Fly Up! 181

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 竹内と田野は一年男女のシングルスが終わったことを、フロアから出てくる選手達の様子を見て確信した。

「次はダブルスだよな」
「ああ。出番出番」

 フロアから出たところの入り口で、ひたすらドライブを打ち合っていた二人は既に体が温まっている。学年別ともなれば、各学校の一年の数も限られてくる。今回で言えば、ダブルスは八組。三回勝てば優勝できる。浅葉中からは竹内と田野の一組。残り七組のうち、明光中と清華中からは二組ずつ。翠山中だけ一組多く三組という構成。
 竹内と田野は第二シードだ。

「ここで優勝して、相沢さん達に続かないとな」

 竹内は勢い勇んでフロアの中に入る。後ろを田野がゆっくりとついていく。入ると同時に試合のコールがなされ、竹内達は第四コートで試合となった。

「田野。スマッシュとか打っておこう!」
「分かったー」

 コートについて早速ラケットバッグからラケットとシャトルを取り出してネットを挟んで向かい合う。対戦相手が来るまでに最後の詰めをしておきたかった。自分達がシードということは、それだけ対戦相手と差があることのはず。油断せずに準備を整えておけば負けることはない。少なくとも同格のプレイヤーでなければ。
 打ち合っているうちに対戦相手の翠山中の二人がきた。竹内と田野も小学生時代からバドミントンをしているが、見たことがない相手。おそらく中学から始めたに違いないと考える。

(第一と第三シードが翠山。第四シードが清華。決勝まで、止まる気はないぞ!)

 隣で打ち合いを始める相手をさりげなく観察する。ハイクリアを打っていたが、まだ動きがたどたどしい。ようやくシャトルを打てるようになったといったところだろうか。

「練習を止めてください」

 審判を務めるのはシングルスの一回戦で負けたプレイヤーだ。誰か分からないところを見ると、同じく中学生から始めた類だろう。武達の年代の安西や岩代。川瀬に須永は中学から始めて、今は全道までいけるほどの強さを持ったが、それはやはり一部なのだと竹内は思った。

(そんな人達がうじゃうじゃいてたまるかい。今回は一気に倒す)

 ネットを挟んで挨拶をし、じゃんけんでサーブ権をもぎ取る。相手はコートをそのままの場所を選び、それぞれの位置についた。

「試合を始めます。浅葉中、竹内田野組対翠山中、浅井葉山組。ラブオールプレイ」
『お願いします!』

 四人の声の中で、竹内が最も大きく言う。
 そしてショートサーブのサインを田野に出し、小さく打ち出した。
 ショートサーブで運ばれたシャトルを、浅井はロブで返す。ふわりと浮かんだシャトルは上手く打てなかったのか浅く、後ろで構えていた田野がスマッシュを両者の間に打ち込んだ。浅井と葉山はどちらが取るか分からなかったのか、手を出せずにシャトルはコートに跳ねていた。

「ポイント。ワンラブ(1対0)」
「ナイスショット、田野」

 竹内はガッツポーズを田野に決める。それに親指を立てて田野は返し、場所を移動して再び構える。試合中に感情を表そうとしない田野と、思い切り表す竹内。竹内が低くシャトルを打ち込み、上げさせて田野が打ち込む。二人が入部して初めてダブルスを組んでからずっと模索してきたスタイル。武達と練習してきた中で見つけ出した一つの正解が、このスタイルだった。

「よし、一本!」

 竹内は再びショートサーブを放つ。今度のレシーバーは葉山。同じようにロブを上げて二人はサイドバイサイドの陣形を取った。田野はそれを見てドリブンクリアを打って自分達も広がる。スマッシュが来ると思っていたのか、葉山は慌ててシャトルを追い、竹内達にスマッシュを打つ。

「任せろ!」

 田野の前に竹内が飛び出し、ラケットで丁寧にシャトルを返す。ヘアピンでゆっくりとした動きでシャトルが落ちていく。前にきた浅井は上げきれずにネットに引っ掛けた。

「しゃあ!」

 竹内が気合を入れて。田野は小さくガッツポーズ。まるで田野の分も竹内が喜びを表しているかのように。
 竹内が大きく叫ぶには理由がある。田野の分もというように声を出していくことで、田野は出来るだけ冷静に試合を見極めようというのだ。竹内がプレッシャーをかけ、田野は出来た隙にシャトルを打ち込む。そうした役割分担をすることで試合を優位に進めようと、決めた。

(この分担は上手くいってる。でも、それが分かるのはもっと上に行ってからだ)

 竹内は一つ一つのサーブの精度を上げようと、集中する。今、上手くいっているのはあくまで相手が弱いからのはずだ。次からの戦い。特に、第一シードの藤本小笠原組は以前、武達を苦しめた相手。自分達よりも格上なのは間違いない。その相手に通用するかどうかで本当に上手くいくのか確かめられる。

「一本」!

 竹内は、次はロングサーブで浅井の肩口を突く。掠めるシャトルに反応できずに浅井は尻餅をついてしまった。それから遅れてシャトルがダブルスのサーブ範囲内に落ちる。

「ポイント。スリーラブ(3対0)」
「しゃあ!」

 竹内は勢いを止めずに畳み掛けていった。


 * * * * *


「ポイント。イレブンワン(11対1)。マッチウォンバイ、竹内田野」

 審判のコールに竹内は息を吐き、肩の力を抜いた。結局は二ゲーム連取して問題なく勝ち進んだ。だが、二ゲーム目の最後のほうで初めてサーブ権を奪われ、一点をもぎ取られた。その後すぐにサーブ権を取り返し、押し切った形になる。

「ありがとうございました」

 握手をして離れてからも竹内は動揺が止まらなかった。試合の間に成長していった浅井と葉山。強い相手と戦うことで前と後では明らかに違う。次からは油断ならない相手になると、竹内はため息をついた。

「どうした?」
「俺達が頑張って強くなっても、一瞬で追いつかれる時ってあるんだよなって今、思った」
「それが才能の差ってやつじゃない?」

 田野はラケットバッグを背負いなおして歩き出す。田野の回答に半分呆れつつ、半分感心しつつ竹内は後を追う。
 すぐにそんな回答が出来る田野の思考回路をうらやましいと竹内は思った。才能の差があっても、結局努力することに変わりはない。だからこそ、田野は気にしていない。努力し続けることで、たどり着くところがあると信じている。

(俺は、そこまで信じられるかね)

 自分達のペアは、いったいどちらが引っ張っているのか。武と吉田のペアは吉田だろうと竹内は考えていた。部長であり、試合時の精神的支柱の度合いが大きい。武は強いが、やはりどこか頼っているのではないかと外から見ていた竹内には伝わった。

(俺らは、きっと田野だな)

 苦笑したところでふと、あるコートの試合が目に入った。同じ浅葉中のゼッケンを小さな背中。
 一年女子ダブルスの試合だった。スコアを見ると、八対八の同点。一ゲーム目は浅葉中側が取っていた。
 プレイしているのは寺坂知美と菊池里香のダブルス。自分と田野と同じく、同世代のエース。

「田野。俺、寺坂達応援していくわ」
「りょーかい」

 田野は振り返らずに手を上げて答える。竹内は一度足を止め、ラリーが終わったところを見計らってコートとコートの間のスペースを走りぬけ、壁にたどり着いた。背中を預けて状況を見てみる。
 相手は翠山中の女子ダブルス。奇しくも学校は同じ。
 ただ、小学校時代から常にトーナメントの上のほうにいたダブルスだ。同じく進学して、同じようにペアを組んでいる。ダブルスとしては相手のほうが上だった。だが、寺坂と菊池は一ゲーム目を取り、今も押していた。

(あいつらも、俺達と同じような役割になってる)

 寺坂がシャトルを取り、低く低く抑える。そこで上がったシャトルを菊池がスマッシュを打ち、沈める。
 竹内から見て、菊池のスマッシュのフォームはとても綺麗だった。女性特有の柔らかさなのか、腕を大きくしならせて打ち込む様子はまるで鞭を思わせる。始動はゆっくりだが、振り切られる時には倍のスピードになり、シャトルは相手が考えるよりも早く打ち込まれる。それが、今回攻めている要因だろう。
 自分が田野に任せているように。寺坂は菊池に任せている。

(俺らみたいに背が小さいやつには、こういうやり方しか出来ないよな)

 上背がない分、スマッシュに角度が付けられない。スマッシュで押したくても、押し切れない。
 寺坂の戦いぶりに自分を重ねて、竹内は応援したい気持ちを止められない。

「おっし、いっぽーん!」

 急に大声を出したからか、寺坂と菊池の視線が一度竹内のほうに向く。寺坂は一瞬だけ笑みを返して、一言だけ言い切った。

「一本!」

 勢い良く出した言葉と裏腹に、繊細なショートサーブ。ヘアピン勝負を避けて飛ばされたシャトルを菊池がスマッシュで相手の中央へと打つ。シャトルは強打されてコート奥に飛んでいく。菊池が追いかけてサイドを狙ってスマッシュを打つと、それをクロスに打ち返される。

「やっ!」

 そこで寺坂がジャンプしてラケットを届かせた。シャトルは勢いをなくしてネット前に落ちていく。
 慌てて取りに足を踏み出した相手だったが、届かずにラケットがコートを削った。

「ポイント。ナインエイト(9対8)」

 ここまで来て、竹内は相手の集中力が切れたように思えた。
 実際、そこからの展開は早く、寺坂のサーブを二連続でミスをし、あっけなく終わった。
 握手を交わし、勝利者のサインをして帰ってきた寺坂と菊池を竹内は労った。

「おつかれさん!」
「竹内。応援ありがとね」
「トモ。私、先に戻ってるね。二人はごゆっくり〜」

 菊池はわざとらしい笑顔で二人に手を振り、その場から去る。寺坂はため息をついて「そんなんじゃないのにねー」と竹内へ言う。

(俺はまんざらでもないんだけど。でも仕方がないよな)

 こうやって二人で話すようになったから、誤解を受けるのだが。その理由も別に寺坂を好きになったという理由ではない。

「だいぶ調子いいな。ふっきったか? 相沢先輩のこと」
「……よくわかんない」

 寺坂は頭の上で結んでいた髪をほどいた。肩口にばさっと髪の毛が広がる。

「わかんないよ。だって、小学校の時からずっと見てたんだもの。いつの間にか好きになってたけど、早坂さんや由奈さんもいたし。やっぱり学年違うと上手く近づけなかったし」
「学年違うって厳しいよな」
「竹内も、もう早坂さん諦めたの?」
「わかんねぇ」

 二人で同時にため息をつく。
 そもそも、お互いに先輩を好きになり、どうすれば近づけるかを偶然相談できたから、今こうして二人でいる。
 でも互いの好きな人は、いつの間にかいろいろと決着がついたらしく、もう自分達が入り込む隙なんて見えない。結局、動かない間に動きがあって、終わってしまったのだと気づいていた。

「なんかな。俺らって……寺坂を含めるのはわりぃから止めるけど。俺ってきっと脇役なんだろうなと思うんだ」
「脇役?」
「『自分の人生の主人公は自分』って前、テレビで言っててなるほどって思ってたんだけど。俺にはその力もないってことが良く分かった。少なくとも、一番力入れてるバドミントンが、全然相沢先輩達にかなわないんだもんな」
「そうだね……」
「しかも。全道で先輩達とベスト4で戦った相手、一年だってさ」
「本当?」
「あの金田さん達を倒した相手だよ。そんな強い奴らも同年代にいるのに。俺はなんだろうなって思う」

 言葉のキャッチボールに、あまり意味がないことは竹内も分かっていた。単なる愚痴。今吐き出してもどうにもならない。むしろ、今吐き出してしまっては後に引きずってしまいそうなほど、気持ちがふさぐ。壁際に寄りかかっている自分達の周りだけ空気がよどんでいるのではないかと錯覚するほどに。

「……って愚痴言ってても仕方がないか。まずは今日、相沢先輩達に続いてダブルス一位を取る」
「うん。私達も頑張る。応援してるね」

 寺坂の言葉に竹内は思いがけずどきりとした。すんなりと「応援する」という言葉が出てきたからだろうか。礼を言おうとしたところで、アナウンスが体育館に響く。

『試合のコールをします。二年男子シングルス第一試合――』
「先輩達の試合始まるね」
「お、おう。次はお互い、先輩達の応援だな」
「うん」

 寺坂と竹内はお互いに笑いあう。届かなかった思い人の代わりというわけでもない。
 一歩でも自分がたどり着きたかった場所へと行くために。今、全力で進んでいく。

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