Fly Up! 192
安西のスマッシュが林へと突き進む。林は体を移動させてフォアハンドでシャトルを打ち返したが、前に詰めていた岩代がシャトルをインターセプトし、前に落とす。武はラケットを前に出してぎりぎり取り、クロスに打ち返した。だが崩れた体勢のため、岩代の次の手には反応できなかった。
クロスヘアピンでシャトルがネットを越えた瞬間に、岩代がプッシュで武へとシャトルを打ち込む。武は身動きできないままシャトルを右肩で受けてしまった。
「ポイント。フォースリー(4対3)」
岩代は軽く謝罪し、武も頷いてシャトルを渡す。
サーブ権を奪われてから、これで四回連続のポイント。なかなか攻略の糸口を掴めない。
圧倒的に攻められるのではないが、ラリーが続いていく中で徐々に追い詰められていき、最後に得点を奪われる。即ち、地力の差。偶然の要素が最初から排除されているために、それが如実に現れているのだ。
(安西達は無理する必要がない。じっくり俺達の攻めを見て、対処して、最後は跳ね返してる。完全に格上って感じだな)
今の状況をどうするか考えるも、思考がまとまらない間に時間は来てしまう。林が構えて、ファーストサーバーである安西がサーブ体勢をとる。
「相沢。とりあえず試したいことがあるから、やってみよう」
林はそう言って、武にも構えることを促した。相手にも聞こえるように言うのは何か狙いがあるのか武にも分からない。特にそんな狙いがなくても、武は気づく。
(そうだ。まだ序盤なんだから、悩むのは必要だけど焦る必要はない)
出来るだけ相手にたくさんのショットを打たせて情報を吸収する。その意味では、ラリーを続けて一点を取られるのも時間をかけている今の状況は悪くない。まだまだ安西達は手札を持っているだろうが、パターンはなんとなく見えてきている。
(今のところ、安西が崩して岩代が決めるようなパターンになってるな。うし!)
武は林の後ろに回って腰を落とす。安西がショートサーブを放ち、前に進んだところ目掛けて、林はドライブを強打した。安西はラケットを前に立ててシャトルの軌道上に乗せる。そこにぶつかったシャトルは勢いよく跳ね返り、林の制空権を超える。
「おら!」
そこに武が飛び込み、ドライブで安西のラケットが届く範囲から少しだけ外れるように打ち込んだ。安西は無理して取らず、岩代が追いかけるだけ隙が出来る。
その間に武が前へ、林が後ろに移動する。あくまでも作戦通りにスマッシュを封印して前衛に集中する。それに怒りを感じたのかどうか。一気に武の防御をかいくぐろうと、岩代はクロスドライブで右サイドへとシャトルを打ち込んだ。武は前に到達したばかりでシャトルは安西の後ろから突然現れたような錯覚を起こしている。絶妙なタイミングだった。
(でも、取れる!)
しかし、武はそこからサイドステップでシャトルへと向かい、ラケットを差し出す。
シャトルがラケット面にぶつかった瞬間に、手首のスナップでスピンをかけた。シャトルは不規則な回転でネットを越えて落ちていく。安西が前で拾うも、その場に十分な体勢で待ち構えていた武はラケットを前に突き出し、シャトルをコートに沈めていた。
「セカンドサービス。フォースリー(4対3)」
小さく息を吐き、筋肉の緊張を緩める。ネット前でのシャトルの動きがぼんやりとだが見えるようになってきた。その感覚は全道大会で橘兄弟と戦った時に得た感覚に近い。まだその時と同じとは言いがたいが、集中力は高まってきている。
それだけ、今の安西達を相手にするのはきついということだが。
(このひりひりするような緊張感。いいな)
吉田という頼れるパートナーがいない。事実だけ見れば、林のみがコート上にいる四人の中で実力が劣っている。弱い者が攻められるというリスクを負っている中で、武はいかに林にシャトルが集中しないようにするかを考えながらシャトルを打っていた。二手先、三手先まで読んでシャトルを操る。それは、おそらく吉田がやっていたことだ。
どのようにパートナーへとシャトルを打たせないようにするか考えて実践できるということは、逆にパートナーへとチャンス球を上げるように打つことも出来るはずなのだ。
「さあ、ストップ」
岩代のサーブのために、武は前に出て構える。位置はコート中央のラインよりもある程度離れて左側に構える。シャトルをそこへ打ってほしいといわんばかりに隙を作る。
無論、あえて見せているわけだが。
(打たれて、入っていても体勢は立て直せる。そして、厳しいところを狙えば狙うほど、アウトになる可能性もある)
岩代は一度息を吐いて「一本!」と言った後、ショートサーブを打ってきた。狙ったのは前方のサーブラインと中央のラインが交差する場所。武は前に一歩踏み出すが、その場で止まった。
シャトルがサーブラインの手前に落ち、審判がサービスオーバーを告げる。プレッシャーのかけ方がよかったのかと武は内心ほっとする。シャトルを拾って羽根を直している林の背中をラケットで軽く叩いた。
「落ち着いていこうぜ」
「それは相沢な気もするけど」
林の言葉も最もだと、武は思う。一つ一つシャトルを打ち、ラリーが終わるたびにため息をついている気がしていた。それだけ集中しているということだろうが、あまりに集中しすぎて試合最後まで持たないのではないのかと感じる。
「確かに神経使いそうだけど、ペース落として俺に任せたら?」
「ずいぶんな自信だな」
「相沢のおかげで、今日だけで大分ついたよ」
林は苦笑して、前に進んだ。サーブ位置についてシャトルを構えようとする。武が位置につくのを待っているのだろう。武はゆっくりと移動して、林の後ろで腰を落とした。安西達を視界に収めると、岩代が自分を見ているのに気づく。安西はファーストサーバーの林を見ているが、岩代はどうやら自分を意識しているようだと、武は少し位置を移動した。
「一本!」
「おう!」
林はロングサーブで安西を後ろに追いやる。武のように弾道が低く鋭いものではない。シングルス並みに高いサーブ。飛距離がシングルスのそれよりも短くならざるを得ないため、武達は素早くサイドバイサイドの陣形を整えた。
「はっ!」
安西がスマッシュを林に放つ。クロスで林の右側を貫くような、鋭く速いシャトル。
そこで林はラケットを振りながら一歩前に踏み出した。
「だっ!」
前に出した右腕。そこから反動をつけてサイドスローの要領で振り切られる左腕。ラケットに捉えられたシャトルは岩代に向けて一直線に進んだ。目の前に飛んできたシャトルに対して、岩代は掲げていたラケットを顔面に移動させて打ち返そうとしたが、シャトルはフレームにあたり違う方向へと飛んでいってしまった。
「ポイント。フォーオール(4対4)」
「しゃあ!」
「ナイッショ!」
林が振り返って掲げた右掌に左掌を打ち付ける。林のドライブが最も力ある形で打ち込まれたのだから、そう簡単には取れないはずだった。
左利きはバドミントンに有利と言われている。
武も詳しいことは知らなかったが、シャトルの羽根部分の付き方によって、左利きのほうがシャトルの回転が鋭くなるようだ。実力が均衡していれば、左利きのほうが有利ということもあるらしい。
林が得意なドライブを昇華させてこの場にいる。これが実力が劣っていたとしても安西達と競っていられる理由のひとつだろう。
同点になってからの、林のサーブ。ショートで前に打ち、それを岩代がプッシュで林の左側へと打ち込む。ラケットを持つ手を狙うような厳しさに林もよけるのが精一杯だった。だが、それにより武がシャトルを捉えるための視界が広がる。
(ここだ!)
ラケットを出して振り上げる。
手首にスナップのみで上がったシャトルは前につめていた岩代がラケットを思い切り伸ばしても届かず、ふわりと浮かんだ軌道を描いて下に落ちる。上体を伸ばしてバランスを崩していた岩代には後ろでシャトルを打とうとしている安西にコースを作ることも出来ず、シャトルはそのままコートに落ちていた。
「ポイント。ファイブフォー(5対4)」
林との連携が上手く行っている実感がある。そして序盤からシャトルを打つ精度が高い。最初から厳しいコースをつけていることが、安西達の出鼻をくじいているのは間違いないだろう。
(これがこのまま続くかは分からない。できるだけ攻める)
林のサーブ。今度はショートサーブで安西の目の前に飛ばす。安西は岩代とは違い、ネット前にそのまま落とす。林は無理をせずにロブを上げて真後ろに下がった。武は逆サイドから前に進もうと林よりも半歩前に構える。
岩代からのストレートスマッシュを林は体勢を低くして、ドライブで打ち返した。鋭い弾道で飛んでいくシャトルを前にいた安西がインターセプトを狙うも、安西でも捉えきれずにシャトルに触れるのが精一杯だった。
あがったシャトルを林がスマッシュで打ち込む。しかし後ろにいた岩代が余裕を持って拾い、ロブをあげた。
攻守が逆になり、後ろに林が付く。武は前に入りつつ、林の次のショットを予測して、武は前方中央から少しだけ右側に移動した。
林はストレートのスマッシュを岩代へと打ち込む。武の位置を確認したからか、岩代はストレートでネット前にふわりと落ちるように威力を殺して返していた。
(予想通り!)
武はラケットをバックハンドで構え、シャトル目掛けて横っ飛びで追いつく。そのまま振り切って鋭いシャトルを岩代の前に落としていた。得点が加算されて、点差が二点に広がる。
(……順調だ、けど。今のは変じゃないか?)
武の中に一瞬だけ起こる疑問。しかしすぐに考えを切り替える。
(何か仕掛けているとしても、その前に一ゲームを奪う)
武はシャトルを受け取り、林へ渡す。その顔は武と同じようにどこか緊張して困ったような顔になっている。
「気にするな。相手が何を考えても俺らは俺らのことをやるだけだ」
林は頷いてサーブ位置に付く。後ろに立って腰を落とすと、不思議と空気が重くなったような気がしていた。
それはまるで頭上から重石が落ちてくるような感覚。果たして、何がそうさせるのか。
(安西達、か?)
強烈なプレッシャーを発してこない安西達だが、実は直接ぶつけてくるのではなく、間接的にコートを包むような圧迫感を持たせようとしていたのか。そこまで考えて武は頭を振り、その考えを打ち消す。武が今まで感じるようなプレッシャーも、結局は武自身が生み出した妄想だ。実際の人間が自分の気合を相手に物理的にぶつけたり出来るはずがない。逆に言えば、自分に思い込ませるようなことは出来るということだが。
「さあ、一本だ!」
自分達を覆うような重い気配を、武は咆哮一つで弾き飛ばした。相手が全道経験者ならば、こちらも同じなのだ。林をフォローしていくしか、勝つ道はない。そう思っていた武だったが、林が堂々とショートサーブの指示を出してくるのを見て、その考え方を少しだけ変える。
(そうだ。林も守られるだけのやつじゃない。自分で、あいつらのプレッシャーを押し返してるんだ。俺は俺が出来る範囲でやる。そうじゃなければ)
「一本!」
林はショートサーブでシャトルをネットぎりぎりに置いていく。だが、岩代はラケット面を上に滑らせるようにシャトルを叩いた。するとシャトルは速度を保たれたままで顔面を狙って打ち込まれる。躱そうとした武だったが、今度は反応が間に合わず、体にシャトルをぶつけてしまった。
「セカンドサービス。シックスフォー(6対4)」
まったく浮かなかったシャトル。林に落ち度があったかどうか、シャトルを拾いながら頭の中で考えてみても答えは出なかった。昔の武ならば分からないと言うだろう。それくらい、今の攻めには問題がないように見える。
(そうだ。これだよ)
武はシャトルを持ってサーブ位置に立つ。一度岩代を見てから安西に視線を戻す。自分の中にある危機感を形にする。
(林をフォローするとか考えてたら間違いなく負けるんだから。後は、林を信じる)
武はロングサーブのサインを出して、シャトルを打ち上げた。
第一ゲーム ポイント シックスフォー(6対4)
相沢・林組リード。
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