Fly Up! 357

モドル | ススム | モクジ
 突き進んできたシャトルを、早坂はバックハンドで少しでも前でインターセプトする。凄まじい速さで襲ってくるシャトルは恐れずに前のほうで返すことが出来れば最高のカウンターとなる。
 それでもリスクは大きく、失敗すればネットに引っかけるか中途半端なシャトルを打ち上げてしまう。
 待っているだけでは相手には通用しない。自分もまた皮一枚ギリギリを斬らせるような気持ちで踏み込まなければ得点は奪えない。それほどまでに実力がある相手に、何とか食らいついた結果、今がある。

「やあっ!」

 打ち上げたシャトルへと振りかぶるのは坂本。
 全身の力を左腕に集めたような音を立てて弾かれたシャトルはクロスに空間を切り裂いて、逆サイドにいた武の足元へと落ちていく。男子にも負けない鋭さと速さのシャトルを武はしっかりとロブをあげる。中途半端な軌道だと西村が飛んでラケットを届かせてしまうからだが、ここ何回かのラリーでは完全にラケットとシャトルの距離は空いている。

「はっ!」

 五回スマッシュを打って次は六回目となったところで、坂本はハイクリアを武の側へと飛ばす。
 相手も武を前に出させないように、あえて後ろへとシャトルを運んでいる。
 後方からでも威力あるスマッシュを放てると分かっていての行動は、武の後衛よりも前衛を警戒している証拠。実際に、武が渾身の力を込めてスマッシュを放っても、腰を落とした西村は難なく取ってヘアピンを打っていた。
 武とは逆に前に出た早坂は、坂本の動きを目で追いつつストレートヘアピンを返す。クロスヘアピンを警戒してか斜めに進んでいた坂本はコースを変えてシャトルの下へとラケットを差し出した。
 ストレートに打てば早坂にプッシュされるのは明白のためか、クロスに打って状況を打開しようとする坂本。だが、早坂は即座に反応してバックハンドでシャトルを叩くと、シャトルは誰にも邪魔をされずにコートに落ちていた。

「ポイント。トゥエルブテン(12対10)」
「よし!」
「ナイスプッシュ!」

 早坂が勢いで左手を上げると同時に武も声をかける。
 言葉に含まれる喜びを感じ取り、同じ気持ちになった。
 苦しいラリーを制した結果の得点は点差以上に自分達に安心を与える。
 ファーストゲームを取られた後のセカンドゲーム。得点はもう二桁に入り、早坂達はあと3点でセカンドゲームを取って五分に持ち込める。しかし、ここから逆転されてしまえば試合は終わる。
 一瞬たりとも気を抜くことはできないが、ラリーとラリーの間で一度ガス抜きをすることで次に気持ちを出来るだけリセットして臨む必要がある。

(まだファーストサーブ。あと二点は取って、相沢に繋げたい)

 セカンドゲーム序盤に立てた作戦を実施してきた結果のリードだと、早坂は思う。あえて武が前で早坂が後ろという形をとり、武は自分が届く範囲のシャトル全てカバーするかのように動き回った。
 後方からの攻撃が得意な武が前衛でシャトルへと反応する姿。
 身長が高くても小回りが効いていて、シャトルにラケットが次々と追いついていく。
 強打はできなくても、抜けそうになった相手のシャトルを何度もインターセプトして前に落としていくことで最終的には坂本からミスを誘っていた。
 逆に西村との対決は後塵を拝してしまい、結果としてほぼイーブンのスコアのまま終盤まで突入した末での、12点目。
 相手の攻撃の激しさや、西村を前に移動させようとする思惑をはらんだ攻撃をさらに上回ってレシーブし、逆に自分達の思い通りに描いていく。これまでシングルスだと自分一人でやってきた作業が今は二人。
 そして、武がどんなショットを打ってほしいのか感覚的に理解してきている自分がいる。

(私は別に、あいつのことを見てたわけじゃないのにね)

 心の中で呟いてからすぐに否定する。
 確かに、小学生の頃はほとんど意識していなかった。
 異性で自分より弱く、近づいてこない相手を気にする必要はなく、自分は自分でバドミントンの実力を上げるために前だけを見ていた。
 ただ、友達の由奈と仲がいいから他の男子よりは視界に入ってきやすかっただけ。
 そんな立ち位置が変わったのはいつだったろう。
 初めてシングルスで負けた時か。
 初めて武が公式戦で優勝した時か。
 自分の試合がない時に自然と目で追う機会が増えて、ダブルスでプレイする姿を何度も見ていた。
 シングルスでもダブルスでも、相手の隙を突くことや有利な状況を作り出すためにシャトルを打っていくことには変わりがない。勝利という共通の目的へと進むならば、自然と答えは導きだせる。

「一本!」
「行くぞ!」

 サーブのために構えると後ろから聞こえてくる声。力強く背中を支えてもらっているかのように思えて、早坂は試合中だが頬が少しだけ緩む。
 気を緩ませるわけではなく、あくまでも張りつめている糸をたわまない程度に緩ませるくらい。
 緊張が適度にほぐれて、シャトルを打った時には理想のカーブを描いて相手コートへと飛んでいく。
 前に出た坂本も、左足を踏み込んだ衝撃でシャトルをヘアピンで返してきたが早坂は背中を見せるくらいにバックハンドでシャトルに追いつき、手首だけで逆サイドへとシャトルを振った。
 思いもかけない角度でのショットに坂本も慌ててラケットを伸ばすのが精一杯となり、ロブでシャトルを打ち上げる。
 サイドバイサイドになった相手を見つつ、早坂は既に後方へと下がっていた。逆に武がスマッシュを坂本へと打ち込むと同時に前に出る。

「おらっ!」

 空気が爆発したかのような音を追っていくように前に出る武。
 その横を通って早坂は後ろに回り、次に来るであろうロブを待ち受ける。
 これまでのラリーから、武のスマッシュを相手ペアが高確率で上げてくるのは想定できている。
 威力に押されて細かいコントロールが出来ないからかもしれない。
 実際に、早坂の予想通りにシャトルは高く上がり、早坂へと導かれるように落ちていく。
 早坂は右腕を後方へと流すようにしてラケットを構えて、前方に体を押し出す。
 しなやかな筋肉を利用して反動からスマッシュの速度を上げた。
 タイミングは的確で、シャトルは西村へと弾丸のごとく突き進む。
 前に出ようとする西村にカウンターを当てるように放ったシャトルだったが、意に介さずバックハンドでヘアピンを打って前に出てくる。
 武はシャトルをストレートのヘアピンで打ち返すが、西村は瞬間的に速度を上げてプッシュを放った。

(この!)

 何度も打ち込まれたプッシュに早坂は反応し、ロブを大きく上げる。
 だが、武は前衛から動かないことで早坂へトップアンドバックの体制を維持するように指示してきた。
 シャトルを追っていくのは坂本。西村と対峙しつつも、坂本が放ったストレートスマッシュに対して武はバックハンドで突き出したラケットによって触れる。シャトルがネット前に落ちたのを西村は、素早く広い逆サイドにクロスヘアピンを放った。
 後ろから見てもわかるほどギリギリのラインに沿って飛んでいくシャトル。迂闊に触れればネットにも当たってしまい、ミスになる。

「はっ!」

 しかし、武はしっかりとシャトルを打ち上げていた。ラケットを水平に固定した状態で追っていき、白帯を越えて落ちようとしていたシャトルを手首の動きだけで打ち上げる。
 直線上は西村が飛び上がってラケットを振ってきていたが、上手く射線をずらしてラケットの範囲の横を飛んでいくのが早坂の目に見える。

(当たってくれたらミスってたかも……)

 偶然を期待するほどの距離。それでも、武がそこへ狙って打ったのだと分かった。
 西村がネット前でインターセプトしてくるのは何度も見ていた。その中で、武は前衛について近くで見ることで、西村の動きを読み、ラケットの軌道を読んで、打つ角度に気をつけた。
 一瞬の間にどれだけのことが頭によぎっているのか、早坂にも理解しきれないほど。

「やっ!」

 西村を躱すために打ったシャトルは相手コートの中央の奥へと飛んでいく。
 後ろにいた坂本は左右どちらの方向にも打ち込める状態で飛び上がった。少し後ろから前方へと飛んで打ちおろすジャンピングスマッシュで狙ったのは右サイド。これまでバックハンド側を狙うことが多かったため、武もバックハンドに構えて左側へ足を踏み出していた。
 逆サイドを突かれて反転しようとするが、バランスを崩して踏みとどまるのがやっと。

(舐めるな!)

 早坂は武が左側へと動く瞬間、右前に走り出していた。シャトルが飛んでくるところへとラケットを差し出す。
 シャトルには届き、打ち返すことも容易。
 そこまで考えて西村が早坂の移動した方向でラケットを掲げているのが見えた。

(取られる!)

 右足を踏み込み、ラケットを振る直前で早坂は意を決すとラケットを勢い良く振った。
 シャトルはストレートに放たれ、西村のラケットの軌道の真正面に向かう。
 西村もインターセプトしようと飛び上がってラケットを振り切っていた。しかし、シャトルは軌道こそ同じだったものの角度がついていて、西村のラケットの範囲からは外れる。その代償に距離が足りず、相手コートの中央付近でシャトルが落ちていった。
 迷わずに前に出る坂本に対し、武は左側の中央へと下がった。
 慌てて早坂も右半分を全てカバーできるように中央で腰を落とす。

(ここからどこに打ってくる……)

 明らかにチャンスであることからも、スマッシュを叩きこむことが一番確率は高い。だが、それを読んでいればタイミングを合わせてラケットを振ることで打ち返すチャンスが増える。それでも、威力に押されて中途半端に上がったところで西村に今度こそ叩き落とされるかもしれない。

(できるだけ前で取る!)

 ドロップの可能性を捨てきれず、早坂は一歩前に出た。
 その動きを坂本が見た気配を感じたと同時にラケットが爆発するような音を立てて、シャトルはクロスに打ち込まれた。
 武のバックハンド側、右足の下へと落ちていくシャトル。
 連続したラリーの中で速度を保っても、正確に相手の弱点を突く技術は必要となる。窮屈な体勢になりながらもバックハンドで持ったラケットを真下に構えてシャトルを打ち返した武は、ネット前に進んでいくシャトルの後ろをついていくように前に出た。
 視線の先にいるのは西村。進んでいくシャトルをインターセプトするためにラケットをネット前に用意していたい。

「うおおお!」

 武が吼えて前に出たところで、早坂は直感的に前方へと移動する。
 武が進んでいるのは左サイド。逆に早坂は右サイドのまえへと走っていく。

(クロスヘアピン――)

 西村が武を躱してヘアピンを打ってくるというのは完全に勘だった。
 ただ、いくらインターセプトできるとしても西村にしてみれば武を上手く躱してシャトルを沈めるのが上策。そして、目の前にいるなら離れていくように打つクロスヘアピンが効果的に違いない。
 あとは突進していく武の姿が見えていて、視界が狭まっていて移動する早坂自身の姿を見失うのではないかと考えた。
 シャトルが打たれる音が聞こえる。そして、シャトルは武を躱してクロスに放たれた。

「はぁああああ!!」

 突進の勢いを乗せてラケットを伸ばす。シャトルが白帯から少し下がったところで下から上へと掠るようにシャトルを打ち、斜め下へとシャトルを打っていた。
 威力は足りないものの、タイミングは十分。
 西村が自分で取りに行く余裕も、坂本が後ろからカバーに入る余裕もなかった。
 シャトルが乾いた音を立てて転がったところで、審判が告げた。

「ポイント。サーティーンテン(13対10)」

 早坂はラケットを掲げる。声は上げていなかったが、体の奥底から盛り上がる気持ちを存分に姿勢で見せる。
 迸る炎が見える者には見えるような姿だ。

「早坂。ナイスショット!」

 武が近づいて左手を上げる。そこに笑みを浮かべて同じように左手を叩きつけた。武の痛がる表情を見ながら早坂はサーブ位置に立った。
 ネットの向こうではシャトルの羽を整えている坂本の姿。
 そうしている間にも西村が耳を寄せて坂本へとアドバイスをしているらしい。素直に聞いている坂本の様子に何をアドバイスされているのかと凝視していた早坂だったが、話を終えて西村が離れたと同時に飛ばされたシャトルを中空でラケットを使って取る。

(あと、二点)

 追い詰められてからのセカンドゲームもあと二点取れば終わる。
 良い流れにするため、可能でればサービスオーバーをしないまま決めたい。早坂は肩に力が入るのを感じて体勢は同じまま息を数回吐いた。
 サーブは武に一任されている。
 ショートでもロングでも好きなコースへとサーブを打てば武は合わせるだろう。
 今回、効果的なサーブは何かと模索して行く内に、思いつく。

「よし、一本!」
「一本!」

 早坂は斜め前で待ち受ける西村に向けてショートサーブを打った。
 白帯から少しでも浮かべば即座にプッシュ。それでも早坂は堂々とショートサーブを選ぶ。
 しかし、西村は突進してプッシュという体勢から全く動かなかった。
 そしてシャトルが白帯を越え、相手コートの前方のサービスラインまで届くのを待った。

(え……)

 早坂は呆気にとられたがすぐに気持ちを切り替えて前に出ようとする。
 しかし、その間隙を突いて西村は右端のライン上へと落ちるようにシャトルをヘアピンで打ち返した。
 前傾姿勢からほとんど動かず、唯一右ラケットを並行に落としてシャトルの落下点へと置いた。低い体勢から持ち上げるようなヘアピンの軌道は、更に視界から外れていくクロス気味。
 早坂は全く動けないままシャトルが落ちていくのを見るしかなかった。

「セカンドサービス! サーティーンテン(13対10)」

 一瞬、茫然としたもののすぐに気を取り直してシャトルを拾おうとする。
 しかし、西村が一歩速くシャトルを手に取ると早坂の後方にいる武へと投げて渡した。

「さっきのリベンジ〜」

 西村が笑って自分の立ち位置に戻るのを見た後で、早坂もサーブを行った場所へと戻る。西村の言葉に腹が立つよりも、見事なプレイに心を奪われていた自分をはっきり自覚した。

(分かってても動けなかった。完全にタイミングを外されてた)

 西村の動きに集中していた早坂は逆に、相手のタイミングを外すための動きに惑わされた。
 通常ならあるべき場所にラケットはなく、打つ時も分かりづらい、バックハンドによるショット。
 コントロールが難しい、床に近いところからの絶妙なヘアピン。
 一つのプレイに西村の力量が詰まっていた。

(凄い……でも、だからこそ。勝つ)

 早坂は武の後ろへと回って吼えていた。

「相沢! 一本!」
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