか分からないから伝わってないのかもしれないし……良く分からなくて――」
「よく分からないから、とりあえず自分がやりたいことやって、遊佐に誉めてほしいってことね?」

 長くなりそうな話を途中で切り、あゆむは結論を提示する。遊佐の気持ちはこの場所で考えても分からないが、朝比奈はどうやら遊佐にもっと好かれたいということらしい。そのために、あっさりした服装ではなく、もう少し年頃の女の子らしくおしゃれをしたいということなんだろう。

(深く考えすぎなんだから……性分かもしれないけどさ)

 バドミントンプレイヤーとしてはいくつも可能性を想像でき、予測、対応できるスキルは必要だが、全く不慣れな恋愛の場面では全く役に立たない。朝比奈の中にそういった経験が全くないのだから仕方がないのに、朝比奈は自分で考えようとした。そして無理と判断してあゆむに相談してきたのだ。

「分かったわ。美緒に似合う服をコーディネートしてあげる!」
「あ、ありがとう。あゆー! 持つべき者は親友よね」
「可愛い美緒のためだもん。食べたら早速行く?」
「あ、先にラケットバッグ家に置いていきたいから、その後かな」

 背もたれにかけるように置いてあるラケットバッグを指して言う朝比奈に頷いて、あゆむはパフェを食べてしまおうとペースを上げる。食べている間も夏休みの過ごし方の話や、更に遊佐とのことなど間にはさみながら、終始笑顔のまま食べきって、二人はほぼ同時に席を立った。
 会計をすませて外に出ると、夏の日差しが二人を照らす。あゆむはすぐに手で自分の顔を仰ぎ、朝比奈も早く移動しようと駆け足で駐輪場へと行く。
 二人で自転車に跨ったところであゆむが提案した。

「じゃ、現地集合にしようか。ほんとは札幌行ったほうがおしゃれなもの買えるけど」
「なんか高そうだし、地元で買える安いのが……」
「安いのでおしゃれするほうが難易度高いんだよ? でも分かった。デパートの前で待ち合わせようか」
「うん、じゃあまた後でね」

 朝比奈は別れを告げて自転車で一気に速度を上げる。待ち合わせ場所は朝比奈の家からは反対方向のため、あゆむを待たせないように急いでいるのだろう。あゆむ自身は帰る理由もないため、まっすぐにデパートに向かった。自転車をこいでいる時に頭を占めたのは、朝比奈と過ごした友達としての期間だ。
 中学入学の直前に本州からやってきたということで、北海道には誰も友達がおらず、小学校から受験もなく自動であがってきたあゆむ達のように同じ小学校からの友達同士でまとまることもない。何人かクラスでも面倒見のいい女子達が話しかけてようやく口を開く程度。当たり障りなく振る舞い、徐々に友達も増えていく。

(それでも、壁があったんだよねぇ)

 あゆむは何故か、朝比奈のことが初日から気になっていた。親と時間が合わず、旅行で北海道を出たこともないため、本州から来たという同い年の子が珍しかったかもしれない。

(でも、珍しさの他に……何かあったような)

 もう二年半以上前の出会いの記憶。その上にたくさんのバドミントン部での記憶が重なっているため、ほとんど覚えてはいない。忘れてしまう程度には些細なことなのかもしれないが、あゆむは思い出せないことにもどかしさを感じる。

(必要なことなら、思い出す、かもしれないね)

 そもそも二年半前の記憶を思い出したのも、朝比奈が今日の相談をしてきたからだ。ならば、今、思い出せないことも何かしらのキーワードがあれば思い出すかもしれない。忘れていることを思い出そうとするのも疲れると、あゆむは思考を切り替える。
 自転車は市街地に入り、向かいからくる自転車の邪魔にならないように速度を落として歩道を走らせていく。やがて待ち合わせ場所のデパートに着き、駐輪場に自転車を停めてから入り口まで歩いていく。
 入り口傍にあるベンチに腰を下ろそうとしたところで、スマートフォンが震えた。画面を見てみると、見慣れた名前からのメール。メール文面を見て、あゆむは一つ思いついた。

(一石二鳥になるし……協力してもらおうかな)

 思いついたことを実行した時を考えて頬を緩ませながら、あゆむは返信の文面を打ち始めた。
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