Fly Up! 300

モドル | ススム | モクジ
 シャトルが破裂したかのような音を響かせて、シャトルがコートへと突き刺さる。貫かれた側である大阪側の男子は、自分の左足元に落ちたシャトルのぼろぼろになった羽をつまんで審判にシャトルの換えを要求した。シャトルを横に打ってコートの外に出し、次のサーブに備えて構える。
 その対角線にいたのは、武だった。

「ポイント。セブンスリー(7対3)」

 互いに一回ずつのサービスオーバーを得た後の連続得点で、武と姫川は点差を広げていた。サーブは武。3対3でサービスオーバーとなってシャトルを受け取ってからの四連続得点は武のスマッシュが起点となっていた。自分のスマッシュが思う存分決まる。今までの試合の中でもかなり上位に入るだろう。

「ナイスショットだね、相沢君」
「姫川もナイス前衛」
「まあね」

 姫川に親指を立ててから武はサーブ体勢を取る。向かいあうのは大阪のミックスダブルスの男子、宇都宮寛斗(うつのみやひろと)だ。男子にしては小柄で、おそらくは150センチになるかどうかだろう。身長の低さはかつて中学一年の時に一緒だった西村を思い出させた。プレイスタイルも、当時に彼を連想させて武はどこか面影を重ねる。

「一本!」

 だからかもしれないが、武は自分の中に闘志がわき上がってくるのを抑えきれなかった。体を突き動かす思いをそのまま放出するように、鋭いロングサーブを打ち放つ。すぐに後ろに下がり、姫川と前衛をスイッチ。移動する隙間を縫うように宇都宮からスマッシュが放たれるが、姫川が完全に無効化してネット前に落としていた。そのシャトルを追うのは宇都宮のパートナーである名田みず穂。こちらは宇都宮とは逆に高身長の女子だった。ショートパンツから伸びる太ももについた筋肉は男子に引けを取らず、強靭な下半身を強調している。最初に見た時に武は首を蹴られたら折れるとまで思ったものだった。

「はっ!」

 力強い踏み込みと共に名田はロブを上げる。すぐに後ろに向かって宇都宮が前に出た。これまで何度も見てきたトップアンドバックに、武は渾身の力を込めてスマッシュを打ち込む。シャトルへとラケットを振りかぶり、ラケットを振る間に行われる体重移動。半年の軌道を綺麗に回ったラケットは頂点でシャトルを叩き、力の限り振り下ろす。
 シャトルはまた轟いて大阪のコートを襲った。シャトルを取るのは後衛の名田の役目だったが、反応することすらできずシャトルはコートへと突き刺さっていた。

「ポイント。エイトスリー(8対3)」
「しゃぁあああ!」

 まるで勝った後のように力を発する武に姫川も勢いよく左手を振る。中空で打ちあわされる左手同士に、二人同時に掌へと息を吐いた。

「いてて」
「気合入りすぎてばてないでね」

 姫川の言葉に笑って首を振る武。その様子はいつもの武とは違い、おかしな気合いが入っていた。姫川は不思議に思い武の後ろにつく直前に尋ねる。

「ねえ、どしたの? 全然違うけど」
「姫川は、この展開に燃えないのか?」
「??」

 武の問いに理解できず頭にはてなマークを浮かべた姫川だが、その答えが出る前に審判が試合の続行を促してくる。シャトルはすでに受け取ったシャトルはラケットをくるくると回しながらサーブ位置へと着く。
 しっかりとシャトルとラケットを持つと、次のレシーバーである名田に向けて気合いを思いきり叩きつけた。相手の竦む様子を見てから、静かにショートサーブでシャトルを放つ。
 スマッシュが雷鳴のごとき速さと轟音でコートに落ちていくというのに、サーブは静かに浮遊して白帯を越える。武から生まれるギャップに名田も苦しめられてうまくプレイを進められていなかった。何とかプッシュでシャトルを武達の方へと返すも、姫川がカバーしてドライブ気味に名田の防御範囲を外れたところへシャトルを通していく。当然、追うのは宇都宮だったがストライドを目一杯取って追いつき、振り向きざまに打つ様は捨て身に近い。
 武はその隙を見逃さずにネット前から動かず、シャトルへとラケットを伸ばして相手コートへと叩きつけた。

「ポイント。ナインスリー(9対3)」
「おらっ!」
「やー!」

 武に対してどうしたのと問いかけていた姫川も、武に乗って声を張り上げる。気合を前面に押し出して相手の意欲を封殺する、ということを考えているわけではない。武はただ、迸る気合を抑えきれずに常に外に出している状態になっていた。

(燃える。燃えるじゃないか。吉田も、早坂も。安西も瀬名も! めっちゃ感動する。力が、漲る)

 ベンチで吉田と安西。早坂と瀬名の試合を見てきた。必死になって後に繋げようとする気持ち。特に早坂と瀬名の二人からは武と姫川に繋げようとする気迫が伝わってきた。彼ら彼女らが実際に告げた言葉ではなく、武の勘違いなのかもしれない。それでも、武はコートに入った時に皆の思いを受け取ったような気がしたのだ。
 これまで吉田と共にダブルスで出場して、団体戦の勝利を決めたことは何度かあった。だが、これほどまでに全員の思いを受け取ったことはなく、勝利もあくまで自分と吉田が勝つということに終始していた。
 こうして最後のミックスダブルスに出ることになって、改めて団体戦の辛さや、楽しさを感じていた。

(全員で繋ぐ。繋いでくれたものを、絶対手放したりはしない)

 武はシャトルを受け取ってから無駄のない動きですぐにサーブ位置へと着く。シャトルを適度に握り、ラケットを握る手への力を和らげて、自分の気合いを体への力ではなく精神への力に向けていく。体中に行き渡った闘志は外へと溢れ出し、コートを飲み込もうとしていた。

(でも、そろそろ何かしてくる気がするな)

 武は自分達が優勢という事実も認めた。だが、同時にこのまま行くのは甘いということも理解している。相手から届く闘志は全く衰えてはいない。武の大きく広がりコートを覆い尽くそうとしている闘志の隙間を縫って心臓を突き刺そうと、息の根を止めようとチャンスを狙っているように思えた。

「姫川!」
「うん。分かってるよ」

 武の鋭い声に反応して姫川は腰を沈める。言わなくても彼女にも感じられたのだろう。武は今までよりも慎重にサーブ体勢を取って、ショートサーブを放った。白帯を越えたところからプッシュで打ち込まれたシャトルを、姫川はロブを上げて相手コートの後ろへと飛ばす。シャトルを追うのは名田。姫川と入れ替わるように後衛に回った武は、右寄りに構えながら後サイドにくるシャトルはすべて取ると気合を入れる。
 やがて名田の傍までシャトルが落下したところで、彼女のラケットが動いた。

「やあっ!」

 名田のラケットがシャトルを吹き飛ばす。その表現が一番似合っていたと武は思った。姫川が全く動けず、シャトルが放たれた方向さえ分からないまま、武はラケットを伸ばしてシャトルを拾う。あまりの速さに姫川には見えなかったシャトルだったが、後衛にいれば取れないことはない。だが返すのも不十分でクロスでネット前に落としていく。
 シャトルを追った姫川は前に出てきた宇都宮に向かって更に駆けだした。落ちてきたシャトルを一発叩けばおしまいだ。だからこそ、自分が無理やりにでも飛び込んでシャトルを打ち返す。
 姫川の気合いを、宇都宮は完全に受け流した。

「はっ!」

 裂ぱくの気合いと共に放たれたフェイント。飛び込んでくる姫川の、その後の軌道。取りえる軌道を完全に把握した上で射程外へと打ったように、ヘアピンをクロスに打っていた。早すぎても遅すぎても姫川が切り返して取ってしまう軌道だったにもかかわらず取れなかったのは、完全にタイミングを外されたからだった。
 武も同様に、シャトルを追うことすらできずに見送るしかなかった。

(――きた)

 セカンドサーバーである姫川へとサーブ権が移動する。あと6点でファーストゲームは勝利だというのに、武は全く喜べなかった。追い詰められたことで本気を出したのか、予定通りの流れで本気を出したのかは分からないが、宇都宮と名田との試合は今からが本番だった。
 武も存分にシャトルを打ち込んだことでリードできたのだから、今更後悔はしない。
 次からの展開は、間違いなく乱打戦になる。名田のスマッシュはその狼煙だ。

(女子のスマッシュじゃないよな、あれ……)

 瀬名のスマッシュも速いが、あれは力そのものよりも、武が教えたフォームによる力の伝達力によるものだ。
 しかし、名田のスマッシュは完全に力任せという印象だ。もちろんフォームもある程度は綺麗だが、力を込めて打つために少し崩れている。いわば、女性版の刈田ということになる。

(あれだけ鍛えた下半身なら、上半身も凄く鍛えてるに違いない)

 ユニフォームの下を想像しようとして頭を振る。女子の裸など見たことはないためもちろん想像になるのだが、変なことで集中力を乱したくなかった。

「姫川。気をつけろよ」

 武の言葉に静かに頷くと、姫川はサーブ体勢を取った。相手の力を見せられたとはいえ、まだ六点もリードしている。連続して得点はできないだろうが、ゆっくりと、一点ずつでも取っていけば十分勝てる。姫川は息を吸い、吐いてからショートサーブを放った。

「はっ!」

 姫川のシャトルは少しだけ浮いてしまい、宇都宮は見逃さずにシャトルを打ち込んだ。だが姫川が強引にラケットを振ったところでシャトルに当たり、跳ね返る。すぐに姫川は中央に腰を落として相手からの攻撃を待ち構えた。武も右寄りに構えて、名田のスマッシュを待ち受ける。

(ストレートは速い。でも取れないほどじゃない。なら、クロスはどうだ?)

 打つかどうかは分からないが、クロスだとすれば飛距離が長いために十分取れる算段があった。名田の体が弓のように引き絞られたかと思うと、女子とは思えないほどの声量で吼えた。

「やぁあああ!!」

 名田から放たれたシャトルは少し弾道が高めのまま突き進む。それは取ろうとした姫川の横を抜け、武は危うく取り損ねるところだった。考えるよりも先にラケットが出て、ネット前にドロップで返す。すぐに宇都宮がヘアピンで落とそうとしたが、今度は姫川も追い付いてロブを上げた。ヘアピンを打てばおそらくは叩きこまれる。そう思ってのこと。だが、それはまたしても名田のスマッシュを味わうことになる。

(慣れたら、取れるのか?)

 自問自答する。名田のスマッシュはどういう打ち方をしているか分からないが、成功と失敗の落差が激しい。どれだけ速いかを既に体が知ってしまっているため、逆にスマッシュを失敗すると膝が崩れてしまう。洗練されておらず、ただシャトルを強く打つことだけを目標にしたかのようにシャトルを打つ名田。とてもインターミドルで全国に行ったような選手が何人もいたようには思えない。
 それでも現実として、目の前にいる選手は間違いなく脅威。

「はぁあああ!!」

 姫川が上げたロブに食いついて、シャトルを叩く名田。空気が破裂したような錯覚と共に羽を何枚も散らしながらシャトルを打ち込んでくる。武は高くなっていた軌道に合わせてシャトルをドライブでカウンターで返した。自分よりも速いショットでカウンターを喰らわされたからか、名田はシャトルを取れずにラケットをコートへと打ちつけてしまう。逆に武は静かに息をついた。

「ポイント。テンスリー(10対3)」

 スコア的には圧勝している。だが、実際にはそれほどの差はない。今回点を取れたのは偶然に近い。もしもサーブ権を取られてしまえば、何点かはすぐに返されてしまうだろう。それほどまでに名田のスマッシュは驚異だった。

(背中から冷たい汗が流れてる……このまま、サービスオーバーにならないままで第一ゲームを取りたいけどな)

 武の中に燃えていた闘志が少しだけ火を弱める。しかし、サーブ体勢を取った姫川は、武のほうを向いて首を振った。

「相沢君は、今のままでいって。私がついていってないだけだから」
「姫川?」

 姫川の言葉にこもる力は武は自分でも理解できない興奮を抱かせる。今まで蓋が閉じられていた容器が開けられて、中を遂に見られるという時のような感情が湧き上がってきた。姫川の中で、また一つ扉が開こうとしている。本当の力を見せ始めた名田と宇都宮という強敵に対して、更に進化を遂げるために。

(姫川は、試合のたびに何か突き抜けていった気がする)

 今、南北海道チームの中で一番成長しているのは誰だと言われれば、姫川と誰もが答えるだろう。
 姫川詠美。中学二年の一月まで全く無名の女子だった。それが、市内大会でそれまで市内のトップを争っていた瀬名を一蹴し、早坂と激闘を繰り広げた。この大会に出るための練習でも北海道予選でも、力を見せて一気に実力者への階段を駆け上った。当人がどう思っているかは分からないが、武にとっては羨ましいと思えるほどの成長度。自分に同じくらいの力があったならば、今はもっと強くなっていたかもしれない。

「一本だ!」

 いまさら言っても仕方がない話を武は吹き飛ばす。今、必要なのは名田や宇都宮のコートにシャトルを突き刺すことだ。そのために姫川がまた一つ、扉を開ける。
 姫川のショートサーブにロブを上げて、宇都宮は前衛に入る。武は宇都宮の守備範囲を外すようにスマッシュを放ったが、宇都宮は打った瞬間に移動してラケットを伸ばしていた。明らかに武のシャトルの軌道を読んでいる。序盤に打ち過ぎて、癖を読まれたのかと思った時には、宇都宮のヘアピンによってシャトルが武達のコートへと打たれていた。それを中空で取ったのは姫川だった。

「やあっ!」

 シャトルは短い間に二つのガットの間で弾きあう音を響かせて、大阪側のコートへと突き刺さった。あまりの速度で、一瞬の出来事のために時間が少しの間止まる。審判が最初に気を取り直して、カウントを告げた。

「ポイント。イレブンスリー(11対3)」

 武は不思議な感覚に陥っていた。9点までは自分達の勢いのままにシャトルを打ち込んでリードしていた。そこから宇都宮も名田も本気を露わにして、改めて気合を入れ直して臨んだ。
 そこから武のサーブ権を一つ取られただけで、また二点を取って残り四点でファーストゲーム奪取というところまで来ている。

「よし、一本だ」

 ひとつ、声に出して姫川の後ろに腰を落とす。何度も息を吸って姫川が打つシャトルを視界に収める。ショートサーブで放たれたシャトルをロブを上げて後ろに飛ぶ名田。前に来る宇都宮。
 武はシャトルに追いつくと高く飛び上がってシャトルへとラケットを振り上げる。渾身の力を込めての、いつものスマッシュ。
 しかし、打つ瞬間に止まったラケットは、綺麗な弧を描いてネット前に落ちて行った。
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