Fly Up! 282

モドル | ススム | モクジ
 武のスマッシュが左サイドの空間を侵略していく。宇江城が追い付いてドライブで打ち返すが、ネット前に瞬時に移動した吉田によって途中で叩き落とされる。シャトルの軌道を読んでいた外間がロブを上げ、再び武の元にシャトルが飛んでくる。

「はっ!」

 武は両足に力を込めて飛びあがり、ジャンピンぐスマッシュを相手のコート中央へと叩き込んだ。シャトルは宇江城と外間の防御をくぐり抜けてコートに着弾し、膝に届くくらいまで跳ねていた。

「ポイント。サーティーンラブ(13対0)」
「しゃあ!」

 武よりも吉田のほうが先に吼え、武のすぐ傍まで近づいてきて左手を上げる。武は軽く息を吐いて、その手に左手を叩き付けて気合を発散した。
 痛がる吉田に武は小さく呟く。相手に聞こえないように。

「あと二点、か」
「ああ。意識しすぎないと、案外いけるだろ?」
「……そのバランスが凄く難しいだろ」

 シャトルがすぐに返ってきたことで吉田は促されるようにサーブ体勢に入った。武は後ろに腰を落とし、息を整えながら次の行動にすぐ入れるように体の状態を持って行く。適度に緊張感が満ちている体。当初立てたラブゲームという場所に向けて淡々と得点を重ねて行く間に、何度も余計な力が入りそうになったが、それも深呼吸をすれば落ち着き、リセットされる。十五点に近づくほどリセットする回数は増えて行ったが、今のところ功を奏していた。

(けして楽じゃない。でも、できなくは、ない)

 外間と宇江城のジャンピングスマッシュ攻勢を完全に封じていることで、相手の得意分野を封殺したままここまできた。極力ドライブとスマッシュ、ドロップという低く前方にシャトルを集める戦法を取り、ロブを上げるとしても相手がジャンピングスマッシュを打てないような低い弾道か、飛び上がるタイミングをずらしたロブしか打っていない。相手の攻撃は自然とドライブ主体となったが、ドライブに関しては武と吉田が今まで戦ってきた相手より劣っていたために打ち崩されることがなかった。

「一本!」

 吉田が毎回のように気合を入れた声を出す。吉田のサーブ時の声もまた、武の気を引き締めさせていた。十四点目ではなく、次の一点。目の前の得点を全力でもぎ取ることを続けて行けば、勝てるのだと示すように。
 吉田のショートサーブでシャトルがネットを越え、宇江城がストレートにプッシュをする。だが、吉田が振ったラケットにシャトルがぶつかり、反応できないタイミングで相手コートへと着弾した。一瞬の出来ごとに外間も宇江城も動けずに、シャトルを呆然と見るしかなかった。

「ポイント。フォーティーンゲームポイントラブ(14対0)」

 遂に十四点目。次の一点を取れば最初に打ちたてた目標通り、ラブゲームとなる。
 武はいつもよりも時間をかけてゆっくりと息を吸い、同じだけ時間をかけて吐き出した。

(香介も集中力が増してる……まさか本当に行けるなんて)

 実際に14対0というスコアを目にすると、当初思ったよりも緊張していないと武は思った。ゆっくりと深呼吸をしたせいかと考えたが、体内の熱を外に出したということ以外で精神的な辛さが和らいだという感覚はなかった。最初から心は波風が少し立つ程度で、緊張に泡立つこともない。

(ここまで来ると……緊張はしないんだな)

 あと一点というところまで来ると、最も緊張すると考えていたが、現実はそうではない。来るところまで来たという状態はある達観した精神状態に移行させる。武の中にある思いは「ここまで来たのだからミスしてもいいだろう」という気持ちと「ここまで来たのだから行けるだろう」という気持ちがちょうど半分くらいずつだった。

「武。ここで一本」
「ああ」

 武の返答に納得したのか、吉田は笑みを浮かべて頷く。サーブ位置に立って足を踏みしめ、サーブ体勢を取ると吉田はまた咆哮した。

「一本!」
「一本!」

 武も一緒に体の奥から周囲に気合を放出するように吼える。闘志を相手に叩きつけて、外間と宇江城が怯んだのが見えた。そのタイミングを計ったように吉田がショートサーブでシャトルを打ち出す。ネットを越えたところで外間がロブを上げて防御陣形を取る。武は真下に入って相手の二人の位置を確認すると、ジャンプして思いきりシャトルを叩いた。

「はあっ!」

 シャトルはコートと平行に飛んで行く。ドリブンクリアよりもさらに弾道が低く、コート奥でライン上に落ちて行くドライブクリア。武の得意技を初めて打つ。宇江城が追っていってスマッシュを打とうとしたが低さに断念し、通常のスマッシュを打つために後ろへ更に下がる。シャトルの斜め後ろまでたどり着くと、通常のスマッシュをストレートに打ち込んできた。
 吉田がシャトルを追い、ドライブに近いスマッシュを真のドライブでまた打ち返した。狙うのはスマッシュを打ち終えた宇江城。打ち終わりにシャトルを打ち辛い胸部に返されても、宇江城は慌てずにまたドライブを打ち返した。そのまま前に出てくる相手に向けて、吉田は更にドライブを打つ。二人の間で数度ドライブ合戦が繰り広げられたが、やがて宇江城が打ち合いから逃げてロブが上がる。

「武!」

 吉田が後方に向かうと同時に武が前衛へと入れ替わった。コート中央に身構えて、吉田のスマッシュの軌道を予測する。外間と宇江城の立っている場所が左右に開き気味であることを見て取って、武は直感的に頭を下げた。
 次の瞬間、武の頭上を越えて行くシャトル。中央よりも少しだけ外間寄りのスマッシュに、フォアハンドの宇江城がラケットを伸ばして反応する。フォアハンド側が取るのは間違ってはいなかったが、外間側に打たれていたことで腕が伸びきり、体勢が崩れている。
 崩れた体勢から放たれたドライブ気味のロブに、武は反応して飛びあがってラケットを出していた。

「はあっ!」

 インターセプトに成功して、ゆっくりと落ちて行くシャトルはネットに擦れながら外間達のコートに流れて行った。前に出てロブを上げようとした外間の目を武はラケットを掲げながら睨みつける。効果があったのか、外間はロブを上げられないままシャトルはコートに落ちていた。

「ポイント。フィフティーンラブ(15対0)。チェンジエンド!」

 審判の声の後に南北海道側から拍手が沸き起こる。客席からも他のチームの選手達が拍手をまばらだか送ってきていた。
 15対0というスコア。しかも、全国大会のベスト16という場所での得点。これから試合を控えている面々には無視できない得点だろう。けして沖縄は弱いわけではなく、むしろ強者の領域。しかし、武と吉田は第一ゲームの最初から最後まで沖縄の長所を封じ切ったのだ。試合の中の数ポイント分というならば分からなくはない。しかし、一ゲーム続けるということがどれだけ困難なことか。
 分かっているからこそ、沖縄側は重い沈黙に包まれた。

「さー、こっからこっから。暗くなるなって!」

 不意に聞こえた声に武と吉田は視線を向ける。そこには肩を落としている外間と宇江城に対して笑顔を向けている田場がいた。聞こえるように、というよりも気にせずに大きな声でアドバイスを送っていた。

「得点ほど実力差なんてないって。俺ら全国大会出てるんだぞ? たまたまいいようにやられてただけだって!」

 田場の大きな声を除けば、他の面々の声は聞こえない。武達もコートを出て汗を拭きながら吉田コーチの傍に集まってアドバイスを受けた。

「基本的にこの調子でいい。今のお前達なら、この局面でアドバイスする必要は正直、ない。むしろ、アドバイスなしで乗り切ってみろ」
『はい』

 静かに力強い返事をした後で吉田コーチは武と吉田の背中を軽く叩いた。そのままコートへと体を押して送り出す。

「ストレートで決めてこい!」
「ここまで来たらセカンドゲームもラブゲームだよ!」

 小島や姫川が田場のように大きな声で武達を激励する。内容が内容だけに沖縄側を刺激するかと武は内心冷やっとしたが、外間と宇江城はまだ監督にアドバイスを受けているようだった。既に田場は椅子に座って笑顔を見せている。武と吉田が待っていることに気づいた監督は、最後に一言二人に伝えてからコートへと送り出した。
 エンドチェンジのため、相手側のコートに入る。アウェイ感が漂うものの、武は深呼吸でまた体の中にある弱気など集中できない要素を体外に吐き出した。

「さっき、田場も言ってたけど。そこまで差はないよな。俺達」
「そうだな。俺達とあいつらってそこまで差はないよ。むしろ総合力では負けてるかもしれない」

 吉田の言葉は武には予想外で、驚きが顔に出る。だが、相手が見ていることに気づいて咳をするように口元を掌で覆い、誤魔化してみる。

「負けてるって、そこまでか?」

 小さな声で尋ねると吉田は頷く。それから床に置かれていたシャトルを手にとって、前のゲームから酷使されている羽部分を丁寧にほぐしながら独り言のように口を開いた。

「相手はまだまだ体力もある。正直、ワンサイドゲームっていうのは体力使わないものなんだよ。一点取る間にいくらラリーしようとも、得点の数だけ試合は長くなるもんだからな。ただでさえ体力あるのにジャンピングスマッシュも打てず、試合も短いなら、体力は有り余ってるから、このゲームは体力無視して攻めてくるかもしれない」

 吉田の分析を聞いて武は唾を飲み込む。それなら対策を立ててからコートに立たないといけないのではと思い、策を聞こうとする。だが、試合開始のコールがかかり、会話は中断せざるを得なかった。
 吉田は武に目線だけ向けて頷く。その瞳には何らかの意思が見て取れた。

「セカンドゲーム。ラブオールプレイ!」
『お願いします!』

 審判のコールに四人で同時に声を出す。審判と線審に挨拶をした後で互いにサーブ体勢とレシーブ体勢を取る。四者の構えが固まったところを見計らい、吉田が吼える。

「さあ、一本!」

 そう言ったや否や。吉田はロングサーブを放っていた。ドライブ気味の低い弾道ではなく、しっかりと高く上げるサーブ。だが、ダブルスではサーブできる範囲がシングルスより小さく、高く上がるロングサーブはスマッシュの格好の餌食になってしまうのだ。

(打ち損じ……じゃない!)

 右半分の中央に腰を落として身構える吉田。横目で一瞬だけ見てから、武も腰を落として攻撃に備える。高く上がったシャトルからくる攻撃は一つしかない。外間はまるで羽が生えたかのように飛びあがり、ラケットが勢いよく振り切られた。

「はっ!」

 遥か高みから落ちてくるかのようなスマッシュ。シャトルはそれまでのラリーでの速度とはケタ違いの速さで武の前に落ちてきた。咄嗟に反応するのが精いっぱいで、バックハンドで当ててから前に出る。勢いを完全に殺したシャトルはネットを越えると共に落ちたが、宇江城がヘアピンで返してくる。真正面で挑まれた武は、クロスヘアピンを打とうとして力が入りすぎた。

(あ――)

 隙を見逃さずに宇江城はバックハンドでプッシュを打ち込む。吉田が取ってくれることを信じてシャトルをかわすと、すぐに吉田がロブをしっかりと上げていた。
 コート奥にしっかりと返している間に吉田と武はサイドバイサイドで互いに防御位置を決める。外間が素早く移動して自らの制空権内にシャトルを収めると、すぐさま飛んでいた。その動きは第一ゲームとは全く異なり、反応も含めて体内を流れる血がガソリンに入れ替わったかの如く素早い。

「おらあああ!」

 一メートルは飛んでいるのではないかと思えるほどに飛びあがり、外間はジャンピングスマッシュをストレートに打ち込む。吉田のフォアハンド側に打ち込まれたシャトルを吉田は前に踏み込んでクロスにロブを打ち上げる。着地した外間はすぐに追っていき、今度は武目掛けて飛びあがる。

「はっ!」

 体勢が多少崩れていても、飛んでいる間に整えてスマッシュを放ってくる外間。スマッシュが放たれるたびに速度が増しているように感じたが、武もまた一歩前に出てクロスのロブを上げた。ここまでくれば吉田の狙いがおぼろげながら見えていた。

(吉田のやつ……スマッシュを受けきるつもりなのか?)

 第一ゲームで得意パターンであるジャンピングスマッシュ中心の攻めを完全に封じた。
 ならば第二ゲームではどうするのか。吉田は率先してロブを上げてジャンピングスマッシュを引き出している。結果として、外間と宇江城の動きは本来の調子を取り戻して鋭くなっていく。
 第二ゲームの初めで吉田が言った「総合力では上かもしれない」という言葉。正しいならば、あえて吉田は相手の総合力を引き出そうとしている。最初は封殺し、次は開放させた上で圧倒する気なのか。

(ほんとお前って性格悪いな)

 苦笑しながら、湧き上がる興奮を抑えきれない。武もまた、吉田の思考の流れにやりがいを見出していた。
 相手のスマッシュを攻略することで次に繋がる。自分も成長できるという確信を持ってスマッシュを打ち返し続ける。目標がはっきりすれば目の前にある山を越えることに全力を尽くすことは心地よい快感を湧き上がらせた。
 吉田と共に外間のジャンピングスマッシュを打ち返し続け、十を超えた時。外間の動きが遂に崩れた。ジャンプはしてもスマッシュはできずにハイクリアで武を奥へと追いやった。

(よし!)

 攻守交代、ということを考えたが、武は再びハイクリアで外間に向かってシャトルを飛ばした。外間はシャトルを追うしかなく、コート奥に向かっていったがスマッシュは打たなかった。ストレートのハイクリアで武へとまたシャトルを飛ばす。少し浅めに打ってきているのを見て、自分にスマッシュを打たそうとしているのが分かった。

(ここで――ハイクリア!)

 再度、ハイクリア。打ち頃のシャトルをスマッシュで打ち込まずにハイクリアで外間を狙い続ける。

(徹底的に、狙う!)

 武はあえて強く思い、シャトルを打った。
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