Fly Up! 180

モドル | ススム | モクジ
 開会式も滞りなく終わり、武達は自分達の控え場所に戻ってきた。そして庄司から配られた試合のスケジュールが書かれたプログラムを受け取り、自分達の居場所を探す。

「第四シードか」

 武と林は第四シード。吉田と橋本は第三シードの場所に位置していた。安西と岩代は第一シードで川瀬と須永が第二シード。妥当な位置づけだと武は思う。本来の第一シードがいないのだから、第二と第三が繰り上がる。吉田と武がばらけ、実績がない二組ならば総合的な個々人の成績で振り分けられるのだろう。

「お互い、準決勝までは負けてられないな」
「もちろん俺らが優勝だろう?」

 吉田に話しかけ、切り替えされる。基礎打ちのところで勝つと宣言したにも関わらず、今は負けても仕方がないと思っている。本来のペアじゃないから。それは、言い訳にしかならない。

(なにより、林に申し訳ない。全力で、林と勝ちに行く)

 武は勢いよく立ち上がり、フロアを見渡せるように客席前の通路に移動する。既に一回戦のコールがあり、呼ばれた選手達がそれぞれ準備を始めていた。

「まずは一年シングルスからだって?」

 後ろを振り向いて尋ねると、ちょうど林が近づいてきていた。林はプログラムを見ながら武に答える。

「一年のシングルスとダブルス男女の一回戦が終わってから、二年のシングルスとダブルスって順番だね。午後近くになりそう」
「せっかく気合入れたのに長いなー」
「まあね。それまではゆっくり調整しよう。今から気合入れていた疲れる」

 林の気の落ち着かせ方に武は関心する。正確には、気合の入れる場所を見極めているということか。
 ひとまず手すりに寄りかかってフロアを見回してみる。後輩の姿も一人見え、シングルスの出番が既に来ていると分かった。第一シードの真下だったのか、第一試合に組み込まれている。

「あれ、確か石田だっけ」
「石田哲治。清華中は小島といい、石田といい、凄い奴が一人だけぽっといるよなー」

 左にいたのが林。そして右から聞こえてきたのは、いつの間にか陣取っている橋本だ。確かに、と頷きつつ、視線を戻す。試合をするのは後輩の小浜亮。小さい体でコートを走り回っているイメージが武の中にある。石田の身長は百七十は超えている。百五十近い小浜とはまず体格面で差が出そうだ。
 審判を務める大会役員がコートに到着し、二人に基礎打ちを止めるように促した。これから試合が始まる。今日一日、市内の学年一位を決める大会が。そして、それは次に控える大会への評価に繋がるはずだ。

(全日本バドミントン大会に……俺ら最後の中体連、か)

 学年別が終わった後、一月ほどしか経たない間に、各地区の代表を集めた団体戦が開かれる。
 北海道の南と北で体表一チームずつ。全国の場で三月に雌雄を決する。
 学校を超えた各個人のスキルアップを目指して、初めて開催される大会は日程はきついが、引かれるものがある。
 各地区の団体のメンバーを決める際に、今日の成績は影響するはずだった。武と吉田があえてパートナーを代えて出るということも、全道でベスト4という実績を残しているからこそできる荒業だろう。

(あの、石田も選抜されるのかな?)

 少しだけ見たことがある試合は、力強く押していくタイプだった。小島は技巧派のオールラウンドプレイヤーの印象だが、石田はどちらかというと武や刈田のタイプ。少し刈田寄りだろうか。恵まれた体格に任せたパワーで相手を叩き潰すような戦い方。小浜には悪いが、勝つのは難しいだろうと武は思う。

「ラブオール、プレイ!」

 各所で試合が始まり、一斉にシャトルが飛び交った。武は石田へ放たれたシャトルの行方がどうなるかを見ていたが、次の瞬間に驚きの声を上げてしまった。

「なっ!?」

 石田はクロスカットドロップを打って、小浜の右前のシングルスライン上にシャトルを落としていた。
 一瞬でサーブ権を取られる小浜は呆然と落ちたシャトルを見つめている。武も別の意味でシャトルを見つめていた。

(なんて上手いカットドロップだ……)

 けして運ではない。狙って、シングルスライン上を狙ったのだと武から見ても分かるほどに、石田のラケットの振りに迷いはなかった。ついさっきまでパワー型だと思っていたのに、一瞬で評価が書き換わる。
 だが、武が驚くのはこれからだった。
 石田はショートサーブで小浜にシャトルを上げさせる。だが、弾道が低かったためにシャトルはネットを超えた瞬間に前に踏み出した石田によって叩き落されていた。試合開始から一分ほど。他のコートではまだ最初のラリーさえ終わってない間に、石田はサーブ権と一点を取った。
 更にそれからもショートサーブからの攻撃が続く。
 小浜は何とかロブの角度をつけようとしていたが、次々とネット前で叩かれ、ヘアピンを打っても浮いてしまい叩かれる、と完全に石田の術中に嵌っていた。
 石田の張り巡らせた糸に絡め取られ、全く身動きが取れなくなる。サーブと小浜の次手。そして石田のプッシュで終わってしまう試合は、瞬く間にゲームポイントまで進む。

「ポイント。ゲームポイント、ラブ(10対0)」

 試合時間短縮のための十一点ゲーム。それが、更に加速する。小浜は動きに全く精彩が見られなくなってきていた。まだたったの一ゲームしかしていないというのに。小浜はなんとしてでもショートサーブの次を入れようと前傾姿勢で挑む点を見ると、まだ完全に折れたわけではないようだった。

「ストップ!」

 自分へのなのか、怒りを滲ませた声が響く。その声にはまったく動じずに石田はサーブを放った。
 少し軌道が低めのロングサーブを。
 前傾姿勢でショートサーブに備えていた小浜にそれを打つのは出来ず、ラケットを伸ばせば届くような軌道を進むシャトルをのけぞるように見送った。

「ポイント。イレブンラブ(11対0)チェンジエンド」

 小浜は膝に手をついてうなだれる。しかし石田が停滞なく小浜のいるエンドに入ってきたことから、審判に促されてようやく反対側のエンドへと入った。その様子に武は思わず呟く。

「完全に心折られたかな」
「あの石田ってやつ。完全に試合を制御してるわ」

 武が小浜の様子に心を痛め、橋本は石田の様子に感嘆する。

「あいつ、一番最初のプッシュ以外は全然本気出してない。小浜が自滅してるんだよ。今の試合は実力以上の差がついてる」
「というと?」

 武が尋ねると橋本は嬉々として語る。分析にかけては、この場にいる誰よりも鋭いからこそ、自信を持って武へ言葉を向けていた。

「最初のプッシュで小浜は完全に飲まれてる。そこから先はどうすればいいか迷いながら打つから、思い切り打ったようで打ててない。あと、なるべく石田から離れようとシャトルを打ってる。だから、石田も読みやすいんだ。インターセプトばっかりできたのは、そういうことだろうな。ネット前はアレだけ浮いてればあいつの実力なら打ち込める」
「……インターセプトが?」

 奥へ上げようとしたのは、武が数える限り六回。五回を数えた時点で小浜はヘアピンに切り替えて、浮いたシャトルを打ち込まれた。その後、一回上げたが再び落とされた。

「その六回目は少しフレームショットだっただろ。石田は無表情で通したから小浜も偶然だと思っただんろうが、本当に偶然だったんだ。当てたこと自体が」
「……いずれにしろ、以前見た時と全然違う。強くなった」

 橋本と話している内にも試合は進む。やがてまた十一点目を石田が掴み、一回戦を突破した。
 試合時間は十五分。石田の凄さをただただ見せ付けられた試合だった。

「……大丈夫か、小浜のやつ」
「あれだけ何も出来ないと惨めな気持ちになるよなきっと」

 武の心配をよそに橋本は淡々と語る。内容が内容だけに武も多少きつくなり、橋本を睨む。視線に気づいても橋本は特に気にせずに続きを紡ぐ。

「石田との差はありすぎる。それを認めないと先には進めないだろ。落ち込んでたら少しは手を貸すけど、立ち上がるのは自分だ」
「おっしゃるとーり!」

 武はそこでこの話題を打ち切る。続けても橋本の正論を否定することはない。ただ、感情的に声をかけたくなるだけだ。それをしても解決はしないということを分かっていながら。
 思考を一度切り、石田のほうへと意識を向ける。既に石田はラケットをバッグに入れてその場から立ち去っている。後姿を見ながら、武はこみ上げてくる悪寒を押さえつけていた。

(あいつ、このままでいくと一気に小島くらいまでは強くなるんじゃないか?)

 小島と同じ学校というだけあって、おそらく練習で打ち合っているはずだ。強い相手としのぎを削れば、その実力は飛躍的に上がる。武自身が実践しているからこそ分かること。また一人、ライバルが出てくる。

(シングルスは……あいつくらいか? 後は、翠山中の一年とか、か)

 各学校のパワーバランスを脳裏に思い描く。
 浅葉中はダブルスの地区一位、四位とシングルスの地区三位。
 明光中はダブルスの二位と三位。
 翠山中はシングルスの二位。
 清華中はシングルスの一位。
 いずれも二年の結果だが、一年生の台頭によっては今後、変わる可能性がある。あるいは、この学年別においてもう変わるかもしれない。

(そういや、シングルスの四位って、確か明光中か)

 一度まとめた順位に修正を加える。
 こうしてみると、翠山と清華は学校の総合力的には劣っているが、けして弱くはない。強い人間が一人いるだけでだいぶ変わるのだ。

「うかうかしてたら、一年にやられるかもな」
「一番可能性があるのは俺だろ?」

 武の呟きに反応したのは、杉田だった。客席には先ほどまでいなかった。どこにいたのか武が尋ねると、フロアを指差す。

「石田をもっと傍で見たかった。確かに強いわ。俺も、頑張らないとな」
「そうだな。俺達も目指される側になってるってことだ」

 そう言った武も、今まで実感はなかった。上を目指してがむしゃらに進めばいいと思っていた。しかし、こうして台頭してくるプレイヤーを見ていると感慨深い気持ちになる。
 去年の自分達を見て、先輩達も同じように思っていたのだろうかと。
 石田の試合が早かったこと以外は、特に予想外のことは起こらずに試合は淡々と進んでいく。
 各所で勝ったことによる咆哮が聞こえてくる。見れば、後輩の小杉と重光。そして川岸が審判の持つスコアに自分の名前を書き込んでいた。三人とも中学から初めての、初勝利。きっと嬉しさがこみ上げているに違いない。
 だが、小浜が負けている分、表には出しづらいだろうが。

(川岸が、次は石田とか。他の二人も、シード選手と当たる)

 三人が三人とも、次はシード選手と当たる。シードは小学生時代に実績があったりこれまでの大会で一回は勝って中学での実績を作っているというプレイヤー。三人には辛いだろうが、いい経験にはなるはずだ。
 一年のシングルス一回戦をずっと眺めてみても特に飽きはしなかった。自分が通った道。学年が一つ下といっても年齢は一歳しか違わない。石田のように成長度なら武達とそん色ないようなプレイヤーもいる。

「一年で気になるところは、石田と、明光の家集(かしゅう)くらいか?」
「そうだなぁ。第一シードと第二シードが確定に見えるけど。でも石田が圧倒的な感じ」
「お前ら、いつから評論家になってるんだよ」

 いつしか武の周りに二年生五人が集まっていた。そして最後の、六人目。吉田が五人全員に言う。

「お前らが言ったとおり、一歳しか違わないんだ。そしてあいつらは同学年。誰が第一シードで、誰が第二シードだろうと、試合中に成長してひっくりかえることもあるんだ。特に相沢。お前が一番分かってることじゃないか」

 吉田にきつく言われて武は思い出す。自分と吉田も全道で第一シードと、橘空人達という格上の相手を倒してここまできたのだ。今日も十分起こりえる。

(なんか、いつもと違うんだよな……)

 心の中で川岸達に謝りつつ、武は別のことも考えていた。今日の自分の思考が何か今までと違う気がしていた。

(気になるけど、体調的には問題ない。一年にも負けずに、俺は俺で頑張るだけだ)

 武は自分に言い聞かせる。
 そこに、試合を終えた一年が戻ってきた。

「おつかれー」

 橋本が先に声をかけ、後輩達も答える。それに乗っかって話に入ったため、やがて武は感じた不安を忘れていった。
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