Fly Up! 255

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 吉田が電話に出たことで数人が反応する。武と、他には早坂、小島。
 西村がいる旭川広槻中に何かしら縁のある三人だった。吉田は何度か頷いた後に顔を輝かせて「おめでとう!」と言った。それだけでどういう電話だったのか想像がつく。

(西村達も全国に行けるんだ……)

 武が望んでいた展開。ジュニア大会全道予選で叶わなかった西村・山本組との試合が、今回の団体戦で叶うかもしれない。それも、全国という大舞台で。その規模の大きさに武は体の奥から自然に震えが来て、体がぶるりと震えていた。それを見た小島が武の傍に寄ってきて話しかける。

「お、なんだ。相沢。ビビってるのか?」
「ん……そうかも」

 意地を張っても仕方がないと判断して、素直に言う。それに小島は呆れ顔を返すと思っていた武は、言葉の後に見た小島の顔が真剣であることに逆に驚いていた。真面目と言うよりも、どこか緊張している。

「俺もそうだよ。初めての全国で、緊張しない方がおかしい」

 小島は武の方を軽く叩いて笑う。見せている緊張はまだ崩さないまま、それでも同じ思いの人間を見つけたせいなのか笑みを見せるくらいの余裕は出来ていた。

「でも、俺らもようやく来たな。全国に見せつけてやろうぜ」
「……おう」

 小島が肩に置いた手に左手を軽く当てる。小島は頷いて手を肩から離す。ちょうどそこで吉田の電話が終わったようで、携帯をバッグの中にしまっていた。早坂と小島と共に一斉に吉田の所へと押し寄せる。
 先陣を切って小島が電話の内容を吉田へと聞いていた。吉田は迫る三人に驚いたが、すぐに気を取り直して答える。

「ああ、西村からだったよ。あいつも北北海道代表だって。といっても、全員旭川広槻中だって」
「橘兄弟は……」
「あいつらは別の地区だからさ。決勝でやったらしいよ。で、負かしたって言ってた」
「何点とか分かる?」

 自分達が試合をしてギリギリ勝てた橘兄弟にどうやって、どれくらいで西村と山本が勝ったのかを知れば、その差を理解できるかもしれない。そう思って聞いた武は、吉田が顔を曇らせていることに嫌な予感を持たずにはいられない。

「スコア的には両方とも15対13で、2対0だそうだ。ファイナルにもいかせなかったらしい」
「そう、なんだ」

 ファイナルに持ち込み、ギリギリ勝てた相手にストレート勝ち。点数は接戦のように見えるが、逆に言えば接戦に競り勝って勝利をもぎ取る底力があるということだ。現時点の武達でも橘兄弟に勝つのは難しいだろう。その相手に勝てる西村達に勝てるかどうか。

「淺川の野郎のことは何か言ってたか?」
「あぁ。小島によろしくって伝えておいてくれとは言われたよ」
「それだけか……いや、特に俺もあいつも言うことはないか」

 次に聞いたのは小島だった。吉田の回答に納得しつつ、一歩下がる。小島にとっては因縁の相手。まずは出ていることを確認できればそれでいい。
 最後に口を開いたのは早坂。そこに爆弾が埋まっていた。

「良かったじゃない。これで、小学生の時の仲間が三人、全国で会えるんだから」
「え、三人?」

 早坂の言葉に吉田はまったく理解できないという反応をする。武はすぐに有宮小夜子のことを言っているのだと分かり、続いて吉田も悟る。続いて武に向けて「言ったのか?」という視線を向けてくるが武は頭を振って否定した。武は何も言っていない。早坂が、有宮小夜子が吉田と西村と同じ町内会だったことをどこから仕入れたのか分からない。小島は当然、何を言っているのか分からずに首を傾げる。
 早坂は吉田と武の反応を見て「ああ」と一度仕切り直してから口を開く。

「さっき、会ったのよ。試合終わった後に、フロアの外で。君長と三人でね」
「来てたのか!? 小夜……有宮が」
「ええ。幼馴染だってことも、東東京の代表候補チームの一人だってこともね。でも何か用事でこっちに来てて、代表を決める試合には出てなかったみたい」
「で、有宮は?」
「分からないわ。話が一区切りついて、相沢達の試合を観に戻る時に別れたし」

 焦って聞く吉田に早坂は首を振って言った。それを聞いた吉田の落胆はあからさまで、会えることなら会いたかったという思いが明白になる。それでも、全国に行けば会えるだろうと思いなおしたのか立ち直って見せた。そこで武は一点気になったことを言う。

「そういえば、有宮……さんって、東東京の中の一チームなんだろ? 彼女がいないで代表決める予選で大丈夫だったのか? 全国二位なのに」
「それは……多分大丈夫だよ」

 吉田はそう言って携帯を操作する。どうやらネットに繋げているようで、検索キーを打ち込んでいき、決定ボタンを押す。少し時間をかけて目当てのページを見つけたのか、何度か決定ボタンを押した後で武に向けて見せた。小島と早坂も画面を覗き込む。
 そこは東京のバドミントン協会のサイト。そこには今回の大会の結果が書かれており、優勝団体のチーム名と共に一覧が載っていた。
 そこに一つある、有宮小夜子という名前。

「どうやら、有宮がいなくても勝ち上がれる力があったってことだな。で、有宮は安心して用事に来たってことさ。仲間もまたその行動を許した。互いに、信頼できてるんだろう」
「全国二位の有宮小夜子、か。でも一位の君長に勝ったんだから対策さえできれば勝てる。な、早坂」
「……そこまで、簡単じゃないわよ。流石にね」

 小島が早坂に向けて声を弾ませて言うが、当の本人はため息を付いて首を振る。それからすぐに武達から離れていく。
 閉会式と言えども、一応試合の最中ということで武達はジャージで出ていた。閉会式後に駅まで移動するまでジャージでいいのならば問題ないが、早坂以外の女子は私服に着替えに向かっていた。早坂もまた話で時間を潰したが、帰りをジャージで行くつもりはないのだろう。ラケットバッグを持って更衣室へと向かっていった。

(なんだ……何か、あったのかな、早坂)

 会話をした内容を意図的に制限して伝えたように武には思える。君長と早坂、そして有宮。三人が揃って何を話したのか非常に気になったが、武もまたジャージのままで帰るつもりはなく、その場でぐずぐずしていたら着替えが間に合わない。吉田と小島も同じ思いのようで、自然と三人の歩幅が合った。
 歩いていく間に、武は吉田へと問いかける。

「なあ、吉田も緊張してるか?」
「何が?」
「二週間後には全国だってことにさ」
「そうだな。あまり変わってないよ、今は」

 平然と緊張してないと言う吉田。小島でさえも緊張するのが当たり前だと言ったのに。吉田はどこまで慣れているのかよく分からなくなる。しかし、続けて吉田は苦笑しながら言う。

「多分、明日とか明後日とか。今日のことを思い出して徐々に緊張していくと思う。しばらく眠れないかもな」
「なんか……遠足前の子供みたいだな」
「だろうな。もう全国まで来ると、お祭りかもしれない」

 吉田が表現した『祭り』
 確かにそうかもしれないと武は妙に納得した。同じ道内でしのぎを削りあって勝ち進んだ結果、選ばれた代表。それは激戦を勝ち抜いた者達。その後も辛い戦いは続くだろうが、そこにたどり着けなかった人達がたくさんいる。そんな中で、自分達で掴みとったそのステージは、ボーナスステージなのかもしれない。

「そうだな。俺らにとっては本当に未知の領域だし。思い切り楽しまねぇと損だ」

 小島も吉田に同意する。三人で一歩ずつ歩いていき、更衣室へと向かう。その足は徐々に全道大会の戦いが繰り広げられた場所から遠ざかる。
 既に、全国へと続く道を踏み出しているのだと考えると、武は一瞬血の気が引いた。すぐに立て直したが、その感覚は怖さを覚えた時に感じるもの。

(やっぱり怖い。でも、楽しみたい。俺が、ここまでこれたんだから)

 二年前の自分を思い出す。この時期は中学校に入学前の春休み。既に小学生での町内会バドミントンは卒業しており、半年以上ラケットを握っていない時期だった。そして中学に入ってからバドミントン部に入るかどうか悩んでいた頃。
 体力をつけることをおろそかにしたとはいえ、練習を続けているにもかかわらず勝つことができないまま、六年間を終えた。相手は年齢的にも体格的にもほぼ同じ条件だというのに一勝もできないというのは堪えた。今となっては走り込み不足とは分かっていても、当時はどうして勝てないのか分からず、早坂に嫉妬するような日々があり、やがて諦めとなっていった。
 それでもバドミントンが好きで、シャトルを打つのが好きで、シャトルをコートに打ち込むことが好きで。好きがいくつも重なりあったバドミントンを捨てることは、結局できなかった。
 中学に入って吉田に出会ったことで、世界が広がった。その広い世界もまた小さな世界の一つで、きっと全国では更に広がり、武に無限の空を見せてくれるに違いない。

(ジュニア大会までは……連れて来てもらってたんだと思う。でも、全国は、俺が皆と一緒に掴みとった。自信を持ってそう言える)

 二年で変わったこと。力も技も、そして心も。同じ部活の仲間達と一緒に練習することで。他校のライバルと切磋琢磨することで。
 そして、そのライバル達と共に遂に全道の、南北海道の一位となった。

「ううっし!」

 急に立ち止まって声を出す武に小島と吉田は数歩遅れて立ち止まり、呆れ顔で振り向いた。

「なにやってんだよ、相沢」
「早くしないとさすがに遅れるぞ」
「あ、悪い!」

 慌てて二人へと追いつき、追い越して更衣室へと早足で向かう武。次に向かってもう心は躍りだしていた。
 残りの期間でどれだけ強くなれるのか。二週間が経った後から開始される全国大会でまだ見ぬ猛者とどれだけ戦えるのか。心が逸って仕方がない。そんな思いが体を動かし、先へと進めていった。

 ◆ ◇ ◆

 吉田は周りが全員寝ていることを確認して、携帯を取り出した。特に武と小島、早坂が起きている時にメールをするなら、何かを勘ぐられるかもしれない。別にそれでもいいとは思っていても、吉田も疲れているため説明に労力を使うのも疲れる。

(小夜……なんで会いに来なかったんだろう)

 札幌に向かって進む電車が、線路の繋ぎ目を越えて一瞬跳ねる。外側の席にいるため窓に携帯を近づけると、電波の状態を示す棒が三つ立った。記憶が正しければ、もう少しすればトンネルが多くなりあまりメールも届かなくなるだろう。その前に、聞きたいことは打っておきたいと吉田は指を滑らす。
 武から会う気だったと聞いたこと。早坂と会話したこと。そして、自分達の優勝と、東東京代表としての出場おめでとうという言葉。
 一通り書いてから送信ボタンを押して、携帯を閉じる。
 メール自体、送ったのは久しぶりだった。年に数回送るかどうかという頻度。有宮小夜子が転校してから最初の年の年賀状で携帯番号とメールアドレスを教えて来てから、十回くらいしかやりとりはしていない。お互いにバドミントンに集中していたことが主な理由だが、なんとなく距離感が掴めないところがあったのだ。
 離れたことで自覚した思いがある。しかしそれは吉田自身、名前が上手く付けられないものであり、離れた今頃言っても仕方がないこと。そのことを抱えたままだと自然と関わろうとすることも減る。
 ごくたまに行う生存報告と、年賀状のやり取り。
 あくまで有宮小夜子とのやりとりはそれだけに留まった。
 中学になってからは更に減る。バドミントン部で小学生の時以上にバドミントン漬けになったこと。勉強も必死になって目の前の問題に集中した。いくら幼馴染でも、小学校の時に転校した異性の友人は自分の傍の同じ学校の仲間達。そして他校のライバル達の存在の方が大きくなるのは自明の理だった。

(そういや、今年初めて、か)

 そこまで回想したところで携帯が震えて、メールが返って来た。滑らかにメールを選択して中を開くと、軽快に文字が躍る。
 そこには吉田への優勝おめでとうの文字と、函館に来たのは祖母が亡くなったからその葬式のためだった、と書かれていた。

(葬式……? あのおばあちゃん、か)

 吉田も小学校低学年の頃に世話になった人。有宮が転校してから会う機会がなくなったが、それまでは年末年始に家に遊びに行った時に、函館から出てきていて、吉田はお年玉をもらった記憶がある。記憶の中にある笑顔。それが、灰色に染まる。

(そっか……小学生の時と変わらないなら、あいつが大事な試合を放ってすませる用事なんてよほどのことだよな……)

 武達に説明する時には信頼しているなどと使ってしまったが、不謹慎だったなと反省する。誰が傷つくということはないが、吉田は心の中で有宮に謝った。改めてメールを見ると、そこまでしか書かれておらず、どうして会いに来なかったのかということは書かれていない。だが、吉田はピンと来るものがあった。

(俺も、逆の立場なら会えないだろうな)

 会ってしまえば、弱音を吐いてしまう。吉田は自分が逆の立場ならそうなるだろうと思っていた。そして、おそらくは有宮も同じ理由で会うのを止めたのだ。代表になれず、今後また会うには時間がかかるということならば会ったかもしれない。しかし、吉田達は代表となり、二週間後には雌雄を決する大会が始まるのだ。自分の中の弱音をぶつけられるはずがない。
 吉田が返信の文面を考えていると、電車はトンネルへと入った。これから一時間くらいは電波がほとんど届かないところを通る。吉田は諦めて携帯を閉じ、窓の縁へと置いた。

「直に会って、言うか」

 一言呟いて目を閉じる。吉田もまた武と同じくらいは集中していたため、疲労は限界まで来ている。だからこそ、すぐに眠りに落ちていた。

 全国大会まであと二週間。つかの間の幕間を挟んで、遂に大舞台へと武達が挑む。
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