Fly Up! 66

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「お疲れさん!」

 勝利を決めた金田に集まる部員達。武と吉田も駆け寄って祝福しようとするが、金田は皆を押し留めて武達のほうを見る。

「相沢達も良くやった。お前達が先に勝ったから楽になったよ」

 金田の言葉に武は顔が火照る。大勢に喜ばれることよりも嬉しい自分に武は驚いていた。

(金田さんに感謝された……)

 部長。憧れの存在。自分よりも各上の者に礼を言われることは、素直に嬉しかった。
 吉田は隣で平然と「お疲れ様でした」と答えている。吉田にとってはそれほど感動でもないのだろう。自分達は自分達の仕事をして、金田は金田の仕事をしただけ。しかし、吉田の顔に浮かぶ笑みを見て、彼も嬉しいのだと武は思い直した。

(決勝でも頑張らないと)

 市内大会では学校は四校しかなく、二度勝てば優勝となる。対戦校はちょうど浅葉中と明光中の試合の隣で決まろうとしていた。

「あ、小島だ」

 翠山中対清華中。
 シングルスとして出ていたのは小島。相手は刈田だった。二人とも上級生を差し置いてのシングルス。結果は小島の圧勝ムードだった。

「十三対六、か。一ゲーム目も小島。刈田は負けるな」
「でも」

 シングルスだけ向いていた吉田の視線。しかし、武はダブルスのほうを見ていた。そこに繰り広げられていた光景。
 シングルスと全く逆だった。

「十三対、六」

 武の呟きに吉田もピントをダブルスへと合わせた。そこには次々と打ち込まれていく清華中のダブルス。二人も何度か見たことがある、三年生二人。だが、翠山中のダブルスに武は見覚えが無かった。

「あれ、は」

 吉田が息を呑む。含まれていた緊張に武は思わず尋ねていた。

「なあ。あのダブルスって、三年じゃ、ないよな」
「ああ。あの二人、一年だよ」

 元々小学生時代に周りのプレイヤーを覚えていなかった武にとって、見覚えが無いのならば下級生だとは予想がついていた。それでも、実際に言われると驚く。団体戦に刈田だけではなく、一年まで出ているなどと。しかも、圧倒的な強さで三年を倒す。

「清華は三年はあまり強くないが……それでもあれだけ攻められるとはな」

 いつの間にか金田が傍に立っていた。その視線には吉田と同じく緊張が見て取れる。その意味は武にも理解できた。

(あの一年生……強い)

 背の高い男と小さい男。身近な例で言えば杉田と小林といったところ。長身の男が後ろからスマッシュを放ち、半端に上がったシャトルを前衛が叩く。基本に忠実な攻めだが、その中に規格外が混ざっている。
 まず長身の男が放つスマッシュは鋭かった。武ほどのパワーはないが、相手の胸元に正確に食い込む軌道。どんなに立ち位置をずらしても同じように飛び込んでくるシャトルに、相手はチャンス球を上げるしかなくなる。
 もう一つの規格外は前衛の跳躍力だった。身長は中学生では前から数えたほうがはやいだろう。しかし、前に上がったシャトルを叩こうとジャンプした時、武よりも打点が高かった。シャトルはラケットに捕らえられ、絶妙なタッチからネットぎりぎりを落ちていく。相手はネットタッチを恐れて触ることが出来ず、点が入る。
 より高いジャンプと思い切り伸ばされたラケット。ドリプンクリア程度の高さならば通常のシャトルでもインターセプトできるだろう。
 スマッシュを打ち、帰ってきたシャトルをインターセプト。
 その二つだけで清華中の第一ダブルスは敗れた。

「あの二人、知ってるのか?」
「二人だけじゃない。あの刈田以外の一年は全員……高松町内会のメンバーだな」
「高松?」

 聞き覚えのある町内会の名前に武はオウム返しで尋ねる。市内にあるいくつかの町内会バドミントンサークル。その中で総合的に最も強い場所だった。それならば納得いくと頷きかけた時、吉田は先を続けた。

「あそこ、去年から何人も全国大会に選手送り出すような先生が転勤してきたはずだ。多分翠山中だと思う。その人の教えを受けた第一世代ってところか」
「全国、か」

 武の中ではまだ雲の上の場所。全道の更に上。武にとってははるか高み。
 自分はまだ地区の中で同世代の一位でしかない。まだまだ先にある場所から来た人から教わる技術とは何なのか。武の中の何かが疼く。

「ま、今は気にするなって」

 吉田に背中を叩かれて武は正気に戻った。いつの間にか他の部員は自分達の席に戻っている。試合も小島と一年生ダブルスが同時に決め、第二ダブルスへと移っていた。

「多分、翠山中が来る。俺らが当たるのは流れから行って第一ダブルスだな」
「……よっし!」

 武は自身に気合を入れなおした。
 予想通り、翠山中が決勝にコマを進め、武達はオーダーを確認しあう。シングルスは金田。第一ダブルスは吉田と武。第二ダブルスは阿部と小谷。小細工なしの、真っ向勝負。

「高校ならもっとオーダーに変化つけられるんだろうけど」
「そうなの?」

 吉田の言葉に武が問いかける。口を開こうとした吉田の変わりに答えたのは杉田だった。

「高校はダブルス二つにシングルス三つなんだよ。それだけ相手のオーダー考えて外したりとかのバリエーションが増えるんだよな」
「……おお、杉田がバドを語っている」

 冗談半分で冷やかす武に杉田は笑いながら言う。その顔に浮かぶのは微妙な感情。それこそ、半分本気で半分冗談というような。

「最近な、バドミントンの雑誌買ってるんだよ、月刊の。大体高校生とか実業団とかが載ってるから分かった」
「へぇ」

 武にとっては意外な杉田の一面。バドミントンを嫌いではないだろうが、深くは関わらないと思っていた。一時期に触れて、楽しんだら高校では別のことをするだろうと武は思っていた。それこそ、小学生から続けてきたのにも関わらず入らなかった後輩達のように。その感情の流れは理解できなくとも、似たような空気が杉田にはあった。
 それが思い違いだと知り、武は心の中でわびた。

(杉田もバドにはまった証拠かな)

 スポーツコーナーに置いてある雑誌。たまに前を通っても野球やサッカー、バスケットボール。テニスにゴルフは見かけるものの他の競技のものを見かける頻度は少ない。バドミントンに関わり、もっと知りたいと思わねばわざわざ買わないだろう。

「相沢。お前達は二年の代表なんだから、絶対勝てよな。年下になめられんな」

 二年の代表。その言葉に心臓が高鳴る。気づけば大地も林、橋本も武と吉田を見ている。瞳に力を込めて。

「任せとけって。俺達と金田先輩で決めるよ」
「お、威勢がいいじゃないかー」

 言葉と同時に後ろから首に手が回る。阿部が武の耳に息を吹きかけながら腕で首を絞めていた。無論、遊びでだが。

「金田までで終わればうちらも楽できるからいいけどなー」
「そうそう。誰が勝っても団体戦で勝てばいいんだから。絶対全道はいこう」

 阿部と小谷の笑いに誘われて、その場にいた男子部員に笑いが起こる。試合前に気負いもない。あるのは自然体。

(よっしゃ! 絶対勝つぞ!)

 気合を入れなおしたところで試合のアナウンスがかかる。次の試合は十分後。その間に女子が先に決勝をやるということだった。男子が座る場所の上部にいた団体メンバーが立ち上がる。早坂一人だけ二年だ。

「早さんがんば!」

 二年女子が次々と早坂の手にタッチしていく。皆から元気をもらうように、早坂も笑顔を返していく。コートに下りる三年生メンバーの最後尾に続いていた彼女と、武の目が合う。

「頑張ってくるわ」
「おう。優勝決めちまえ」

 笑みを浮かべて武を一瞥すると、早坂はそのまま歩いていく。しばらく後姿を見ていた武に、背中から声がかかった。

「なーに見てるの、武」
「由奈?」

 少し棘のある声に振り向くと、由奈が睨んでいた。

「なんか、武の早さんを見る目が怪しいんですけど」
「なに言ってるんだよ」

 武は軽く笑いながら由奈から離れる。しかし、きつい視線は背中に感じていた。

(ほんと、なに言ってるんだか)

 分かりやすい嫉妬に自然と顔がほころんでいく。好きな気持ちがある女性に好かれることが心地よい。例えそれが試合会場だとしても。

「夫婦漫才なんかしてないで応援に行くぞ!」
「だ、誰が夫婦漫才なんですか!」

 大きな声で言った阿部に武と由奈が同時に突っ込む。その息の合っている様がまた周囲の笑いを誘った。

「いい感じに緊張がほぐれたところでいくぞ」

 金田の後ろについていく部員達。その流れと一緒になりながら武も気づいていた。上級生達がさっきまで持っていた気配が和らいでいることに。

(先輩達も、緊張してたんだ)

 浅葉中は今まである程度の実績を残していた。特に武達が一年の時の三年――桜庭の年代は近年でも良い成績だった。一つ下は実績を特に比べられる。金田以外そこまで目立たない学年とはいえ、先代の成績に少なくとも並ばなければならないというプレッシャーがついて回っていたのだ。
 少なくとも、市内大会は一気に勝ち進まねばならない。そこにきて、翠山中の実力を垣間見た。そう簡単に行かない相手だとすぐに分かった。

(大丈夫。必ず、勝ちます。先輩)

 少しでも金田達とバドミントンを続けたい。武はそう思った。


 * * *


 女子の決勝の相手は明光中。それでも第一ダブルスは完勝。早坂が出たシングルスが勝てば優勝が決まる。
 だが、早坂の相手は簡単に勝てる実力ではなかった。

「ポイント。サーティーントゥエルブ(13対12)。チェンジエンド」

 審判のコールに会場からため息が漏れる。そこで繰り広げられていた試合は好勝負と呼べるものだった。一歩も引かない試合を、先に制したのは明光中。

「あの明光中のって、二年生だよな?」
「うん。瀬名真由理さん。学年別で二位だった人だよ」

 武もおぼろげながら顔を覚えていた。学年別大会で入賞した際、大会の主催者からメダルと賞状をもらえる。早坂の次にそれらを持っていたのが、早坂から第一ゲームを取った女子だった。早坂と同じくらいスレンダーながら、彼女よりも高い身長から放たれるスマッシュの威力は男子に匹敵しそうだと武はこれまでの試合展開を見て思う。女子の中でも屈指のハードスマッシャー。

「学年別の時は、スマッシュ打ってて体力がなくなったんだと思う。実際、一ゲームの途中までは早さんを押してたもの」

 由奈の顔に不安が過ぎる。第二ダブルスの試合が始まったことで、三年はそちらの、二年は早坂の応援に残る。武達から見て彼女の顔には焦りなどは浮かんでいない。そのポーカーフェイスも武器だと分かっているからだが、実際にはどうなのか。

(きっと早坂に負けてからずっと走りこんできたんだ。同じだから分かる)

 スマッシュを最大の武器として磨いてきた武だからこそ、分かる。瀬名のスマッシュ。その始まりから終わりまで、無駄がほとんどない。力の伝達。その後の動き。無理な体勢から打っても十分なスマッシュを打てるほどのバランス感覚。
 全ては、早坂を倒すために磨いてきたのだろう。上がいるということは、そういうことだ。目標のためにどう自分を鍛えるか。その結果がこうしてスコアに出ている。

「ストップー!」

 二年女子が早坂に激励する。それにあわせるかのように放たれたシャトル。早坂は最も後ろからクロスドロップを打った。右奥から左前へ。コートの範囲ぎりぎりに向かうシャトル。
 しかし、そこに飛び込んでいく瀬名。

(ショットを、読んでるんだ)
「はっ!」

 早坂が気づいて前につめる前に、瀬名がプッシュでシャトルを押し込んでいた。
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