Fly Up! 358

モドル | ススム | モクジ
 早坂の声に乗せて武はショートサーブを打つ。
 坂本へと向かったシャトルはドライブで打ち返され、武は上手く返せない可能性にラケットを止めた。
 後ろへと飛んだシャトルに早坂が追い付いて、坂本へ向けてドライブを打ち返す。ネット前から後方へと移動しようとした坂本は自分へと迫ってくるシャトルを打ち返すしかない。
 バックハンドでロブを打ち上げて今度こそ後方へと下がり、代わりに西村が前に出る。そこで、今度は武の頭すれすれを打ち抜くように早坂はスマッシュを放った。角度は付けずに武の体をブラインドにして、シャトルを運ぶ。西村は体勢を低くしていたことで武よりも下から見上げる形になった。
 シャトルの軌道はそう簡単にはバレないはずだった。
 だが、西村はシャトルが抜けそうになる瞬間にラケットを突き上げてインターセプトする。唐突なインターセプトに武もバランスを崩したがギリギリでロブをあげてサイドに広がった。
 トップアンドバックの体勢を保とうとしていた武に防御陣形を取らせる。それはネット前での攻防に必要な体勢を整える時間を稼ぐしかなくなるということ。西村のワンプレイによりこちらの迎撃態勢が崩される。
 どれだけ相手のバランスを崩そうとスマッシュやハイクリア、ドロップを打っても西村はほとんど体勢を崩さない。それでいて、向こうは一回ラケットでシャトルに触れただけでこちらを窮地に追い込む。
 特に前衛にいる時のシャトルさばきは早坂も経験した通り、堪え切れるものではない。それでもロブを返した武が凄いのだろう。

(西村にできて私達に出来ない理由……)

 西村の内面を考えようとしてすぐに否定する。
 今、何とかすべきはいかにして坂本を集中的に狙い、前衛に押し出すか。
 西村の前衛の動きには早坂も武も相手にするのはきつい。ならばまだ対抗できる坂本を狙うしかない。
 ハイクリアでラリーを繋ぎ、四回目のクリアで飛ばされたシャトルを早坂は再びスマッシュで打ち込んでいた。
 狙いはダブルスのライン。外側の線上へと渾身の力を込めて打ち返す。
 打った後でバランスを崩すほどに力を込めて打ったシャトルを、坂本がラケットで当てるだけで打ち返す。振ってしまえば振り遅れると咄嗟に判断しての行動。そのまま前に出ると、武がラケットを掲げて待ち構える。

「はっ!」

 シャトルが白帯を越えた瞬間に、コンパクトな振りでシャトルを相手コートに叩きつけていた。

「ポイント。フォーティーンゲームポイント、テン(14対10)」
「しっ!」

 審判のコールのあとに鋭く吼える武。ナイスプッシュと声をかけようとして早坂は口を噤んでいた。
 武から発せられる闘志がこれまで以上に膨れ上がり、全てを相手にぶつけようと集中している。今、声をかけると余計な雑音を混ぜてしまうかもしれない。
 早坂は武の後ろに回ると腰を落とし、武がいつサーブを打っても良いように身構える。

「一本!」

 武が吼えると同時に打ち出したシャトルを、西村はヘアピンでサイドラインぎりぎりに落としていた。武は既にその軌道を読んでいてロブを飛ばす。西村のインターセプトを躱したシャトルに向けて、坂本が後方でラケットを振り上げる。武が戻った場所が前衛の中央だったため、早坂は武の真後ろから少しだけ右側にずれて腰を落とした。

(取る!)

 坂本のジャンピングスマッシュでシャトルはサイドラインをえぐりこんでくる。
 方向は右側で早坂のラケットがある場所。完全に読み切ったとカウンターを狙おうとするが、狙う場所にいる西村を意識するとロブ上げるしかない。
 シャトルは再び坂本いる場所へと向かった。

(これじゃキリがないじゃない)

 西村が前にいる限りロブを上げるしかない。
 坂本の攻撃力もけして侮れない以上、スマッシュを打たれ続けるのも危険だ。二度、三度と積み重ねられていくスマッシュで武も弾き返す力が弱くなっていた。
 本来ならば横に広がって十分距離を取ってから受け止めるが、この試合に勝つためには西村をどうにかして抑えなければいけない。

「おらっ!」

 だからこそ、武は坂本のスマッシュに対して明らかに先読みして前に出ていた。
 カウンターでシャトルを打ち抜くと、テンポが早すぎたために西村もラケットを届かせる前に後方に流れる。
 坂本は追いついてドライブを打ったものの、今度は武がラケットを立ててインターセプトに動いた。

「これで!」

 半ば勝利を確信した上でのプッシュ。しかし、シャトルが叩かれた音は二回連続で鳴り、早坂のほうへとシャトルが飛んだ。何が起こったのかを考える隙はなくラケットを振りかぶって迫ってくるシャトルへと叩きつけた。
 短い間でもフォロースルーをしっかりと取り、後ろから前への体重移動。
 角度は付かなかったものの、威力を十二分に発揮したシャトルが西村側のコートを抜けそうになる。しかし、少し後方に下がっていた西村がバックハンドで打ち返してしまう。

(なんでこんなに固いのよ!)

 何度となく自分達の攻撃を弾き返してきた西村の力。
 今のところ届かないところに打つか、そもそも届かせないほどの速さで打ち返すしかない。武は数回成功させていても、早坂自体は一度も成功していなかった。
 今の陣形から後退したほうがいいのではないかと思っても、武は後方に下がるつもりはなくトップアンドバックで固定している。

「やっ!」

 飛んできたシャトルを再び身構えて打とうとする。だが、どこに打てばいいのか分からなくなる。
 迷いが残ったままラケットを振り、シャトルにも伝わってしまったためか、クロスに打ち抜かれたドライブへと反応した西村がバックハンドで強打を放とうと飛びかかった。

(駄目――!)

 放たれたシャトルに触れることもできない自分が一瞬で頭に浮かぶ。
 自分のせいでサービスオーバーかと覚悟した時、先ほどと同じ音が聞こえてきた。
 またしても思考が追い付く前に結果が出る。
 シャトルは西村達のコートへと向かい、後方にいた坂本がロブを打ち上げた。再び自分のところへと来るシャトル。今度は一回前とは違い、チャンスを演出するロブ。
 早坂は少し後方に移動して、ラケットを構えた。

(もっと別のことをしないと……別の、こと!)

 脳裏に一瞬よぎった影を追って、早坂は飛び上がっていた。
 いつもよりシャトルを打つ打点が高くなり、体の浮遊感に背中を寒気が駆け抜けたものの、シャトルを打ち下ろしたところで消えていた。

「やあっ!」

 早坂が打ったジャンピングスマッシュ。
 シャトルが急角度で落ちていく軌道は、コート中央。
 コースを狙う余裕を全てジャンプと角度をつけることと、空振りをしないことへと意識を集中した結果、コート中央にいる西村の真正面へと飛んでいく。
 西村も慌てずにラケットをバックハンドで握って打ち返そうと身構える。
 だが、シャトルがネットを越えようとした瞬間に白帯にぶつかって、軌道を変えて飛んでいった。
 着地をした時に視線を外したためにどんな顔をしたのかは分からなかったが、打ち返した音が明らかにフレームに当てた音だったことに慌てて顔を上げる。 
 早坂の眼に映ったのは、ネット前で飛び上がってシャトルへとラケットを振る武の姿だった。

「おらああ!」

 ラケットを振り切り、シャトルがコートへと着弾する。
 西村の左足の傍に着弾したシャトルは大きく跳ねてから転がっていった。
 叩きつけたショックに羽がボロボロになり舞い落ちる。着地をして一つ息を吐いてから、武は吼えた。

「おっしゃああ!」

 十五点目。セカンドゲーム奪取の得点に武は心の内から迸る闘志を外に出す。
 早坂もまた吼えはしなかったもののガッツポーズをしていた。普段の自分と比べると明らかに熱くなっている。それでも、今はこの熱が必要だと制御せずに流れに乗った。

「ポイント。フィフティーンテン(15対10)チェンジエンド」

 審判の言葉にコートから出る。ファイナルゲームの間は一分間のインターバルが設けられるため、早坂と武は急いで仲間の傍へと行きパイプ椅子へと座った。吉田を筆頭に仲間達が押し寄せて武と早坂をねぎらう中で、ペットボトルの中身を一気に飲み干してから武は息を吐く。

「皆。もう少し、応援しててほしい」

 自然と隣に座った早坂は武のほうを見る。
 早坂だけではなく全員が武の言葉に一度動きを止めた。
 何度か深呼吸をして息を整えてから、全員の静寂に応えるように武は言った。

「早坂と俺で、勝ってくる。皆の力を貸してほしい」
「当たり前だろうが!」

 最初に言葉を返したのは吉田だった。晴れやかな顔で武の背中を叩いて激励する姿は、自分のダブルスの敗戦から立ち直っているかのように早坂には見える。しかし、そんな簡単ではないはずだ。
 戦略のため。そして小島のために自分の意思を抑えて安西とダブルスを組み、武を早坂とのダブルスに任せたのだから。

(きっと、誰よりも相沢と一緒に戦いたかったはず。でも、そんな吉田が最初に声をかけるから、皆が遠慮なく言えるよね)

 負けてしまった小島と安西が続いて笑みを浮かべながら激励する。
 続いて姫川、藤田、清水が。試合に出られなかった瀬名と岩代も次々と武と早坂の背中を叩いていく。
 叩かれたところから彼らの熱が注入されたようで、早坂は沸き上がる思いに泣きそうになる。

(このチームにいられて、よかった)

 一緒に同じものを目指して戦える仲間達。この試合が終わればまたライバルへと戻る、ほんの一時のチーム。
 だからこそ、最高の結末を描きたい。
 その思いが早坂を動かす。武の肩に自然と手が伸びて、軽く叩く。
 武が振り向く前には椅子から立ちあがり、ラケットを両手で持って上に体を伸ばした。
 準決勝でシングルスをしていて、決勝でもダブルスでファイナルゲーム。
 これまでの試合で疲労は溜まっているはずだが、冬場ということもあってかそこまで暑くはなく、疲れてもいない。
 十分に動くことを確認した上で、早坂は言った。

「絶対、勝とう。このチームで」

 いつもなら気恥ずかしい言葉も今ならば言える。
 全国大会が始まった頃に調子を崩し、復調するまで支えてくれた仲間達の姿を視界に入れる。 
 皆が復活すると信じてくれたおかげで今があると早坂は思っていた。
 特に、ダブルスで支えてくれた瀬名は自分のその後のプレイを犠牲にしてしまった。その思いを背負って、準決勝に臨み、今に至る。
 安静にするために座ったままでいた瀬名へと視線を向けると、気付いたのか首をかしげていた。早坂は瀬名に向けて右手を突きだすと親指を立てた。

「勝ってくるからね」

 これまでの早坂がしたことがないような動きの連発に仲間達も、吉田コーチでさえも動きを止める。
 次に動いたのは武と小島だった。笑って立ちあがり、早坂の肩をそれぞれ叩く。武は先ほど受けたことを返すため。そして小島は自分の分まで試合に勝ってほしいという念を込めるかのごとくしっかりと肩を掴む。

「勝ってくれ。早坂。足引っ張るなよ、相沢」
「ああ、分かってるよ」
「私のほうが足引っ張らないようにしないとね」

 自分の言葉に同じような呆気にとられた顔をして驚く小島と武に、今度は早坂が首をかしげる。自分では当たり前のことを言っているつもりでも、相手にとっては珍しいことらしい。
 互いに励まし合っている間に時間も過ぎ、もうすぐインターバルも終わる。アドバイスを受けるべく吉田コーチの傍に行こうとしたが、笑顔で首を横に振った。

「言うことは、特にない。もうお前達が分かってるだろう。勝つために、考え続けろ」
『はい!』

 最後に辿り着くのはシンプルな答え。
 西村をどう攻略するかを考えてきたこれまでのゲーム。坂本も侮らずケアし続ける。
 二つの柱を元にゲームを組み立て続けて今に至る。
 その作業をファイナルゲームでも続けるだけ。
 バドミントンには派手な技はない。強打だけで決まるわけでもない。持っている武器は互いに同じ。その出し方を変えていくだけ。
 二人でコートへと入る背中にかかる仲間達の声。その声援にまぎれるように早坂は武へと呟く。

「相沢。頑張ろう」
「おう」

 言葉は短く。早坂は既に置いていたシャトルを手に取り、サーブ位置につく。武は背後に回って軽くステップを踏みながら相手の準備が整うのを待った。
 背後から力強く自分を支えるように見てくれている武の視線を感じ、それだけで安心する自分。
 中学生になってから二年でだいぶ変わったと思う。その変化は恐れることもあったが、勇気を奮い立たせるものだと知った。自分一人だけでできることなどたかが知れていて人を信頼し、人に信頼されるだけで力が湧きあがってくる。より良い結果に向けて戦える。
 ネットの向かいに歩いてきた西村と坂本も、そうした思いを受けて立っているに違いないと早坂は思う。
 二人とも心底楽しそうな笑みを早坂に向けてきていた。おそらくは後ろにいる武に向けても。
 コートを包み込んでいくのは笑顔とは正反対の緊迫した気配。
 ファーストゲームを取られた自分達は追い詰められていたが、セカンドゲームで巻き返した。逆に西村達は勝利にかかっていた手が離れてしまった。
 しかし、二人ともストレートの勝利など最初から望んでいないように楽しんでいる。緊迫感も含めたすべてを。

「しゃーぁあああああ!! 勝つぞ!」

 突如、西村がコートへ顔を向けて叫んだ。もしもまっすぐに叫ばれていたら耳鳴りがしただろう大きさ。下に向けて爆発させた闘志は早坂にもぶつかり、髪の毛を揺らしたように錯覚する。実際に力を発生されることはないはずなのに、西村の咆哮にはそれだけの力が宿っていた。

「さあ、ストップ!」

 サーブを受ける坂本もまた自分に気合を入れるために吼えて、早坂に向けて身構える。早坂は一つ息を吐いてサーブ体勢を整えると試合を告げる最後の言葉を待つ。

「ファイナルゲーム、ラブオール、プレイ!」
『お願いします!』

 今、この試合を担当している審判がその言葉を何度言ったのか早坂には分からない。
 だが、もう今日は呟くことがないのだという思いが滲みだしたのか、ほんの少しだけ気合いがこもっていた。
 早坂は四人同時に相手へと声をかけた後に、一瞬だけ微笑んでからシャトルを打ち出していた。ショートサーブで坂本の左肩を狙うような軌道にシャトルを乗せる。
 坂本は前にラケットを突き出して軽く早坂を躱すように飛ばしてきた。無理せずにラケットを構えて、武が打ち返すのを待つ。

「はっ!」

 鋭く吼える声が届き、早坂は自分の右耳を掠めるか否かというほどの距離でシャトルが過ぎていく。
 それでも驚くことはない。ギリギリの距離でも武が自分にはぶつけずに打つということは感覚で理解していた。早坂自身がブラインドになって見えなくなっていたはずだったが、西村は反応して追いつくとロブを飛ばし、前衛につく。
 ロブを上げて本来なら防御姿勢を取るような場面でも、セカンドゲームに続いて前衛にとどまろうとする作戦なのだろう。

(チャンスが来るまで、粘ってやる!)

 武のスマッシュが左サイドを突き進む空気の圧力を感じつつ、早坂は腰を据えて迎撃に備えた。
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