Fly Up! 274

モドル | ススム | モクジ
 第二ゲームが始まってからすぐ、小島が直面したのは田場の戦術の変化だった。
 これまではジャンピングスマッシュを中心にして出来るかぎり急角度で前に落として、そこからのカットドロップのフェイントを混ぜてくる戦術だった。最初はカットドロップの切れ味に足を硬直させてしまって得点されていたが、第一ゲームが終わる頃には思考も体も対応できていた。スイングスピードが変わらなくとも、田場がスマッシュを打つ気配を直に感じていたかのように、ドロップが来ると思えば必ずドロップが来た。合わせて前に出てヘアピンを打つことで逆に相手を窮地に追いやるように試合を組み立てていけた。
 そうして、最後には奇襲を交えた連続得点。セティングをなくした背水の陣を敷いて、勝利をもぎ取った。
 第一ゲームの試合展開を考慮したのか、田場は第二ゲームで戦術を変えてきた。

「はっ!」

 身構えた自分の眼前に迫るシャトルに、小島ラケットを咄嗟に顔の高さまで上げて、前に押し出した。ネット前に落とすことはできたものの、前にきた田場にヘアピンを更に打たれてしまう。小島は前に滑るように移動して、クロスヘアピンを放つが田場は即座に反応してロブを上げた。ギリギリ届くかというところでジャンプして、ラケットを振り切るとハイクリアでシャトルを奥に飛ばす。

(前後の変化、か)

 スマッシュからドロップへと繋げる縦の変化。第二ゲームはそれに加えて鋭さを前後に使い分ける変化を繰り出してくる。ジャンピングスマッシュは基本的に鋭く急角度で前に落とすための手段であり、自然と前のめりで構えることになる。しかし、田場は小島の体勢を見てから浅く打てる。ジャンプして体重を乗せた力がこもったスマッシュが飛距離を伸ばしてくることには反応はできるものの、取りづらい真正面への軌道だけではなく、威力も十分保ってくるシャトルには小島も簡単には厳しいリターンはできなかった。

「はっ!」

 田場のドロップは鋭く前に落ちる。スマッシュに備えていた体はフェイントに硬直しても、足に力を込めて前に出る。だが、ラケットは届かずにシャトルがコートにやさしく落ちる音を聞いてしまった。

「ポイント。フォーツー(4対2)」
『ないすしょー!』

 田場のドロップに色めき立つ沖縄側。田場は笑って手を振ってからシャトルを取りに前に出てくる。小島はすかさずラケットで拾い上げて、ネットの上から田場へと渡した。

「さんきゅ」
「……どういたしまして」

 厭味もなく、純粋に礼を言っていることは伝わってくる。だからこそ小島も苛立ちはしない。逆に田場の中に詰まっている実力に純粋に感心していた。

(縦の変化。前後の変化か。よし)

 小島は意を決してラケットを構える。
 田場はサーブで思い切りシャトルをハイクリアで飛ばした。ちょうどスマッシュを打ちたかったところで絶好の位置まで下がりきる。
 田場はコート中央からかすかに左寄り腰を落としていた。相手のコート上の位置を把握した上で、小島は飛び上がって出来るだけ高い位置からスマッシュを打ち込んだ。

「はあっ!」

 今の自分にできる最大の力を込めてのスマッシュで、シャトルはこれまでと段違いの速さで田場の顔面目掛けて放たれた。高く飛び上がってのスマッシュに鋭く抉りこんでくると考えていたのか、田場の反応が遅れる。ラケットをかざして弾き返すのがやっとでネット前にふわりと浮かんで落ちて行く。
 しかし、小島も着地から前に踏み出すのが一歩遅れてネットを越えて落ちて行く直前にラケットを届かせる。プッシュをするには際どいタイミング。
 そこで、小島は相手コートを視界に映す。それから頭の中に一瞬で立体図を描くと、自分の理想の軌道を描く。その軌道に合わせるようにして、ラケットでシャトルを打ち上げた。
 シャトルは田場の頭上をふわりと飛んで行く。咄嗟にラケットを掲げようとしても田場は動くことが出来なかった。動かそうとしても、外側から別の力が働いているかのごとく、体を震わせながら見送っていく。
 結果、シャトルは田場の後ろ側へと落ちていた。

「サービスオーバー。ツーフォー(2対4)」
「ナイスショット! 小島!」

 沖縄側のどこか緩い雰囲気の声援に対して、南北海道の応援はどこか切羽詰まっている。小島がこれだけ追い詰められている姿というのは、仲間はしばらく見ていない。一ゲーム取ったとはいえ、まだまだ辛い場面は残っていると容易に予測できた。そこに耐えるために、小島は声援が必要だと悟る。

「一本だ!」

 声を発し、背中を声援に押されながら受け取ったシャトルを左手に持ち、ラケットヘッドを上にあげてサーブ姿勢を取った。田場はラケットを高く掲げてレシーブしようとする。まるでロングサーブを途中でインターセプトしようとするかのごとく。

(インターセプト、か)

 次の弾道を決めて小島は息を止める。できるだけ力を込めて、サーブを通常より斜め前で打ち上げた。より早いタイミングで、より前で打たれたシャトルは鋭い弾道で田場を襲う。眼前ではないが、自分のラケットを狙って放たれたかのようなシャトル。速度もタイミングも申し分なかったが、田場は前に出て掲げていたラケットを床と平面にするとシャトルを打ち返した。

「ふっ!」

 サーブの威力も相まって早く落ちて行くシャトル。だが、小島もダブルスの前衛以上に前に出て、跳ね返ってきたシャトルをそっと包み込んだ。ネットに完全に羽を触れさせた状態で落ちて行くシャトルを取る技量までは田場にはなかったのか、途中までラケットを伸ばした状態で止めていた。

「ポイント。スリーフォー(3対4)」

 小島の微かな戦法の変化に気がつき始めているのか、田場はその場で何度かラケットを振る。タイミングを合わせるための微調整。だが、小島は意に介さずシャトルを手に取った。

「一本!」

 今度は高く、遠くへと飛ばすシャトル。一つ前のとの違いに田場は動きを一瞬だけ遅らせてから後を追う。その様子を目に焼き付けて小島はコート中央へと腰を落とした。シャトルに追いついた田場はそれまでと同じようにジャンプをして、そのままシャトルと共に落ちて行く。

(なんだと!?)

 田場の足がコートについたと同時にラケットが振り切られる。
 スマッシュではなくドライブの軌道で、オーバーヘッドストロークによる強打によるシャトルが小島のコートへと中空を切り裂いていく。小島は左足で体を飛ばすように移動し、落ちようとしているシャトルをすくい上げ気味に打ち返すが、今度は弾道も低く、後衛から前衛ということで十分に田場の射程距離内へと入った。

「はあっ!」

 ロブへのカウンターとなるように打ち返されたシャトル。
 しかし、小島は導かれるようにしてラケットを振っていた。ちょうど田場のラケットが振り切られるのと同時に。シャトルは小島の足元へと落ちようとしたが、踏み出そうとしたところで立ち止まり、ラケットを振り切った。シャトルは再びロブで上がり、ラリーは続行される。
 本来なら終わるはずだったラリーが続いていることで田場も動揺が起こったのか、反応がまた遅れる。背中に羽があるような軽快なステップでシャトルに追いつき、再び空を飛ぶようにジャンプし、ラケットを振り切る。
 シャトルは角度がなく、小島の胸部を狙って飛んで来た。バックハンドで打ち返すが、またしても田場とドライブを打ち合うことになる。
 ハイクリアからドライブの打ち合い。田場が思いきり打ち込んできたシャトルを、小島はラケットの勢いをそのままにラケット面をスライスさせた。シャトルはまっすぐではなく鋭く前にカーブを描いて落ちるような特殊な軌道を取り、コートに落ちて行く。田場は追いついて打ち上げるもシャトルが上がった先には小島のラケットがあった。

「はっ!」

 体勢が完全に崩れれば、田場も追うことはできない。ならば、ゆっくり打っても問題はない。小島は上がってきたシャトルをほんの少し前に押し出した。鋭いクロスヘアピンも、強打でのプッシュもいらない。小島自身が作りだした隙へとシャトルを落とすだけでよかった。

「ポイント。フォーオール(4対4)」
「――しっ!」

 狙い通りのショットに小島はガッツポーズを取る。対して田場は「うーん」とかすかに唸りながらラケットでシャトルを拾い上げ、ボロボロになっていることに気づくと審判に交換を申し出た。
 ちょうど同点となったところでシャトルも新品に代わり、仕切り直す。田場はすでに身構えて小島がサーブを打つのを待っている。
 だが、小島はしばらく黙って田場を眺めた。その停止が、あまりにも自然なものだったために審判も試合再開のコールをすることが遅れる。慌てて試合を再開するように小島に言うと、頭を軽く下げて小島はラケットを構えた。

(なんとなく、見えてくる)

 ゆっくりとラケットを引いて、ゆっくりとラケットを下から上へと振り切る。正確には遅いのではなく、滑らかで無駄な力がないために見える錯覚だ。シャトルは乾いた音で弾かれて、高く遠くへ飛んで行く。天井に近づくほどまで大きく、空を舞う。田場はシャトルに追いつくと飛ぼうとすが、滑らかだった動きが止まり、次に飛んだ時には窮屈そうにラケットを振っていた。小島はストレートに浅いスマッシュが来ると読んでいて、ラケットを前に出しながら触れた瞬間にクロスへドライブを放った。手のスナップだけで威力はないが、スマッシュからのカウンターとしては申し分ない。それえも田場は取るが、弾き返した先にはすでに小島のラケットが捉える。

「はあっ!」

 斜め前に飛ぶようにしてシャトルを捉え、打ちこむ。カウンターを取られるときつい体勢だが、小島には田場がそのコースを強打出来ないことを理解していた。真正面に打ち込まれたシャトルに対してラケットをバックハンドで返そうとしても上手くできず、シャトルはヘアピンになって小島のコートへと落ちて行く。前に飛び込んだ小島には絶好のシャトル。

「おら!」

 前に飛び込んで右足を踏んだ先に再度ジャンプ。シャトルは田場の持つラケットの横を通ってコートに着弾していた。

「ポイント。ファイブフォー(5対4)」

 遂に逆転した小島は拳を掲げてガッツポーズを取る。自分を鼓舞するために。相手チームへプレッシャーを与えるために。
 小島の作戦が功を奏したのか、沖縄チームの声援が明らかに弱くなってきた。最初のゲームを取られ、あまつさえセカンドゲームも押されている。田場の力が本当だとしても、このまま離されていく可能性を受け付ける。

「よーし、ストップさー」

 だが、黒く淀んでいく沖縄サイドの空気を完全に浄化したのは、田場の笑顔と言葉だった。どこまでも揺るがない心を持った選手と言われても大げさではないほどに、田場は小島に向けて生き生きとした表情を向けていた。

「すとっぷすとっぷー」

 緩やかな笑み。言葉。余裕を感じさせる動作に、小島は息を飲む。
 田場は 軽くその場でジャンプしてからつま先立ちでコートに立ち、身構えて小島のサーブを待つ。次に見えた視界に従って、小島はショートサーブを打った。前に出た田場は体を前に出す勢いを使ってヘアピンを打ち、サイドのシングルスライン上を侵略する。少しでもずれればアウトであり小島の得点になるにも関わらず、堂々と狙って来る。

(狙って来るだろうさ、お前なら)

 田場のそうした精神的な強さも小島の計算の範囲内だった。どんな状況だろうとも、田場はシングルスプレイヤーにとってとりづらい場所へ躊躇なくシャトルを落としてくる。ならば、自分の思い込みで選択肢を削るのではなく、全ての可能性を頭の中に入れておけばいい。そうすることで、次のシャトルの判断材料とする。

「はっ!」

 ヘアピンで落とされたシャトルをストレートのロブで打ち上げる。田場はシャトルを追い、コート奥まで走って行った。シングルスライン上に落ちて行くシャトルの後ろに立ち、身構えてから思いきり飛び上がる。

「うーっしゃあ!」

 中空から放たれたシャトルは今までの体感速度よりも上。だが、シャトルを小気味よく打ち返してカウンターとする。着地した田場が横っ跳びでコートを駆け抜けてシャトルをストレートに打ち返すことも視界には入っていた。後ろに下がり、シャトルをスマッシュが打てる位置に陣取って打ち込む瞬間を待つ。
 だが、小島はスマッシュを止めて急きょドロップへと切り替える。田場は直前までスマッシュを打つ気だった感覚に飲まれて動きが遅れる。それでも追いついてラリーを続けるためにヘアピンをストレートに打った。対する小島はクロスヘアピン。次に田場もヘアピンでストレート。先ほどのドライブ合戦の次はヘアピン合戦で互いの間をシャトルが行き来する。

「はあっ!」

 気合の声と共に繰り出された小島のラケットはシャトルにスピン回転をつけて不規則変化で落とさせる。絶妙なタイミングで落ちて行くシャトルに田場のラケットが伸びて、高くロブを飛ばした。高いが飛距離が足りず、小島のいるコートの中央付近まで到達して落ち始めたシャトルに小島はスマッシュ体勢を取る。
 しかし打つ直前に田場を見ると、どこに打っても取られてしまうような錯覚に陥った。

(なら、ここだ)

 小島は迷わずに渾身の力を込めてスマッシュを真正面に叩きこむ。胸元にえぐりこんできたシャトルをロブで返したものの、すぐに小島のジャンピングスマッシュの餌食となった。

「しゃあ!」

 小島のスマッシュに気圧される形で田場はシャトルを打ち損じていた。

「ポイント。シックスフォー(6対4)」

 またひとつ開く点差。田場は悔しそうな顔一つせずに次のレシーブ位置まで向かう。
 小島は田場を見つめながら、自分に起きている変化の正体を徐々に気づき始めていた。
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