Fly Up! 250

モドル | ススム | モクジ
 早坂が君長、有宮と出会っている頃。武達の試合は一つの山場を迎えていた。
 武が後ろに下がり、ラケットを振りかぶる。狙いはサイドバイサイドの陣形で守った相手二人の中央付近。中央に引かれているライン上に向けて、武は自分の拳を叩き込むようなイメージでスマッシュを打ち込んだ。

「はっ!」

 インパクトの瞬間までは筋肉を柔らかく。しなるようにして振り、インパクトの瞬間に力を込める。爆発音のような高い音を立てて打ちだされたシャトルは狙い通りコート中央のラインへと向かった。元々どちらが取るか譲り合ってしまうところに速度も威力も全道でトップクラスのスマッシュで放たれるシャトル。どちらが取るにせよしっかりと打ち返すことができるかで実力がある程度把握できる。
 打ち返したのは、鈴木だった。高く深く上げられたシャトルに対して武は再び落下点に移動して身構える。

(やっぱり……もう通用しないかな!)

 次に打つのは右サイド。梶が立つ側で更にバックハンド側。
 ちょうど吉田の姿がブラインドとなり、梶には唐突にシャトルが飛び込んでくるように見えるはず。そう見込んでのスマッシュも、梶は完璧なタイミングで捉えてロブを打ち返していた。ドライブ気味に返せば吉田がインターセプトすると分かっているのだろう。スマッシュに対してはしっかりとロブを上げることを、二人は繰り返している。
 武はそれから数回スマッシュを同じ軌道に打ち込んだが、同じように返されたために少しタイミングを外してみる。

「はっ!」

 気合いを入れてスマッシュを打とうとしたラケットの軌道。それがシャトルにぶつかった瞬間に完全に静止した。その結果、ラケット面に軽く弾かれたシャトルがゆっくりと放物線を描いて――正確には、途中まで床と平行な軌道から斜め前に落ちていく軌道で、ネット前に落ちていく。そのフェイントに引っかかったのか、足がコートから離れなかった梶よりも、鈴木が先に回復してシャトルを追いかける。

「うおおお!」

 気合いと共に差し出されるラケット。しかし、気合いだけではどうにもならずにシャトルがコートへと着地した。

「ポイント。サーティーンイレブン(13対11)」
「しっ!」

 武はガッツポーズをしてから吉田の傍に近寄る。すでに来ることが分かっていたのか、振り向いてすぐに左手を上げて、武の左手を受け止めた。乾いた音が鳴った後で頷きあう二人。梶と鈴木へ聞こえないように声を潜める。

「これでセティング確保!」
「第一段階はクリア」

 小さく、しかし気合いを入れて口にする武と、あっさり流す吉田。相手が強敵と認識している以上、追いつめられても挽回のチャンスがあるセティングの確保は気持ちを楽にさせた。

(だけど、まだ安心できないんだよな)

 武はネットの向かいで顔を寄せて話している二人を見る。
 梶幸助と鈴木直人。二人は自分達に良く似ていると、武は感じていた。プレイスタイルも片方が前衛メインで片方が後方メイン。鈴木がネット前で反応速度が速く、インターセプトを狙ってくるスタイルに対して、梶が後方からスマッシュを躊躇なく打ってくる。外見を見れば力はそこまであるようには見えず、腕のしなりとタイミングの良さでシャトルを上手く打ち出しているようだ。武も力はあるが、やはり単純なパワーならば刈田には負ける。武のスマッシュが全道でも有数のものになっているのは、小学生の時から培ってきたフォームの綺麗さによる力の伝導率の良さ。生じた運動エネルギーがほとんどロスすることなくシャトルへと伝わり、打ち込まれることによる。筋力はあくまでその軌道を維持するためのもの。更には、ほんの少し威力に上乗せするためのものに過ぎない。

(十三点とはいえ、セカンドサーバー。これでミスれば相手のサーブ権。そこから二点取られるなんて十分ありえるんだから。注意しないと)

 自分のサーブ権のままで、終わらせる。そんな強い意志を持って武はサーブ姿勢を取る。十三点目なので右サイドに位置し、同じく相手のセカンドサーバーである梶へと照準を合わせる。狙うのは左肩口。ショートサーブで挑むのもありだが、今回はドライブ気味のサーブで左肩口を狙い、ラケットを上手く振らせないようにする。

「一本!」
「一本だ!」

 武の声に吉田も呼応するように大きな声を出す。吉田もまた武にサーブ権がある間に決めてしまおうと考えているのが、武にも伝わる。思考を読めるわけでもないが、考えていることがどことなく分かるようになってきた。それだけ吉田のことを理解できているはずと、武は心の中で自信を持つ。

(でも、おそらく相手もそういうペアなんだろうな)

 事前に得た情報から、向かいの梶は自分と似ていると武は思う。
 小学生の時は無名で、中学生からようやく頭角を現し、二年の終わり頃にはその地区を代表する選手となっている。いまや、函館のトップダブルスになっているのだろう鈴木と梶。
 武もまた、吉田との出会いとダブルスを組むことによって成長し、ここまで来た。その経歴が似ている以上、同じことが起こる可能性がある。

(俺達のほうが……ほんの少しだけど、勝ってる、はず!)

 武はドリブンサーブを打ちだした。狙いは梶の左肩。普通ならば体を左側に入れて、不自然な体勢でラケットを振らなければいけない。梶は武の予想通りに体を倒して、ラケットを振りきった。
 シャトルが捉えられて勢いよく弾き返される。武は無理せず取らずにそのまま前に構え、後ろで待ち構えていた吉田がネット前に落とすように打つ。ネットの白帯ぎりぎりに向けて打たれたシャトルに相手は鈴木が飛ぶように移動してラケット面を立ててきた。武はコースを少しでも塞ぐように移動してラケットを構えると、武を躱すような軌道でシャトルが放たれた。

「下がれ!」

 クロスで武のいる場所とは逆方向へと放たれたシャトルに吉田が追い付く。声に従って後ろに移動すると、吉田はロブを上げずにまたネット前へと打った。前に飛び込む速度も素早かったが、そのままの速度を保ってシャトルをコントロールし、ネット前に落とす。吉田の得意なヘアピンの打ち方だった。それに負けないようにと思ってなのか、鈴木は真横にスライドするように移動してラケットを立て、ネットを越えたばかりのシャトルを下から上に巻き上げるように打った。ネットと距離がなく、普通に叩けばタッチネットになってしまうが、こすり上げるように打つことでシャトルに角度をつけて打ち込める。
 吉田の横を抜けて落ちていくシャトルに、今度は武が追い付いた。

「おら!」

 ストレートではなくクロス。鈴木のいる場所の逆方向へとドライブ気味にロブを放つ。シャトルはネット前から低い弾道で飛んでいき、相手コート奥まで侵食した。それを追うのは梶。低い弾道からスマッシュは無理と判断してサイドにまわってサイドストロークでシャトルを打ち抜く。

「はあっ!」

 ドライブで返されたシャトルがネットに打ち込まれる。白帯にシャトルコックが当たり、そのまま武達のコートへと弾かれた。勢いだけではなくシャトルコックと白帯のぶつかった位置が良かったのだろう。シャトルが浮いて打ち込むには十分の高さだったが、タイミングを完全に外されてしまい、武は前に飛ぶように進み出た。

「うおおおああ!」

 前のめりに倒れるようにラケットを振りきる。結果、シャトルは相手コートの前半分と後ろ半分を分ける中間点へと着弾した。前衛と後衛のちょうど中央。どちらも追いつくことが出来なかった。代わりに武も自分の体を支えることが出来ずにコートに倒れてしまった。

「武!?」
「ポイント……フォーティーンイレブン(14対11)。大丈夫ですか!?」

 吉田が。そしてポイントを告げた後で審判が武に声をかける。ゆっくりと起き上がって無事をアピールしてから武は「大丈夫です」と審判に返し、吉田にも笑顔を向けた。
 吉田と審判だけではなく、応援している仲間達もほっとしたのか緊張した気配が緩むのを武は感じる。その仲間達に視線を向けて、初めて横で行われていた早坂と君長凛の試合が終わったことに武は気づいた。

「終わってたんだな、試合」
「ん? ほんとだ」
「気づいてなかったのかよ」
「お前もだろ。集中してる証拠だ」

 吉田と言葉を交わしあい、笑う。序盤はまだサーブの合間合間に早坂の試合の様子が気になって、視界の端に入ってきていたが、今はもう周りの様子は気にならなくなっていた。気にしなければ。
 シャトルが飛び交うコートの四方。どれくらい打てばギリギリの位置へとシャトルが入るのか。力加減はどれくらいか。相手の動きがどの程度の速度か。どうやって追いつくか。鈴木と梶の力を確信していく内に、武も吉田も雑念が取り払われて試合だけに集中するようになっていった。そしてその結果は終盤に現れている。11対11でセカンドサーブから始まった三連続得点。十点を越える前までならば吉田と一人ずつ一点を取ったところでサービスオーバーとなって、相手も同じように得点し、サーブ権を武達が奪い取る。そんな順番を繰り返していた。しかし、今はそのシーソーゲームから脱却しつつある。

(相手が駄目だったショットで、得点もできているし……今のところ、リードか)

 時折、鈴木や梶が打てなかったショットを武や吉田が決めている。シチュエーションは微妙に違うが、まだ自分達の方が優位に立っている証拠。できれば、そのまま行きたいところだが、武は首を振って否定する。楽をしようとして状況がよくなった試しはない。まず、悪くなるだろう。

「一本」

 内に生まれた雑念を捨てるためにあえて静かに呟く。迸る気迫を内に込めて、シャトルを打つ時に一気に解放する。十五点目をあえてラスト一本とは言わずに今までの得点と同じだと捉える。そうすることで特別なことをするという気持ちを抑えて、今まで通りにシャトルを打ち込むだけと自己暗示をかけた。

「一本!」

 吉田は武が「ラスト」を省略した理由を汲み取って、同じように一本と叫んだ。二人にしてみれば、特別ではなく。あくまで勝利へと続く一本。最後の一段だけ高いのではなく、あくまで他の階段と同じ高さだ。

「はっ!」

 鋭い声とともに放ったのは、ショートサーブ。前衛に強い鈴木に対して武が挑む。
 鈴木は前に飛んできたシャトルに突進するようにしてラケットを掲げたまま右足を踏み込んだ。ドン! と大きな音と共にシャトルはゆったりとした軌道でネット前に落ちていく。
 武はサーブを打ったままで前に出てシャトルをラケットでこするようにした。スピンをかけてのヘアピンはどちらかと言えば苦手だったが、今の武にはどこをどうこすれば相手が取り辛い回転になるのかが『見えていた』のだ。掠られて一度シャトルコックが上を向いた後、回転で空気を変な流れで吸い込みながらシャトルはくるくると回って落ちていく。武達のコートのすぐ傍でかけられたスピン。しかし、鈴木は落ち着いてシャトルをこすり上げると武から離れるようにクロスヘアピンを打った。鋭い切れ味は吉田に勝るとも劣らない。しかし、武は腕を、足を伸ばしてシャトルをラケットに追いつかせる。

「おらっ!」

 気迫の声とともにシャトルを取る。スピンをかける暇がなかったために完全に力加減のみでシャトルを運ぶ。既に移動して、少しでも浮いたならば打ち込もうとしていたであろう鈴木だったが、武のヘアピンは軌道修正がほぼなく、プッシュを打ち込むこともできなかった。シャトルを無理せずロブで上げた鈴木は武を悔しそうに見ながら後ろに下がる。そして、サイドバイサイドでそれぞれの陣地を守るようにして、身構えた。
 吉田が後ろで振りかぶる気配が伝わってきて、武は少し腰を下げた。いつものように構えていたら、シャトルを頭に受けてしまう可能性がある。実際に、シャトルは武をブラインドに使おうとしたのか、中央を切り裂く。武の頭のすぐそばをシャトルが通り抜いていった。

(これで……鈴木が、上げる!)

 武の読み通りに鈴木がシャトルを打ち上げた。更に吉田は同じ軌道で二発、三発とシャトルを打ち込んでいく。どれも鈴木のラケットによって返されていくが、四回目の時に初めて梶のほうへと放たれた。

「はあ!」

 鈴木と吉田だけの勝負となっていたが、無論それだけではない。吉田は返されるシャトルをさらに速度を上げて打ち込む。武の目には鈴木の打ち返す位置が徐々に下がっていく様子が映っていた。完全に気おされている。ここでネット前にドロップを打てば決まるかもしれない。

(でも、吉田はしない)

 武はそう信じてラケットを掲げたまま動かない。吉田もスマッシュを止めず、鈴木も威力に押されてかロブを上げることしかできなかった。
 そして。

「はぁああ!」

 吉田のスマッシュが遂に鈴木のラケットのフレームに当たり、シャトルが中空を舞っていた。そのシャトルがコートに付く前に鈴木はシャトルを手に取って舌打ちをしてから置いた。

「ポイント。フィフティーンイレブン(15対11)。チェンジエンド」

 まずは自分達の先勝。武はため息と一緒に安堵しつつ、コートから出ていた。
モドル | ススム | モクジ
Copyright (c) 2014 sekiya akatsuki All rights reserved.