Fly Up! 221
各コートで試合が始まって一時間三十分が過ぎようとしていた。それぞれの戦いが繰り広げられている中で、武達のいるコートは一足早く決着がつこうとしている。
既に男女シングルス。男女ダブルスで勝利を決めていた武達のチームは、残りの試合に応援を集中させる。
それは既に消化試合ではあるが、全勝するかどうかを決める試合。
更に、試合をしている当人からすればこれから先の戦いを占う意味もあった。
(大丈夫……焦らないで……)
そんな状況で清水は何度も息を吸って自分を落ち着かせる。後ろでは安西が急かすこともせず、腰を落として清水のサーブを待っている。
ミックスダブルスとしてコートに入った安西と清水は、他の試合と違って一進一退の攻防を繰り広げた。
他の四試合だけならば一時間を切るようなハイペースだったが、この試合で時間を一気にロスする。それでも他のコートとほぼ同じ時間帯になったのだから、いかに他の試合がすぐに終わったか分かるものだった。最初、清水はそのことに焦り、ミスを連発したものの、安西からのサポートにより一つ一つゆっくりとラリーの間を開けつつ進めていく。
結果、第一ゲームは十一対七で勝ち、二ゲーム目も遂に十対八まで進んだ。あと一点で、全勝で勝ち抜ける。
(私がミスしても……安西君がフォローしてくれる)
清水がシャトルを後逸しても、安西が拾って相手コートに返す。それでチャンス球になったとしても、安西は正確に相手の急所へとシャトルを打ち、得点を重ねていく。実際にミスも多く、相手もせめて一勝はと必死になって挑んでくる。そのプレッシャーに何度か負けて気落ちしそうになっても、安西は清水を支え続けた。
(私は弱い。だから、せめて精一杯自分のやることをやる!)
清水は静かに「一本」と呟いてから、ショートサーブを打つ。今までで最も美しい軌道を描いて、相手コートにシャトルが向かっていく。これまで少し高めのシャトルをプッシュしてきた相手は、そのギリギリの軌道に体を引いた。アウトになると予想して。
だが、シャトルはギリギリ前のサーブライン上へと落ちる。それを見た相手は慌ててラケットを振ったが、ネットに思い切り突き刺さり、自分の側へと落ちて行った。
「ポイント。イレブンエイト(11対8)。マッチウォンバイ、安西、清水」
審判が試合の終わりと勝者を告げる。
清水は打ち返されるはずだったシャトルへとラケットを伸ばした状態で止まっていた。それからゆっくりとラケットを下げていく。乱れた息を落ち着かせるためにゆっくり深呼吸をする。その間に相手がネット前に歩いてきて、清水へと手を伸ばした。安西も隣に来て、先に真正面の相手と握手をする。清水もそれにつられて手を握った。
「ありがとうございました」
「ありがとう……ございました」
相手の顔は晴れやかではなかった。それでも、最後まで試合をして良かったと思えるようなそんな気持ちが清水に伝わってくる。
一方で清水には全道での勝利の感動は、まだ来なかった。何も考えることができなかった。
◇ ◆ ◇
チーム全員が並んでネットを挟んで向かい合う。
審判が5対0で武達のチームの勝利を告げてから、全員が一斉に「ありがとうございました!」と礼を終える。
その後には両チームが別々の方向に去っていく。フロアから出たところで、清水は壁にもたれかかってずり落ちた。
「どした? どこか痛めたか?」
ちょうど傍にいた武が清水へと問いかける。しかし、清水は首を振って笑顔を作った。本当に大したことはないのだ。
ただ、気を抜けば泣きそうだったのだ。
「ごめんね。なんでもない。勝ててホッとしたんだ」
それが痛みを隠しているような様子ではないことは武も分かった。ほっとして手を伸ばし、清水を立たせる。
そして呟いた。
「初勝利、おめでとう」
それは武の心からの言葉だ。
いきなりレベルの高いところに参加して、練習でも清水と藤田は負け続けた。しかし、公式戦で初めて勝てた。その気持ちは市内の学年別で初勝利した武にとっては、似たような感動に違いないと思っていた。だからこそ清水や藤田にはもっともっと頑張ってほしいと武は思う。諦めなければ、手を伸ばせば何かに届くかもしれないから。
そんな武の思いを知るわけはないのだが、清水は何かを感じて笑う。そして頷いてから言った。
「ありがとう」
そして、清水は自力で壁から離れて歩いていく。その後ろを武がついていく構図になった。
(これで、まずは一勝、か)
歩きながら武は考える。
一番手強いチームに勝てたことは大きい。これから先は気が抜けないとはいえ、実力的には少しだけ劣るはず。ならば、油断せずに実力を出し切れば勝つのは難しくないだろう。
(でも、俺は勝ち方を考えないと駄目だ)
早坂と小島の試合を見ていて武は考えた。ただ勝っても、自分達にはあまり意味がない。
必要なのはどうやって勝つか。
橘兄弟と試合をした時を思い出す。そして、その時のようなプレイを再び出来るかと考えると、自信はなかった。学年別でその片鱗は見せたが、ジュニア大会の準決勝ほどのプレイと言われるとまだ遠い気がしている。
あの時は追いつめられたことで集中力が極限まで高まって、練習の成果と絶妙に混ざり合った結果として自己最高のプレイができた。理想の状態に近いとも言える。それを毎回出せるようにならなければ、次に橘兄弟と当たって勝てるだろうか。
(だから、もっともっと強くならないと。この試合の間にも)
小島達は何かしら試合で目標を決めていた。ならば、自分と吉田の目標は何か。
(まずは、負けないことだろうけど……あとは何だろ)
考えている間に歩は進み、武は目的地についていた。
そこはもう一つのチームが試合をしているところ。ちょうど男子ダブルスの川瀬と須永が相手のダブルスを倒したところだった。
今のところの戦績を見ると、男子シングルスの刈田が勝ち、女子シングルスの森丘が負け、川瀬須永のダブルスよりも先に堤、上代のダブルスが勝った。これでBチームの三勝一敗。残りはミックスダブルスだけとなる。
武は応援に回っている刈田の傍に近づいて、声をかけた。
「とりあえず勝利だな」
「なーに言ってる。まだ最後のミックスダブルスがあるからな。これで勝って気持ちよく終わりたい」
「確かに」
コートに出たのは石田と寺坂。石田は市内の一年男子シングルスの一位。小島と常に打ってきたからか、その力は武達にも引けを取らないはずだった。だが寺坂とのミックスダブルスも公式戦では未知数。相手のダブルスも同じ。けして気は抜けないだろう。
「石田はあまり心配してないよ。寺坂はどうか知らんけどな。お前の方が詳しいんじゃないか?」
「俺か……そうだな……寺坂は、落ち着けば何とかなるだろ」
「落ち着くかぁ。当たり前のこと言うな」
軽くラケットで小突かれる。刈田は笑って前の二人に大声で声援を送る。その声量は大きく、傍にいた武も体がびりびりと震えた。その気合いに押し出されるように、寺坂はじゃんけんでシャトルを取った。
早坂も寺坂へと声援を送り、そちらを向いた寺坂が笑う。武の眼には多少緊張気味に見えていたが、その動作でその力が抜けていく。
(あれなら、多分大丈夫だろ)
「一本!」と大きく言って、寺坂はノーモーションからショートサーブを打った。奇襲を狙ったものであり少しネットから浮く。相手のダブルスは前に飛びこんでシャトルをプッシュした。しかし、寺坂は横に飛んで前に来る石田を邪魔しないようにする。その状態で石田は正確に打ち込まれたシャトルを捉えてロブを上げていた。
すぐさま前方中央に戻る寺坂。ミックスダブルスでは一般的なトップアンドバックの構え。いくら相手にスマッシュを打たれてもサイドには広がらずに後ろの男子の防御力に任せる。
石田は打ち込まれるスマッシュを寺坂の頭をかすめるかのような軌道でクロスに飛ばした。ちょうどよくブラインドになり、相手の動作が一歩遅れた。そのために浮いたシャトルを、寺坂がバランスを崩した相手へと向けて打ち込んだ。
「ポイント。ワンラブ(1対0)」
「しゃ!」
石田が拳を上げて叫び、寺坂は「ナイスショット」と呟いただけ。
武はその様子を見て内心ほっとする。寺坂の状態は普段の練習時に近いように見える。石田は良くも悪くも寺坂のことはあまり構っていないらしい。それはミスをしてもされても特に気にしないということだ。自分が最良の仕事をするだけという意識が見て取れる。それを寺坂は気が楽と思っているのかもしれない。
信頼関係が構築されているとは言い難いが、割り切って互いの仕事だけを淡々と行おうとしているのが逆にこの短期決戦では生かされるのかもしれない。
次々と石田がドライブとスマッシュ、ドロップによって相手を崩し、寺坂がプッシュをして得点を重ねていく。それは本当に流れ作業のように見えた。まるで相手に対して壁打ちをしているように。寺坂の顔にはまだ人間味が残っていたが、石田は打っている間は無表情で得点が入ると気合いを入れて叫ぶということを繰り返す。そのギャップに相手は何かしら思考を読み取ろうとしても読み取れていないようだった。試合の最中は機械のように打ち、ラリーが終われば内に秘めていた闘志を発散する。元々気合いを押し出したプレイをしていたはずだが、しばらく見ない間に何が変わったのか。
「あいつもいろいろ研究してたぜ」
武の傍に小島がやってくる。武が考えていたことを聞いていたかのように言葉を紡ぐ。隣を見ると、刈田が笑っていた。どうやら顔に出していたらしい。
「お前の考えてることなんとなく分かるよな。試合じゃそこまで分からないのに」
「……オンオフ使い分けてるの」
「そうかよ」
刈田は苦笑して試合に目を戻す。小島も武へと話しかけるためにきたのであって、特に刈田には話はなかったからか、そのまま続ける。
「俺と毎回練習で打ってて、全然勝てないからって俺の真似してた時期があったんだ。俺はあまり気合いを入れるスタイルじゃないからな。その真似してたのさ」
小島のプレイを思い起こす。確かに叫ぶようなことはなかったように思えたが、なぜか武は淡々と試合を進めるような印象はなかった。冷静に進めているように見えて、小島の体から闘志が溢れてくるように感じていたのだ。結局それは小島もまた、武と同じくらい気合いを押し出しているのかもしれない。咆哮はいわば拡張器だ。
「いろいろとプレイスタイル研究してるうちに、あの試合は淡々と進めるんだけど終わったら叫ぶって変なスタイルになったんだ。どんなスタイルだろうと、力を一番発揮できるのが一番いい」
「確かに」
シングルスにもダブルスにも基本の形や守るべきものはあるが。それ以外はいろんなパターンがあっていい。その意味では、武と吉田はスタンダードな組み合わせなのかもしれない。
その後も石田と寺坂は得点を取り続けて一ゲーム目はラブゲームで圧勝した。
続く第二ゲームは一転、シーソーゲームとなり武達も焦ったが、最後に石田のスマッシュが連続で決まり、十一対七で勝利。少し波乱もあったが、問題はなかった。
Bチームの初戦は四対一で勝利。土はついたが、まだあまり気にするところではない。女子シングルスで負けるのも想定の範囲内だろう。このチームは全勝というよりも決まったプレイヤーが勝利出来るかどうかで決まるチームだ。その意味で、女子シングルスは少しレベルが下がる。今後も負ける試合があることを前提にしなければならないだろう。
「まずはお互い、初戦勝利だな」
武の内心を余所に、刈田は武へと言ってくる。その顔は笑顔でこの結果に満足しているようだった。
更に言葉を続ける。
「各リーグの一位と二位がトーナメントなら。絶対トーナメントの決勝で会おう」
「……オッケイ」
がっちりと握手をした刈田の手は大きく、武は握りつぶされそうな気がしていた。気づかないうちに刈田の腕の力は更に上がっている。スマッシュの威力は負けてはいないとしても、速さや威力に関しては刈田が仲間の中では最もあるということは分かった。いつか再戦したいと思っていても、もう武はシングルスをやることはないだろうし、刈田がダブルスもないだろう。二人の道は、中学の間は結びつかないはずだ。
(この大会中なら、どうかな)
Bチームと試合で当たった時に吉田コーチはどう判断するか。それでまだ希望があるかもしれない。
だからまずは自分達が出来ることをしよう。
コートに最後の挨拶に向かう刈田の背中を見ながらそんなことを考えていた武は、後ろから吉田に声をかけられて立ち上がる。まだ今日は二試合残っている。そこでも勝つことが、自分達の今の目標だ。Bチームは先に函館Aチーム――君長凛のいるチームと当たる。そこでどういう結果を出すのかは分からないが、自分達もまた余裕があるわけではない。
「決勝で、会おう」
礼をしているBチームの面々へと呟いて武はその場を後にした。
全国中学生バドミントン大会南北海道予選。優勝まで、あと4戦。
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