Fly Up! 226

モドル | ススム | モクジ
 刈田と小島がコートへと入る。
 準決勝のトーナメント戦からは、複数のコートで同時に試合ではなく、一試合ずつ行われる。そのためにコートを形作るテープもネットも張られていない個所があった。試合に臨む各チームがお互いに試合に集中するために、対角線となるような配置で準決勝の第一試合と第二試合を行う形になる。

(二人とも……凄い気迫だな)

 武はコートに渦巻く二人の闘志が目に見えた気がして目をこする。実際にそんなことはないが、そう思わせるほどに張りつめた空気が二人の間にあった。審判にやってきた協会の役員もその空気に呑まれたのか体を震わせていた。
 それでも気を取り直してサーブ権を決めさせる。結果、刈田の手にシャトルが渡った。小島はエンドをその場に決める。

「フィフティーンポイント、スリーゲームマッチ、ラブオールプレイ」
『お願いします!』

 準決勝からは男子は規定通りの十五点ゲームとなる。
 刈田は「一本!」と怒号にも似た咆哮と共に、ロングサーブを打ち上げた。小さな爆発でも起きたかのような音と共に、シャトルは綺麗な放物線を描いて小島のコート奥の線上へと落ちていく。小島は既に下に移動して、次のショットをどうしようかと刈田を一瞬見た。そして、ストレートスマッシュで刈田のバックハンド側を抉る。

「らあ!」

 逆サイドに迫るシャトルを咄嗟にバックハンドで弾き返す。武ならば前に落とすのがやっとのタイミングのシャトルを、刈田は手首だけで大きなロブを上げた。きちんとしたフォームによる力の伝達で速度や威力を上げる武とは対極の、己の筋力だけで強引にシャトルを飛ばす刈田。その真価は、追い込まれても体勢を立て直せることだ。常人なら前に落とすしかないようにすることで前に出てプッシュを決める。それを刈田はコート奥へと返すことで攻めを中断させることができる。小島も前に飛び込もうとしたのを後ろに下がり、再びシャトルへと照準を合わせる。
 次はどこに打つのか。武は刈田の姿勢が前傾なのを見て、小島は後ろへと飛ばすだろうと予測する。

「はっ!」

 武の予想通り、小島はドリブンクリアで刈田のバックハンド側へとシャトルを飛ばした。ハイクリアよりも滞空時間も短く速度もある。刈田は体を切り替える余裕はない。しかし、後ろ向きになったと思うとラケットをバックハンドのまま上空のシャトルへと叩き付けた。

「おら!」

 シャトルをバックハンドクリアで再度、小島のコート奥へと運ぶ刈田。どれもタイミングよりパワーで運んでいることに武は鳥肌が立っていた。今日の刈田からは今まで以上の、得体のしれない力を感じた。
 まだサーブ権は移動していない。何度か小島が良い場所へとシャトルを落とすのだが、それを刈田が強引に打ち返して態勢を整えている。攻めているのは小島だったが、本当に追い込まれる前に刈田が弾き返していた。

「刈田のやつ……いつの間にこんなに強く」
「合同練習の時から一気に伸びた気がするな」

 隣に座る吉田の言葉に息をのむ。刈田は小島を目指して、どう勝つかを考えてきた。その結果がこれだというのか。

「徹底的に手首を鍛えて、不利な体勢も力で弾き返せるようにっていうのが、あいつの理想なんだろうな」

 吉田の言葉に重ねるように、刈田が吠えてスマッシュを放った。一度目のラリーの中で、初めて攻めに転じた。そのスマッシュを小島は取り損ねてシャトルはコートの外へと転がった。

「ポイント。ワンラブ(1対0)」
「しゃ!」

 一点は一点。しかし、小島に対して力でもぎ取った一点は、それまでの彼らの試合を見ている武達には大きな意味があった。
 練習や公式戦含めて、刈田が小島に勝てたことはない。それも、最初は全く敵わなかった。小島の技量によって要所要所を締められて、刈田のパワーは空回りさせられて終わっていた。
 それが、今回は良い方向に動いている。それも、小島の技術に振り回されることがなくなったからだった。窮地に陥っても、シャトルに追いつける。そこから自分の力を使って体勢を立て直す。いくら追いつめられてもリセットできるために小島が攻めきれないのだ。

「この試合。もしかしたら、小島のやつ……」
「そこはまだ分からないな」

 武が言いかけた言葉を吉田が制す。同じチームの人間が負けることを口にするのは良くないと思ったのかと、武は口に手を当てて謝る。しかし、吉田は吉田で別の考えがあるようだった。

「小島を信じろよ。あいつは、俺達よりも強い。北海道で二番目に強い男だ」

 吉田の言葉には、普段とは違う響きが含まれていた。ライバルとして差を付けられること以上に、その存在が仲間であることが頼もしいとでも言わんばかりに、小島の実力に対して信頼を置いている。それを以外に思った武だったが、すぐに考えを改める。

(そうだ。俺達はもう、ライバルの前にチームの仲間。小島は、このチームのエースなんだ……)

 チームにとってエースとは絶対的な柱。勝ってチームに勢いをつける絶対的な選手だ。その役目に最も相応しい男になっている。

「一本!」

 刈田が勢いに乗ってサーブを打ち上げる。落ちてきたシャトルの真下に飛び込んで、小島は高く飛びあがった。

「はっ!」

 急角度で落ちていくスマッシュ。いつもと異なる角度に刈田は伸ばしたラケットとスイートスポットを外した。

「サービスオーバー。ラブワン(0対1)」

 刈田と同じようにスマッシュ一発でサーブ権を取り返した小島。その表情には焦りも高揚も何も読み取れない。静かに、無表情のまま刈田を見据える。
 シャトルを受け取って羽を整えてから、刈田へとサーブ態勢を取る。刈田もすぐにサーブ権を取り返そうという気合いをみなぎらせて小島を迎え撃つ。

「一本」

 一言、宣言のように呟いてからサーブを放つ小島。シャトルは高くゆっくりと放物線を描いて刈田のコート奥を侵食する。刈田はシャトル後方まで移動して迷うことなくラケットを振りかぶる。そのままストレートに渾身の一撃を叩き込む。

「らぁ!」

 シャトルが爆散するのではと不安になるほどの音。しかしシャトルは耐えて小島のコートに真っ直ぐ向かう。小島はすぐさまバックハンドに持ち替えてシャトルの射線上にラケットヘッドを入れた。それから前に突進してくる刈田を見て、手首のスナップを使って軽く弾く。
 シャトルは前にきた刈田の頭上を越えていく。突進を止めて仰け反るには中途半端な高さ。刈田の制空権内の隙間を縫って行くように飛ばしていた。

「くおお!」

 刈田もラケットを振れないことで呻く。そのまま、シャトルがコートに落ちるのを見送るしかなかった。

「ポイント。ワンオール(1対1)」

 刈田はシャトルを拾って小島へと渡してレシーブ位置に戻った。小島はその後ろ姿を少しだけ見てから、自身もサーブ位置に移動する。何か感じることがあるのかと、武は吉田に視線を戻す。

「なんでも俺に聞くなよ……多分、今の小島のショットに、前までの刈田なら体をのけぞらすのも無理だったはずだ。それが、反応までできてる」
「じゃあ、ここで刈田が引っかかったってことは、次からは選択肢に入れて、反応できる可能性があるってことか?」
「分かってても反応できないってのはあるけどな……」

 武に呆れつつも疑問に対する答えを言う吉田。自身も、刈田の成長を言いながら確認しているのだろう。ある程度の実力を持った者が次の段階にブレイクスルーするのは難しい。武のように元々強くなかった者が一足飛びで成長するというのがありえるのは、周りの強さを肌で体感し、追いつこうと考えられるからだ。元々強かったなら、目指すべき強さがなかなか見えない。
 その問題も、吉田も小島も。そして刈田もまた全道大会を通して解決できたらしい。更に刈田には、まだ目指す頂が目の前に見えている。

「もしも。この試合中に刈田が小島レベルにまで成長することがあれば、危ういかもな」

 吉田の言葉に息を呑む。しかし、小島を信じろと言ったのも吉田。どちらも本心なのだろうと武は、言いたい言葉を飲み込んだ。

(小島は勝つ。大丈夫)

 試合は小島の二回目のサーブが放たれて、同じように刈田がスマッシュをストレートに放っていた。今度はフォアハンド側に打ち込またシャトルを、小島は完全に勢いを殺してヘアピンで返す。白帯の上すれすれを越えていったシャトルだったが、前に飛び込んだ刈田がラケットヘッドを横にスライスさせてプッシュの方向を変更する。急角度で逆サイドに落ちていくシャトル。しかし、小島はその軌道を完全に読み切って先に動いていた。

「ふっ!」

 一呼吸、鋭く吐きつつラケットを振る。プッシュを完全にインターセプトした形になったために返されたシャトルの速度はダブルスでのドライブくらいにまで高まっている。刈田も即座に後を追ったが、シャトルがコートに着く前には捕えられなかった。

「ポイント。ツーワン(2対1)」

 刈田は小走りでシャトルの所までたどり着き、軽く羽を整えてから小島に渡した。これまで二回、良いようにやられているのだが、それでも刈田の顔には笑みが浮かんでいる。武は背筋に悪寒が走った。それはけして諦めや憧れによる笑みではない。何かしらの手ごたえがラリーごとに生まれているような、そんな笑み。

「しゃ。ストップ!」

 そう言って刈田はレシーブ位置に構える。小島はシャトルを持ってサーブ態勢を取ってから、少しだけ間を置いた。いつもよりも遅らせたサーブのタイミング。そこからラケットを鋭く下から上へと跳ね上げた。
 シャトルは多少低い軌道で刈田のコートの中空を裂いて落ちていく。高く遠くへ飛ばすのではなく、弾道を低くして遠くへ飛ばす。あまり低ければ途中でインターセプトされるため、高さはある程度保っておく。その調整を、わずかなタイミングの遅れだけでやってのけた。

「おおら!」

 刈田もいつもより早く後ろにたどり着いてラケットをシャトルへと叩きつけた。一回目と同じようにストレートスマッシュ。小島も同じようにバックハンドで追う。しかし、一回目と異なるのは刈田の突進がコート中央で止まったことだった。
 それを見た小島はシャトルをヘアピンで落とす。最短の距離で落とすためにストレートヘアピン。それでも、刈田はラケットを伸ばしてシャトルへと追いついた。

「おら!」

 手首の力でロブを上げる。小島をコートの後ろへと追いやって、自分は少し前側に両足を広げて待ち構えた。小島はラケットを振りかぶり、ハイクリアで刈田を後ろに戻す。早い段階でスマッシュをインターセプトされる危険を考えると、体勢を整える方が先と判断してのことだ。
 刈田はすぐさま後方へと移動してシャトルを捉える。後ろに移動した勢いそのままにバックステップでジャンプして、ラケットをより高い位置で捉える。

「だっらああ!」

 刈田のパワーに高さを加えたジャンピングスマッシュは、コート中央で待ち受けていた小島を少しも動かすことなく、コートに着弾していた。
 シャトルを打った音と、コートに着弾した音。いずれも桁違いに大きく、審判や観客の誰もがシャトルが床を転がってもしばらく動けなかった。
 小島以外は。

「審判」

 小島がシャトルを拾い上げて交換を要求する。見せつけたシャトルの羽は半ばからへし折れていて、使えないことは明らかだった。我に返った審判が慌てて次のシャトルを刈田へと渡してサービスオーバーを告げる。小島は手の中の壊れたシャトルを軽く打ってコートの外に出した。

「しゃ! 一本!」

 刈田のサーブ権に戻り、再び小島へと向かい合う。それだけで刈田から発せられる闘志が圧力を増したかのように武には感じた。自然と拳を握っていて、その中は汗をかいている。
 刈田がため込んだ力を爆発させるようにシャトルを打ち上げた。落下速度は変わらないはずだが、感覚的に鋭く落ちていくように武には見えた。
 小島は刈田の位置を確認し、ドロップで前に落とす。それには即座に反応して刈田は前に詰めるも、プッシュするには絶妙な軌道でネットに触れていたため、ラケット面をスライスさせてスピンヘアピンで落とす。そこに飛び込んでいた小島は無理せずロブを上げた。

「らあ!」

 その軌道に刈田はラケットを割り込ませた。
 そしてシャトルは小島の背中を越えてコートへと着弾していた。

「ぽ、ポイント。ツーオール(2対2)」

 審判もどもるほどにラリーの展開が早い。互いに強打をインターセプトする形であっという間に得点を重ねる。それでもどこか一回一回のラリーが長く感じるのは、そこまでに至る流れが静かすぎることが原因だろう。
 強烈なスマッシュから静かなヘアピン。そこにきたプッシュをインターセプトして返す。
 あるいは、ドロップをヘアピンで返されたところをロブを打ち、それをインターセプトされる。
 動きの質が変質する境界線を二人とも瞬時に越えていく。それは武も経験はあった。全道レベルの二人のぶつかり合いだからこそ生まれるのだろう。

(逆に言うと、刈田の実力がそれだけ小島に近づいてるってことか)

 武は内心呟いて、自然と笑みがこぼれた。高い実力の二人の試合を見れることに純粋に喜びを感じていたのだった。
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