Fly Up! 196

モドル | ススム | モクジ
 武が自分の中学の陣地に戻ると拍手で出迎えられた。一歩遅いタイミングでその場に現れた吉田と橋本へも同じように拍手の洪水が押し寄せる。林はトイレに寄ると言って更に遅くやってくる。そこにもこのように拍手がくるのかと思うと武は苦笑する。

(ここで終わった俺らにくる拍手、か)

 男子ダブルスは両組とも準決勝で敗退となった。時間の関係からか三位決定戦は行われないため、学年別大会の男子ダブルスの同率三位ということになる。

「二組とも、お疲れさん」

 拍手が終わったところで庄司が一歩前に進み出て言う。林を除く三人を見回してから、庄司は言葉を付け加える。

「林も含めて四人とも、この大会で得ようとしたものを、ちゃんと得られたみたいだな」
「……それは分かりませんけど、手ごたえはありました」

 武は右掌を握ったり開いたりと何度か繰り返しつつ言う。前衛での動きは確かに全道の時に見せたもので、その感覚もずいぶん近づいた。全道の時ほどピンチにならなくともその感覚を引き出すことが出来るようになったのは大きい。これから先の戦いでは後ろから撃てるだけではなく前で取れることも重要になるだろうと思う。吉田や橋本もそれぞれ得られたものを報告していた。
 一通り話が落ち着いたところで、武は思っていたことを口にする。

「先生。決勝は?」

 武の言葉に庄司もその場を仕切りなおして皆を集める。
 そこに林が滑り込むようにやってきて武の隣へと立った。

(林のやつ。少し前からいたんだな。確かにちょっと居心地変だったし)

 皆に出迎えられる空気が慣れないものだったのか、タイミングを計っていたようだった。勝ち進んで結果を出して、仲間によくやったと出迎えられるのは嬉しいが体の奥からむずがゆいような、恥ずかしい思いも一緒にやってくる。林はそれに慣れなかったのだろう。

「決勝は、二年女子シングルスに早坂。一年男子ダブルスに竹内・田野が進出した。今日最後の試合、思い切りやってこい!」
『はい!』

 三人が気合を前面に出して応える。いつもはクールなイメージのある早坂でさえも、いつもより気合が入っているようだった。武はその理由にすぐ思い至る。

(瀬名が負けたからか)

 自分達の試合で審判を務めていた瀬名。今回は三位と自分と同じ順位。代わりに早坂に挑むのは、おそらく誰もが予想していなかったプレイヤー。

「姫川、詠美か」

 名前を呟いても武にはそのプレイヤーの輪郭が見えなかった。
 安西と岩代。川瀬と須永という鉄板のダブルスを武達は倒せなかった。
 杉田もまた刈田を倒せず、小島と刈田という二強は変わらない。
 二年も一年も蓋を開けてみれば過去に実績のある選手達が勝ちあがって波乱はなかった。
 唯一、二年女子シングルスで番狂わせが起こったのだ。
 瀬名を倒した、今大会最大のダークホースである姫川詠美。

「決勝までずっとラブゲーム。瀬名までラブゲームに抑えられたっていうんだから、たいしたやつだよ」

 いつしか武の傍に近づいてきた吉田が言う。接戦ではなくラブゲーム。市内大会とはいえ、ラブゲームに抑えるということはそれほどまで実力差があるということ。瀬名を抑えられるプレイヤーが今までずっと目立たなかったということが信じられない。
 武のそんな思考を読んだかのように吉田は続ける。

「先生も言ってただろ。俺らくらいの年齢だと一気に実力がアップするって。姫川がそうだったってことさ」
「そうか……」

 全ての決勝が同時に開始される。そういう場に自分がいないことに違和感を覚えて武は苦笑した。
 それが当たり前だったころはもう昔。今は、立てないことが悔しく、立った者達を精一杯応援したくなる。早坂も竹内と田野も、それぞれ二年女子、一年男女に激励されている。その中を抜けて出た早坂に向けて武は言った。

「頑張れよ」
「ありがと」

 早坂が微笑んで言葉を返してきたことで、武は顔が熱くなった。笑顔もそうだがこれまでと違い柔らかい態度に感覚が付いていけない。今まで過度に緊張して接していたことも手伝ってか、心臓が高鳴るのを止められない。

(な、何があった……気まずい感じはなくなった、けど)

 今の場に余計なことを考えそうになる頭を振る。それに少し遅れて、背中の肉を思い切り抓られたことで悲鳴を上げそうになった。慌てて口を手で多い、後ろを見る。
 笑顔のまま険悪な空気を垂れ流している由奈がいた。

「えーと、由奈」
「デレデレしないでね」

 それだけ囁いて由奈は離れると早坂の傍に行った。その様子を見ながら武は由奈の変わりようにも驚く。

(ずいぶん、変わるもんだな)

 人間関係も、バドミントンの実力も。今までと同じと思っていたものが急に変わる。それが自分達の年代ならば、きっと全道で勝ったこともすぐに過去となるのだろう。あれだけ苦労して勝利しても、それから成長が少なければすぐひっくり返される。自分には後ろを見ている暇などないのだと気づかされた。

「っし。今日は応援!」

 武は両頬を挟み込むように張って、仕切りなおした。決勝に進んだ選手達を改めて確認しようと、ちょうどタイムスケジュールを持っていた若葉に近づく。

「なあ、若葉。決勝に残った人のチェックってしてる?」
「うん。どうぞー」

 若葉の持つスケジュールを開き、トーナメント表を確認する。
 二年の男女。シングルスは小島と刈田。早坂と姫川。
 ダブルスは安西・岩代と川瀬・須永。
 女子はこの前のジュニア予選でも一緒に全道にいった明光中の女子二組。
 これによりダブルスは全部明光中ということになった。
 一年に目をやると、男子シングルスは清華の石田と翠山の一年。
 ダブルスは、同じく翠山中の藤本・小笠原ペアと浅葉中の竹内・田野。女子は二組とも翠山中のペアだった。

「改めて見ると、新鮮だな」
「自分らの下の年代ってなかなか注意回らないからな。でも、藤本達や石田は、強敵だぞ」

 吉田の言葉は武に向いていたが、それだけではないと武は気づいた。三年の中体連は学年など関係ない。その意味で、今、決勝に上がっているプレイヤーはそのまま自分達のライバルになる可能性が高い。今、ここで争うプレイヤーは未来を担うのだ。

「竹内、田野もしっかりな」
「先輩達の代わりに優勝のメダル貰ってきますよ!」

 竹内はそう言って胸を叩き、その様子を見て苦笑しつつも田野は頭を下げる。そのまま竹内を促して、客席から外に出た。休憩の時間もかねて、フロアは余分なコートのラインテープを外すなど整備中であり、立ち入りは禁止されている。その間、体を温めようと外に出たのだろう。

(俺も水分補給しておくか)

 武はスケジュールを若葉に返すと客席の外に出る。同じ階にある自動販売機まで行き、スポーツ飲料を買おうと財布から小銭を取り出した。その時、指が引っかかり百円が手からこぼれた。

「っと」

 自分から離れていく百円玉を追おうとしたところで、誰かに拾われる。ありがとう、と言おうとして相手の顔を見て武は言葉を上手く出せなかった。

(姫川、詠美)

 前に垂れてくる長い髪の毛を左手で抑えながら姫川は体を起こす。早坂も顔立ちが整っているほうだが、姫川はどこかフランス人形を髣髴とさせるくっきりとした顔立ちだった。ハーフだろうかと内心で武が思っているうちに、百円玉を差し出してくる。

「はいこれ」
「あ、ありがとう」

 言葉を返すのにどもってしまい、武は恥ずかしさに赤面してしまう。それをどう捉えたのか、姫川は軽く口元を手で押さえて笑った。

「何か私の顔についてる?」
「いやごめん。こっちのこと」
「そうなんだ。ねえ、相沢君」

 姫川は武に近づいて、下から覗き込むように見てきた。一気に距離が狭まり、武はどうしたらいいか分からずその場に佇む。
 姫川は笑顔のままで問いかける。

「早坂さんって相沢君と付き合ってるの?」
「……はぁ?」

 初めて会う女子に予測を超えた質問をされて、逆に武は落ち着いた。今まで混乱していた頭が整理され、姫川は良く分からない女子というカテゴリーに入れられる。

(良く分からない……あんまり関わりたくない女子かも)

 武が苦手な空気を出しすぎたのか、姫川は数歩分だけ後ろに体を引き、上体を起こす。武から見て、身長は早坂と同じくらい。体型も似ているからおそらく体重も一緒だろうと当たりをつける。早坂と外見から似たようなタイプというのを初めて見て、改めて武は思った。

(早坂って外から見ると可愛いんだろうな)

 実際は、男子から見れば性格がきつく恐ろしいのだが。それでも最近の態度の軟化は武もドキリとするほど優しい。心境の変化があったのだろうかと考えると、自分への告白しか考えられない。そんな思考の海に沈みそうになった武を姫川は引き上げた。

「相沢君。どうなの?」
「ああ、ごめん。俺は付き合ってないよ。今はいないと思うよ。ていっても隠されてたら分からないけど」

 素直に現状を答えたところで、武は後々のことを考えると気分が重くなった。勝手に良く知らない相手に情報を渡したことで不機嫌になる早坂の姿が容易に想像できた。安易に答えてしまった自分の馬鹿さ加減に頭を抑える。

(なんだろうな。この子、良く分からないし関わりあいたくない感じだけど……いつの間にかペースに乗せられてる)

 姫川は大きめの瞳を床に向けたまま、「ふーん、そうか」と呟き、何かを頭の中でまとめているようだった。それを邪魔しないようにその場から去ろうとして、思い切り左手首を捕まれた。

「っい!?」
「ならなら……早坂さんが好きな人って誰か分かる?」
「痛てて……いや、知らないよ」

 自分が告白されたとは口が裂けても言えない武は、当たり障りのない答えで逃げようとする。それでも姫川は手を放さない。一体どうすればいいのかと思った矢先に助け舟は来た。

「相沢?」

 次の試合の合間に飲むためのスポーツ飲料を買いにきたのか、手に財布を持っている早坂の姿があった。姫川は武の手を放し、早坂に向き合う。その時、一瞬だけ背筋に悪寒が走り抜けた。慌てて姫川の顔を見るが、そこには柔和な笑みを浮かべた彼女がいるだけ。

(今の、なんだ?)

 姫川は何かおかしい。その掴みどころのない何かを探る前に、姫川はその場から離れる。

「早坂さん。決勝、楽しみです」
「私も」

 姫川は去る前に早坂へと手を差し出し、早坂もそれに応えて握手を交わす。お互いに笑っているが、武には既に厚い火花が散っているように見えていた。
 姫川が去った後で早坂は一つため息をついてから自動販売機でスポーツ飲料のペットボトルを買った。その間ずっと黙って立っている武を不審に思ったのか、声をかける。

「どうしたの? 立ったままで」
「姫川ってなんか良く分からん子だな」
「初めて話すんだから分からないものじゃない?」

 早坂はペットボトルを早速開けて一口飲む。口を離してほっと息を吐く早坂を見て、武は彼女が緊張していたのだと初めて分かった。姫川と邂逅してから今まで、おそらく離れてからもしばらくは気を張り詰めていたのだろう。

「でも、少しだけ分かった。あの子、強い」
「そりゃあ、瀬名をラブゲームにしたわけだし」
「それもあるけど。あの子、同じ感じがする。全道で試合した人達と」

 思い当たる節はあった。一瞬だけ感じた悪寒。それは橘空人と海人のダブルスと試合をしたとき、その前の全道第一シードと試合をした時に特に感じたもの。それと同じ空気を姫川は持っている。更に、それを普段は隠しているのだ。

「そういえば、相沢。あの子にからまれてなかった?」
「え、いやまあ。別に普通に話してただけだぞ」

 急に話を振られるも、まさか早坂の好きな人のことを聞かれていたとは言えなかった。平静を装って世間話をしたとごまかし、武は客席へと戻ろうとする。
 早坂は「ふーん」と呟いてからは何も言わずに武の後ろを付いていった。
 それからは何事もなく、時間が穏やかに過ぎる。武は観客席の自分のラケットバッグの下へと戻り、椅子に腰掛けたまま他の中学のスペースを視界に収めて、観察する。
 今は決勝戦に向けて最後の休憩時間だからか、どの学校も空気が和んでいた。どの中学も離れたところに陣取っているため表情は見えないが、時折笑いが起こるなどしている。さすがに試合をこれからする面子は見えなかった。

(これで、今日も終わりなんだなぁ)

 朝の開始から今まで。終わってみればあっさりと過ぎた感がある。しかし、勝者と敗者が生まれ、実はそれが中学生活最後の中体連に繋がっているのだと気づくと、とても重要な位置をしめている大会だったんだなと、武は改めて考えた。
 その大会を、吉田とではなく林と組み、安西達に挑んだというのはその未来を見据えた点で有意義だった。

『試合のコールをします』

 アナウンスが聞こえて、同時に他中学から拍手と共に歓声があがる。今日の最後を飾る選手達を精一杯の激励で送り出すために。武達もまた、ストレッチを止めてラケットバッグを背負った早坂に改めて応援を送った。

 学年別大会。各学年の決勝が、幕を開ける。
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