Fly Up! 57

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 部活も竹内とのシングルスの後は滞りなく終わる。ノックの後には試合形式での練習。武は吉田とのダブルスで金田・笠井ペアと試合をしたところで時間切れとなった。

「お疲れ様っした!」

 金田の号令に合わせて終わりの挨拶。各々着替えに行く中で、竹内は体育館の壁に身体を預けていた。その様子を視界に入れた武は心に罪悪感を抱き、近づいていく。

(やっぱり、俺が悪いんだろうな)

 中学でいきなり上級生に叩きのめされた。自分ならば落ち込んで数日は立ち直れないだろうと、武は思う。一年前。中学レベルの中でやっていけるのか不安でたまらなかった自分だからこそ分かる。そんな自分よりも、自信満々な者ほどダメージは大きいはずだと。

「お疲れ」
「本当に、疲れました」

 竹内は武を一瞥すると顔を伏せる。肩で息するほどではなかったが、疲れは前面に押し出されていた。

「中学の部活って、ハードっすね」
「んー、今日はそれほどでもなかったけど」

 休日と違って、平日は時間と場所が制限される。卓球部が体育館の三分の一を使っているためと、バスケットとバレーが次に使うためだ。休日ならば場所の条件は一緒だが時間は長く、練習量も自然と増える。そこを説明すると竹内はわざと肩を落とした。

「はー。そんなにきついっすか。大丈夫かな」
「大丈夫だよ」

 滑らかに舌の上を転がる言葉。スムーズさに顔を上げて、武の視線とぶつかった。

「竹内は小学生の時どれだけ強かったか分からないけど。俺は一回戦負けだったんだから。お前みたいに先輩に堂々と勝負挑むなんて出来なかったし」

 自分のことを語ることで顔が火照る。今はこれだけ強くなった、という自慢に聞こえやしないかと心で焦りつつも、武は言葉を止めない。

「竹内は絶対強くなるよ。そして浅葉中バド部に必要なやつになる。そこまで、頑張ってみて」

 バスケット部の面々が体育館に入ってくる。武は竹内へと手を伸ばした。

「そろそろ出ないと。いこう」
「よろしく、お願いします」

 武の手を掴む竹内の手は、試合終了直後とは違う思いが宿っていた。


 * * * * *


 太陽がアスファルトを溶かす、というほどまで四月の陽気は例年はそれほど熱くない。しかし今年は異常気象と言われている影響なのか、武はTシャツの内側が軽く湿っていることに気づいた。日差しがこの時期に体験してきたものよりも強い。
 その中で、目の前に集まった仮入部の一年生達とのランニング。一般生徒が帰った玄関前に十数人が集合していた。

「結構集まったね」

 武の隣で大地が身体をほぐしながら言う。武も柔軟体操をしていたため、短めに「ああ」というだけで動かすたびに漏れる息が口を占領した。
 武達、新二年生六人の前には十人の新入生。竹内は初めて部活へと参加した時から毎日訪れているため見知っていたが、残りはほとんど面識はない。武と橋本の後輩が一人いる以外は。

「よー、恭平。調子はどう?」
「全然走ってないから心配ですよ、橋本先輩」

 準備運動を先に終わらせていた橋本は、自分達の町内会で一緒だった田野恭平と話し込んでいた。顔立ちは小さく、身長も武より頭一つ高い。そしてすらりとしている。バドミントンに必要な筋肉がついているかと言われると武は首を振るが、杉田に負けず女子には人気が出そうな外見に磨きがかかっていた。
 武は一年間会わなかった空白に二年前を当てはめる。
 技術だけなら自分や橋本よりも上だったと思っていた人物。武が毎年一回戦負けでも恭平はベスト8まで進むなど成績は残していた。上に進めなかったのは吉田達のような上の世代の実力者に阻まれていたから。
 ならば消えたあとは優勝などしていたのか。

(つくづく、俺って情報収集してない)

 あまり下や上のことを気にかけないのは良いことなのかもしれない、と自分を肯定する武だったが、すぐ否定的になる。上でも下でも。実力者を知っておくことは損をしないはずだ。

(でもあいつとまた一緒に出来るのは楽しみだな)
「集合!」

 吉田が号令をかけ、彼の周りに集まる。体育館で打っている三年を除く男子部員全てがここにいる。

「じゃあ、これから走る四キロコースは二年が知ってるから、ついて来てほしい。先導は俺がするから、誰か後ろについてくれる?」
「じゃあ、俺がするよ」
「するよ」

 武と同時に上がる手。大地と思わず顔を見合わせる。あまりにもタイミングが同じだったため、周囲から笑みがこぼれた。

「じゃあ、二人でお願い。じゃ、いこう」
『はい!』

 吉田に合わせて答える新入部員。武は内心で後輩が出来たという事実をかみ締めて微笑んでいた。
 吉田を先頭にランニングがスタートする。最初は二年生が。その後に一年生が続く。全員が離れていって数秒待ってから、武と大地も足を踏み出した。

「一年前もこうやってランニングから始まったね」
「校舎周りだったけどな」

 大地の言葉に混じる感慨に武は共感する。何を思っての言葉か正確に分からないため、素直には口にしなかったが。一年間。雪が降り道が白くなってからは外でのランニングは止めていた。それ以外の時を、ずっと走ってきた。

(大地は確認したいのかもしれないな)

 走ってきたことでの、自分への蓄積。バドミントンの技術的にはそれほど高くない。同学年の中でも一年間やってきた割には上手くはない。だからこそ、走ったことでついた体力を確認したい。

(バドは最初の一年間は辛いんだよな。出来ないやつは本当に出来ない。俺も、そうだったし)

 ラケットを振る。シャトルを打つ。それだけで生まれる結果が、遠い。
 シャトルにラケットが当たることはめったになく、当たっても狙いとは全く違う方向へと飛んでいく。
 克服するためには素振り。基礎打ち。
 試合形式で打ち合うこととかけ離れた退屈を乗り切らなければいけない。

(大地も一年ラケットを振ってきた。だから、二年目は開花するはずなんだ。がんばれ、大地)

 思考しながら大地の後をついて行く。そのペースは一年前と比べてさほど変わらない。
 そう武は思っていた。

「あれ?」

 前方に見えたのは後輩の後姿。まだ名前と顔が一致していないため、人物特定は出来ない。
 徐々に詰まっていく距離。比例して、肩のぶれが大きくなっていく。

(変わらないってことはないわけ、か。大地が体力ついたと同じように俺もついたから分からなかったんだな)

 当たり前と言えば当たり前の事実に微笑が浮かぶ。武は少しだけ速さを落とし、一年生から距離をとった。隣にいてはプレッシャーになり、後ろに近づきすぎても同様だからだ。

「昔の自分見てるみたい」

 大地の感慨深い声に武も短く「ああ」と答えた。
 体力がなかった自分達の過去が前を走る一年に重なる。未経験の大地と、経験者の武。二人がすぐに繋がったのは体力の大事さを知ったこと。それから雪が降るまでは外を。雪に埋もれてからは校舎内をずっと走ってきた。その結果が出ている。

「試合じゃ勝てなかったけどさ」

 大地が口を開く。学年別のダブルス優勝者と、一回戦負け。大地はそれでも笑顔を忘れなかった。

「体力がついた。なら、バドミントンももっと強くなる。絶対三年までには一勝してみせる!」
「一勝だなんて。優勝くらい言えばいいのに」
「俺はまだ言えないなー。言えるようになりたい」

 会話は笑い声で締めくくられる。しかし、武は会話の中で一つの違和感を抱いていた。最初は何か分からなかったが、一年前と比べてみて気づく。

(大地。いつの間に「俺」って言うようになったんだろう)

 それは全く気づかない変化だ。武は最低限の注意以外は思考へと向けるも、大地の一人称変化については時期が分からなかった。

(今気づいたんだから、春休みとかその前とかに言われてても気づかないよな)
「あ」

 大地の短い呟きに前方へと意識が戻される。前を走っていた一年生が足取りを重くし、歩いていた。みるみるうちに距離が縮まり、二人は一年生のすぐ後ろで走るのを止めた。

「大丈夫か?」

 声に反応して振り向いた一年生は体調の悪さが一目で分かった。問いかけに答える力さえも酸素を取り入れることに集中させている。武は返答はいらないと一年生を落ち着かせてそのまま隣を歩く。

「さ、さき、に」

 先に行ってくれと言おうとした一年生はしかし、酸素を取り込もうとする意思と言葉を発しようとする意思がぶつかり合い、咳き込んでしまった。武は柔らかい目線で一瞥して言った。

「先に行ったらコースが分からないだろ? 付き合うよ」
「俺も」
「大地は先に行っても……」

 大地を先に行かせようと呟いたところで、武は言葉を切った。体力が無かった昔の自分。今もプレイヤーとしては足りない部類に入る。だからこそ、こうして走れなくなっても前に進もうとしている後輩を黙って見ているわけにはいかない。
 武はその気持ちを十分理解できた。

(初心者にも優しい部活、か)

 若葉と話した記憶が蘇った。
 初心者にも出来る部活。
 若葉の誓い。しかし、それが難しいことだと武は自らの成長で知る。
 実力をつけようとすれば自然と練習は厳しくなり、ついていけなくなる者が出てくることも理解できていた。
 隣を歩く大地を見る。練習量に実力は比例していなかったが、大地は続けていた。夏休みまでは週五日の練習のうち一日を休息に当てていたが、夏休みは全てに参加し、学校が再開してからも週五日はちゃんと参加できていた。そこから先は休んだことはない。

(男子はなんだかんだいって燃えるタイプなんだろうな)

 出来ないことを出来るようになるために頑張る。そのモチベーションは女子よりも男子のほうが高いのではないかと武は思う。早坂は思い浮かべた女子からは除いていたが。初心者から這い上がるために、今の練習環境は確かに甘くない。

(だからこそ、ここで歩いてでも最後まで行こうとする意思が大事なんだよな)

 初心者に求められるものは実力でも体力でもなく、気持ち。
 バドミントンをやっていくために必要な、メンタル面の強さ。それを引き出している想い。

「あと半分だ。頑張ろう。えーっと……」
「川岸っす。川岸大輔」

 ヘルメットのように短めの髪が汗で頭部に張り付き、Tシャツの上からでも分かる、少し出た腹。
 スポーツをするには不向きな体型だと思ったが、武は口には出さない。自分も筋肉が付き贅肉も落ちてきたとはいえ、一年前は似たような体型だったのだ。
 武の内心を知らず、川岸は腹を押さえつつも歩みを速めていた。

「やっぱり、最初から、四キロはきついっす」
「そうだねー。俺なんて学校の周り走るのだけできつかったよ」

 大地が笑みと共に川岸と会話する。背丈は川岸のほうが頭半分高い。先輩という立場だがその差が安心させたのか、川岸は恐縮することなく言葉を続けた。

「学校の周りッすか? 俺もそこから始めてほしかったっす」
「でも四キロ走れるようになったら大分体力つくよ。走れるようになった時はとても楽しいよ!」
(なんか先輩って感じじゃないよな、大地も)

 会話を聞く隣でそんなことを考えながら、武は自分も会話に参加してみようとお題を探す。

「川岸君はなんでバドを始めようと思ったの?」

 当たり障りがない話題。体力がないと分かっていてスポーツを、バドミントンを選んだ理由を知りたかった。

「相沢先輩達の試合を見たからッす!」

 武の思考は、一瞬固まった。
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