Fly Up! 344

モドル | ススム | モクジ
 シャトルが行き来する速度が上がっていく。
 吉田のドライブに星が合わせて常に全力でラケットを振っている。吉田はラケットを立てて最小の動きでラケットを押し出していることからも、星のほうが回り込み、ラケットを振る速度のほうが今は速い。威力が増す分、シャトルの飛ぶ速度が上がるのだが、吉田は完全にシャットアウトしていた。
 やがて弾道がほんの少し浮いたシャトルを斜めに突き刺さるように打ち、星は下から上へと打ち上げるしかなくロブを飛ばす。
 吉田はプッシュを打って前に入り、安西が後衛としてラケットを構える。
 セカンドゲーム序盤から中盤にかけてと同じ体勢だが、安西はドリブンクリアを打って吉田を右サイドに展開させた。シャトルを追うのはまた星。山本がネット前で構えているのを見越して、後方へと集中攻撃を加えていった。安西自身が星と山本に狙われ続けた分、今度は吉田と二人で星を狙い撃ちにしていく。ポジションを固定で来ているならば、弱いほうを狙い続ける。

「はあっ!」

 星が放ったドライブを二歩手前で吉田は打ち返し、山本のラケットの防御範囲内にもかかわらず、シャトルは突き抜けていた。

「ポイント! フォーティーンゲームポイントトゥエルブ(14対12)」

 審判が告げる得点。遂に到達したゲームポイント。
 ファーストゲームをリードされて、更に終盤に引き離されそうになってから逆転して辿り着いた場所。
 これで最悪追いつかれても、セティングポイントの権利は吉田達にある。だが、吉田自身は次の自分のサーブで取ると決めていた。ここで長引かせればファイナルゲームにも影響する。体力はまだ十分あると考えているが、ファイナルゲームの最中に尽きる可能性はゼロではない。更に、粘られてしまっては相手にもファイナルゲームへ進む勢いを乗せてしまうだろう。
 逆に自分達がここでシャットアウトすれば、流れに乗ることができるはずだ。

「安西。ここで決めるぞ」
「いつになく気合い入ってるな」
「ああ」

 武と共に歩んできたダブルスの試合の中で積み重ねた経験が吉田の感覚に、ここが勝負どころだと示している。追い詰められても逆転してきたのは自分達のほうが多い。それを相手にされないようにということも、この大会の全道予選で経験した。自分の中に積み重なってきたものを信じて、吉田は安西の目をまっすぐに見た。

「ここで決めなければ負けるってくらい、思っていい」
「……分かった。やってやるさ」

 安西も吉田のことを理解したわけではないだろう。だが、自分よりも強いダブルスを相手に勝ってきた吉田を、安西は疑いなく信じた。たとえ正規のパートナーではなくとも、今この時は吉田とのダブルス。相棒を全面的に信頼して、安西は告げた。

「頼んだぜ、相棒」
「よし、行こう」

 シャトルを受け取りサーブ位置につく。大きく息を吸い、吐き出してから対角線上にいる星へと気合いを惜しみなく叩きつける。
 星は吉田の圧力を真正面から受けても表情を変えずにラケットを掲げる。
 前傾姿勢はショートサーブでシャトルが放たれた場合は、ネット前で何としてでも叩き落とすという気合いを体から発散させている。相手の狙うシャトルの軌道が吉田にも視覚的に見えた。

(打つ気満々だな……)

 自分が打つ先。相手がシャトルに向かってラケットを振る軌跡が見える。
 それでも、吉田はシャトルをショートサーブで打ちだした。
 相手の挑発に乗ったというよりも、自分のために。相手の待ち構える場所へあえて飛び込み、厳しい状況の中でも最後の点を取る。相手にも自分にも負けたくないという気持ちがシャトルを前へと打たせる。
 星は吉田の出した結果に特に表情を変えることはなく、シャトルへとラケットを伸ばして、打ち込む。シャトルが白帯を越えて落ちていく際にも、ラケットをスライスさせてプッシュに変換する。吉田の横を抜けたシャトルに安西が飛び込んでロブをあげた。

「すまん!」

 謝る声に頷いて左右に広がる。むしろ、ロブをあげられたことが十分だった。だが、星が後ろへと走っていきラケットを振りかぶる様を見て違和感を覚える。

(なんだ……まさか)

 それはほんの少しの変化。だが、吉田は咄嗟に前へと飛び出す。
 星がラケットをオーバーヘッドストロークで振りきったのはその直後。このセカンドゲーム終盤まで頑なにドライブにこだわってきた星が、スマッシュを叩き込んでくる。それが、状況を打開しようとした結果なのか虚を突こうとした結果なのかは、吉田には分からない。だが、唯一分かったのは、打つ気配を感じて前に出たこと。
 自分へと叩き込まれるシャトルの流れが「読めた」ことだ。

「うぉおおお!」

 自然と声が出て、ラケットが前に出る。
 シャトルは白帯を越えたすぐの場所で吉田のラケットに阻まれて、斜め下へと落ちるが、そこには山本のラケットが伸ばされていた。相手も吉田の打つコースを予測している。シャトルが捉えられてロブが鋭く上がったが、吉田は前に飛んでいた体を押しとどめて真上に飛ぶとラケットをシャトルへと伸ばしていた。

「うらあああ!!」

 渾身の力を込めて伸ばしたラケットは、シャトルにぶつかってネット前に落ちていく。真正面には山本がいたがシャトルは斜め方向へと落ちていき、シャトルを打ち上げたことでバランスを失っていた山本は倒れたまま動けずにシャトルが落ちていくのを視線で追っていた。

(――まだだ!)

 だが、吉田の眼にはシャトルへと飛び込んでくる星の姿が映っていた。後ろから前へとラケットを伸ばして飛び込んでくる。吉田は着地をしたが、バランスを崩して山本と似たように床に膝をついて動き出しが遅れてしまった。
 その間に星はシャトルとの間合いを詰めてヘアピンを放つ。シャトルがネットの上へと浮かび上がるも、吉田は届かない。
 そのシャトルを撃ち落としたのは、残っていたラケットだった。

「らあ!」

 前に飛び込んできた安西が体を投げ出しながらもラケットを先に伸ばす。シャトルがぶつかり、星達のコートへと突き刺さったのと安西が床に倒れたのは同じタイミング。すぐに顔をあげてシャトルの行方を確認する動作からはどこかを怪我した様子はなく、吉田もほっとしてゆっくりと立ち上がった。すぐに安西へと手を伸ばして笑顔を見せる。

「やったな、安西」

 言葉の意味が咄嗟に分からなかったのか、安西は首をかしげて吉田を見返す。やがて理解した時には満面の笑みで吉田の手を取り、引き上げられてから吼えていた。

「っしゃあ!」

 15対12。セカンドゲームは安西のプッシュによって吉田達が取ることが出来た。落ちたシャトルは星ではなく山本が拾って、羽を整えてから床に置き、コートの外に出る。
 ファイナルゲームに入る前にはインターバルが取られるため、山本と星は座って汗を拭きながら北北海道側の監督の言葉に耳を傾けている。

「香介! 安西! お前達も来い!」

 吉田コートに言葉に慌てて近づくと、そのまま椅子に座らされる。岩代や武、早坂や姫川が座った二人に風を送って少しでも冷やそうとする。吉田と安西はありがたく風に体をゆだねながら吉田コーチの言葉を聞いた。

「よく取った。あそこから一点を取れたのは大きいぞ。ファイナルゲームもまずは勢いを維持だ」
「はい」
「分かったよ」

 安西は一言頷き、吉田もすんなりと受け入れる。だが二人の声に残る不安が全員に伝染したのか二人を仰ぐ風も弱くなる。吉田コーチは何に対しての不安なのか分かったうえで口にした。

「あとは、山本がどれだけの余力を残しているかだな」

 吉田コーチの言葉に二人は頷く。最初はどちらも自分の力を隠して当たり障りのないショットを放ちつつ様子を見ていた。やがて星はドライブショットを連発するようになり、自分の力を示してきた。その力を吉田と安西の二人係で跳ね返したのがセカンドゲームの勝利へと繋がった。
 星に対して二人がかりで攻略したことと同じ意味となる。だが、まだ山本が全ての力を出しているとは思えず、吉田コーチも同じことを考えていたのだ。

「山本が西村とのダブルスでヘアピンを強化するためにあんな筋肉をつけていることは推測できる。だが、西村・山本ペアは両方とも攻撃型だ。その意味では山本にはまだ隠しているものがある」
「積極的に攻撃を仕掛けてきた時にどうなるか、ですよね」

 吉田コーチの言葉に答えたのは吉田ではなく安西。自分の発言に周りが呆気にとられるのを見て、苦笑しながら呟きつつ立ち上がる。

「なんだよ。頭脳労働は吉田ってか? 俺もやる時はやるさ」
「……そうだな」

 吉田もまた立ちあがって安西の肩に手を置く。

「安西と二人で、このダブルスを取る。そのために山本に出来るだけ早く奥の手を出してもらう必要があるな」
「なら、出させるように仕掛けるには」
『攻撃あるのみ』

 これまで以上に攻撃にシフトする。
 これまでも相手のプレッシャーから逃げずに待ち構えているところへとあえてショートサーブやヘアピンを放つなど、一見すると無茶な戦いをしてきた。だが、それもこれから先の布石。厳しいところを突くことから逃げたままで攻撃の手を強めることはできない。隙を生じない敵の隙を作り出すためには、待っていることではなく自分達の力で無理やり作り出すことが必要だ。そのために相手の懐に果敢に飛び込んで行ったのだ。

「俺が前衛で安西が後衛にいる時はとにかく強気で行く。スマッシュやドロップで落として落として落としまくる」
「逆になった場合も逃げない。吉田レベルのヘアピン決めてやるよ」

 相手の攻撃を受け止めて守備的になることでチャンスを長い目で待つ戦法を取ることもできる状況で、吉田と安西は攻めを選んだ。
 誰もが吉田達の意見を受け入れたのは、チームの頭上に上っている不安の感情を全員が共有していたからかもしれない。
 山本龍という男の底。正規パートナーではない星と共に、安西と吉田を追い詰めてきた力。しかも、ほとんどの攻めを星に任せて自分は隙を作らせないようにハイクリアやドロップ、スマッシュをほぼ見せず、得点を上げているのは星がほとんど。まるで自分の攻撃するスタイルを吉田達に見せたくないかのように。

「時間ですので、コートに入ってください」

 審判の声に従って吉田と安西はコートに入る。ファイナルゲームは8点を取った時点でコートに立つ側が入れ替わる。吉田と安西や星や山本も、全員がファイナルゲームの終盤は相手の声援をほぼ真横から受けることになる。
 それでも相手の声援も仲間達からの声援も、等しく力に変換してシャトルを打ち込んでいくだけだ。

(山本は怖い。でも、委縮してたら始まらない。来るならこいだ)

 安西を見ると吉田と同じ思いだったのか、ため息をついて手をぶつけあう。シャトルが置かれている位置に立ってシャトルを拾い、サーブ体勢を取る。バックハンドでシャトルをラケット面にあてがう。そして、審判は高らかに声を上げた。

「ファイナルゲーム。ラブオールプレイ!」
『お願いします!』

 審判の後を追うように吼えた四人はそれぞれの行動をとる。
 シャトルを打ち出して前に出る吉田。自分へと飛んできたシャトルを、ラケットをスライスさせて吉田が進む方向とは別に打ち返す星。
 安西と山本はそれぞれ後ろに動いて次のシャトルの経過を見定めた。虚を突かれた形に見えた吉田だったが、半歩左足を前に出したことで体が引っ張られてシャトルにラケットが届く。力強く打ち上げるそぶりを見せた瞬間にラケットを止めてネットから浮かないように打ち返していた。

「はっ!」

 鋭く気合いを吐きだして前に身構える吉田。
 腰を落とし、ラケットを掲げて防御範囲を見せつけることで相手の選択肢を絞る。星は再びヘアピンを打ち返し、吉田はクロスで相手側にシャトルを追い出す。だが星も横っ跳びで追いついてストレートヘアピン。またしてもヘアピン合戦となり、二人の間で火花が散らされていく。
 まるでファーストゲームの最初に戻ったかのような二人の様子に各チームから飛ぶ声援が止まる。二人は常に小刻みに動きながらヘアピンを打ち続けていた。お互いから遠く離れるようにシャトルを打ち続けるためにプッシュを打ち込む隙を作りきれないまま、ロブをあげることで立て直そうともせずに打っていく。
 互いの意地をかけてのやりとりは、実に十五回ヘアピンを繰り返した後に決着がついた。

「はっ!」

 吉田のラケットが白帯からほんの少しだけ離れたシャトルにラケットをぶつけてプッシュを放つ。星の防壁を打ち破って進んだシャトルはしかし、後方から伸びた山本のラケットによってコートにつくのを阻まれる。シャトルを勢いよく打ちあげてサイドバイサイドの陣形を取った相手ペアを見て、吉田は内心驚きつつもすぐに前衛へと攻撃のために腰を落とす。

(あいつらも陣形を普通にした)

 どちらかが前後に固定ということをせずに、ローテーションで立つ位置を変えていく。本来ならばスタンダードな方法を取らなかった二組がファイナルゲームになって正しい形を取り戻す。吉田は後方からの安西のスマッシュの音が聞こえた後でインターセプト防止にラケットを高く掲げる。シャトルは吉田の左側をストレートに抜けていき、山本の真正面へと迫る。吉田のラケットの位置を見ながらロブを高く深く山本はシャトルを打ち返す。吉田のラケットに阻まれるのを嫌ってのことで、滞空時間が長い分だけ安西がシャトルに追いつくまでが余裕が出来る。

「はあっ!」

 スマッシュが再度放たれて、今度は右ストレートにシャトルが飛ぶ。星が山本と同じくロブを吉田にインターセプトされないように斜め方向に飛ばして安西がコートを横切っていく気配を見なくても捕らえられる。

(……やっぱり、最後まで安西狙いか)

 ゲームが変わろうとも、陣形を変えてこようとも、相手の戦術は一貫して安西を狙ってくることに終始していた。相手に攻めさせることで体力の消費を狙うのだろうが、防御力が優れていると自負していなければ取れない戦法だ。ファイナルゲームの始めのヘアピンの打ちあいで星と吉田の争いに決着をつけて、とにかく安西を狙っていく作戦に戻した。

「うおおおあああ!」

 果敢に攻めていく安西は、試合開始前に言ったことを守っている。とにかく攻めて、山本に余力を出させること。もしもなければ押し切れるし、あるならば早めに出させなければ対応する余裕がなくなってくる。苦しくても攻め続けることでチャンスが広がるのも確か。
 安西の十回目のスマッシュで、星がシャトルを弾く。ふらりと浮かんだシャトルに狙いをつけて吉田がとどめのジャンピングスマッシュで星の足元にシャトルを打ち込んでいた。

「ポイント。ワンラブ(1対0)」
「――しっ」

 相手が安西狙いならこちらは星狙い。お互いに最後まで攻撃しきれるかどうかに勝敗がかかっていく。
 気迫で負けないように吉田と安西は吼えた。

『ラスト十四!』

 誰もが、二組のダブルスの意地の張り合いに間の空気が熱で歪むような錯覚を得ていた。
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