Fly Up! 65
速度そのままのカウンター。しかし、吉田は難なく第二撃を放とうと落下点に回りこんだ。武はそのまま前に残る。鋭い音がして、武の耳元をシャトルが突き進んでいった。相手もそこまでぎりぎりの軌道で来るとは思っていなかったのか、反応が一瞬遅れる。レシーブの勢いが最初と比べて若干遅くなった。そこで武はとっさにラケットを掲げていた。ちょうどシャトルが当たるように考えて。
小さな音を立ててシャトルは跳ね返り、打ち終えたばかりの大沢の元へと落ちていった。
「わ!?」
打った瞬間に返ってきたシャトルには反応できず、胸で受け止めてしまった大沢は唖然として武を見ていた。審判はその速さに言葉を失ったのか、遅れてコールをする。
「サービスオーバー。ラブオール(0対0)」
「ナイスショット!」
吉田が鼓舞するように声を上げて武に向かって手を掲げる。武も反射的に腕を伸ばし、叩き付けた。
「この調子でいこう!」
「お……おうよ!」
普段よりもテンションが高い吉田に困惑しつつも、武は気合を入れて声を出す。元々感情を思い切り出していくのは武のスタイルで、吉田はそこまで表に出すタイプではない。感情の強さは同じだとしても表現は正反対のはずだった。だからこそ違和感はあるが、受け入れる。単純に、自分と同じように表現しているだけなのだから。
「よし、一本!」
バックハンドでラケットを握り、構える。武も後ろで吉田の動きに合わせようと集中した。サインは、ない。
かすかな音と共に押し出されたシャトルは、ネットぎりぎりを超えて行く。見事なまでもショートサーブ。前に飛び出した大沢も上で叩くことができず、ヘアピンで返した。
「はっ!」
そこに一瞬で飛び込む吉田の姿。確かに一歩あれば届く距離ではあったが、その速度はその場の誰よりも速かった。
最短距離で進み、シャトルは相手コートへと突き刺さる。
「ポイント。ワンラブ(1対0)」
審判のコールに重なる、浅葉中の面々の応援。武は視線を向けなかったが、声の中に橋本や林などもいることを聞いた。
(吉田も絶好調だな)
自分の中をめぐる血が強くなるような錯覚。吉田のプレイに当てられて、血が滾る。力がこもる。
「よし。続けて一本!」
「おう!」
今度は武に呼応する吉田。すでに場は武達が支配していた。
吉田の次のサーブはショート。今度はセンターラインに向かって落とすように、ほぼ直線に相手コートへと入っていく。先ほどのネット前の攻防による敗北が効いたのか、高見はヘアピンではなくロブを上げた。そのままサイドに相手二人はサイドに広がり、攻撃を待ち受ける。
武の次手を。
(絶好球だ)
ネットぎりぎりのシャトル。吉田の前での強さ。いくつもの要素が重なり、相手のレシーブが甘くなる。結果として、武へと上がってくるシャトルは打ちごろになった。
(俺の、始まり……)
吉田が一点目を取る際に見せた動き。ネット前に詰めた時のスピード。サーブやプッシュのように、ぎりぎりを突く技術。吉田の真骨頂を開始直後から見せつけて、相手の萎縮を誘う。
ならば、次は武の番。自らの力をラケットに集めて、解き放つ。武自身の持ち味を存分に引き出させるシャトルを、吉田は返させたのだから。
「おらぁ!」
シャトル落下点から後ろに下がった場所。そこから、前に飛ぶ。跳躍で上げた打点と、前方への跳躍で乗せる体重。そしてタイミング。
三つの力を結集したラケットは、武の力を存分にシャトルへと込めて大沢達のコートへと突き進む。そのまま二人の間を抜けていき、武が着地したと同時にコートへと激突した。
コルクが床を叩く音が激しく波打ち、広がっていくような錯覚を武は覚えていた。静まりかえったその場が、感じさせたのかもしれない。
誰もが黙っていた。客席で応援していた部員達も、スマッシュを叩き込まれた大沢達も。隣のコートで試合をしていた金田達も。
「ぽ、ポイント。ツーラブ(2対0)」
審判がコールをするのと同時に、吉田が「ナイスショット!」と武に向かって、左拳を握った。武もようやく点が入ったことを理解したのか、同じように手を上げて拳を作る。
「よし、この調子で一本!」
武が叫ぶと、周りも動き出す。ナイスショット、一本! といった言葉が客席から飛ぶ。最高のスタートを切れたこととあいまって、武は喜びをかみしめた。そこに、吉田の視線がぶつかる。
「吉田?」
「気をつけろよ。相手は一個上の二位なんだから」
* * *
吉田の言葉の通りに、その後がすんなりとはいかなかった。吉田のテクニックと武のパワー。二つが融合した攻撃に相手は徐々についていく。先制して点差を広げた武達だったが、終盤に入りとうとう同点に追いつかれた。
「ポイント。テンオール(10対10)」
大沢のスマッシュを身体で受け止めて、武は息を吐いた。気落ちしているわけではない。しかし普段以上に体力を使っているのは明らかだった。まだ体力切れを起こすことはないが、武の中に少しだけ不安が広がる。
(やっぱり、強いんだ)
強くないわけがない。金田と笠井に勝てないならば、苦戦するのは間違いなかった。忘れてはいなかった。しかし、忘れていた。
序盤にあまりにも攻撃が上手くはまったために。吉田の言葉を思い出す。
『これからが本番だ』
徐々に。しかし確実に大沢達の世界が武達を侵食していった。武達がコートを支配していたのは序盤だけ。中盤戦は完全に相手の力が勝った。コースを狙っていてもスマッシュは取られ、吉田にヘアピンを打たせないように相手もコースを計算していく。必然的に後ろにいる機会が多くなり、スマッシュを打ち続ければ疲労もいつもより増すのは当たり前だった。
「相沢。構えな」
吉田の声に気づけば、セカンドサーバーである高見が武へとサーブの体勢を取っていた。慌てて構えようとする武の背中を、吉田が軽く叩く。
「リラックスリラックス。まだ同点だ」
吉田の笑みを見て、言葉通り気分が落ち着いていく。一瞬だけ思考が冷え、武はゆっくりと構えた。見るのは高見の手と、シャトル。
(そう。分かってたことだ。相手が弱いなんてあるもんか)
いかに自分達が強くなろうとも、まだまだ各上は多いのだ。やることは一年の時と同じ。強い相手と試合をして勝ち続けるだけ。シンプルだった。それを忘れかけていた自分に武は苦笑する。
(強くなった。でも、まだまだ強くならないといけない)
ラケットを掲げて、息を吐く。それだけで風が身体の中に取り込まれるような錯覚。シャトルが放たれたと同時に前につめて、プッシュで押し込む。
シャトルはそのままコートに突き刺さると武は思ったが、後ろで構えていた大沢が難なくロブで返す。ついさっきからの繰り返し。自分の打つコースが完全に読まれている。
スマッシュだけならば、武のそれは超中学級と言ってもいいほどだと、以前に吉田から聞いたことがあった。だが、それだけではバドミントンは勝てないとも聞いた。武自身もそれは自覚していたし、だからこそ他の技量も磨こうと思っていた。スマッシュなどの打つ場所も考えて打てるようになっているはずだった。にもかかわらず、読まれる。
(何でだ……違和感が消えない)
吉田が打ち込んだスマッシュをクロスで上げてくる。武は体勢を崩しながらも目一杯ラケットを伸ばし、シャトルはフレームに当たって大沢達のコートへと落ちていく。しかし、後ろから前に走ってきた大沢がそれを拾い、またロブを上げる。ラリーが途切れない。
(そうだ。俺が打って、その先に相手がいる……!)
瞬間、何かが繋がったような気がして武は後ろへと下がった。次には吉田がハイクリアで返し、後ろに下がってきた武をかわして横に並ぶ。
大沢がクロススマッシュで吉田へとシャトルを飛ばす。それを完全に勢いを殺してネット前に落としながら、吉田は前に出た。前にいた高見は迷い無くロブを上げて、またサイドバイサイドの陣形を取る。絶好の球。武は一瞬、相手のフォーメーションを見て、中央が空いていることに気づいた。そこでまた過ぎる一瞬の躊躇。
(よし!)
違和感の正体を確かめるため、武は今確認した相手の隙へと思い切りスマッシュを叩き込んだ。自分の力を最大限に込めたスマッシュはしかし、高見のラケットフレーム内に収まっていた。
(やっぱり。わざと隙を作ってる!)
十分なタメとともに弾き返されるシャトル。武がスマッシュを打った場所とは反対側。武はすぐさまシャトルを追いかけ、真下に入る。また視線を向けると、今度は大沢がいる場所の右サイドが空いていた。
(わざと隙を狙わせて、待ち構えていたんだ)
からくりが分かれば、取るべき道は限られる。
十分なしなりと、右腕への力の伝達。隙を作ろうとも取りづらい場所に、十分な速度のスマッシュを叩き込む。
「おおぁあ!」
一直線。最短距離で突き刺さる軌道を選び放たれたシャトルは、高見の右手傍を抜けていき、コートに乾いた音を立てた。
「サービスオーバー。テンオール(10対10)」
「おっしゃ!」
審判のコールと共に武の声に生気が蘇る。スマッシュが一発決まるたびに調子を上げていくのが武のスタイルとなっていた。実際、力がみなぎるように思えて、武はラケットを持っていない左腕に拳を作る。
「ナイスショット! もう一本いこう」
「おう!」
吉田とハイタッチを交わしてから構える。吉田のサーブに合わせて、武も動き出す。スマッシュを決める前と後で、反応速度が上がっていることに気づく。
(動きが、速くなってる?)
ショートサーブに対して上げられたロブ。シャトルの下へと入り、今度は大沢の右わき腹へとスマッシュを叩き込む。高見の時と同じく、ラケットで対抗しきれずにコートへの着弾を許した。
「ポイント。イレブンテン(11対10)」
そこから先は速かった。吉田がショートサーブを打ち、上げたところを武がスマッシュでシャトルを叩き込む。弾道を低く返そうにもショートサーブの精度に叶わず、武のスマッシュを防いで低い弾道で打とうとも、武は次の瞬間にはその軌道上へと回りこんでドライブを叩き込む。直線の力を込めた一撃に体勢を崩された相手は、吉田がネット前に落としていく。
武の短所を吉田が、吉田の短所を武が補う。その効果は二倍にも三倍にも膨れ上がり、目の前に結果を残した。
「――ポイント。フィフティーンセブン(15対7)。マッチウォンバイ、吉田・相沢」
一ゲーム目を十五対十。二ゲーム目を十五対七。
特に第二ゲームの試合時間は第一ゲームの半分。吉田と相沢のフットワーク速度の上昇に大沢達は最後は完全に振り回されていた。
「ありがとうございました」
握手を終えて仲間達の待つ場所へと戻る。その顔には笑顔。大事な初戦を物にできたことへの満足感など、いくつもの感情が含まれていた。
隣を見ると、すでに金田もマッチポイントを迎えていた。審判と反対方向にいる副審が持つスコアボードを見ると、十四対三。武達と同様に序盤こそ時間がかかったのだろうが、第二ゲームともなると金田の敵になるようなプレイヤーではなかったらしい。
「らっ!」
金田が吼え、シャトルがコートに突き刺さる。武達の試合が終わってわずが数分後。浅葉中の決勝進出が決まった。
Copyright (c) 2007 sekiya akatsuki All rights reserved.