Fly Up! 227

モドル | ススム | モクジ
(……強いな)

 小島は放たれるスマッシュをネット前に落とす。そこに飛び込んでくる刈田も今までより余裕がある。後ろにロブを高く上げたところを追って、刈田がいない場所へスマッシュを打つ――ふりをしてドリブンクリアを打った。小島も直前までスマッシュを打つと決めていたが刈田のポジショニングに隙を見いだせなかった。だからこそ、まずはバランスを崩させるためにと遠くに押しやる。今までの刈田ならば、数度前と後ろに散らせば隙を見せて、そこに付け入ることができた。だが、今の刈田は即座にシャトルに追いついているために、なかなかバランスを崩さない。更に、スマッシュ一撃、ロブ一つで小島が描くラリーをリセットしてくる。生半可な攻めを意に介さない、純粋なパワーを刈田は鍛えてきている。

(でも、明らかにペース配分を間違えてる。これだと、途中でバテる)

 フルセットになれば間違いなく切れるだろう刈田の体力。それは見えていた。それほどまでに刈田は常に全力でスマッシュを打ち込み、前に飛び込んでロブを上げる。刈田の体躯を動かすにはかなりのエネルギーを使うだろう。刈田は短期決戦に賭けている。それを見越せば、向こうの攻めをこちらがいなし続ければいずれガス欠で自然と勝利するだろう。
 だが。

「おらぁああ!」

 刈田のスマッシュが小島のラケットをすり抜けてコートへと着弾した。衝撃で羽をまき散らしながら転がるシャトルを見ていると、審判がポイントを告げる声が入ってくる。

「ポイント。エイトシックス(8対6)」

 シャトルを拾ってコートの外に置く。その間に審判は新品のシャトルを刈田に渡していた。ボロボロになった羽の破片もすべてコートの外に出して、小島はガットを整えて作られる四角形をきちんとする。その間に落ち着きを取り戻した。

(今のあいつの攻撃力は簡単にはしのぎ切れない)

 サーブ権を取られてから二回連続の得点。体が温まってきたからか、スマッシュの速度は序盤よりも速くなっていた。更に、今は試合に集中していることで『入っている』状態になっているからか、もっと速度は上がっていくはずだ。
 小島は一度思い切り息を吐いて、刈田を見据える。

「ストップ」

 自分の中で、扉を開けるイメージ。中に閉じ込めておいた力を開放するように。今、刈田へと全てぶつけるようにイメージする。
 瞬間、風が自分の周囲に吹き荒れたような気がした。
 その風が刈田へと突き進み、体を揺らす。刈田も表情を厳しくしてサーブ体勢を取った。自分の闘志が届いたのかと苦笑して、小島もレシーブ姿勢を取る。狙うのは決まっている。受けに回れば押し切られるのならば、攻めあるのみ。

「一本!」

 刈田は普段よりも力を込めて、サーブでシャトルを高く飛ばしていた。今まで刈田が見せていた最大飛距離よりもさらに高い。その間に刈田はコート中央に腰を下ろして小島の次のショットに集中する。刈田も、今の小島は今までとは気配がまるで違うと気づいたのだろう。
 相手コートの端まで飛ぶシャトル。それをラケットを振りかぶって打とうとする小島。
 シャトルの距離が一気に縮まるような錯覚。引き延ばされる時間の中で、小島は自然と一歩足を踏み出す。

「はぁぁああ!」

 小島は全力で叫び、ラケットを振り切る。シャトルはこれまでとはまるで違う速度で進み、刈田のフォアハンド側に着弾していた。その間、刈田は一歩も動けない。転がったシャトルを、呆然と見ていた。

「さ、サービスオーバー。シックスエイト(6対8)」

 審判が遅れを取り戻すように慌ててコールする。刈田はゆっくりとシャトルを取りだして小島へと打ち返していた。その表情は今起きたことが信じられないというようなもの。小島はシャトルを手に取って羽を整えながらサーブ位置に着く。一つ息を吐いて、闘気を一気に放出する。刈田を一直線に睨み付け、すべてを叩き込むようにする。
 刈田の顔が歪んで汗が流れたように見えた。
 その瞬間を狙い、小島はロングサーブを放つ。少し弾道低めのドリブンサーブ。刈田は後ろに行く前にジャンプをしてハイクリアを打ち返した。そのシャトルを追って真下に入る小島は、刈田の姿を視界に収めた。腰を下げて次こそはスマッシュを取るという気合いを込めた構え。

「――おぉお!」
 
 小島は刈田の真正面にシャトルを叩き込む。ラケットをしならせて全力でシャトルを叩く。あまりの勢いに刈田は咄嗟にバッグハンドでシャトルにラケットを当てるのが精いっぱいだった。前には飛ばず横に弾かれるシャトルに、審判がポイントを告げた。

「ポイント。セブンエイト(7対8)」
『ナイスショーット!』

 Aチームの面々から声援が来る。それに軽く手を上げて答えてから、すぐに刈田へと視線を戻した。刈田は二度のスマッシュエースに悔しさをにじませて、怒りに変えていた。その怒りを闘志へ更に変換し、小島へと叩きつける。
 刈田からのその闘気を、小島は軽く受け流した。前は受け止めても問題ないくらいだったが、今の刈田は侮れない。全力を出して倒すしかない。そこまで考えて小島ははっとする。

(初めて、あいつ相手に本気出すかもしれないな)

 今までも対戦した時は本気でなかったことはない。ただ、心のどこかで本気を出せば確実に勝てると考え、無意識のうちに手を抜いていたと思われる個所もあった。だが、今回はそんな余裕はどこにもない。このまま戦えば刈田は体力が尽きて自然と自分に勝利が舞い込む。そう思ってはいても安心できない自分がいる。
 つまり、体力が尽きない可能性。
 最後まで攻め続ける刈田の姿を未来に見出して、小島は初めて余裕というものを心から消す。
 淺川亮と対戦して以来、自分の中の全力を引き出して刈田を抑える。その覚悟を決めた。

(刈田。感謝してるぜ)

 小島は特に何も言わずサーブする。今度はロングサーブで刈田を後ろまで下げた。刈田の次のショットはスマッシュとあたりを付けて、バックハンドで踏み込む。それに気づいた刈田は腕の力だけで強引にハイクリアへ変えた。軌道が下から上へと変わり、小島は飛ぶように後ろに下がる。逆にシャトルの下まで来た小島は、刈田のポジショニングを見て、再び胸部へとスマッシュを打ち込む。ひとつ前と同じ弾道に今度は上体を倒してラケットを構え、押し出すようにシャトルへとぶつけた。カウンターとなったショットはより早いタイミングで小島側のコートへと落ちる。
 しかし小島は更に早いタイミングでシャトルに追いついて低い弾道でコート奥へとシャトルを打った。刈田は戻ることができず、コートに落ちたシャトルを見送るだけだった。

「ポイント。エイトオール(8対8)」

 何故、点を取られてしまうのか。刈田は理由が分からずに困惑しているようだった。自分の弱点がどこかと探りながらシャトルを取り、小島へと返す。出来るだけ思考をまとめる時間が欲しいと遅らせている。

(刈田……どんどんこい。本気で、叩き潰す)

 飛んできたシャトルをラケットで受け止める。完全に刈田へ集中している状態。もう周りの声援も薄幕を張った先から聞こえてくるような気がするほどに。

(俺はここで躓いてるわけにはいかない。あの、淺川を越えないと駄目なんだからな)

 シャトルを持ち、それを打ち上げる。いつも繰り返してきたルーティンワーク。
 それは、自分の勝利への方程式。
 シャトルを上げて、相手がそれをスマッシュで打つ。そのスマッシュを、前で受け止めて反応できない速さで叩き返す。

「ポイント。ナインエイト(9対8)」

 脳裏で描いた方法で、現実でも一瞬で得点していた。
 実際の動きとしても、小島は捕えていた。
 刈田が打ったスマッシュに対してほぼ同じタイミングで飛び込み、バックハンドに構えたラケットを体の前に思い切り押し出し、触れた瞬間にリストを返して逆サイドに打ち返した。前に出るカウンターの要素だけではなく、斜め方向に打ち返すことによる力の方向の変換。真正面に返すよりも相手の力の流れを利用してより強いショットで返りやすい。

「ストップ!」

 刈田はそれまでの気合とは色が異なった声を出す。それは、焦りの色。先に十点目を取られることが小島にアドバンテージを与えてしまうというと考えているのか。準決勝からは十五点の三ゲームマッチという通常のルールに戻っている。しかし、先に二桁得点になるというのは精神的に優位に立てるのだ。刈田にとってはここが一つの踏ん張りどころなのだろう。

(でもな、刈田。お前にもう影も踏ませない)

 小島自身の目標。それは、淺川にたどり着くまでは負けないということ。
 そして、それまではあえて勝ち方にこだわると決めたことだ。
 ただ勝つのではなく、勝って当たり前の相手ならば何かしらのノルマを自分に課す。
 実際、この全道予選が始まってからシングルスは小島の敵はいなかった。それだけに勝ち方にこだわり、それを遂行してきた。
 今、目の前にいる刈田は今大会で初めて苦戦している相手だ。それだけに、小島は本気になり、もう一点も取らせない、とノルマを定めた。

(お前に全力で勝つことで、また俺は強くなる)

 小島はロングサーブを高く打ち上げて刈田を後ろにする。そして中央で刈田の動きに集中した。そして、刈田が打ってきたストレートスマッシュにタイミングを合わせてクロスに打ち返す。ひとつ前のラリーと同じ展開。さすがに読んだのか、刈田は横っ飛びに近いフットワークでシャトルにくらいついた。

「おらぁあ!」

 フォアハンドで思い切りシャトルを叩き、ドライブで返す。小島よりも速度で勝ろうという考えからか、体勢が崩れても低く鋭い弾道にするよう刈田は打った。そして、小島はそこに難なく追いついてバックハンドで真正面に打ち返す。
 体勢を崩して倒れそうになっている刈田の目の前にシャトルが迫った。
 刈田は強引に上体を起こしてラケットを振る。真正面だけにバックハンドでなければ間に合わなかったが、体を斜めにしてラケットを斜め前に振り切ることでシャトルを捉える。
 打ち返されたシャトルはネット前に斜めの軌道で落ちていった。小島もそこに向かって走る。
 ラケットを伸ばしてシャトルを捉えようとした瞬間、刈田の姿を見ると前に飛び出してきていた。小島は自分の体勢が前に上体が伸びきっていると悟る。それを外から見れば前に落とすしかないだろうと考えるに違いなかった。刈田もその思考に従って前に出たのだろう。
 それでも、小島には手があった。

「ふん!」

 シャトルがラケットヘッドと接触した瞬間に勢いよくリストの力でシャトルを上げた。刈田ほどの力がなくても一瞬で跳ねあげれば、前に飛び込んできた刈田の頭上を越えるくらいは出来る。刈田はあっと声を上げて上体を起こしたが、その更に上を飛んでいくシャトルに、ラケットを伸ばす。

(とどか――)
「届け!」

 刈田が大声と共に片足でジャンプする。ラケットの端が、シャトルコックを捉えていた。それだけで刈田は一瞬笑みを浮かべて、ラケットを振り切る。
 すると小島の背を越えてシャトルがコートに着弾していた。

「サービスオーバー……エイトナイン(8対9)」

 審判の声を聞いて初めて自分が得点されたと気づく小島。後ろを見ると確かにシャトルが落ちていた。小島の目に見えたのは刈田のラケットがかすかにシャトルを捉えたところまで。そこから引っかかっている間に打ち返したと悟り、素直に驚いた。

「マジかよ」

 完全に過去の刈田から変わっている。自分と戦うことで何か力でも得られたのか。そんな漫画のような展開を考える。
 目の前にいる男は刈田であって刈田ではないのだ。
 ため息をこれ見よがしについて、小島はシャトルを拾う。それから羽をゆっくりと整えて、出来るだけ優しく刈田へと届けた。
 接戦が限界以上の力を刈田に与えているのかもしれない。
 自分と戦うことでそんな力を出しているならば。

(こんな嬉しいことはないな)

 小島は不敵に笑った。その笑みの意味を計りかねて刈田も首を傾げる。小島は気にせずにレシーブ姿勢を取った。点はリードされているが流れは刈田にある。本来、自分が取れるはずだった点をサービスオーバーで返された。バドミントンのツキ、試合の流れ。いくつか言い方があるだろうが、そういった不可視の力が今、刈田に集まっているように小島には思える。

「こい! ストップだ!」

 だからこそ、小島は燃えた。
 この試合を終えた先に、更なる自分が待っていると確信を持てたのだった。

(ますます倒しがいが出てきたじゃないか! 刈田ぁ!)

 小島のロングサーブをハイクリアで返す。
 かつてライバルとして見ていた吉田がダブルスに行き、市内に敵はいないと思っていた。
 だが、刈田が上ってきて、更に追い抜こうとしている。それがたまらなく楽しくなっている。

「おら!」
「はあ!」

 刈田のスマッシュを即座に返す小島。一進一退の攻防はまだまだ続いていく。

 9対8
 Aチーム小島、一点リード。
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