Fly Up! 195

モドル | ススム | モクジ
 安西から強打されたシャトルを腕を伸ばし、何とかラケットに当てる。ネット前に落ちたシャトルを岩代がクロスヘアピンで武から離れるように打つが、武はそれに追いついてプッシュで沈める。右足で体重を支え、その場で右腕を掲げてガッツポーズを見せた。

「しゃあ!」

 ポイントは八対八。ようやく追いついて、更にサーブ権は自分を含めて二回残っている。第一ゲームで負けている分、このゲームを落とすわけにはいかない。だが、序盤はリードしていても中盤で追い越され、ここに来て追いつくというのは第一ゲームと同じような展開。まだ安西達には余力があるように思えるが、自分達は細い緊張の糸の上に立っている。一ミリでも横にずれれば足を踏み外し、奈落の底に落ちる。そうでなくとも、加重がかかれば切れてしまい、同じく落ちるのだ。

(林は試合中でも良くなってる。でも、それでもまだ足りない)

 林は肩で息をしているのを抑えようとしていた。それを武も分かっていたため、入念に羽根を整えながら時間を延ばす。その間、自分も作戦を考えていく。いかに林にドライブやスマッシュを打たせて自分がネット前でインターセプトさせるか。今までの攻防で大体のパターンは出来てきた。あとはそこに相手のショットを誘導する。

(それが一番難しいんだけど)

 林が構えたのを見届けて、武はサーブ体勢に入る。安西のプレッシャーはまた体の内に留めたのか、圧迫感は感じなかった。試合の合間に出したり収めたりとしているのを感じていると、やはり勝負所で使い分けているのだろうと武は結論付ける。

(俺は出し続ける。吉田は、内に秘めてショットに爆発させるタイプ。安西と岩代は、その間ってところか)

 自分達と違うスタイルを確立させて、挑んでくる。好敵手の一人として、武は全身から気合を放出するかのように咆哮した。

「一本!」

 ここで点を取れるか取れないか。これでおそらくは、第二ゲームの行く末が決まる。羽根をつかむ指に力が入りそうになるのを抑えながら、武は安西へとショートサーブを放った。
 そこから流れるように前に進み、安西が打つであろう最短のプッシュ軌道へとラケットを置く。一番厳しいところをカバーすれば、後ろにいる林がきっと取ってくれる。今の林なら取れると信じて、後を託す。
 シャトルは武から逃げるように右側へと打ち込まれる。位置としては、サイドラインのちょうど中央部。前に出なければ届かない場所だったが、林はバックハンドでシャトルを跳ね上げた。サイドバイサイドの陣形で岩代のスマッシュを待ち受ける。

「おおお!」

 放たれたスマッシュは林へと突き進む。林は強打で返し、岩代はそれを追ってコートを移動していく。前に落とさずに後ろに飛ばしたのは、おそらく細かい力加減が無理だったからだろう。今、体力が一番低下しているのは林に間違いない。その中で、今でも速度が変わらないスマッシュを、変わらない集中力で前に浮かないように打ち返すのは厳しいはずだ。それならば、ロブを大きく飛ばして攻撃の機会を与えてもこちらにもチャンスがあるほうがいい。

(スマッシュにも林は慣れてる。無理しないで飛ばしてくれれば、落とさなければいい!)

 武は一歩前に進み、スマッシュをドライブで返そうと構える。林に集中してくる可能性もあるが、クロスで打てば距離が長い分、取れるはずだ。無理に林に集中していけばどこかでほころびが出る。そこを武が突く。まだ勝つためのシナリオは描けているのだ。だからこそ、諦めはない。
 岩代はストレートに、武へとスマッシュを打ってきた。武は更に一歩前に足を踏み出して、バックハンドでストレートドライブを放つ。早いタイミングで打ち込んだが、そこに安西が反応してラケットを伸ばしていた。フォアハンドでシャトルの軌道にラケット面を入れると、手首を使って弾き返す軌道を変える。そのままなら真っ直ぐに返されていたシャトルの軌道が、左サイドにコートを分断するように飛んでいく。武もまた前に飛び出した体の勢いを強引にサイドに変換して、横っ飛びに近い動きでシャトルを追い、触れる。そこから強打ではなくふわりと浮かせてネット前に落とすように送った。
 だがネットを越えて落ちていくシャトルに安西が追いつき、ヘアピンで返す。武は体勢を崩しているため反応しきれない。

(駄目だ。動けない!)

 強引に体を前に進ませようとするがシャトルが落ちるのが早かった。だが、シャトルが落ちた一瞬後で飛び込んだのは、林。ラケットはシャトルに届く寸前で止まっていた。

「セカンドサーバー。エイトオール(8対8)」
「林」
「ごめん。もう少しだったんだけど」

 謝罪する林の言葉を、武は半分しか聞いていない。今のは武が逆の立場でも取れなかっただろう。それより、動いてラケットを伸ばすことさえ出来なかったかもしれない。目の前にいた自分がブラインドとなり、シャトルの位置さえ分からなかったはずだ。だが林は動いてもう少しで取れるところまで行った。
 林の反応速度も上がっている。その動きについていけていないのか、息切れも激しかったが。

「林。第三ゲームもあるけど、ここで取れないと終わる。全力でいこう」
「……ああ」

 林は今が一番辛いはずだった。武と同じように、ここで点を取れなければ負けるだろうと考えているはず。その段階で、セカンドサーブ。自分がサーブをミスしたりすれば瞬時にサーブ権が移動してしまう。それなのに体力がだいぶ落ちてきていると、不利な材料しかない。しかし、ここで引いていてはこの勝負は最初から勝機なんてないことになる。

「林。どんな結果になってもいい。攻めろ」
「おっけい」

 林はシャトルをラケットで掬いあげて右手に取る。乱れている息をゆっくりと整えて、その間にサーブ位置へと歩いていく。武は中央のラインをまたいで腰を落とし、両膝を手で押されて上半身をひねる。今まで全身運動を続けてきて筋肉は消耗していたが、新たな刺激で一つ活性化したようだった。自分の中でどこか止まっていた『流れ』が生まれる。

(そう。ここでロングサーブは打つな、林。最後まで立ち向かうぞ)

 林の対角線上には岩代。武にも分かるほど、林へ向けてプレッシャーをかけてきている。少しでも下手なショートサーブを打つようなら即座に武達のコートへとシャトルを叩きつけると無言で語っている。そのプレッシャーをはねのけて、ショートサーブを打てるかどうか。そこが、林が一歩階段を上がるための条件になる。

(行くぞ、林)

 武の心の中の声が聞こえたかのように、林はシャトルを握った右手を後ろにする。親指ならばロングサーブ。小指ならば、ショート。両方上げれば鋭くロングサーブを飛ばすドリブンサーブ。
 林が小指を上げてシャトルをラケット面の前に出した。武は息を吸い、一瞬の動きに対抗できるように集中力を上げ、林は「一本!」と叫びラケットを振った。

「はっ!」

 前に飛び出して、岩代はプッシュを放つ。打たれたシャトルに追いついて武は岩代の左サイドに出来たスペースに渾身のドライブを飛ばした。シャトルが通り抜けようとした時に岩城はサイドステップで移動してラケットを突き出す。そのままラケットにシャトルが当たり、ネット前に落下した。

「サービスオーバー。エイトオール(8対8)」

 客席から拍手が沸き起こる。それは鮮やかにシャトルをインターセプトして落とした岩代に対するものが多かっただろう。逆に浅葉中の後輩は武達に悲痛な叫びを向けてくる。だが、武は笑って林に言った。

「ナイスサーブ」
「ありがと」

 シャトルを落とされたことよりも、岩代から逃げずに絶妙なショートサーブを打った林に胸を打たれ、武は体を震わせた。

「相沢。なんかやりきった顔してるけど、違うだろ」
「お、おお。悪い。なんか感動した」
「ピンチは変わりないってのに」

 林はシャトルを拾って安西達に返す。武は一度自分の頬を左手で張って、気合を入れなおす。
 心が折れかけたのは確かだった。この8対8の状況でとうとう逆転できずにサービスオーバーとなったのだから、後は自力の差で突き放されてゲームは終わる。会場で見ているほとんどの人間がそう思っているだろう。実際、武も思っていた。
 だが、林の言葉に気づく。

(ここが、始まりだ)

 プレッシャーをはねのけてショートサーブを打った林。その瞬間、林は一つ扉を開けて武達の領域に足を踏み入れたのだ。たとえ一瞬だとしても、扉を開けて成長の光を見せた。ならば、まだ諦めることはない。

(もう一度サーブ権を取り返す。そして勝って第三ゲームだ)

 安西がサーブ体勢を整えたところで、武も構えて「一本!」と叫びながら気合を押し出す。絶対にシャトルをコートに落とさせない。返り討ちにするという気迫を込めて安西のプレッシャーを押し返した。
 安西は更に「一本!」と叫んでからショートサーブを打つ。ネットぎりぎりにきたシャトルに武はラケットが触れる瞬間、真横にスライスした。コックから回転が伝わり、シャトルは不規則な動きで相手側に返される。サーブから前にいた安西は更に下からスピンをかけてヘアピンで返す。武はネットを越えて自分の領域へと入った瞬間に下から上にスライスするようにシャトルを打つ。
 シャトルは鋭くプッシュされて、後ろにいた岩代がロブを上げる。武はコート前の中央に腰を落として、林のスマッシュを待ち受ける。安西の体勢が一瞬崩れたところに、シャトルを強打すると一緒にシャトルが飛んでいく。安西の左肩へと真っ直ぐに飛んでいき、安西はバックハンドでネット前にシャトルを落とす。取りにくい箇所を狙う弾道はドライブ。おそらくスマッシュを打つ瞬間に横に移動してドライブを打ったのだろう。タイミングを外してから打つフェイント。この試合中に身に着けた、林の武器。

(これで、決める!)

 安西の返したシャトルをバックハンドでプッシュする。シャトルは安西の足元へと向かった。連続した攻撃で余裕を無くさせ、ミスをさせる。安西と岩代の実力差はないと見ていい。ならば、狙うのはどちらでもかまわない。
 安西はシャトルをロブで打ち上げ、また体勢を立て直した。

(倒れるまで打ちまくってやる!)

 武とシンクロしたように、林のスマッシュは安西へと突き進んでいった。

 ◇ ◆ ◇

「ポイント。イレブンシックス(11対6)。マッチウォンバイ、川瀬・須永」

 審判の声に吉田はラケットを下ろして息を吐いた。緊張が全て体から抜けて、脱力感に倒れそうになる。だが、最後にコートを去るまでは強くいなければならない。
 シャトルは須永のプッシュを受けて橋本の前に転がっていた。橋本は既に肩で大きく息をして体が動かない。しばらく大きく呼吸をしていたが、徐々に落ち着かせていった。すぐに回復するだろうと、吉田はネット前で待っている川瀬達のところへ行く。目の前に立つと、川瀬も須永も吉田に対して何も言うことなく握手だけした。
 何も感情を覗かせない瞳を見ていて、吉田は背筋に悪寒が走る。

(自分達が倒した相手に対して、なにも思っていない、のか)

 勝っても負けても特に興味がないように思える。あるいは、吉田達とは別に目標があり、そこに到達すれば他はどうでもいいと思っているのか。吉田には川瀬達の胸中が見えない。遅れてやってきた橋本が握手をしてもすぐに済ませてコートから出て行った。吉田と橋本はゆっくりとコートの外に出てラケットバッグのところまで付くとその場に座り込んだ。

「はぁ……マジ疲れた」
「でも橋本があそこまで打てるとは思ってなかったよ。この試合中にだいぶ強くなったんじゃないか?」
「その意味なら、今回の庄司先生の作戦は成功したってところだよな」

 ラケットバッグの横に置いてあったスポーツ飲料をがぶ飲みし始めた橋本を見つつ、吉田は試合の内容を振り返った
 自分は出来るだけ後ろからスマッシュを打ち込む。あとは橋本の試合の組み立て方を学ぶ。橋本も、前衛を強化する目的があり、互いにそれは十分果たせたと思う。この学年別大会で必要なものは、十分得られた。

(あとは、武達か)

 試合をしているはずのコートを見ると、タイミングよく観客席から歓声が上がった。試合がどうやら終わったらしく、コート内の四人の動きが止まっている。
 好ゲームだったのか拍手がしばらく鳴り止まずに、どちらが勝者なのか分からない。
 しかし審判だった瀬名が大きく声を上げて結果を告げる。歓声に負けないようにと対抗したのかは分からないが、吉田にとってはありがたかった。

「ポイント。トゥエルブイレブン(12対11)マッチウォンバイ、安西・岩代!」
『ありがとうございました!』

 四人が同時に叫ぶ。どちらも死力を尽くした結果だと言わんばかりに、ネット前に近づいて握手をした。遠くからで見えなかったが、おそらく清々しい顔をしているだろうと吉田は思う。

「これで、俺達は終わりか」
「あとは、早坂だけだな」
「ああ」

 準決勝で終わるのは、つい最近、勝った後で足を痛めた全道大会引き続いてのことだった。今度は負けた結果だが。

「もう、ここからは終わらない」
「そうだろうなー。お前と相沢は前に進めよ。ちゃんと追っていくから」

 くぐもった声に振り向くと、橋本はタオルに顔をうずめていた。泣いてはおらず、単純に疲れで顔を上げられない状態だった。吉田は笑って言葉を紡ぐ。

「さんきゅ」

 橋本からの言葉は返ってこなかった。

 吉田・橋本組。相沢・林組。
 準決勝、敗退。
モドル | ススム | モクジ
Copyright (c) 2012 sekiya akatsuki All rights reserved.