Fly Up! 242

モドル | ススム | モクジ
 君長のロングサーブでシャトルはしっかりとコートの奥へと運ばれる。一瞬だけ後ろのラインを割ってアウトにならないかと期待したが、早坂の感覚からライン上に落ちてインとなる可能性が極めて高い。しっかりと身構えて、打つ瞬間まで君長の位置を確認する。君長はコート中央にしっかりと腰を落とし、早坂の次の手を待っていた。今の状況だと前へのドロップは通用しない。おそらく早坂が打ってから前に行くまでの半分の時間でヘアピンで返してくるに違いなかった。

「はっ!」

 まずはハイクリアでしっかりとコート奥へ追いやる。君長が本気を出してきたとしても早坂からすればやることは変わらない。シングルスコート全てを使い、君長の現在位置から最も遠い場所にシャトルを打ち続ける。君長が常に最大の距離を動くように打ち分けていくことで、最終的に追いつけなくなるまで根気強く待つしかない。
 それが通じなければ、考えていた次の手を使うしかないが、それ以上の手は今のところ用意できていないために最終手段だ。

(さあ……こい!)

 コート中央で腰を落とし、君長の次の手を待つ。シャトルの下に回り込んだ君長はストレートのハイクリアを打って早坂を右奥へと動かした。それに合わせて早坂はクロスのハイクリアを打ち、また君長を逆サイドに追いやる。クロスとストレートの応酬。あるいは二人ともストレート。シャトルをハイクリアで互いのコートの奥へと打ち続ける。状況が膠着すると、早坂の内心に焦りが生まれてくる。君長は十分な体勢からハイクリアを打っている。対して早坂は徐々にシャトルの真下に入って打つことが苦しくなってきていた。連続した動きの中でフットワークの移動速度の差が表れてきている。自分がやろうとしていることを逆にされてしまっている。君長の動きを想定していないわけではなかったが、脳内と現実の動きの剥離は時間が経てば経つほど大きくなる。

(このままじゃ……いつか押し切られる)

 手遅れにならないうちに早坂は攻めに転じる。シャトルの真下よりも少しだけ後ろに移動して、スマッシュをストレートに打ち込んだ。同時に前に出て少しでも君長の次の手を防ごうとする。
 しかし、シャトルの軌道を追って行く先には既に君長がバックハンドでラケットを持って待ち構えていた。

「やっ!」

 放たれたスマッシュがネットを越える瞬間にラケットでクロスに叩き落す。
 その軌道を読んだまでは良かったが、早坂のラケットはシャトルに届くことはなく、コートに小気味よい音とともに叩き込まれていた。

「ポイント。フォーエイト(4対8)」

 審判のカウントに続いてチームメイトが君長に「ナイスショット!」と声援を送る。対して早坂にも武達が「ドンマイ」と声をかけて来て、早坂は手を軽く上げて礼をした。仲間の声援のおかげでラリーで打ち負けた悔しさが消えていく。

(思い出した。これってジュニア大会でもやられた)

 ハイクリアのラリーで追いつめられて、仕方がなくスマッシュを打つ。ドロップだと速度が遅くなり、君長の移動速度ならば狙い撃ちされるだろう。そう思ってスマッシュを打っても、君長は即座にネット前に詰めてプッシュで沈める。いくら移動速度が速くても人間がスマッシュの速度より速くは動けない。ならばなぜ君長にはネット前でのインターセプトが可能なのか。

(君長は読んでる。ハイクリアが苦しくなってくればいずれミスショットで甘い球が上がるか、アウトになるか、スマッシュやドロップで前に落としてくるかしかない。ドロップは自分の移動速度を見せてるからおそらく打たない。打っても意味がない)

 シャトルを拾い上げてボロボロになった羽根を綺麗に整えてから渡そうと羽を指でなぞる。その中で早坂は急速に考えをまとめていく。

(だからスマッシュを打つしかなくなる。でも、苦し紛れのスマッシュは十分な力が乗ってないし、相手が打つタイミングもある程度は掴んでるはず。だって全国一位……いろんな選手と最後まで打ってきたはずだから)

 全ての羽を綺麗に整えてから、早坂は軽く打って君長にシャトルを渡した。それから場所を移動してレシーブ位置に立つ。君長はシャトルの礼か頭を軽く下げて、サーブ姿勢を取る。早坂も一度深く息を吐いてからラケットを掲げた。

「ストップ!」
「一本!」

 早坂に合わせて叫び、君長はロングサーブを打った。シャトルが中空を舞い、その下へ早坂は移動する。またハイクリアを打とうとしてから、即座に変更してスマッシュをストレートに放った。

「はっ!」

 シングルスラインへと叩き込むように。広いスペースを意識せず、ピンポイントで狙い撃つ。君長は一瞬ステップを止めてから動きだし、シャトルへと追いついてクロスのロブを上げた。早坂は背筋を反らせながらシャトルを追い、構える。

「はあ!」

 渾身の力を込めて、クロスのハイクリア。
 シングルスコートの最奥。後ろとサイドのラインが重なる点にシャトルが落ちるように狙う。そこまでのことが実際にできているかは分からないが、頭の中の軌道はその点にシャトルコックが落ちるようにしていた。
 君長がその落下点に追いついてスマッシュを放つ。早坂の右サイド。ストレートにサイドラインに沿ってシャトルが進む。
 早坂は滑るように横移動してシャトルを捉える。君長の位置を確認して、ネット前へと落ちるように力をコントロールして打ってから早坂は前に出た。シャトルの後ろをついていくように。君長は逆にシャトルへと突進するように駆けて行く。一気に二人の距離は近くなり、お互いの表情が見える位置まで来た瞬間、シャトルはクロスヘアピンで早坂から離れた。

(――届け!)

 今までよりも一段階キレがあるクロスヘアピン。しっかりと踏みしめることが出来るようになった分、下半身が安定し、その結果、安定したショットを生む。早坂はラケットを出したがミートポイントを外してしまい、シャトルはサイドラインを割ってしまった。

「ポイント。ファイブエイト(5対8)」

 アウトとなったシャトルを君長が取りに行く間に、早坂は次のレシーブ位置に戻る。得点差が徐々に縮まっていく中でも心の中には暗さがない。序盤から中盤にかけて本気ではなかった間は何かがあるかもしれないと暗い気持ちになりかけたが、逆に今のほうは気楽だった。

(大丈夫。これが君長凛……もっともっと、イメージと合わせる)

 ジュニア大会の後から君長との戦いをイメージしてきた。序盤から中盤はそのイメージとのギャップに逆に苦しめられた。今はほぼイメージ通りだが、試合をしてきた中で体が前までの速度になれてしまい、ズレが生じている。そのズレを修正するのにもう少し時間がいる。

(残り三点の間に、ズレを修正する。そうしたら……もう一つ手を打つ)

 君長との試合のために考えてきた対策二つ目。最後の切り札。まだ一ゲーム目だが出すしかない。後々に攻略される可能性はあるが、今はまず第一ゲームを取ることが先決だ。
 それを出すタイミングは君長の攻めに自分の体が慣れた時。つまり、本気の君長のきわどい攻めをもっと時間をかけて受けなければいけない。
 レシーブ位置にしっかりと立ち、君長を挑発するように叫ぶ。

「ストップ!」

 声とともに自分の中の気迫を相手に叩きつける。先ほどからも君長から発せられる同じものが、早坂の体を震わせる。自分もそんなことが相手にできているのか分からないが、負けられない思いを放出することで力になる気がしていた。

「一本!」

 君長から来るプレッシャーも増していく。しかし、シャトルが放たれればあとは打っていくだけ。ストレートのハイクリアに対して今度はクロスドロップで前にシャトルが落とされる。自分の攻めを奪われたような感覚を得つつ、早坂は前に詰めてロブを打った。いつもならここでヘアピンだったが、君長は既にそれを見越して直前まで迫ってきていた。ロブが打たれたところで斜め前につめていた軌道を真っ直ぐ後ろに変化させる。
 シャトルに追いついた君長は更にスマッシュで早坂がいる右前方にシャトルを打ち込む。コート中央に戻ろうとしていた早坂は自分のいた場所に戻ってくるシャトルに足を止めて出来るだけ前でシャトルをカットし、クロスヘアピンを打った。このタイミングならば並のプレイヤーは取れないはずだ。
 しかし、君長は斜め前に真っ直ぐ進み、シャトルに追いつく。しっかりと右足を踏み込んでからストレートのヘアピンを打ち、シャトルを早坂のコートへと落とす。

「は!」

 早坂はシャトルに追いついてストレートにロブを上げた。シャトルは綺麗な放物線を描いて君長のコートを抜けていく。苦しかったがサイドのシングルスライン上に落ちるようにコントロールは成功する。

(もっと……もう少し……)

 早坂はあえてその場から動かず、右サイドすべてをがら空きにする。明らかな誘いではあるが、クロスに厳しいショットを打たれれば決められてしまうだろう。
 だが、君長は早坂に向けてスマッシュを打ってきた。構えたところに打てば、逆に際どいところに打たれてピンチになるというのに。

「ふっ!」

 自分の胸部に届きそうなシャトルを、バックハンドでストレートに打ち返す。君長はコート中央に戻るために斜め前に走っていたが、ストレートにシャトルが来たところですぐ方向転換してストレートロブを打ち上げる。その動きに早坂は君長の攻めのパターンをようやく見て取った。

(最初からずっと、自分から一番遠いところに移動していく。そうやって動き出しを早くすることで本来なら追いつく筈もないスマッシュを、ネット前で落とせる……)

 ロブに追いついてクロスのハイクリア。いつもなら打つ瞬間までシャトルを見ていたが、体に打つことを任せて直前で君長へと視線を戻す。早坂のラケットが真上に届きそうな時に、すでに君長は斜め後ろに移動を開始していた。

(コート中央にいる時は一番打ちづらいバックハンド側の奥。そこから自分に一番遠くなるフォアハンド側前に突進していく。その読みが当たればそのまま。外れても途中で方向転換する。どっちにしろ、移動速度で十分カバーできるってことか)

 ハイクリアはシャトルを視界に入れないで打った分、多少精度が下がった。それでも飛距離は十分で君長は再びバックハンド側へと移動し、ラケットを構える。
 次に来たのはストレートのハイクリア。しっかりと奥まで来るシャトルに早坂は体を落下点にねじ込む。次に打つ場所をと考えて、君長がシャトルの軌道に沿うように前に出て来てるのが見えた。

(……そうか)

 早坂はクロスのハイクリアを打ち、コート中央へと戻る。君長がシャトルを追って行くのを眺めながら、情報を更に整理していく。徐々に追いつめられていても本気の君長を肌で体験することで攻略の糸口を掴む情報を引き出していく。それは、ジュニア大会ではできなかったことだ。
 ジュニア大会の時は君長が本気を見せるのにゲーム目の十点までかかった。しかも体が温まったという試合経過による理由で。今回、体が温まるのが早かったのはラリーが長引いたのもあるだろう。そして、長引かせることが出来たのは早坂自身の成長によるもの。おかげで、イメージの中だけではない、本物の君長凛を体験しながら策を練る時間が出来た。

(相手が自分の位置を確認することを逆手にとって、打つ位置を限定してるんだ。前に来たら誰でも奥にあげようとする。前に打ってきたらそのまま打てばいいし、後ろに上げれば追いつける……反則よね、本当に)

 全ては君長のフットワークの軽さから生まれるもの。
 肉体的な武器を一つ上限近くまで鍛え上げることで相手の攻めをほとんど封殺する。二重三重の効果を引き出している。君長は自分の武器を理解して、試合で最大限に使い、相手を攻略しているのだ。一年にして全国の頂点に立つプレイヤーに、早坂は改めて凄さを感じる。

(でも、私は勝つ……勝つには、どうしたら)

 コート中央を通り、そのままストレートのスマッシュに備えようと足を踏み出す。だが、そこで、君長はクロスのスマッシュを打ち込んできた。そのクロスは、コート中央に向かうような中途半端なもの。
 しかし早坂は体を元に戻しきれず、脇の下を通るような軌道でシャトルはコートへと着弾していた。

「ポイント。シックスエイト(6対8)」
『ナイスショーット!』

 函館Aチームの面々が君長へと声援を送る。早坂は自分への激励と共にそれを聞いて、シャトルを拾い上げた。

(……これって、何か似てる)

 今のパターンでラリーが決まったのをどこかで見ていた。君長の関連だと限定して、すぐに思い出す。
 Bチームの森丘との試合の中で、初めのスマッシュを受けきれなかった時だった。
 その時は一瞬だけ真正面へのスマッシュの対応が弱点なのかと思ったが、その後に似た攻めをされても特に打てないということはなく、出鼻をくじかれただけだろうと結論付けた。
 だが、もしも今の自分と同じようにミスをしたのなら。

(想定の攻めよりも厳しくない位置にシャトルを打ち込んだなら……逆に窮屈になるってこと?)

 早坂の頭の中に、君長攻略のロジックが急速に組み立てられていった。
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